岩波明のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレこないだの青森の市議の一件で、市議会の議長辺りが「めっ!」と怒れば済む程度のことwを、正義の味方面したテレビが鬼の首を取ったようにバッシングしまくっていたのを見ていて、なんだか無性に読んでみたくなった本。
で、読んだのは読んだんですけー。
読んでいて、なんだか文革時の密告社会のようでウンザリでした。
あと、連合赤軍の「総括」も思い出して、嫌ぁーな気分に。
この本に出てくるようなことって、たぶんそれらと全く同じ構造で起こっているんでしょうね。
「義」は確かに大事だけど、「仁」はもっと大事なわけでー。
「仁」を忘れた「義」ばっかりが横行している世の中なんて、息苦しいだけ。
つまり、今の日本人にある閉塞感って、それこそが根本の原因なんじゃないの?
憂さ晴らしに面白がってした私たちのバッシングを、マスコミやマスコミに出ている専門家と称する人たちが耳ざわりよく、かつ正しいことのように新たなマナーやルールにして。
それを情報として、“これは正しいんだから知らなきゃ時代遅れ/非常識なんだぜ”と流す。
その情報の耳ざわりの良さに私たちはそれを喜んで、あるいはカッコつけて受け入れる。
やがて、それはスタンダードになり、スタンダードになったことで、今度は世間から強要されるようになる。
気づけば、私たちはそんな新たなマナーやルールでがんじがらめになっている。
そんな大人たちを見て、子供は自分の未来を感じとって、絶望していく…
いや、そんなことは書いてないですよ(笑)
書いてないけど、ふとそんなことを思いました。
とはいえ。
そういえば、「オカルトクロニクル」というサイトに“現代においては一部の芸能人の方々が、『天狗』になったせいで神隠しになる”みたいな一文があったんですけどw、この本で紹介されていた例の中には神隠しにあってもしょうがないんじゃないのぉ~みたいな人もいるとも思っちゃったり(笑)
つまり、この本に書いてあることを必要以上に「正解」としてしまうと、また新たなバッシングの根拠を作ってしまうことになるんじゃないかと…。
ていうか、アイドルと芸人の顔見るのにウンザリで、最近テレビをめっきり見なくなったなぁ~。
感想からは離れますけど、TVもネットも。最近はバッシング(の程度)の基準が、もはや全然デタラメになっているような気がしますね。
タレントだか放送作家だか知りませんけど、彼ら/彼女らも叩かれるのが怖くて、何を良い/何を悪いと言ったらいいのか全く判断が出来なくなっているのではないでしょうか。
つまり、ルール(法律)を犯した人(犯罪者)全くバッシングしないけど、マナー違反程度の人(気に障った人)は徹底的に叩きまくる、みたいなあの風潮ですよ。
それこそ、仕事上で上司が部下を叱るのと、仕事外で上司が部下に明らかな暴力行為をするのを、どちらも等しく「パワハラ」という言葉を安直に使って済ませている、と言ったらいいんですかね。
これも全然関係ないようですけど、堀江貴文って、個人的には、頭が良すぎて無責任にしか生きれない人というイメージしかなかったんです。
でも、こんな世の中になっちゃったんなら、人なんて無責任にしか生きれないみたいな考え方も必要なのかなーと思いましたね。
一冊、読んでみようかな。
って、今回もほとんど本の感想なってない(笑) -
Posted by ブクログ
発達障害という疾患について、その中心的なASDとADHDを詳しく述べることによって説明されています。一つひとつ丁寧に書かれていて、この症状に対しての出来るだけ正確な理解をすることによって、世の中にはびこる偏見をなんとかしたい著者の趣旨が伝わってきます。症状の例が述べられていますが、それは一つだけ取ったら一般にもあることで、それが様々な誤解に結びついていることが良くわかります。複数に当てはまれば発達障害ではなく、発達障害だから複数の症状が出ているということに気をつける必要があるのだと思います。この症状に苦しんでいる方々や、それを支援する様々な活動と、世の中の関心の薄さからくる偏見や誤解。本書を読むことで、この方々に対する総合的な理解をすることができます。
-
Posted by ブクログ
みのもんた。
朝青龍。
沢尻エリカ。
一世を風靡した有名人が、一つの出来事をきっかけに日本中から情け容赦のないバッシングを受け姿を消していく。
その攻撃には、マスコミだけでなくインターネットやSNSなどの発展に伴い、誰でも参加が出来てしまう。
攻撃対象を見つけては炎上を繰り返していく。
最近では攻撃の対象は有名人だけでなく、一般人にまで広がっている。
そして改めて思う。
自分もその参加者の一員なのだと。
人を攻撃している時に感じる、正義感による陶酔。
指先一つで裁判官に、場合によっては神にすらなったように錯覚できる時代。
ある日突然、誰もが被害者になり、加害者にもな
る。
大事な時間を費やし、「好き嫌い」で一時の憂さ晴らしをする。
ちょっとした差異から生まれるジェラシー。
攻撃することそのものが目的となる。
不寛容で、再チャレンジがしにくい社会。
若者が悲観的で希望が持てない日本。
著者は、統計と精神科医としての経験から分析する。
「日本ほど物質的に豊かな上に、便利で安全な場所は他にはない。文化的にも豊かだ。現代の日本に欠けているものがあるとすれば、それは『智慧』であり、『教養』である」 -
Posted by ブクログ
最近の、どうにも挙げ足取りな風潮に心底、嫌気がさしています。
どうでも良いことに、イチイチクレームつけたり、炎上したり。
例えば、ベッキーの不倫。当人たちで解決させればいいのに、全く迷惑もかかっていない人たちが、面白く盛り上げて。
そんな事をイチイチ、ネット記事にする記者もいますね。(そんなのは記者じゃないけど)msnも最近ヒドイ。
ブログで誰が何と言ったことで炎上→謝罪とか。誰々のSNS発言に誰々がSNSで応酬とか。
そう言うのに、うんざりしてました。
そんな所で、本書を知り読んでみた。
精神科医の視点から、色々な考察が書かれています。
読んで、「解決。スッキリした。」とはなりませんが、なるほどです。 -
Posted by ブクログ
東京新聞に連載されていたものを書籍化したもので、63もの作品について解説されているが、1つ1つについては3ページで終わってしまう。だから、正直物足りない。もっと深く詳しく分析されたものが読みたいという気になる。
ただ、63もの作品が紹介されているわけだから、当然読んでない作品も多く、その作品それ自体にあたってみたいと思うものもいくつもあった。
また、作家の知られざる病歴、最期の様子なども解説されていて、それらを知ったうえでもう一度作品に当たってみると、また違う発見があると思った。漱石や太宰、芥川龍之介の精神疾患ないし精神的不調の話は有名だが、谷崎潤一郎や川端康成、ヘミングウェイ、ドストエフスキーなどについては初めて知ったので正直驚いた。東西を問わず、時代を超えて輝きを放つ作品とは、作者の精神の極限から絞り出される葛藤や苦しみの結晶なのかもしれないと思った。 -
Posted by ブクログ
精神障害者についての基本的な事項が整理されていて、とても分かりやすい本です。精神障害者問題についての歴史的経緯を概観することができます。歴史的経緯を知らないと、今起きている問題をきちんと理解することはできないと思いました。
精神障害者問題は古くからあって、今なお解決策が見出されていない問題。触法精神障害者は、犯罪の加害者であると同時に病に苦しむ人でもあるという言葉が印象に残りました。社会にとって、本人にとって、一番いい方法は何なのでしょうか。少なくとも、今の時代において検討されるべきは、司法と医療が、協力してこの問題に取り組むことなのかなと考えました。 -
Posted by ブクログ
犯罪者が精神病だった時の取り扱いは触法障害者に対する扱いよりも更に寛大であり、事実上処分は無く医療機関に丸投げされている事実を再確認し驚き。五体満足で屈強であったとしても障害者が犯罪を犯した場合よりも処罰が甘い、というか事実上無処罰な事に大きな矛盾を感じる。単純に普段知らない世界を垣間見れるという点だけでも興味深い一冊。スキゾフレニック。幼い頃に周囲の音や声が強迫的に聞こえて物凄くイライラする事がたまにあって、当時それを周囲の大人に説明できなかった。あれもスキゾフレニックな現象だったのかなと思う?もう30年も無いけどあれが続いたり悪化したらヤバかった気がしている。