仲正昌樹のレビュー一覧

  • ペンテジレーア

    Posted by ブクログ

    なかなか良かった。現代を描いた作品は、やれ職業が人種が生活圏が、と何のためかわからない設定に翻弄されがちだが、こういうむかーしの戦いを描いた作品は清々しく感じた。戦うことで、生まれ持った体力知力を存分に鍛えて発揮する。物語はあっさりで、後半の解説が熱い。

    0
    2021年05月16日
  • 統一教会と私

    Posted by ブクログ

    ーー東大入学とほぼ同時に、統一教会に入った著者は、11年半にわたる入信生活の後、脱会して学者の道へ。気鋭の哲学者がその数奇な半生をつづり、みずからの宗教体験を振りかえる。ーー

    佐藤典雅「ドアの向こうのカルト」はエホバの証人から脱退ものでしたが、こちらは統一教会。
    かなり赤裸々に告白しているので読み応えあります。
    まず、統一教会の教義の基本は、「救い」と「思想」の2本立て。
    「救い」の内容とは、キリスト教がイエスが死んで肉体がなくなり霊的な働きかけしかできなくなったという「不完全さ」を克服し、地上の新たなメシア(文教祖)によって完成されるというもの。
    「思想」とは勝共理論(唯物論的なマルクス主義=共産主義)をメインとする。
    本書の執筆は2009年となっていますが、発行年は2020年。以前にどこかに発表したものを今回再発行したのか経緯が書かれていないのでよくわかりません。
    ただ、本書を読んでよくわかったのは、著者の11年間にわたる信仰との心の葛藤の疲弊(影響)で、ある特定の思想に振り回されるのを避ける傾向が顕著だということです。あとがきで、大学生から尊敬する思想家を聞かれると、「いません。少なくとも直接会ったことのない過去の思想家を尊敬などできないし、生きている思想家に会うと、大抵、個人的な欠陥を見つけてしまいます」という回答にも表れています。ある偉人を尊敬するには、その人の思想以外にも全人格込みだという厳しさは、やはり入信生活の影響があったのではと想像してしまいます。

    0
    2021年03月20日
  • 現代哲学の最前線

    Posted by ブクログ

    現代哲学の主要なテーマをコンパクトに解説している本です。ロールズの『正義論』とそれに対する批判などを皮切りに、承認論、自然主義、心の哲学、そして新しい実在論(形而上学)の五つのテーマがとりあげられています。

    著者は、作品社から刊行されている「講義」シリーズのように、さまざまな思想家の議論の背景にある哲学史的系譜をじっさいに解きほぐして読者の前に示すような入門書を多く執筆しています。本書の「はじめに」でも、「アラカルト式の入門書は、一般教養とし哲学の基礎知識がほしいという人には役に立つだろうが、本格的に「哲学」を学びたい人、つまり過去の哲学者たちの思考を参考にして、自らも哲学的に思索したい、という人にはさほど意味がなかろう」と述べられています。本書でも、それぞれの思想家の議論を紹介するさいに、伝統的な哲学とのつながりにも目配りがなされているのですが、さすがにコンパクトな本にこれらのテーマを詰め込んでおり、著者のいう「アラカルト式の入門書」との差別化に成功していると断言はしかねるように感じました。

    すこし目を引いたのが、「承認論」というテーマをとりあげている点で、従来の現代思想の入門書ではロゴス中心主義への批判や他者論という文脈であつかわれていた内容を、ハーバーマスやローティらの社会哲学などをむしろ中心的にとりあげて整理しているところでしょうか。従来の現代思想の入門書などになじんでいるわたくしのような読者には、議論の舞台が移ったことを如実に感じさせられました。

    0
    2020年12月19日
  • 悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える

    Posted by ブクログ

    悪い本ではないと思うが、「結局エリート主義しかないのでは?」という問いには答えられていない。まあ難しすぎる問題ではあるが。ただ、この点を突破できないと今アーレントを読む意義を上手く説明できない気がする。

    0
    2019年04月30日
  • ヘーゲルを越えるヘーゲル

    Posted by ブクログ

    ヘーゲル哲学は、現代思想のさまざまなシーンにおいて、肯定・否定の両面において議論の対象となっています。本書は、そうした多様な解釈と評価において姿を現わす、ヘーゲル哲学の多面性を紹介している本です。

    フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』と、そのバックボーンになっているアレクサンドル・コジェーヴのヘーゲル解釈からはじまって、ハーバーマスやアドルノ、チャールズ・テイラーやロバート・ブランダム、スラヴォイ・ジジェクやジュリス・バトラーといった思想家たちが、ヘーゲルについてどのような解釈を提出しているのか、簡潔に論じられています。

    ヘーゲル哲学の現代的な解釈の諸相を概観することができるという意味では、よくまとまっている本だと思います。ただ、もう一歩踏み込んで「読みどころ」を指し示してほしかったようにも感じました。

    0
    2019年01月19日
  • ハイデガー哲学入門 『存在と時間』を読む

    Posted by ブクログ

    ・一度「存在」への問いに囚われると、そこから完全に逃げ出すことはできなくなり、「存在」を気遣い続けることになる。逆に言えば、「気遣」っているからこそ、「現存在」は「実存」として「存在」しているのであり、「気遣い」しなくなった時、「現存在」はもはや「存在」しない
    ・「死」をもって、自分の現存在の全てが顕わになるが、その瞬間を自分で経験することはできない。「死」の瞬間に、経験する主体である自分自身が消滅するからである。「死」をもって、各人のそれまでの各種の気遣いや、自明視してきた有意義性の連関も消滅する(ように思える)。「世界」がその後も”存在”し続けるかどうか分からないし、たとえ”存在”し続けたとしても、もはや「現」を失った”私”にとっては無意味である
    ・ハイデガーは、死へと関わる本来的存在の核心は、「(死の)可能性への先駆」にあると見ている。つまり、自らの「死」と対峙することを「回避」するのではなく、必ず到来する「死」を自らの存在の「終わり=目的」として見据え、そこに向かって自らの実存を「投企」し直すということである。平たい言い方をすると、「死」を意識し、そこに至るまでの自分の生き方を、積極的な意味を見出すことができるような仕方で、再イメージ化する、ということだ

    0
    2018年11月04日
  • 日本とドイツ 二つの全体主義~「戦前思想」を書く~

    Posted by ブクログ

    プロローグによると、日本とドイツの戦前の思想は「意味のある比較」をすることができる、ということらしい。個人的にはドイツのような変な国と比較されるのは嫌なのだが、意味があるのであれば仕方がない。

    内容は、国民国家としての両国の誕生から挫折するまでの歩みを両共同体の思想史を通じて読み解く、といったタイトル通りの内容。少し物足りなさは感じるくらいサッパリしていて読みやすいが奥は深い。そして闇も深い。

    興味深い箇所は多々あるのだけど、特に興味を引いたのは「日本的なもの」という曖昧な概念を「台風の目のように中心が空洞になっていて、周辺の空気の運動を吸収して次第に膨張していく」として、これがファシズムの元になりえるというところか。
    あと、自分は戦前の日本には左派イデオロギー(とコミンテルン)への恐怖感というのは相当にあったと考えることもあるのだけど、思想的にはそうしたイデオロギーを取り込みつつ日本的なものしていったというあたりも興味深かった。

    0
    2018年09月21日
  • 現代思想の名著30

    Posted by ブクログ

    さすがに前提知識がある程度ないとこれは消化不良も甚だしいのではないか。スピヴァクとかよく分からんかった。個人的には懐かしの青春といった感じで楽しめました。

    0
    2018年03月17日
  • マックス・ウェーバーを読む

    Posted by ブクログ

    『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』についての解説がよかった。ウェーバーを離れてあちこち寄り道しているようでいて「では寄り道か」というとそうでもないような感じ。新書なのであまりに深すぎる話にはならない程度なこともあって自分には読みやすかった。

    他の章では、例えば「価値基準を学問的に位置付ける」や「理解するとはどういうことか」といったふうに、うまい具合に要約された太字の後に、絶妙の説明がある(テクストがある)という書き方は「理解」しやすい。

    0
    2018年10月31日
  • 日本とドイツ 二つの戦後思想

    Posted by ブクログ

    未開人のうちに、かつての自分の野蛮さの鏡像を見てしまい、自分もまたそこに引き戻されるのではないかという不安に襲われる文明人は、彼らを放っておくことができない。
    仲正昌樹『日本とドイツ 二つの戦後思想』p149

    日本の戦後思想は、マルクス主義の人々(とマルクスを独自に解釈して実践する左派の人々)が、その時代ごとに「何を考えてどう行動した(しようとした)のか」が中心。この点が詳しく書いていないと、文字通り何が書かれているのかわからないのだが、本書はその点をドイツのそれと比較して読み進められるので読みやすい。

    言われてみると過去、新聞では「マルクスっぽい理想郷」というものを共通の概念として持っている、その理想郷に向かって進むことを「前提」として書かれていたようにも見える。
    それら新聞や本書から読み取れるのは、なんとなく手に入れた民主主義のもとで、なんとなく自由で、なんとなく社会主義/共産主義っぽい理想郷を目指す日本のうやむやさ。逆に、理性における理想をとことんまで突き詰めた結果、人種絶滅という結果に至った後のドイツの厳格さとの対比が読みどころ。
    現在、思想における二国間の共通点は思ったよりも少ないようだ。思想に関しては日本はドイツに対して莫大な貿易赤字を出しているのだが、本書にある感じだと、せっかく輸入してもつまみ食いする程度らしい。ただしお互いに「戦前と戦中に全体を覆っていた思想は全否定する」という点だけが共通しているように読める。この全否定の状態から、だれかが一歩踏み出そうとすると何かしら激しい反応が起こる点も共通している。
    この「うやむや感」と「厳格さ」という極端に異なる状態にありながら、共通点が「全否定」と「全否定への否定は許さない」というところが、やはり過去に暴走を許した原因か。

    日本においては、こうした「全否定する、しない」「マルクスっぽい理想郷を目指す、目指さない」の二項対立を中心。当然ながらこの前提が、なんでそんな前提になったのかよくわからないというか、そもそも自由主義と民主主義の国で、何でマルクスっぽい理想を目指すのか意味不明というか、なんでそんな他人の理想に付き合わないといけないんだよ、どっちでもいいじゃん的な現代の日本で、左派の発言力というか説得力などの全てが失速して復活の兆しが見えない原因にも思えなくもない。

    続きの『戦前思想』も手に入れてあるので、その辺りを気にしながら読んでみる。

    0
    2018年01月30日
  • いまを生きるための思想キーワード

    Posted by ブクログ

    「高校生でもわかる」のかどうか、疑問ではある。ただこの疑問をツッコミどころとするのは筋違い、著者のこれまでの出版物などをリーダーズダイジェスト的な色合いで一冊にまとめた感じでスピード感があって面白い。
    『高校生でもわかる(かもしれない)仲正昌樹』というのが適切か。最初に読む仲正昌樹としては良い本だし、最初に読むとすると『今こそアーレント』かこれだと思う。

    0
    2018年01月03日
  • 「不自由」論 ――「何でも自己決定」の限界

    Posted by ブクログ

    仲正がこれを書いたすぐ後に宮台との対談をおこなったものを先に読んでいたので、対談の中で宮台が所々でこの本に言及していて、内容をそんなに覚えているわけではないけど、なんとなくつながった感じ。

    宮台なんかの社会学の言論界隈では自己決定が強く叫ばれる。大きな物語が焼失した再帰的な現代において、自分で選び取る強さが必要だと、まあ道徳的なものとは一線を画して語られている。しかしその自己決定自体が欺瞞だろ、というのがこの本の要旨。自己決定の主体たる自己は本当に自由な自己であろうかという問いかけが、この書全体において問いかけられ続けており、結論としては完全に自由な自己なんてないだろというところに行きつく。いつも自分では選び取ることができないコンテクストに囲まれ、そこでおおわれている常識や価値観がいつも私たちの自由の下敷きにはあるわけだから、そんな自己に主体性もあろうはずがなく、自由もあるはずがない。まあ、そりゃそうだろうなと思う。宮台はこれを受けてなんか言っていたが、その肝心なところを忘れてしまった。ちょっと読み直すのもしんどいな。

    アーレントの入り口に立った気がする。仲正は現代思想の読み直しの書を多く執筆していて、やっぱりその辺は鋭い。もっと学んでいこうと思う。


    17.7.19

    0
    2017年07月20日
  • 〈宗教化〉する現代思想

    Posted by ブクログ

    面白かったし読みやすかった。もとUCという特殊な文脈がシンパシーとしてひきつける。どのようなラディカルな思想であろうとも「形而上学」的な側面からは離れることができない。それを自明なものとして、それぞれの人生から思想も活動も、特に知的な分野に身を置こうとする場合は、それらを心にとどめておく必要がある。
    まあ、それはめちゃくちゃわかっていたが、改めてしっかり確認。結局一周して「無知の知」ということだろうか。

    収穫はデリダですかね。エクリチュールに考えさせられるところがある。ポスト構造主義理解の足掛かりになってくれたらうれしい。


    17.4.14

    0
    2017年04月14日
  • 今こそアーレントを読み直す

    Posted by ブクログ

    『全体主義の起源』『人間の条件』『革命について』そして最晩年の『精神の生活』とそれを補完する「カント政治哲学講義」をとりあげ、その思想の「もどかしさ」がもつ魅力を、著者自身の明快なことばで解説しています。

    「序論」には、「アーレント理論の“忠実な解説”は放棄して、アーレントの思想の中で特に重要だと私が思っている内容を、現代日本でもお馴染みの政治・社会問題にやや強引に引き付けながら紹介していくことにしたい」と書かれていますが、そこまで強引な解釈をおこなっているようには感じられず、むしろ現代社会のなかに具体例を探しながら、わかりやすく解説している本だと思います。

    0
    2023年08月28日
  • ハイデガー哲学入門 『存在と時間』を読む

    Posted by ブクログ

    ハイデガーの『存在と時間』の入門的解説書です。

    著者は「はじめに―ハイデガーは何故重要なのか?」で、「日本でも多々出版されてきたハイデガー入門書・解説書にしばしば見られるような、哲学史的な過度の拘りは避けるつもりである」と述べて、ハイデガーの「存在史」の構想から『存在と時間』を位置づけるような議論にあまり踏み込まないと断っています。

    新書形式の入門書としては、木田元の『ハイデガーの思想』(岩波新書)が、実存哲学としてハイデガーの思想を捉える見方を否定して、正当なハイデガー解釈を打ち出しており、細川亮一の『ハイデガー入門』(ちくま新書)も同じ路線で、よりマニアックな議論を展開しています。一方、本書と同じ講談社現代新書から刊行されている古東哲明の『ハイデガー=存在神秘の哲学』は、ハイデガーの秘教的な側面への偏愛と明晰な議論の展開を両立させた名著だと思うのですが、本書はこれらの入門書とは違う特徴をもっています。

    著者は、「『存在と時間』の“実存主義=ヒューマニズム”的な側面を切り捨ててしまうのは惜しいような気がする」とも述べており、じっさい『存在と時間』の実存哲学的な部分についてていねいな解説をおこなっています。こうした性格の入門書としては、竹田青嗣の『ハイデガー入門』(講談社選書メチエ)がありますが、竹田が自身の欲望論の土俵にハイデガーを引っぱり込んでいるのに対して、著者はもっとハイデガー自身の思索にそくしたかたちで解説をおこなっているといえそうです。竹田がほとんどハイデガーを離れてみずからの哲学を開陳している「先駆的覚悟生」や「良心の呼び声」についても、ドイツ思想史の背景を紹介しながら解き明かしており、勉強になりました。

    0
    2017年11月30日
  • ハイデガー哲学入門 『存在と時間』を読む

    Posted by ブクログ

    『存在と時間』。過去なんども読破に挫折。本書でようやくわかったような気分になれて、やっと胸のつかえがとれた感じ。

    0
    2016年02月04日
  • 今こそアーレントを読み直す

    Posted by ブクログ

    政治や人間性というのを「読み直す」為の本になっている。
    特に人間とはペルソナを付けてはじめて人間として想定される本性に近づくという論点は重要なものだろう。
    ならば、仮面そのものともなりうる言葉とは人間性の概念において中心となるものだ。ただ、空間のベクトルについてはこのままでは未整理のままだとも思う。

    0
    2015年07月10日
  • マックス・ウェーバーを読む

    Posted by ブクログ

    マックス・ヴェーバーの著作の中から、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、『職業としての政治』と『官僚制』、『社会科学と社会政策に関わる認識の「客観性」』と『社会学の基礎概念』、『職業としての学問』を取り上げ、その内容について分かりやすく解説している本です。

    「あとがき」には、無理にヴェーバーの統一像を提示するのではなく、ヴェーバーの主要著作についてピンポイント解説をおこなうことをめざしていると書かれていますが、「ヴェーバー学」の権威である折原浩がアカデミズムきってのうるさ型ということも影響しているのか、ヴェーバーにかんする簡明な入門書は少ないので、本書のように新書サイズで読めて分かりやすい入門書は、わたくしをふくめ一般の読者にとって、裨益するところが大きいのではないかと思います。

    山之内靖の岩波新書は、ヴェーバーがニーチェと共有していた近代に対するペシミスティックな視点を強調していて、やや特殊な内容になっていますし、牧野雅彦の平凡社新書は、『ロッシャーとクニース』などを参照しながら当時の歴史学派の文脈のなかでのウェーバーの位置を考察した玄人向けの本という印象です。他方本書は、現代日本の学問状況に対する著者自身の意見なども織り込みつつ、ヴェーバーのおこなった議論の意義をなじみやすい話に引っ張り込んで解説しているところもあり、興味深く読み終えることができました。

    0
    2025年03月21日
  • マックス・ウェーバーを読む

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    元々は、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に興味があって岩波文庫の原本を買ったのだが、中々進まないのでこの入門書を手に取った。

    読んでみると、最後の「職業としての学問」の第4章が親しみやすく、面白かった。特に、「世界を動かしている法則を知ることが可能である、という信念を人々が共有すること」としての「脱呪術化」の指摘に鋭さと現代の思想にもつながる先駆性を感じた。

    私たちは、携帯電話の通話の仕組みをほとんど知らない。しかし、その動きを予測することができれば不便はなく、十分であり満足する。また、その働きに、神秘性や呪術が介在する余地は全くない。一方、「未開人」は、自分が使う道具の仕組みをとてもよく知っており、自分で作ることもできるだろう。しかし、自然現象や私たちが使う最新の道具を見れば、その働きの背後に神秘性を感じずにはいられない。

    一見すれば、道具が精緻化しているだけで、我々は「 未開」の人々に比べて、何も進歩していないように思う。しかし、ウェーバーは、「欲しさえすれば、どんなことでも常に学び知ることができるということ、したがってそこにはなにか神秘的な、予測しえない力がはたらいている道理がないということ、むしろすべての事柄は原則上予測のままに意のままになるということ、ーーこのことを知っている、あるいは信じている」、こうした信念が個別の知識(携帯電話の仕組み)の伝達よりも重要であり、その「脱呪術化としての進歩」の推進の中心的な役割を「学問」が担っているとしている。

    ここにプラトンの「洞窟の比喩」にある、囚人が自発的に向きを変えるように「教育」することを使命とする解放された囚人としての「哲学者」と、ソクラテスによる「真の存在」を把握することができる、事物についての「正しい概念」の話が持ち込まれる。

    個別の知識伝達に対比された脱呪術化としての教育を具体的にイメージはできていないが、学問的探究と概念的思考は、個人的に興味を強く持っている分野であり、また道がそれてしまうが、「職業としての学問」を手に取りたい。

    0
    2015年05月09日
  • 日本とドイツ 二つの全体主義~「戦前思想」を書く~

    Posted by ブクログ

    『日本とドイツ 二つの戦後思想』(光文社新書)の続編。ナショナリズムや社会主義、全体主義などの項目について、1870年から第二次世界大戦までの日本とドイツの思想を照らし合わせています。

    比較を通して日本とドイツの共通点を差異をはっきりと示すことがめざされているのではなく、それぞれの観点から両国の思想状況の特色を概説的に説明するにとどまっており、明確な結論のようなものは見受けられないように思いました。もう少し、両国を対照する視点をはっきりと示してほしかったように思います。

    0
    2015年05月08日