本川達雄のレビュー一覧
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絵とき ゾウの時間とネズミの時間
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
本棚があふれかえっていたので、つまらない本は処分しなくてはと思って読み返したところ、かつての記憶以上に面白かった。「それを捨てるなんてとんでもない」。
本書はネーミングがよくないと思う。ウニとバッタの話は一部である。副題の「デザインの生物学」というのがテーマにふさわしい。ヒトも含め、生物の形に対する興味と敬意が深まる。
体のつくりには、その生きものの住んでいる環境、生き方、気が遠くなるほどの長い歴史などが反映されている。体が違うということは、動きも、求めるものも、生き方も違う。異なる価値観を持ち、それぞれが独自の世界を持っている。本書では、サンゴ、昆虫、貝、ヒトデ、ナマコ、ホヤ、四肢動物をとりあげ、何がいかに違うかに迫る。
そのへんをそぞろ歩く虫を見て、何やら自分とはかなり違った生きものだというのは当然に知ってはいたが、こんなにも違うというのはまるで理解していなかった。体の形や動きにしか目をつけていなかったけど、例えば虫は材質から異なるし、骨(骨格構造)は外だし、筋肉も関節も仕組みがヒトとはまるで違う。だんだん「同じ生きものなの?」と不思議に思えてくる。虫やサンゴが機械や建物や謎の物体のように感じるのは、「生きもの」の範疇をヒトに近いものと無意識に限定していたからなのかもしれない。
読後はやなせたかしの「手のひらを太陽に」を歌いたくなる。生きるのが嫌になってしまったとき、哲学書や経典や自己啓発本を読むより、本書を読んだ方がずっと生きていることの尊さ、よろこび、同じ星で同じ時期をともにする仲間たちへの親しみが溢れて、気力がわくと思う。 -
Posted by ブクログ
息子へ)
お父さん理系の大学を出ている。理系大学に入って研究というものもしたことがあるが、その面白さ醍醐味がこの本には書いてある。
○寿命は動物によって異なるが心拍数は一定。
○動物は、その大きさによって時間の流れ方が変わる。
時間は、大きさの1/4乗に比例する。
○なぜ、車輪を持つ動物がいないのか?
○サイズによって決まる行動範囲について。
そんな不思議な内容を、理論的に実験的に証明していく。さらに筆者の思想もユーモラスに加えられているからとてもおもしろい。
研究する立場にいて、このようなことを、自分なりに論じられるときこそ、本当に喜びを感じることができる。理系研究者が理想とする楽しみ方を本書から知ることができる。
君にも高校生で理系か文系か迷ったら、理系の大学で研究室を選ぶとき、、、この本を読んで、この本のような喜びを感じられるとおもう選択をして欲しい。
もちろん、この本に興味を示さなかった場合は、研究の分野に進まないほうがよいのかもしれない。逆の指針も得ることができよう。
君の人生には、おもしろいこと楽しいことが溢れている。君のとっての喜びを、本書のような本を読むことで見つけることができる。
息子よ、本を読め。
(お父さんの本の買い方)
BOOKOFF \105
(読め、もしくは、読むな)
読め!
(君が・・・歳のころに)
高校生のとき理系か文系か迷ったら、
理系の大学で研究室を選ぶとき、、、 -
Posted by ブクログ
興味深かったこと
・太平洋と大西洋のサンゴの種数の差
最後の氷河期で大西洋は全体が冷えて多くのサンゴが死滅した一方で、太平洋は大西洋よりも広く、アリューシャン列島やベーリング海峡のおかげで北極から直接冷たい海水が入りにくく、氷河期でも生き残った場所があったことによる。また西太平洋には島が多く浅瀬が多い。
・サンゴの種数…世界で1300、琉球列島で400(当時)
・褐虫藻は一種類じゃない
8つのクレードに分かれていて、サンゴに入っているのは主に4クレード。クレードの中でもさらにタイプが分かれる。
・サンゴの種によってそれぞれの褐虫藻との相性があったり、同じ群体日があたる部分と当たらない部分で違う褐虫藻がいたり、同じ種類のサンゴでも住む場所によって持っている褐虫藻が違ったりする。ほとんどの場合、一種のサンゴにつき一種の褐虫藻。
・サンゴの網目状進化説
一斉産卵、しょっちゅう交雑、群体は長生き
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Posted by ブクログ
多様な生き物のからだの仕組みやその進化を辿ることができる面白い本だった。
動物は一つの場所に留まり流れてくる食べ物を待つものと、自分で動いて食べ物を捉えにいくものに大別されるが、棘皮動物はその間のちょっと動く生物というのが面白かった。
あたり一面食べ物だらけの中で過ごし、サポニンという毒や、柔らかくも硬くもなる表皮?で身を守り、卓越した再生能力を持つナマコやヒトデたちは、のんびり暮らしているようで最強の生き物なのかもしれない。
シカクナマコが2つに分裂して増えることができる種だというのも驚きだった。場所や時期によってたくさんいるのはその生殖方法のせいもあるのかな。
サンゴとナマコの関係も気になる。ナマコが昔より少ないというのは、サンゴ(=一次生産者)が死んで、サンゴを利用する生き物が減って、砂に溜まる有機物も減って、ナマコも減る、という順番なのだろうか。あと、小さいナマコというものをあまり見たことがなく、着底〜大きくなるまでの過程が気になる。見落としているだけでその辺にいるのかな。
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絵とき ゾウの時間とネズミの時間
- カート
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試し読み
Posted by ブクログ
読んだ時、衝撃を受けた一冊。
まさか、ゾウとネズミの生きる時間がほぼ同じだったとは。私達は時計の針で時間を見がちですが、心臓の鼓動の数から見れば二匹とも大体同じ15億回。つまり一生の長さは変わらない。時間の捉え方に新たな視点を貰えた本。
元々、新書で出てた内容を書き下したものなので、科学的な説明が多く、かなり内容が難しいのですが、ガリバーの話から入り、図、絵を多用していて、子どもでも分かるよう配慮されています。
読んだ時、同じく生まれでてきたのに、一年で枯れてしまう命と百年以上生きる命があるのは不公平だ!ってやたら憤ってた時期だったので、この本、自分にすごく刺さった覚えがあります。 -
Posted by ブクログ
「なんだかバラバラのトピックなのにギリギリの線でうまく繋がって読ませるなぁ」と思いながらいたんですが、巻末にその種明かしが。
新書依頼→いやいやそんなの無理と思ってたけど講演録5本を文字起こしすれば一冊分になるじゃんと思いつく→出版社好感触。なんだ楽して本出せるわと思った矢先「一貫したストーリーとして読めるように書き改めてください」→大幅手直し。
なるほど。だから星座のように(無理矢理)繋がってひとつの形になってるのね。
勿論ご本人の長年の研究(ナマコ)と頭のいい人の60数年の人生観を自分の言葉で語ったものですから自ずと繋がりはするでしょうけど、結構な振り幅のトピックをうまーくまとめて心地よく読ませてくれました。
1.社会問題をナマコから考える
脳も心臓もないナマコ。エネルギー消費が著しく低いナマコ。死ぬ時はドロドロに溶けるナマコ。
動かないナマコと必要以上に忙しない人間。どっちが幸せでしょうねぇとのこと。
そうね。話は分かりやすく動かない何もないナマコvs忙しい人間だけれども、この質問(どちらが幸せなんでしょう)の型は人間vs人間でもそのまま持ってこれる。
まぁこの章はナマコの話だけで十分面白いです。
この本を読むまで考えたことすらなかったですが、棘皮動物5種って海にしかいないのね。他にも海にしかいないの沢山いるでしょうけど。サメとかも?でも海も川も繋がってて、魚も貝も海老も蟹もいるのにねぇ。逆に海には昆虫がいないか。海のアメンボだけ例外?あいつだけなんで海にいるんでしょうね。
まぁそれはいいとして。
ここで最も好きなのは「このわたの『こ』はナマコのこ。『わた』ははらわた。『こ』は芋虫状の動物を指す古い言葉で生で食べる『こ』はナマコ。家で飼う『こ』はカイコ。」知らなんだ。
2.生物多様性はなぜ大切?上
多様性って大事なのは間違いないけど500万種と1000万種って違いあんの?とか、生物は続けていくもの、でも形あるものは壊れるものなんてのも。ここで法隆寺と伊勢神宮の話が出てくるのがさすが。「同じ」とは素材と形と機能が同じことだとする。素材がそのままでも機能が失われてるものは果たして同じなのか。また材料は異なるが機能の継続性がバッチリならばそれは同じと言えるのではないか。とここで生き物は伊勢神宮方式であるとしてます。そうだよ。伊勢神宮は20年ごとだもの。まさに人間の1世代ごと。
あれこそ究極の永遠なのよ。(まぁ人間いなくなったら終わりだしあともっても1000-2000年でしょうけどね。)そして狭義の「私」広義の「私」。
この広義の「私」はいいですね。別に今に始まったことではなく、何十億年昔から生物は狭義の「私」だけで生きてきたとは思いますけどね。隣の植物に遠慮してる草木なんてジャングルにないでしょう?でも30-50万年前?にホモサピエンス(なんと傲慢な名前!自分でつけてるなんて!)が枝分かれしてから今に至りますが、この最近の100年の間にとうとう原爆まで作ってしまった。完全ロボットの兵士や簡単なドローン兵器まで作ってしまった。凶悪なウィルスを人工的に作り出してばら撒くのも簡単になってしまった(技術だけじゃなくて世界自体が繋がり過ぎて狭くなったしね)
じゃあ今までのように「これが生き物としての本能なのさ!」と狭義の「私」だけで生きていくのはアンバランスですね。なんせ地球全ての生物を抹殺してしまうほどの武器を作ってしまったのだから(しかもそれを世界の数人が握ってる)
もっと自分自身の輪郭を広げていきたいものです。そのためにはまず輪郭を朧げに、柔らかくすることから。でもなぁ。
話戻って。
ジャガイモ飢饉なんかを例に生物にとっての多様性は重要かつ大切なのだと論じます。
生き物という読み物を読む前に絶滅させるのは「焚書」だという人もいるとか。上手いこと言いますね。
ここで筆者は砂漠と高温多湿に触れます。
農耕不可の砂漠では何も生まれないので圧倒的絶対的唯一神が世界を創造する。日本のようなところは放っておいても植物が育つ。意図とは無縁。
蒸し蒸ししカビが生え虫が湧く。で、「蒸すと生じるから虫。」ほんとに????
自然とむすこやむすめも生まれてくる。古事記にはタカミムスビやカミムスビが最初の神とされる。はぁ。
3.生物多様性はなぜ大切?下
「広い利己主義」を筆者は勧めます。特に垂直方向に。確かにこれが一番手っ取り早いかな。
好き好き至上主義は私を薄っぺらにするーとあります。まぁそれはそう。好きなことだけ、都合のいいことだけ見聞きしてたらバカになりますよね。情報が少ない上に硬直的。手に負えない。嫌いなもの嫌なものともかかわりあっていかないといけない。必要悪として原発も受け入れ、破綻している年金制度もこの世代で終わらせる?
うーん。その通りなんですけども筆者が言ってる「広義の私」による多様性の受け入れってのもやはりどっかに壁がある話なんでねぇ。多様性に対して寛容にしてると全てが混ざって結局全部同じになっちゃわないですかね。多様性ってのはそれぞれの場所や地域での拘りというフェンスがあってこそのものかも。その場合、全ての人が私を狭くしておくことが多様性の要とかなったりしませんかね。脇ガバガバだったら全ての玉が同じ色にならない?屁理屈か。
私は頭も性格も悪いので私の意見なんてどうでもいいんですが、多様性は大事なんですがこの多様性を訴える人達は混ぜることとか我慢すること相手を理解すること(それで自分自身が成長成熟する)と仰るんですがね。果たしてそうですかね。
例えば南米の滝の裏の苔の上にしかいないカエルがいたとして。彼らに「多様性」を訴えてアメリカザリガニでも他のカエルでも放り込んだら一発で絶滅でしょ。メダカとかタナゴとかね。それと同じことが人間同士でも起きるかもよ。勿論日本人同士でも。ね。
なんかちょっとアレに似てるかな。「自炊してます」アピール?クックドゥとか丸美屋とかシチューのルーとか、自分で作りますみたいな。
シンプルに言ってるだけならまだ可愛らしいけど本気で「自分の食べる分くらいは自分で作らないと大人じゃない」とか考えてんならちと頭おかしい。
その包丁、まな板、フライパン、豚肉にキャベツにピーマン、塩胡椒。どっから持ってきたの?
ごくごく狭い程度問題なんだよね。
4.ゾウの時間、ネズミの時間、社会の時間
ここがデータとして一番おもろいとこですね。
心周期、代謝率、比代謝率。
がしかしこの章のヒットはシモダイタホヤ。
完全クローンの娘を次々に産んでいくが母と娘は血管で繋がったまま。サイズを1/10にしてもエネルギー消費は半分くらいしか落ちないらしい。
目もないし司令塔もないのに?
生き物自由設計が過ぎんだよなぁ。
また同じ話しちゃうけど、一神教信じてる人ってこういう生き物見てどう思うわけ?あとさ、ハリガネムシとかロイクロコリディウムとかまでいかなくても毒のある蛇と毒のない蛇を誰かが作ったとしたらその人絶対ヤバいから近づかない方が良くない?
さておき。
「エネルギーを使うと時間は早くなる」
「現代人はエネルギーを使って時間を速めている」
確かにーーーーー。それで生き物として長い時間をかけて進化の過程で得た体内時間とのズレで不調になるんでしょうね。人間以外の全ての生き物にとってあまりにも有害すぎる私たち人間。
「時間がそんなに重要なら12:30ですとかデジタル表示する生き物が出てきてもおかしくない。」
発想がいちいちキチガ、じゃなくてユニークでいいですねこの人は。でも時間なんてそれぞれの生き物で違いますね。そもそも自分が絶対に、そしてある程度(たとえば朝が36500回来たら、とか)の期間内に死ぬということを知ってるが故の時間への執着なのでは。それがなかったら誰も時間なんて概念持たないような気もします。
5.コンピューターと子供たち
アルコールが20歳からならばコンピュータも、という考えはごもっとも。世界の大金持ちたちが子供にパソコン持たせない、スマホ持たせない、YouTube見せないってのは深く理解出来る。
てかそもそもテレビ画面がね。ある眼科医が「テレビ発明した奴は地獄行き」って言ってたのを読んだ記憶がおぼろげに浮かんできましたが(進次郎)、アルコールや車と同じく考えていいものかも。
「頭がいいとかわるいとかいふ言葉は昭和になって流行するやうになった表現のひとつであるらしい。その場合の頭いい、わるいは、頭脳回転の速さを、暗黙のうちに意味していた。ものごとの処理が機敏につくなどといふ能力る彼ら大正期インテリにとって何事でもなかった。」(昭和精神史)
この引用も良かった。
頭の回転、そんなものが持て囃されるようになったのは最近のことなのかもね。
6.老いの生き方
私は自分のことも周りの友人のことも「おまけの時間」「アディッショナルタイムだ」「正規の試合時間はとうに終わっている。ボーナスタイムだ。笛はいつ鳴ってもおかしくない。」と常々言ってきましたが、筆者は「心拍数が15億回を超え、白髪が生え髪が抜ける41.2歳以降は(人間本来ではとっくに寿命を迎えているが膨大なエネルギー消費によって生み出した医療技術によって作り出された)人工生命体」「遺伝子の保証期限切れ」とする。
この保証期限切れってのがより40歳以上を正確に表す言葉ですね。ボーナスタイムとかだとまだポジティブ過ぎたな。製造元からすれば「長く使うのはええけど何があっても責任持ちまへんで」な訳よな。
孔子の言葉「老いて死なず、これを賊とする」を引用。後世の人のために(広義の自分のため)なることをしている人は長生きしてもいい。我々シルバー世代は次世代にツケを回して生きているのだから賊と呼ばれて仕方なしと。
「人のために」ってレベルが人それぞれ異なりますが、私からすれば全員賊ですね。ほぼ全員、誰も大したことやってないでしょ。すぐに代替が見つかる凡人(またはそれ未満)なのだし。
おまけの人生に入ったら若者の足を引っ張らない、広い意味での生殖活動をする。
なるほど。
でも若者からすれば「年寄りのアドバイスは時代遅れの的外れ」「若者にかかわろうとしないでくれ」「そもそも存在自体が迷惑」とかだったりするんでしょうね。いやはや、年を取るのはつらいですな。
でもあいつもあいつもあいつもどうせ100年後には皆んな地球にはいませんからね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「長生き」が地球を滅ぼす
現代人の時間とエネルギー
「ゾウの時間ネズミの時間」で有名な著者がその発想を現代人の時間への考察に発展させたのが本書。
ほ乳類は15億回くらい心臓が脈打つと死ぬ。ぞうはゆっくりと心臓が脈打ち、ねずみは早く心臓が動く。一回心臓が脈打つ際に消費する仕事量は2ジュール程度なので、大体30億ジュール分の仕事を心臓が行うとほ乳類は死ぬ。故に、ぞうの時間とネズミの時間は異なるのではないか?という発想を基本として、現代人の時間を考察しています。体重と寿命は相関関係があり、人間が60KGとするとその寿命は約30年。今の日本人の平均寿命は80歳を超えているのは、大量のエネルギーをつぎ込んで、環境を変えることによって実現している。
これが著者の結論。
生命は外部からエネルギーを得ることによってエントロピーに抗している存在で、自分の子孫を作ることによって、ガタが来た体を捨てて、新しい体に移行する。自分の子孫を成人させた時点で役目を終わって死んで行くのが生き物の摂理だが、人間はそれに反して大量のエネルギーを子孫から搾取することによって長寿を実現している。故に、年をとったらエネルギーを使わず子孫に残すために早めに退場すべき。また、生きているうちに使うエネルギーも節約すべし。(現代日本人は生きるために必要なエネルギーの40倍のエネルギーを1人あたり使っている。昭和30年代くらいだと10倍位なのでその位まで節エネルギーすべし) また、おまけの時間を子孫のために使うべし。
これが著者の意見。
”長生きはよいこと”という大前提に疑問を呈し、”長生きは子孫や他の生き物からの搾取で実現されている!”という発想は斬新です。よくぞここまで書きましたね。といった感じ。
竹蔵もおまけの時間の真っ最中。なかなか早く死ぬのは難しそうなので、子孫のために有意義なことを心がけねばと思いました。
竹蔵 -
絵とき ゾウの時間とネズミの時間
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試し読み
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Posted by ブクログ
”走る・泳ぐ・飛ぶ” といった動物の移動の動作が、いかに効率的で、物理の原理に沿った動きであるのか、一つ一つ解き明かしていく1冊です。書名からは生物学的なイメージを受けますが、かなり物理に踏み込んだ内容です。
生物の骨格はカルシウムなどから構成されるので、強度には上限があります。筋肉の収縮の速度も上限があります。それらの制約の中で、”いかに速く、効率よく”走るには、”ストライドを延ばす”か”ピッチを上げる”しかないのですが、それを実現するために実に巧妙に動物は対応していることをテコの原理、モーメント、エネルギー保存などを用いて説明されています。
水中を”泳ぐ”場合、体重を支える必要がありません。一方、固体の地面に脚で作用する陸上の動物と違い、液体の水に対して推進力を得なければならず、その結果として脚ではなく、ヒレを使ったり、体をくねらせたりする方法で動くことになります。ところが水には大きな”粘性”があるため、泳ぐスピードや体のサイズによって泳法に違いが出てきます。これらの解析には粘性抵抗と慣性抵抗、レイノルズ数、運動量保存、ベルヌーイ式などが登場します。
”飛ぶ”の解析はまさに航空機が飛行するメカニズムとほとんど同じ。鳥によっても飛び方(渡り鳥みたいに長距離を飛ぶ、スズメみたいに障害物の多い場所を飛ぶ、猛禽類みたいなハンター)が異なり、それに適した翼になっています。これは旅客機と戦闘機では求められる飛行性能が異なり、それに適した翼を設定しているのと全く同じで、これらの解析に抗力、揚力、揚抗比、翼のアスペクト比、翼面荷重などが用いられています。
生物の移動のメカニズムがいかに物理法則にかなったものであるか、非常に分かりやすく解説されていて、目から鱗が落ちるような読後感でした。一方、高校物理の基礎ぐらいの知識がないと、ちょっと解説が難しく、そういう意味で読者を選ぶ本かもしれません。でも生物と物理をつなぐ非常に野心的な内容の本だという印象を受け、私自身は著者の前著「ゾウの時間・ネズミの時間」も読んでみたくなりました。 -
Posted by ブクログ
1992年初版発行でかなり古いんだけど、新鮮に面白かった。
たぶん有名な本すぎて、どこかで紹介を聞いたことがあるんだとおもう。「サイズが違うと生体時間が違う」という話は私も知っていた。でもそれが実際にどういうことなのかは本書を読んで初めてわかった。
体重と代謝が比例すること、体重と生体サイクルが一定の比例をみせること、そこから各々の生体時間の比較ができること。サイズの比較の話だけじゃなくて哺乳類の骨の強度の話、昆虫の外骨格の話、14章の棘皮動物のデザインの話まで新しく知ることばかりで面白かった。具体的な数字は失礼ながら結構読み飛ばしたけど、それでも生物学の入門書としていいとおもう。
同じ視点の、もっと最新の本が読みたい。
⚫︎内容
動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用量は、サイズによらず同じなのである。本書はサイズからの発想によって動物のデザインを発見し、その動物のよって立つ論理を人間に理解可能なものにする新しい生物学入門書であり、かつ人類の将来に貴重なヒントを提供する。
(中央公論新社HPより引用)