浅井晶子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレおもしろかった!
60代の女性弁護士エーファが主人公の連作短編リーガルミステリ。
法を守り、被告人に過剰な罪を与えないようにすればその人の心まで救えるかというとそれはまた別の話なんだなと。
「正義」とはなんなのか?正しい選択をすることの難しさを考えさせられた。
どの話もよかったが、特に心に残ったのは「少年兵」、「塩」、「人食い」、「強姦」。
「正当防衛」
強盗を殺してしまった場合、正当防衛と認められるには。
「生かしておく」
人を殺してしまっても、まだ生きてると世の中に思わせることで完全犯罪とする。殺人者の冷酷さと、被害者のやるせなさ。シュテファンの件での後悔がまたひとつエーファの罪を作ってしまう。
「少年兵」
真実を語ることだけが正義なのか。嘘をつくことで救われる人もいる。
「塩」
子どもが塩をあの量食べると亡くなる可能性があることは私も知らなかった。罪を与えないことが逆に本人にとっては一番重い罪となる。
「人食い」
お互いに了承を得ていれば、自殺を助けて死後解体して食べたとしても本当に罪にならないのか。
「遺稿」
「少年兵」と似たような展開。
「強姦」
11人中1人だけが強姦に加わっていないが、そのひとりを特定しない限り全員が無罪になってしまう状況で、はたしてどうするのが正解だったのか。
「自白」
魅力的な夫が妻を庇っているかと思いきや……まさにサイコパスという感じの夫だったが、なんだか詰めが甘かった。
「シュテファン・ハインリヒ」
会社のためにやってきたことでも、最終的に邪魔な存在となれば会社から切り捨てられてしまう。
弁護士の甘い考えがどれだけの影響を与えることになるのか。 -
Posted by ブクログ
鬼★5 いかに悪魔になってしまうのか… 法の隙間から漏れ出た人の醜さを描いた犯罪小説 #暗黒の瞬間
■あらすじ
ドイツの刑事弁護士であるエーファ・ヘアベアゲン。凄腕弁護士の彼女が担当した事件と弁護を認めた物語。まもなく引退が近い彼女は、これまでの加害者の害悪性と法律で解決できることの差異に罪の意識が芽生えていく。
■きっと読みたくなるレビュー
鬼★5 正当防衛、過失、少年犯罪、偽証など、刑事弁護士が法の隙間から漏れでた人間の醜さを描いた犯罪小説。
誰しも人を傷つけることなく幸せに暮らしたいと思っている。でも決して犯罪はなくならない。どうして人は犯罪に手を染めてしまうのか… 心が空っぽになった瞬間に人は悪魔になってしまうのです。そんな人間たちを刑事弁護士からの目線をとおして、物語が綴られています。
また本作は弁護士エーファ自身も事件に関わってしまうのが特徴的。自身が担当する事件の依頼人を思ってする行動が実は… といったことがありがち。しかしそれは正義感から故の行動、でも少しずつ精神が腐食していくのを感じるんすよ。弁護士だってひとりの人間、身近で素朴な人に違いないんです。
また本作は人間ドラマだけでなくエンタメとしても楽しめる。作品それぞれにテーマがあり、驚きの真相が待ち受けます。読んでると実際にありそうなのよ、しかも綿密で淡々とした筆致で書かれるから現実味がありすぎる。
■おすすめ短編レビュー
・生かしておく
兄を殺害してしまった女性作家の物語、長年兄から虐待を受けていたらしく…
何が正義で何が犯罪か分からなくなる、なんか胃が痛い。終盤のエーファ目線での語りがやたら事務的で印象的。
・人食い
人肉を食べたという男が捕まる。メディアは大騒ぎとなり裁判が注目されるが…
世間は面白いことが大好きで、本当に困っている人に手を差し伸べてくれないよね。腹立たしくて涙が出そうになった。
・強姦
集団強姦の事件、目撃者の証言より11人中1人だけが無実がいるらしい。全員が無実を主張すると…
誰が可哀そうなのかコンフュ状態。犯罪が起こると関わった人全てが不幸になっちゃうよね、虚しい。
・自白
母殺しの容疑者である夫、どうやら妻が犯した罪をかぶっているようで…
人間の邪悪性に、ただただ途方に暮れてしまうよね。人間不信に陥らずにはいられない。
■ぜっさん推しポイント
読み終わってからタイトルを見ると… シンプルかつ核心をついてますね。きっと根っからの悪い人なんてほとんどいない。普段は家族を愛し、友人のために時間を当てられる優しい人たちに違いないんです。
人生がしんどくなった時、どのように心の隙間を埋めるのか、自身の倫理観を守るのか。難しいことだと思うけど逃げないようにしたいと思いました。 -
Posted by ブクログ
前作からすっかりハマっているロンドン警視庁ケイト・リンベル刑事シリーズの2作目…
前作から3年後
残された父の家を片付けるために故郷ヨークシャーに戻って来たケイトだったが、少女の失踪事件に巻き込まれる
数年前に行方不明になっていた少女の遺体も発見され、地元の刑事ケイレブたちは連続誘拐事件も考慮し捜査を始める
実は有能なのに相変わらず自己肯定力の低いケイト
でも今作はマッチングアプリなんかに手を出しちゃってる…(笑)
まぁ、大きな成長かしら…
そして前作同様、物語はそれぞれの登場人物の視点で語られながら進んでいく
さらに合間に犯人視点の語りもあるのだが…
まぁ、見事に裏切られた
完全な思い込みとミスリードに引きずられた…(笑)
「今作はこうきましたかっ!」と思わず膝を叩いたわよ
しかし、本当に幸せな人は登場しない…
それなのにページをめくる手が止まらない…
私の好きな海外のミステリー作家さん
M・W・クレイヴン
ケイト・モートン
に
シャルロッテ・リンク
が加わりました! -
Posted by ブクログ
著者は、ドイツ語文学翻訳者であり、20年間ベルリンで暮らしていたが、十年ほど前、ポルトガルの、人口が10人の限界集落に空き家を買い、数年前にドイツ人の夫ともども、引っ越した。
この本は、海外滞在記が好きな人なら、たぶんみんな楽しめると思う。
文章がとても理知的で、一方的に決めつけるのではなく、冷静に書いているのだが、ユーモアもあり、飽きさせない。
村の人たちとも、うまく、楽しく交流しているのだが、それも、よそ者であるからだということも冷静に見ている。
自分が悪くても、絶対に謝らないドイツ人に比べ、笑顔で、ごめんごめんとすぐに謝るが、仕事にルーズなポルトガル人は、生活するには困ったところもある人々だが、とても魅力的。
おいしそうな食べ物や飲み物もたくさん出てきて、とても楽しい読み物だった。 -
Posted by ブクログ
ドイツの作家シャルロッテ・リンクの長篇ミステリ作品『罪なくして〈上〉〈下〉(原題:Ohne Schuld、英題:Without Guilt)』を読みました。
シャルロッテ・リンクの作品は、昨年1月に読んだ『裏切り』以来ですね。
-----story-------------
〈上〉
何の接点もない二人の女性がまったく別の場所で、同じ銃で狙われた!
新天地でケイトが捜査にあたる驚くべき事件。
本書には、読者がミステリに求める要素がすべて揃っている。――「オーバー・バーディシェ」
スコットランド・ヤードを辞め、ヨークシャーのスカボロー署へ移籍する直前の旅の列車内で、ケイトはある男に銃撃された女性を助けることになる。
彼女は銃撃犯とはまったく面識がないと言う。
そして、使われた銃が二日後、別の事件でも使用されたことが判明。
そちらの被害女性は四肢麻痺となり口もきけない状態だ。
しかし両事件の被害者には何の接点もない。
犯人は何者なのか?
〈下〉
ドイツ本国でだけで89万部超!
あなたはこれほどまでの衝撃作に、かつて出会ったことがあるだろうか?
人間が抱く深い闇を見事に描き切り、しかもミステリとしての完成度が完璧とは!
信頼するケイレブ警部が停職中のため、ケイトは彼の部下と、ふたつの不可解な事件の捜査にあたる。
彼女が救った女性はロシアの出身だったが、なにか秘密があるようだ。
四肢麻痺となった女性はリハビリ施設への移送中に移送車ごと拉致される。
どちらの事件にも隠された過去が絡んでいた。
ドイツミステリの女帝が贈る慟哭のミステリ。
かくも衝撃的な作品がかつてあっただろうか?
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2020年(令和2年)に刊行されたスコットランド・ヤードの女性刑事ケイト・リンヴィル・シリーズの第3作です。
スコットランド・ヤードを辞めて、ケイレブ・ヘイル警部のいるスカボロー署に移籍する決心をしたケイト・リンヴィル……ところが新生活はとんでもないスタートを切る、、、
退職記念旅行をしていたケイトが乗った列車で銃撃事件が起き、ケイトはロシア出身の主婦クセニア・パジェットを銃撃犯から守るが、その2日後、同じ拳銃で別の事件で使用されたことが判明する……予定より早く新職場で捜査に加わったケイトだが、頼りにしていたケイレブはまさかの事態に陥っていた……。
本シリーズの作品を読むのは第1作の『裏切り』に続き2作目ですが、シリーズの魅力が素直に伝わってくる一作でしね……ケイト・リンヴィル刑事やケイレブ・ヘイル警部といった、欠点や傷、弱さを抱えたまま捜査に向き合う人物たちが静かに物語を引き締めています、、、
序盤は、複数の人物の視点や時間軸が交錯し、全く先が読めない展開なのですが……中盤あたりから、複数のエピソードが少しずつ繋がり、バラバラの断片がパズルのようにひとつの真実へ収斂していく構造が印象的で、読み進めるほど視界が開けていくような感覚が愉しめました。
終盤のサスペンスフルで、緊張感を最後まで途切れさない展開も良かったですね……面白かったです。
そして何より印象に残ったのは、障害のある青年サーシャの運命……読み終えた後も胸の奥に沈殿し続ける重さがありましたね、、、
社会の中で弱い立場に置かれた人が、どれほど簡単に理不尽に巻き込まれてしまうのか……事件の背景に潜む社会の無関心や弱者が抱え込まされる理不尽について、その現実を突きつけられるような痛みを感じました。
事件の真相が明らかになっても、すべてがすっきり解決するわけではなく、むしろ、罪とは何か! 誰がどこまで責任を負うべきなのか! という問いが静かに残る……そんな余韻が残るところに魅力を感じる作品でしたね、、、
本シリーズ、第2作の『誘拐犯』が未読なので、ぜひ読んでみたいです。 -
Posted by ブクログ
ドイツの作家シャルロッテ・リンクの長篇ミステリ作品『罪なくして〈上〉〈下〉(原題:Ohne Schuld、英題:Without Guilt)』を読みました。
シャルロッテ・リンクの作品は、昨年1月に読んだ『裏切り』以来ですね。
-----story-------------
〈上〉
何の接点もない二人の女性がまったく別の場所で、同じ銃で狙われた!
新天地でケイトが捜査にあたる驚くべき事件。
本書には、読者がミステリに求める要素がすべて揃っている。――「オーバー・バーディシェ」
スコットランド・ヤードを辞め、ヨークシャーのスカボロー署へ移籍する直前の旅の列車内で、ケイトはある男に銃撃された女性を助けることになる。
彼女は銃撃犯とはまったく面識がないと言う。
そして、使われた銃が二日後、別の事件でも使用されたことが判明。
そちらの被害女性は四肢麻痺となり口もきけない状態だ。
しかし両事件の被害者には何の接点もない。
犯人は何者なのか?
〈下〉
ドイツ本国でだけで89万部超!
あなたはこれほどまでの衝撃作に、かつて出会ったことがあるだろうか?
人間が抱く深い闇を見事に描き切り、しかもミステリとしての完成度が完璧とは!
信頼するケイレブ警部が停職中のため、ケイトは彼の部下と、ふたつの不可解な事件の捜査にあたる。
彼女が救った女性はロシアの出身だったが、なにか秘密があるようだ。
四肢麻痺となった女性はリハビリ施設への移送中に移送車ごと拉致される。
どちらの事件にも隠された過去が絡んでいた。
ドイツミステリの女帝が贈る慟哭のミステリ。
かくも衝撃的な作品がかつてあっただろうか?
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2020年(令和2年)に刊行されたスコットランド・ヤードの女性刑事ケイト・リンヴィル・シリーズの第3作です。
スコットランド・ヤードを辞めて、ケイレブ・ヘイル警部のいるスカボロー署に移籍する決心をしたケイト・リンヴィル……ところが新生活はとんでもないスタートを切る、、、
退職記念旅行をしていたケイトが乗った列車で銃撃事件が起き、ケイトはロシア出身の主婦クセニア・パジェットを銃撃犯から守るが、その2日後、同じ拳銃で別の事件で使用されたことが判明する……予定より早く新職場で捜査に加わったケイトだが、頼りにしていたケイレブはまさかの事態に陥っていた……。
本シリーズの作品を読むのは第1作の『裏切り』に続き2作目ですが、シリーズの魅力が素直に伝わってくる一作でしね……ケイト・リンヴィル刑事やケイレブ・ヘイル警部といった、欠点や傷、弱さを抱えたまま捜査に向き合う人物たちが静かに物語を引き締めています、、、
序盤は、複数の人物の視点や時間軸が交錯し、全く先が読めない展開なのですが……中盤あたりから、複数のエピソードが少しずつ繋がり、バラバラの断片がパズルのようにひとつの真実へ収斂していく構造が印象的で、読み進めるほど視界が開けていくような感覚が愉しめました。
終盤のサスペンスフルで、緊張感を最後まで途切れさない展開も良かったですね……面白かったです。
そして何より印象に残ったのは、障害のある青年サーシャの運命……読み終えた後も胸の奥に沈殿し続ける重さがありましたね、、、
社会の中で弱い立場に置かれた人が、どれほど簡単に理不尽に巻き込まれてしまうのか……事件の背景に潜む社会の無関心や弱者が抱え込まされる理不尽について、その現実を突きつけられるような痛みを感じました。
事件の真相が明らかになっても、すべてがすっきり解決するわけではなく、むしろ、罪とは何か! 誰がどこまで責任を負うべきなのか! という問いが静かに残る……そんな余韻が残るところに魅力を感じる作品でしたね、、、
本シリーズ、第2作の『誘拐犯』が未読なので、ぜひ読んでみたいです。 -
Posted by ブクログ
ロンドン警視庁の刑事ケイトの父親が自宅で無惨に惨殺されたことをきっかけに連続殺人がおこる
実はケイトの父親も元刑事で優秀な伝説的な名警部だった
物語はこの事件を追うスカボロー署の刑事たちの物語と
脚本家のクレイン一家が、仕事から距離を置くため人里離れた別荘にこもるも、そこで大変な事態に巻き込まれてしまう物語とか並行に進んでいく!
とにかくずっと不穏な空気に包まれている
なぜ、信頼の厚い優秀な刑事が無惨に殺されたのか?
犯人が誰なのか?
全くわからない
終盤、急に犯人がわかるのだが、それは想定のしようもなく…(笑)
でもそんなことはどうでもよく、犯人の動機にプロローグが急によみがえり、胸が苦しくなった
そしてタイトルも素晴らしい
「裏切り」
とにかく登場人物の人物造形もすばらしく物語に没入してしまった
主人公のケイトには「もっと自信をもちなさいよ!」と尻を叩きたくなったが…(笑)
久しぶりに大興奮の作品で、もう次の作品を追いかけてる
しばらくシャルロッテ・リンクの世界にどっぷり浸かることにします… -
Posted by ブクログ
スコットランドヤードの刑事ケイトは控えめで自己評価の低い性格が足を引っ張り凡庸な刑事だと思われていた
しかし世界でただひとりケイトを天才捜査官と認めるヨークシャーのスカボロー署の警部ケイレブの熱心な誘いに移籍を決意する
だが移籍前の休暇を利用した旅行の最中、銃撃事件に巻き込まれ、否応なく捜査の前面に立たされてしまう
しかも頼りのケイレブはまたしてもアルコール問題により停職処分となってしまう
孤軍奮闘捜査を続けるケイトはやがて事件の背景に隠された大いなる「罪」を暴いていく
物語が描くのは、まさしく「罪」だ
そして物語が紡ぐのは、「罪」を背負う者、「罪」に蓋をする者、「罪」を楽しむ者、そして「罪」と対峙する者たちだ
人はいつも「これしか道はなかった」「愛するものを守るためだった」と自分を守る理由を簡単に見つけてきては「罪」を犯す
そして自分より弱いものを犠牲にして目を背けてしまう
そして次々と新しい「罪」を生み出していくのだ
心をすり減らし「罪」と対峙し、弱き者を救おうとする刑事たちは、救われることのないまま次の物語へと向かう
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Posted by ブクログ
太宰の『人間失格』を読んで、この主人公は自分だ、と思ったなんて感想をよく聞く。
僕にとっては、この『トニオ・クレーガー』がそういう本だったようだ。
「ねえ、ハンス、『ドン・カルロス』は読んだかい?君の家の庭の門で約束してくれたね。でも、どうか読まないでくれ!」
「瞬間撮影写真の載った馬の本を読むほうがずっといいなんていう人たちを、詩のほうへ誘い込んだりしちゃだめなんだ!」
「君のようになれたら!もう一度最初からやり直して、君と同じように成長することができたら。」
トニオの愛の言葉は痛烈だ。憧れの裏返しや、少年時代の気の迷い、そんな言葉で片付けられるような生易しいものじゃない。
周りの世界からどうしようもなく隔絶してしまった(少なくとも、そう思っている)自分自身。それに対して、美しく自信に溢れ、周りにも認められて何不自由ない「普通」の幸せを生きる「金髪で青い目の人たち」としての親友ハンスや少女インゲボルク。
僕にもそういう人たちが沢山いる。
彼らのようになりたい、彼らに少しでも近づきたいと願っている。
それでいて、彼らには決して自分と同じようになってほしくない。自分にしたって、彼らのような「普通」が欲しいわけじゃない。自分は自分のまま、彼らは彼らのままで、彼らに近づきたい。
そういう葛藤から、今までの僕が形作られてきた。この点で、僕はまさにトニオ・クレーガーだ。
一方で、矛盾するようだが、僕はやっぱりトニオ・クレーガーじゃない、とも思わされた。
トニオは言う、「僕は眠りたい、けれど君は踊らずにいられない」。
「眠る」とはただただ感情の赴くままに行動すること、すなわち「普通」の幸せに生きること。「踊る」とは運命に従い生きること、トニオにとっては芸術の道がそれだ。
僕には自分が「踊らずにはいられない」側の人間だとはとても思えないし、踊りたいともきっと上手に踊れるだろうとも思わない。
芸術家に限ったことでなく、そもそも自分に何かの天賦の才能や人生を賭けるに値する夢やら野望があると思ったこともない。
それならそれで、世の中のほとんどの人と同じように「眠る」道を選べばいいわけだが、あいにく僕はみんなのようには眠れない。
僕はトニオ・クレーガーではなくて、トニオが最も軽蔑する「不器用な身体に繊細な魂を持った人たち」なのかもしれない。
あるいは、もっと悪いことに、僕自身のこんな考え自体が傍目から見たら「眠る」ことに他ならないのかもしれない。それをすっかり受け入れてしまった将来の自分を想像すると、ぞっとする。少なくとも今は。