【感想・ネタバレ】新版 集中講義!日本の現代思想 ポストモダンと「その後」を問いなおすのレビュー

あらすじ

いま、「思想」は日本を分析しうるか?

丸山眞男や吉本隆明など戦後思想との比較を踏まえ、浅田彰や中沢新一らの言説からポストモダン思想の功罪を論じたロングセラーが、約20年の時を経てアップデート!80年代に流行した「現代思想」は海外思想をいかに咀嚼して成り立ち、若者を魅了しながら広がり、やがて終焉へ向かったのか。その後、ゼロ年代以降の「哲学・思想」ブームによって、多くの「スター」が輩出されても、彼らを軸にした思想の流れが生まれてこないのはなぜなのか──? ますます個人主義化する世界で、社会を分析する道具としての「思想」の可能性をいま改めて問う。2万超の新章「二一世紀に”日本の現代思想”は存在するか」を加えた決定版。

【内容】
序 かつて、「現代思想」というものがあった

1) 空回りしたマルクス主義
第一講 現実離れの戦後マルクス主義
第二講 大衆社会のサヨク思想

2) 生産から消費へ──「現代思想」の背景
第三講 ポストモダンの社会的条件
第四講 近代知の限界──構造主義からポスト構造主義へ

3) 八〇年代に何が起きたか
第五講 日本版「現代思想」の誕生
第六講 「ニュー・アカデミズム」の広がり

4) 「現代思想」の左転回
第七講 なぜ「現代思想」は「終焉」したのか
第八講 カンタン化する「現代思想」

5) 物語の構造を見失った日本
第九講 二一世紀に“日本の現代思想”は存在するか

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Posted by ブクログ

思想史家、仲正昌樹による日本の「現代思想」史。
大きな物語であるマルクス主義の隆盛と凋落、代替としての現代思想の受容と、流行から退潮までが丹念に著述されている。

まず、内容の前に、著者の思想に対する興味深い視点が幾つも見受けられた。一つに、著者の思想や知識人に対する考え方である。著者は思想は社会を分析するための道具としての有用性は認めているものの、それ単独で社会の見取り図を示せるものではないとする。故に、思想や知識人の役割は、常識に対する捻った懐疑の眼差しを向けるヒントを提示することにあるとしている。
また、著者の思想家や思想に対する距離感も特徴的である。思想史の著述は、著者の問題意識に即したものになりがちなので、特定の思想への没入が見られるものであるが、この本からそれはあまり感じられなかった。著者のスタンスとして、思想への過度な信頼を排した良識的な相対化の態度が窺える。

内容に関しては、著者は、日本における現代思想が長期に渡る思想の最先端足り得なかった理由を、近代知としてのマルクス主義のありように求めている。日本では、産業革命期にマルクス主義に対する合意や受容が起きなかった。これは西洋におけるマルクス主義の勃興とは異なっている。マルクス主義が想定した実社会と日本戦後社会がそもそもズレていたため、最初から理念と現実の差が甚だしいものであったという。
マルクス主義が近代特有の課題克服という性質を帯びていたことの無理解から、代替としての現代思想の到来時にも、その本質が十分に含味されないまま中途半端な受容となってしまったとしている。

私の現代思想に対する印象は「オシャレなフランスの新しい思想」というフワッとした流行のように捉えていたが、戦後知識人の中にも私と同レベルで現代思想を受け入れてしまった者が少なくなかったと言うことだろう。日本は古代より外来の思想を導入して、日本に順応させる傾向にあるが、こと現代思想に関しては不十分のうちに終わったといえよう。

最後に、著者は現代思想を一言で表せば、「自律し思考する主体」である近代人の思考を妨げる外部の存在とは何か?という問いであるとする。ところが、千葉雅也や国分功一郎といった流行の思想家の思索からはそういった痕跡が窺えず、現代思想の思考方式は継承されていないとしている。近代の克服として表れた現代思想の思考法の復権が訪れる日は来るのか、今後の思想潮流も楽しみである。

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2026年09月20日

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