仲正昌樹のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
マックス・ヴェーバーの著作の中から、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、『職業としての政治』と『官僚制』、『社会科学と社会政策に関わる認識の「客観性」』と『社会学の基礎概念』、『職業としての学問』を取り上げ、その内容について分かりやすく解説している本です。
「あとがき」には、無理にヴェーバーの統一像を提示するのではなく、ヴェーバーの主要著作についてピンポイント解説をおこなうことをめざしていると書かれていますが、「ヴェーバー学」の権威である折原浩がアカデミズムきってのうるさ型ということも影響しているのか、ヴェーバーにかんする簡明な入門書は少ないので、本書のように新書サイズで読めて分 -
Posted by ブクログ
ネタバレ元々は、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に興味があって岩波文庫の原本を買ったのだが、中々進まないのでこの入門書を手に取った。
読んでみると、最後の「職業としての学問」の第4章が親しみやすく、面白かった。特に、「世界を動かしている法則を知ることが可能である、という信念を人々が共有すること」としての「脱呪術化」の指摘に鋭さと現代の思想にもつながる先駆性を感じた。
私たちは、携帯電話の通話の仕組みをほとんど知らない。しかし、その動きを予測することができれば不便はなく、十分であり満足する。また、その働きに、神秘性や呪術が介在する余地は全くない。一方、「未開人」は、自分が使う道具の仕 -
Posted by ブクログ
昨年末…映画『ハンナ・アーレント』を観に行って驚いた。いつもは客席もまばらな単館映画ばかりをかけるハコが満席。用意された補助席も足らず、床に敷かれた座布団に腰をおろして観たのだった…アーレントの言説のなにに、今の日本の人たちは惹かれるのだろう…?
映画はアイヒマン裁判の傍聴からなされたアーレントの言説による、世間からのパッシングを軸に、その人生を俯瞰して見せてくれた…映画を観たあと、アーレントの思索をたどろうとして、主著である『人間の条件』を買ったのだけれど、数ページめくってみて、とても読める代物ではない…と諦めた…で、概説書が欲しくて手にしたのが本書だった。
ーアーレント理論の“忠実な解 -
Posted by ブクログ
ネタバレQOL(Quality of Life)とSOL(Sanctity of Life:生命の神聖さ)の対立は、自由の中核である自己決定を尊重する考え方と、キリスト教の教えを忠実に生きようとする考え方のいずれもが強く根付いている、アメリカの道徳文化の特徴を凝縮しているように思われる。
【動物化】p102
アレクサンドル・コジェーヴ「動物化論」:「人間」の欲望は、「他者の欲望」を欲望する、他者志向的な性質を持つ。
Cf. ヘーゲル「承認」
ポスト「人間」の二つの可能性としての「動物(eg. American way of life)vs. スノビズム(日本の能楽、茶道、華道、武士道etc)
【ス -
Posted by ブクログ
文体が読みづらいのか、内容がないのか?さっぱり理解できず。「」鍵括弧が多い。各章のテーマに沿って、作者の主張が語られていると思うのだが、他者の著作を批判する記載が多く見られる。その内容の正当性は分からないが、文体は不快である。(不快になるように記されているのかもしれない)
何でも自己決定の限界
自己決定するとはどういうことなのか?本当に自分で決めているのか?といったことを哲学的に考察している。内容は難しいと感じたが、普段の生活ではあまり円のない話題だからとも思える。自分で決めるということは、決断するということは、日常茶飯事であるが、その意味、決定という自己との考えることは、あまりしない。
「 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「私」が安心して「主体」として振る舞えるようになるためには、「私」から見て、立派な自立した「主体」であるような他者たちから、対等な立場で「承認」される必要がある。その他者もまた他の”他者”からの承認を必要とするはずである。つまり相互に(無限に)承認し合う関係が成立していることによって、「私たち」は安定的に「主体」たり得るのである。
自己の個性・自由・歴史性を意識する「人間」の欲望は、「他者の欲望」を欲望する。①他人が欲しがるものを「私」も欲しがる。②他者の欲望を「私」の思うようにコントロールする。③欲望する主体としての「私」を(同じように欲望する主体である)他人に認めさせる。―③相手に認め -
Posted by ブクログ
政治哲学や倫理学の関連用語21を,各7ページ前後で紹介。特に「正義」「善」など,翻訳から来てる用語は日常語の色がついてまわるので,思想の文脈では注意が必要。
「正義」なんかは,日本語で「義の人」みたいに人情あふれる感じの語感があるけど,英語の「justice」は全然違って「法」「公正」という意味合いが強い。正しい解決のためのルールというある意味冷たい含意がある。
「アーキテクチャ」だけでなく「所有」の項にも登場するアメリカの法学者ローレンス・レッシグに興味をもった。クリエイティブ・コモンズの運動を提唱してる人。(主に)ネット上の知的所有権の範囲を限定して,共同創作を推進する活動は,なかなか意 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
本書は、「過去の清算」を軸にしてドイツと日本の六十年間の「戦後思想」を比較するものである。
[ 目次 ]
第1章 二つの「戦争責任」(「国際軍事裁判」はインチキか? 「人道に対する罪」を背負ったドイツ ほか)
第2章 「国のかたち」をめぐって(「国のかたち」は変わったか 分断された「国のかたち」 ほか)
第3章 マルクス主義という「思想と実践」(思想的武器としてのマルクス主義 日本における“何でもマルクス主義” ほか)
第4章 「ポストモダン」状況(ポストモダンの導入と批判的知性 ドイツのポストモダニズム ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おす -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
「みんな」を求め、「みんな」に傷つけられた「わたし」は何処へ行く。
[ 目次 ]
1章 「みんな」って誰?(「みんなやっていることやないか!」 「赤信号」の法則 ほか)
2章 「みんな」の西欧思想史(法とは「みんな」の意志である 「みんな」による「みんな」の支配・全体主義 ほか)
3章 「みんなの責任」をどうするか?(「みんなの責任」の範囲 「自分で語ることのできない他者」への「責任」 ほか)
4章 「みんな」と「わたし」の物語(「みんな」から押し出された「わたし」 「わたし」が「みんな」から目覚める時 ほか)
5章 そして、「みんな」いなくなった!(「みんな」はいつまでも「み