phaのレビュー一覧
-
購入済み
ゆる~い哲学。
phaさんの著作はたくさんありますが、レビューをいくつか見た感じ、この本が最も評価されている様子です。
ページ数は多くなく、スラスラっと数時間で読めました。
肩の力を抜いたゆる~い幸福論だと思います。
「一生懸命残業して、家を買って、結婚をして、出世して…せねばならない!」
でも、そんな生き方がしんどいなぁ…
と考えたり、感じる事が多くなった人向けかなと思います。 -
Posted by ブクログ
ほどよく力が抜ける感じの文章で、押し付けられる感じがないので、読みやすい。
習慣、ゲーム化、楽しいことだけ。
本に書いてあることをたくさん覚えるだけじゃなく、いろいろなこととつなげる。
制限はやる気につながる。
インプットのポイント
興味を持つ、つなげる、繰り返す、気分転換、五感を活用するメモする
アウトプットのポイント
ブログやTwitterでの軽いアウトプット、人前で発表するような重いアウトプット、大きい紙と小さい紙、縦長横長の使い分け、ひとりブレストー構想ー実装の各段階をきっちり分ける
モチベーションのポイント
姿勢を変える、場所を変える、日付を書く、自分のダメさをスケジュールをたてるときに計算にいれる、とっつきやすいところを探す、タスクを書き出す、気分転換する、区切る
これならできるかな、やってみようかな、と思えるのが、とても良かった。
今、勉強しなきゃいけないものがあります。
でも、やらなきゃと思うほどに、やりたくなくなっていく…
まずは姿勢を変えるとか、とっつきやすくするとか、そのあたりからはじめてみようと思います。 -
購入済み
共感できます
作者のphaさんのようには、生きられないけれど、考え方は「うん、そうそう、そうだよね!」と、共感できる点が沢山ありました。当たり前のように感じてきた価値観が、正義でも正解でもないと感じることが多いこの頃です。煮詰まってしまった時に、読み直したい一冊です。
-
Posted by ブクログ
都会生まれ、都会育ちで帰れる田舎を持たない人たちが、いざとなったら静かに過ごせる場所「フルサト」をつくる。都会か田舎かではなく、ゆるやかにいい所取りをする感覚の話だ。都市と田舎の交流をつくったり、田舎にカフェのような文化的要素を増やしたり、楽しく田舎と関わっている様子が分かる。
フルサトの条件とは、心身ともに健やかに生活が送れる、動物的なペースや感覚で暮らせる、自力で食べ物が調達できる余地があるなど、都市的マネー経済から離れられる要素が多いこと。似た事例として、農閑期に行く湯治場、北欧のサマーハウス、ロシアのダーチャなどを挙げている。
終盤はフルサトを作ることの思想的意義。歴史的に見ても価値観の転換期であるし、価値観刷新することで様々な展開がありえることが分かる。
フルサトでの仕事は第一に面白いからであり、さらに他者との関係をつくるためであり、ついでに生活の糧を得ると言う順番である。
家計の考え方は「年収いくら?」ではなく「自給力どのくらい?」だ。
田舎だと必要なものは自分たちで作っていくことが多い。手間がかかるが小規模で質が追求できるというのが、これからの時代のポイントとなるだろう。こうした暮らしのを通じて、身体感覚も変わってきたという。 -
Posted by ブクログ
「フルサトをつくる」は単なる田舎への移住のススメや自然主義的な地方礼賛本でもない。
都会のほうが面白いことが多いし、イベントごともいっぱいあるし、人も多くて賑やかだ。
でも、地方は静かで、自然豊かで、家も土地もたくさんあって、畑をやったり、空き家再生したりと、することも意外と多いし、生活コストも低い。
ここで、都会と地方、どっちがいいか、みたいな話になるけれど、どちらか一方しか選べない、なんてわけでもない。
たまに遊びに行くことができて、いざとなったら、安心して帰ることのできるコミュニティがある場所、それが「フルサト」だ。
完全に田舎に移住しなくても、田舎の良さを味わいながら、生活の拠点をいくつか持つ。インターネットや交通網の発達によって、そうした生き方も十分可能になった。
田舎に実家がある人もいるかもしれないが、それとは少し異なる。
そうした血縁・地縁ほどつながりは強くないけれど、適度に気の合う仲間が集まる田舎のコミュニティ、といったイメージだ。
そんなもの本当にできるの?と思うかもしれない。
本書では、どうやってフルサトをつくるか、ということについて、実際にフルサトをつくって、一つの拠点としている伊藤氏と、それに乗っかったPha氏の二人で、自身のその実践事例を紹介している。
住む場所の見つけ方、コミュニティ・イベントの作り方、仕事の作り方(見つけ方ではない)、など。
本書の全体を通して感じる雰囲気は「無理しない」「頑張りすぎない」という力の抜き加減だ。
ずっとその場所で暮らすとも限らない、失敗してもほかの土地はいっぱいある、一人でやらない、楽しいことを見つけながらやる、
リスクはとらない、など「移住」という言葉の重さやハードルをできる限り下げてくれている。
Pha氏の「だるい」「めんどうくさい」という感覚は、一見否定的で怠惰な印象だけど、とても大切なことで、そういった気持ちを大事にしないと、どこかでストレスを感じてしまっていて、楽しいはずのことが楽しめなくなる。
彼の生き方すべてを肯定するわけでもないし、頑張っている人や、向上心の高い人を否定するわけでもないけれど、生きていることに疲れている人が大勢いるなかで、だるいなぁと思いながら、「面白い」と思うようなことを実践している彼の生活感覚はとても優れた面がある。
「フルサト」というカタカナの故郷は、新しい故郷の考え方だ。
「ちょっとやってみませんか」という軽い誘いで本書は締めくくられる。
軽い気持ちでも、意外とやれる、ということを示してくれる多拠点居住・プチ移住の本というのも面白い。
そして、そんなフルサトでの暮らしやそこに集う人たちも、またきっと面白いだろう。 -
Posted by ブクログ
小学生の頃、学校に行きたくないと思った日に休み時間に一人で図書室に行って、たしか「学校に行きたくない日に読む本」「どこか遠くに行きたい日に読む本」みたいなタイトルの本を見つけて、これこそが自分が今読むべき本だ、と貪り読むように読んだ。
神保町の本屋でこの本を見つけて急にその頃のことを思い出した。
旅に出るって、勿体無いからあれもこれも行かなきゃ損、とばかりにスケジュールを観光で詰め込んで、写真バシャバシャ撮りまくるけど、後で振り返って心に刺さる経験というとそういう旅には残らないんだよなと思う。この作者のように心のゆとりを持って(持ちすぎ?)、のんびりと過ごす何気ない視界の中にも普段と異なる、しかしその土地の人にとっての日常が流れているのを見るのはとても楽しい。それこそが旅の醍醐味だなと感じる。
--------
いろんな街をみてその街でたくさんの人が様々な生活をしているんだなというのを想像するのが好きなんだと思う。よく知らない街の安っぽい寝床で眠りにつくときに一番「旅だなー」って気分になる。その一瞬の感じを味わうために僕は時々旅に出てしまうのだと思う。
ずっと引きこもっていたい、とずっと家にいると飽きるという矛盾した欲求を両方満たすのが一人でビジネスホテルに引きこもって普段と変わらない生活をするなのだ。
細かい場所に面白さや新しさを見出せる視点があれば家の近所でも新しい発見がある
-
Posted by ブクログ
購入本。寝る前に少しずつ読み進めて昨夜読み終えました。
夏は毎年体調悪くなるのだが、今年は特にキツい。今月入ってから読書する気にもなかなかなれない。寝る前の少しなら読む気になれたので積読本の中からphaさんの本をチョイス。
やっぱり自分と似た気質だなあとなんだか読んでいてホッとしました。共感できる所多々あり。
ただ自分とは違うなぁという部分も多々あり。私はバスや電車は苦手。試した事ないけどネットカフェで寝れる気もしない。
ただサウナはちょっと興味出てきたかも。暑いのがとにかく苦手なので全く興味なかったけど、「その感覚」というのを感じてみたくなった。
体調が悪くてだいぶ参っていたので、寝る前の本を読める時間が救いになっている。phaさんの文章は相性がいいのかな?読みやすくて結構スルスル読めました。だいぶバットコンディションだったのだが。生きづらさを抱えているのが自分だけではないと思えたのも良かったな。読みやすくて寝る前に穏やかな気持ちにさせてくれたので星4。
以下付箋貼った所(ネタバレ含みます)
P102 人間と会話をするときは、こちらも人間のふりをしなければいけない。人間のふりと言うのはつまり、体を起こして表情筋を動かして、「へー、そうなんですね」などと相槌を打って、相手に興味を持つふりをするといった一連の動作のことだ。
僕も頑張れば何とか1時間位は人間のふりをして会話を楽しむことができるのだけど、1時間を超えると頭が真っ白になって麻痺してきて、今すぐ地面に体を投げ出して、死んだような目で口を半開きにしながら、全身で蠕動運動を繰り広げたいと言うようなことばかり考えるようになる。
コミュニケーションでも、文字によるもの(チャットやメール等)ならまだ比較的負担が少ないのだけど、音声による会話は消耗が激しい。
P175 本質的には今でも自分は20歳前後の頃と何も変わらないダメ人間だと思う。でも、当時に比べると何とかうまく自分のダメさをごまかしながらやっていく術を身に付けて、だいぶ生きやすくなったとも思う。
でも、それはただの衰退なのかもしれない。感性や欲望や体力や自意識が弱ったせいで、周りとぶつからずに適当に妥協して周囲に合わせて穏やかにやっていくことができるようになっただけかもしれない。
そんなふうに生命力がどんどん弱っていけば、そのうち自然にろうそくが燃え尽きるように執着なくあちら側に行くことができるのだろうか?
P236 そうしたいわゆる「普通」から外れた人間が息苦しさを感じる理由の1つは、日本社会が基本的に単一民族で同じ人種ばかりが住んでて多様性が少ないせいだと思っている。みんな見た目が同じだから、「みんな普通に同じようなことが当たり前にできるはずだ」みたいな思い込みを無自覚に持ちやすくて、「普通」をみんなに押し付けると言うことが起こりやすいのではないだろうか。
だからもっといろんな国のいろんな人間が日本にやってきて、多様性が上がってグチャグチャな感じになったら良い。そうしたら日本的な「普通」の概念が少し揺らいで、僕みたいな人間は生きやすくなるんじゃないかと思う。 -
Posted by ブクログ
著者のphaさんは昔から存じ上げてきた。でもブログやドキュメンタリー番組で見たことがあっただけで、著作は読んだことがなかった。
若い頃の、それこそ勢いがある時代の著作を読まずに本作だけ読むのは片手落ちなのかもしれない。それでもなお、この本を今読んでよかったと断じて差し支えない。
中年になった。そのことにはもう抗えない。やっと最近そのことを受け入れられてきた。そんな僕には今こんな本が正に必要だった。
僕はいわゆる至って普通の会社員生活を歩んできて、phaさんと生き方の点で似ている部分は少ないのかもしれない。それでもなお、若い頃と精神性は変わっていない(つもりでいる)のに周りの接し方が変わってしまうことなど、中年の悲哀として描かれていることには共感を禁じ得なかった。
phaさんは「中年を生きていくしかないんだ」と、ある種諦念のようなものを提示した。でも「どうあるべきか」という答えは書かれていない。だけどそれでいいんだと思う。「中年とはどうあるべきか」は分からないながらに生きていくしかないんだな。むしろphaさんのような、社会のしがらみを超越した仙人のような人であってもそうなんだな。じゃあ僕のような凡俗なら尚更しょうがない。
そうやって低みから背中を押してくれる優しい本だった。