仲正昌樹のレビュー一覧
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思想史家、仲正昌樹による日本の「現代思想」史。
大きな物語であるマルクス主義の隆盛と凋落、代替としての現代思想の受容と、流行から退潮までが丹念に著述されている。
まず、内容の前に、著者の思想に対する興味深い視点が幾つも見受けられた。一つに、著者の思想や知識人に対する考え方である。著者は思想は社会を分析するための道具としての有用性は認めているものの、それ単独で社会の見取り図を示せるものではないとする。故に、思想や知識人の役割は、常識に対する捻った懐疑の眼差しを向けるヒントを提示することにあるとしている。
また、著者の思想家や思想に対する距離感も特徴的である。思想史の著述は、著者の問題意識に即したものになりがちなので、特定の思想への没入が見られるものであるが、この本からそれはあまり感じられなかった。著者のスタンスとして、思想への過度な信頼を排した良識的な相対化の態度が窺える。
内容に関しては、著者は、日本における現代思想が長期に渡る思想の最先端足り得なかった理由を、近代知としてのマルクス主義のありように求めている。日本では、産業革命期にマルクス主義に対する合意や受容が起きなかった。これは西洋におけるマルクス主義の勃興とは異なっている。マルクス主義が想定した実社会と日本戦後社会がそもそもズレていたため、最初から理念と現実の差が甚だしいものであったという。
マルクス主義が近代特有の課題克服という性質を帯びていたことの無理解から、代替としての現代思想の到来時にも、その本質が十分に含味されないまま中途半端な受容となってしまったとしている。
私の現代思想に対する印象は「オシャレなフランスの新しい思想」というフワッとした流行のように捉えていたが、戦後知識人の中にも私と同レベルで現代思想を受け入れてしまった者が少なくなかったと言うことだろう。日本は古代より外来の思想を導入して、日本に順応させる傾向にあるが、こと現代思想に関しては不十分のうちに終わったといえよう。
最後に、著者は現代思想を一言で表せば、「自律し思考する主体」である近代人の思考を妨げる外部の存在とは何か?という問いであるとする。ところが、千葉雅也や国分功一郎といった流行の思想家の思索からはそういった痕跡が窺えず、現代思想の思考方式は継承されていないとしている。近代の克服として表れた現代思想の思考法の復権が訪れる日は来るのか、今後の思想潮流も楽しみである。 -
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金沢大学教授の仲正昌樹氏による『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるのか?』は、インターネット社会において日常化しつつある集団的な誹謗中傷や「ネットリンチ」の問題を考察した一冊である。
理性的な議論よりも感情的な反応が優先されやすいネット空間において、公共意識が十分でない人々が「敵意識」を持ち、相手のことをよく知らないまま攻撃に加わる危険性が指摘されている。
また、多くの場合、攻撃する側は相手の気持ちや置かれた状況を十分に考えず、自らが加害行為に加担しているという自覚すら持たないことがあると述べられている。
仲正氏は、こうした現象が個人の問題ではなく、現代のネット社会が抱える構造的な課題であると分析し、安易な正義感や集団心理がもたらす危険性に警鐘を鳴らしている。
ネット時代を生きる私たちに、他者への想像力と冷静な判断の重要性を問いかける内容となっている。 -
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ハンナ・アーレントが著した「エルサレムのアイヒマン」等がわかりやすく解説されている。
ナチスとオウム真理教の共通点やmob、ホロコーストの概念などを知ることができた。
ナチスのユダヤ人東欧移送に協力したユダヤ人評議会を批判したことにより、ハンナ・アーレントは多くの友人を失い、厳しい批判にさらされたという。
わかりやすさに慣れてしまうと、思考が鈍化して、複雑な現実を複雑なまま捉えることができなくなる。思考停止したままの同調は全体主義につながる。
思考停止は楽な道ではあるけれど、人間性を放棄する行為だと思う。
人間であり続けるためにも、考え続けなければならない。 -
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コンパクトながら大変読み応えがあった。
全体主義やそれに対するアーレントの分析、批判。
悪は誰にでも宿りうるという、一部の人に受け入れ難い考察。
わかりやすさに溺れない、無思想性な服従に陥らない必要性。
知的に誠実であり続けることは容易ではない。ましてや社会全体でそれを維持し、全体主義に陥らないようにするにはなおさら。でも、勤め続けなければならないと改めて理解。
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全体主義
明確な定義があるわけではない
・大衆の願望を吸い上げる形で拡大していった政治運動、大勢
・ファシズムや社会主義の共通性を強調するために使われた言葉
・近代的自由主義を否定し、諸個人を共同体としての国家に完全に取り込み、共同体のために生きるよう教育することを当然視する体制
強烈な"共通の敵"の登場
→仲間意識が希薄だった人たちに連帯感がうまれる
→一致団結、運動に発展
古代ローマ帝国
帝国という名前ではあるが多民族、多宗教からなる地域を、法を統治原理としていた。
民族的ナショナリズム
歴史やルーツ、血の同一性を同族意識の拠り所にする
国民国家とは異なる。国民国家は言語の同一性など目に見えるものがあるが、民族的ナショナリズムはあえて定義が曖昧。過去の事実に照らした実証もせず将来への団結の実現を呼びかける
ナチスは民族的ナショナリズムの延長で発生したとアーレントは分析
全体主義群衆はピラミッドではなく台風の目。
不安定さこそが安定の鍵
強い不安や緊張感に晒されるようになった時、人は救済の物語を渇望する
明快な世界観、陰謀論的なもの
全体主義は"自分は分かっている"と思い込む人たちの集まり
戦後イスラエルで裁きを受けたアイヒマンはナチスの熱狂的信者でもなければ、上の命令に嫌々従う臆病者でもなく、極めて遵法意識の高い人間であった
→アイヒマンが従った法自体が誤っていた?でもそれは現代から見る我々だから言えること。また、我々の今の法は正しいのか?
→法の正しさを説くには"哲学"が必要
人が他人を心置きなく糾弾できるのは、自分が善で相手が悪だという二項対立がはっきりしている場面。
政治においては服従は支持と同じ
ミルグラム実験
→人間は一定の条件下では権威者の命令に服従し、善悪の自己判断を超えた残虐性も示す
→法に従い史上最大の罪に加担したアイヒマンの服従の姿勢は、彼特有のものではなく、誰にでもまとめられる陳腐なものだった
"複数性"(多様性)の衰退、無思想性の顕在
"教養科目"、リベラルアーツとは元々ギリシア、ローマ的な意味での「人間」になるための科目が由来。知的エリート、いわば当時の"市民"として弁論化として他者を説得するために必要な能力。 -
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とても面白かったです。
ハンナアーレントという人、その思想に関する本を初めて読みましたが、共感できるところが多かったです。
本文中で、ギリシャの都市国家ポリスの市民たちは、自分の私的な利害を除いて、全体のための善を討論していた、そこに複数性があること、人間性を見出している旨の話が出てきます。
それが本当にポリスの時代に実現できていたかは置いておいて、私達の生きる現代において、それは国家的な政治においても、もっと小規模な、普段の生活に密着した集団においても、アーレントの理想とするような思考、つまり私的利害を超えて討論し、複数性を持った方策を導くということは、できていない場面がほとんどじゃないのだろうかと思えます。ポジショントークになりがち。
私的利害を完全に排除するのは人間という生き物である以上難しくとも、そこに近づくことは可能だと思いますし、そういう人間として育ちたいとも思います。それは偽善であってもよいと。むしろ私的利害を全面に押し出すことしかできない人は、全体のための方策を討論していく素養がない人かと思います。
アーレントの原著も今度読んでみたいですが、アーレントの提示するものは、具体的の政治的主張するものでは全くなく、社会としての、または個人としての思考のスタンスを提示するように感じました。
全体主義に向かっていかないための。
現実的には、自分の立場のバイアスがかかりすぎないように配慮しながら、知見を深め、教養を身につけ、他者の話に耳を傾けながら、よりよい方策をコミュニケーションを取りながら作っては、直し続けていくということでしょうか。
それはつまり、ポリス的な市民としての要件と重なるのだと思います。
1つの視点による世界観を押しつけたり、依存したり、考えるところや対話することを放棄することは、全体主義に通じることであると。
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ネタバレ哲学、現代思想の分野で多くの著書を持つ作者の人となりを知りたくて購入。本書は仲正氏が東大入学直後に原理研(統一教会の学生組織)に勧誘されて参加し、11年後に脱会するに至った経緯を中心に、幼少時から現在までの半生を振り返った自叙伝である。自らの不安、迷いなどその時々の心の動きを実に率直に語っている。折しも統一教会の多額献金や信者家族のトラブル、自民党との癒着の構図などが問題になっているが、(元)信者の立場からはどのように見えていたのかを知る一助となり得る。それにしても統一教会の「お父さま」「お母さま」たる教祖夫婦のキンキラキンの服装や高飛車でえらそうな物言いを仲正氏のような批判的知性の持ち主がうさん臭く思わなかったというところがどうもよく分からない。結局は脱会してはいるのだけれど・・・
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今の日本も何となく全体主義化してるんじゃないかなぁ、と思い勉強のため購入。凄く丁寧で具体例により分かりやすく説明してくれるので助かった。
テレビでは政府への批判を聞く事もめっきり減り、政府も答えたくない質問には「回答を控える」で許される。フォアグラのガチョウの様にバラエティばかり朝から晩までこれでもかと見せられ愚民化政策が進み、「分かりやすさ」ばかりが求られる時代の危うさ。議論と言っても議論が深まる事もなく勝ち負けを決めるケンカのようなモノばかり。大衆化をヒシヒシと感じます。そんな世の中で解決策はと言えば「複数性に耐える」と言われてもムリ。実際しんどい。読み終わっても問題の大きさ深さに暗澹とする。 -
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とても読みやすい本。全体主義思想、ホロ・コーストがなぜ起こったのか、大衆の心理についてハンナ・アーレントの思想を読み解く。
エルサレムのアイヒマン(数百万人のユダヤ人の虐殺を執行した人、「法」に従ったのみだと主張した)の話に至るまでの最低限必要な知識が順を追って書かれているため、世界史に詳しくない人にもオススメ。
不安が広がると単純でわかりやすい思想に流れがちというのは現代にも通じる話。二項対立で善悪を決めつけるのではなく「複数性」を持つことが大事だと解く。アンナ・ハーレントが世間からの批判を浴びる覚悟で当時持論を展開したことに尊敬の念を抱く。アンナ・ハーレントを英雄視することもまた単純な二元論に過ぎないと釘を刺すあたりも含めて、良い論点が提示されているように思う。オススメ。
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ハンナ・アーレントの本を読みたかったけれど、難しそうだったので解説書から読むことにした。
アーレントの人生史や時代背景の説明をしながら、アーレントの考えについて解説されていたので、歴史に詳しくない私としてはとても読みやすかった。
全体主義の危険性を終始説いていたが、第二次世界大戦のドイツがなぜそのような思想に陥ったのか、そして現代の我々においても全体主義のリスクがかなり潜んでいることに気付かされた。
複数性に耐え、わかりやすさの罠にはまってはならないとと言われていたけれど、このマインドを維持するのは、本当に忍耐のいる作業だなと感じた。
成長は自分を傷つけることだという考えにも似ていて、常に自分の違う人の意見に耳を傾けて、特に論理的にも正しそうな意見に対して向き合っていくことが大事なのだろう。