酒井駒子のレビュー一覧
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アンネの事は昔から知っていたものの、どういう日記を残されていたかは知らなかったため読んでみました。
アンネの童話では、外に出ることが難しいなか外に出ることの憧れで様々な話が出てきているのではないかと記者のあとがきで知り、少女らしい童話だと思いながら読んでいましたが複雑な気持ちになりました。
映画スターの夢という話で、まさかの登場人物みな実在人物でアンネにも有名な方への憧れがあったりされてたみたいで1人の人間なのだと実感しました。だけれどアンネがこの時の夢での話で17歳のアンネとして語っていましたが、その年齢になることもなく亡くなられてるのに非常に切なく思います。
この、苦しい中でも書き続けたアンネの日記が世界中に知れ渡ったのは救いです。 -
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「挿絵:酒井駒子」で平積みされているのを見て咄嗟に入手していた1冊。せっかくだからタイトルに合わせて5月に読もう、と少し寝かせていた。
死者と生者を面会させる「ビジネス」でつながった4編。それぞれに登場する少女たち(かつての、も含む)が生々しくも印象的で、春と夏の間のなんとも言えない季節感にぴったりだった。緑の匂いも、雨の気配も、行間から立ち上がるような感じ。
ダークスーツの日本人「タキ氏」が、ミステリアスな魅力にあふれていて、ずるい。西洋っぽい舞台はアメリカなのかイギリスだったのか。そのどの場面にもタキ氏は似つかわしくない雰囲気のくせに、存在自体は希薄で。さーっと存在が消えていく去り際なんか、特にずるいよなあ。
幼児を育てている身からすると、1話の幼女と、4話の少女は胸にくるものがある。最近突然暑い日が多いけれど、夏の手前ってこう、情緒があったよね、と思い出させてくれる1冊でした。 -
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ネタバレ深行が泉水子を危なっかしくて放っておけないところからいつの間に好きにまでなったのかと思ってたけど、それまで自分の予想通り動く周りの中で彼女だけそうじゃないという不可解や苛立ちから気になったとしたら、なるほど。
スケートリンクの真澄の大暴れという見せ場にヒロイン泉水子があえて居合わせないというのがこの物語の真骨頂で、表に出ない活動をするのが本質で(だから内気な性格も直す必要はない)、結界を張る力も攻撃ではなく守るために発揮することがますます理解できた。
ただ、チーム姫神のバランスのためとはいえ泉水子の恋愛進展を探らせるために盗撮を陰で先輩に頼む真響とか、祖父を引っ張り出すためとはいえ真響の前で真夏と真澄が心停止のフリとか、相変わらず「そこまでやるか」な裏側のサイコっぷりにはうんざりした。
これが、読みやすいのにこのシリーズの世界観に親しめない理由だと思う。
現実的な真響&霊性の高い真夏・真澄が補完関係にあるように、搾取や否定をしない泉水子と、隙あらば取り込もとするどろどろした世界は共存するバランスなのか。
それさえも包む姫神なのかもしれないけど…
ところで、急なピエールマルコリーニ実名登場なぜ??
「泉水子ちゃんも、けっこう義理チョコ多いね」(人外の)は笑うw -
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1980年刊行の『オットーと魔術師』収録作品を、酒井駒子の挿絵を加え2024年に発行。初夏の雰囲気たっぷりに一晩の不思議な体験をする4話構成のファンタジー作品。酒井駒子の絵もどこか涼やかで、これは夏の今読むべき!と(まんまと)思わされた。
初めての山尾悠子作品だったが、あまりに読みやすいので驚いた。それもそのはず、巻末の解説によると作者が若い時の作品であり、女の子向けの雑誌に掲載され、しかも一晩三十枚のペースで書いたという。難しいところも無いので、スッと世界に入っていけて最後までしっかりと面白いので、ファンタジー好きな人にはお勧めします。新しくはない作品だが、空気感は今でも楽しめると思う。
1997年に世界幻想文学大賞を獲ったジェフリー・フォードの『白い果実』の翻訳者は3人いた。その一人が山尾悠子で、供訳者の金原瑞人、谷垣暁美が日本語訳で翻訳したものを山尾文体でリライトするという贅沢なものだった。『白い果実』は残虐非道の数々が巻き起こるが、幽玄な美しい情景が浮かぶ不思議な読書体験だった。山尾悠子の名は松岡正剛の千夜千冊でも「日本のファンタジーといえば、稲垣足穂と山尾悠子」と書かれていた。
そんな骨太なイメージだったので恐る恐る読んでしまった。でも入り口としては良かったのかもしれない。もっと他の作品も読んでみたいと(まんまと)思わされた。 -
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ネタバレチチとハハは別居した。
チチは生まれ育った王子島に帰って喫茶店を開くことにし、ハハは童話作家の仕事を続けながらも、新聞記者として働き始めた。
となりに住んでいるセンくんは一つ年上の五年生で、毎朝一緒に登校する。学校は行きたくない。たくさん考えて考えて、考えた先に出てきた「わたし、わかんないです」を言うと、先生は困った顔をするしみんなはわかんないちゃんって言う。
装画:酒井駒子
表紙の女の子、主人公中(ナカ)ちゃんの絵の雰囲気からか、このお話を読んでいる間ずっと、ジトっとして薄暗いイメージを持ち続けていました。
お父さんとお母さんが別居するということは、主人公にとってとても大きな事件なはずなのに、そのことについては大きくは触れられず日常が続いていく、その中で小さな、事件と言えるかどうかも分からない、もしかしたら大きな事件になり得るかもしれないことが日常の延長上に起こったり、学校に馴染めないでいる居心地の悪さが描かれたり、読んでいてなんだか得体の知れない物が背後に蠢いているような気持ちになりました。
学校の先生にとって主人公は賢いけれど困った子。先生が期待する言葉を言えない子、きっと先生からすると言ってくれそうに思えるから当てるのだろうなと思いました。でもそう一筋縄ではいかない主人公を持て余してしまっている最中に思えました。
その子が、浮いた存在になってしまう初期の状態が描かれているなと感じました。
残り数ページだけどこれどうなっちゃうの?どういうエンディングを迎えるの?と半ばサスペンスやホラーでも読んでいるようなハラハラした気持ちで読んでいたところ、あっさりスッと幕が引かれて驚きました。ここで終わり??と。でも、ずっと、わかんないって思い続けてきた主人公が一つの大きな決断をしたことで、ほんの少しだけホッとしました。この子の行く末は「わかんない」けれど、小さな身体でぐるぐると考え巡らせていることを根気よく聞いて共感してくれる人が現れるといいなと思いました。
巻末、作者の別の本ですが江國香織さんがコメントされていて、確かに江國香織さんが好きそうな文章だと妙に納得してしまいました。
決して好みの文章や内容ではないけれど、なぜか読んでしまうし、読後頭に残ってしまうお話でした。
好みではないというか、没入してしまい、この仄暗さに引き摺られてしまいそうだから苦手なのだろうなと思います。
そして何より苦手だなと思う所以は、このお話は小学生中学年の女の子が主人公ですが、大人に向けて描かれているような感覚になるからです。これについては、作者の本を読むのが初めてなので、他の作品も読んだ上でもう一度考えたいと思います。
追記:初めてではなかったです、同時期に『ぼくのねこポー』を読んでいました。二作読み比べて、やはりこちらは若干大人向けに書かれているようにも思えましたし、こういうお話を好んで読む、江國香織さんの子どもの頃のような小学四年生の女の子もいるかもしれない、そこへ向けて描かれたようにも思えました。