吉見俊哉のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
専門とする社会学や都市学の各論点は、もともと筆者の書籍にそれほど触れていない身からするとあくまで議論の土台として受け入れる程度だった。
「AIハラスメント」とでも呼べそうな筆者自身(の著作)を学習したAIへの執拗な批判的対話はあまり心情的に気持ち良いものでないが(確かに専門的な議論においてAIの振る舞いも安易な鸚鵡返しや一貫性の欠如などツッコミどころは多い)、それがそもそもの筆者の講義スタイルに基づくものであり、知的サンドバッグという関係性を首肯しようとするにあたって説得力があるようにも思える。
一転して、終章での「AIとは何か」という主張を掲げるにあたって、それまでの紆余曲折に満ちた自己対話が(読み進めるうちにAIの回答はある程度読み飛ばしてもいいと理解するにせよ)最終的な考察のために、構成上機能していることは面白い。
日進月歩のAI技術は執筆当時に比べまた一段と進歩しているに違いないが、それでも知性というものを信奉する人の批判的言説はある種のロマンチシズムがあって絶えることがないことを望む。 -
Posted by ブクログ
本書は都市社会学者である吉見俊哉先生が、自らの著作を学習させたAI吉見と対話をするというめちゃくちゃ面白い実験的な本である。
バカとハサミと同様にAIも使いようだなというのが読後の率直な感想だ。吉見先生はAIとの対話を通じて、その特徴に平気で嘘をつくこと、対話相手に阿ること、主張に一貫性がないことなどを挙げる。
実際に対話録を読むと、AI吉見は確かに尤もらしいことを述べているが、その主張は薄っぺらい印象で議論が成り立たない。そして、言い訳が多く知ったかぶりをしている人との対話を読んでいる気がして、内容が全く入ってこない。統計的に確率の高い単語を紐付けているので、それとなく正しそうな文章になるが、考えてはいないのだろう。
たぶんAIは議論の相手ではない。思考を深めるためのツールではなく、そのための材料をそろえる助手的なツールなのだろう。そして、AIを使いこなすにはきちんとした知識体系と仮説や疑問を考えられる思考の態度が求められるように思う。
ただこれはなかなか難しい。AIを使いこなしているつもりで思考を放棄している人が周りに何人も思い浮かんでしまう。AIによって行きつ戻りつの試行錯誤を忘れてしまった社会は果たしてどうなるのだろうか。ちょっと空恐ろしい。AIとどう対峙し思考力を守るのかちゃんと考えたい。 -
Posted by ブクログ
トランプ大統領の再選、現在の世界情勢を鑑み、一期目のトランプ政権および当選を可能にした米国社会の理解に立ち返るため手に取った。ハーバード大で教鞭をとるため米国に渡った筆者の視点から見た「トランプのアメリカ」が書かれている。制度設計の違いによって生まれる日米の大学授業の質の差など、大学教育にも触れながら、ミートゥー運動や銃乱射問題、ラストベルトの労働者たち、フェイクニュースなど、当時の米国社会の問題、翻っては今も続く問題について鋭い分析がなされている。また、筆者が住むことになっていた元駐日大使ライシャワー氏についても触れられており、同氏が日本との対話路線を築き、蜜月関係が形づくられていったことが示されている。
た。 -
Posted by ブクログ
未来に向けて発展する都市、東京。勝者としての東京のイメージ。しかし、東京は過去、3度征服された過去を持つ町である。徳川家康に象徴される西の勢力に征服された縄文時代以来の人々に大陸からの渡来系民族が混じり合って形成されたクレオール的文化(土着系秩父平氏)。薩長に征服された徳川家康により開発された江戸文化。アメリカに占領された明治・大正・戦前昭和のモダニズム東京。それら敗者であることがかえって豊かさを持つ過去が層を成して痕跡を残す敗者としての都市東京。そして、その敗者の声は敗者自らでしか語り得ず、その敗者により刻み残された声に耳を傾け、東京を見つめ直す。勝者により一元的な価値観ではなく、そこに敗者の声、経験、価値観が混ざり合う事で真の豊かさを感じることが出来るようになるのではないか。
豊かな未来のみを信じる事が出来なくなったポストモダンの時代における豊かさとは何かを問う著書である。
また、戦後の日本人にとっては、太平洋戦争の敗者としての自覚を持てぬ日本人の敗者としての価値再構築を求める。 -
Posted by ブクログ
著者によれば町歩きの基本は広い道より狭い道、真っ直ぐな道より曲がりくねった道、平坦な道より坂道の三条件にしたがって歩く事。そこは川が形成した谷であり、その川に流れ込む支流であり、すでに川がなくなっていても暗渠になった上が道として残っている。その条件に従って町を歩けば開発によって改変される以前の町の面影に出会う事が出来るという。前著では東京の東北部を歩いた著者が今回は南部を歩くが、そこは江戸時代は大名や旗本の屋敷地であり、維新後は軍の演習地などを中心に陸軍の施設となり、戦後はその施設がアメリカ軍施設と姿を変えた。大きな変遷を得る南部は北部よりも大きく姿を変え、近年は大資本のもと高層建築による開発により無惨にかつての姿が葬り去られてしまっているらしい。しかし、そのような東京南部の地域も、町歩きの三条件に沿って歩けば至る所に歴史の痕跡を見つける事が出来るという。谷や川筋は平坦で広い台地上の土地と違い、大規模な開発が行いにくいのだ。その台地上の高台にそびえる開発された高層建造物を谷のそこから見上げる事で、我々の知らない違った東京の魅力を見つけることが出来るというのだ。
-
Posted by ブクログ
平成時代(吉見俊哉/岩波新書)
回顧録ではなくグローバル化とネット社会化という変容の中で、失敗としての平成を分析。人口縮減、経済停滞、社会の分断、政治の空回り。世界を俯瞰しながら著者はこの困難は70年代からの結果とし、ご破産には決してならないと断言。令和への指針ともなる良書と思います。
以下、詳細な内容です。
著者は本書を「失敗の時代」の検証書と位置づけ、「失敗」と「ショック」の視点から平成を読み解きます。平成という元号に時代性を認めつつ、それが単に天皇の在位による区分ではなく、冷戦終結からグローバル化・ネット社会化へと揺れる世界史的転換期と重なることに意味を見出しています。
1. 経済:企業国家の没落
バブル景気の過熱と崩壊――金融政策の誤りがバブルを生み、それが崩壊した後、日本企業は未来を見誤り、失敗を繰り返すことになりました。銀行の破綻や家電産業の凋落が象徴的事例です 。
2. 政治:改革の幻想とポピュリズム
「改革」を掲げた政治の試みは、日本新党の台頭、小選挙区制導入、小泉構造改革に見られるような改革への期待を招いたものの、根本的な制度変革には至らず、ポピュリズムや政治主導に依存する状況が続きました。民主党政権の失敗や官邸主導政治の台頭などがその典型です 。
3. 社会:ショックと構造の裂け目
本書では、平成を象徴する「四つのショック」を節目に、社会構造の変容を描きます。
* バブル崩壊(1989年)
* 阪神淡路大震災とオウム事件(1995年)
* アメリカ同時多発テロ(2001年)
* 東日本大震災と福島原発事故(2011年)
これらは外的・内的な衝撃として、日本社会を根底から揺さぶり、「連続と非連続が絡み合う」時代を生みだしました 。また、平成期における代表的な自然災害が、日本の安全神話を崩し、「災後」という新たな時代区分を提示しました 。
さらに、震災や事件だけでなく、少子高齢化・格差拡大・人口減少といった社会の内発的要因もショックとして位置づけられ、社会構造そのものが変容していく様を論じています 。
「不均等な衰退」―地方の衰退と、東京への一極集中が続きながらも、社会全体が停滞していく未来図が描かれているのも印象的です 。
⒋ 文化:ネット社会の到来
環境化と自閉化:インターネットが多様なコミュニケーションの場から、同質性と排除が強まる閉鎖的空間へと逆転し、社会構造に影響を与えていることが指摘されています 。
⒌なぜ日本だけ「失敗」したのか?
日本が「平成の失敗」として経験した現象(経済の停滞、社会の分断、情報化への戸惑いなど)は、他の先進国ではすでにグローバル化・ネット社会到来の前段階で経験していたと著者は認識しています。
理由は
1. 日本の高度成長モデルが特殊で、崩壊も遅れた
* 戦後日本は「輸出主導・終身雇用・年功序列・系列企業」という独特な産業構造と社会制度で急成長。
* そのため80年代末まで「アメリカ型資本主義の副作用」(格差拡大、産業空洞化、労働の流動化)をほとんど経験せずに済んだ。
* 他国が70〜80年代にすでに直面していた産業再編や社会保障危機を、日本はバブル期まで回避できた。
2. グローバル化とIT化の波が一気に来た
* 他国は70年代から段階的にグローバル化と情報化を進め、経済・制度を順応させていた。
* 日本は90年代初頭のバブル崩壊と同時に、この二つの波が急に押し寄せた。
* つまり「順応期間がなく、一度に二重の衝撃を受けた」ため、政策も社会も対応が遅れた。
3. 社会・文化面でも変化がワンテンポ遅れた
* 他国ではすでに「大衆社会の終わり」「個人化・多様化」が進み、政治や文化の構造が変わっていた。
* 日本は昭和末期まで「均質で中流意識の強い社会」が続き、消費文化も画一的だった。
* 平成に入って急に格差や人口減少、デジタル情報社会の現実に直面し、変化を受け入れる準備が整っていなかった。
このため吉見は、平成の日本を「他国が先に通過した変化を、遅れてかつ急激に経験した社会」と位置づけています。
結果、日本は「ゆっくり適応する猶予」を持てず、制度改革や社会意識の更新が後手に回ったと分析しています。
結論:失敗から学ぶ力として
著者が描くのは、単なるネガティブな「失敗の博物館」ではなく、そこから教訓を学び取る思考の装置です。平成に起きた失敗やショックを直視し、それを未来へ繋ぐ思索こそが、令和以降を「失われた半世紀」にはしないための基盤であると強調します 。
-
アメリカ・イン・ジャパン ハーバード講義録
- カート
-
試し読み
Posted by ブクログ
1854年、日本人にとっての黒船来航はアメリカから見ればペリー提督の大遠征であった。その歴史的画期以降の日本と米国のさまざまな事象に焦点を当て、「非対称なクラインの壷」のごとき日米関係に迫る本書は、ハーバード大学でおこなわれた講義をもとに書き下ろされた一書。以下、各章のタイトルを見るだけでも面白そうな講義内容が伝わってくるが、個人的には第3講、第7講、第8講が面白かった。とくに第8講で指摘されているように戦後すぐの最大のインバウンド顧客は米兵だったとの指摘(pp.230-231)の阿部純一郎氏の研究(「<銃後>のツーリズム」『年報社会学論集』31号、2018年)を引いての指摘ははっとさせられた。今、これだけアメリカが注目されるなかで是非とも読まれるべき一書かと思う。
イントロダクション
アメリカ・イン・ジャパン――非対称的なクラインの壺
第1講 ペリーの「遠征」と黒船の「来航」――転位する日本列島
第2講 捕鯨船と漂流者たち――太平洋というコンタクトゾーン
第3講 宣教師と教育の近代――アメリカン・ボードと明治日本
第4講 反転するアメリカニズム――モダンガールとスクリーン上の自己
第5講 空爆する者 空爆された者――野蛮人どもを殺戮する
第6講 マッカーサーと天皇――占領というパフォーマンス
第7講 アトムズ・フォー・ドリーム――被爆国日本に〈核〉の光を
第8講 基地から滲みだすアメリカ――コンタクトゾーンとしての軍都
第9講 アメリカに包まれた日常――星条旗・自由の女神・ディズニーランド -
Posted by ブクログ
都市を発展史観で捉えるのではなく、幾重もの重層的な歴史であるととらえる点がユニークである。本書によれば東京は徳川政権、薩長連合、米軍に敗れてきた歴史があるという。筆者の述べていることだが、この3度にとどまらず、常に勝者と敗者とが生まれているのが都市である。
出版社の雑誌に連載されていたものを一本化したものらしく、やや大部の本書の真ん中には筆者の一族の歴史にかかわる具体的な話が挟まっている。この部分を読んでいる時は脇道にそれた感じがして、少々不愉快になった。
だが、彼らは忘れられた起業家であり、経営が破綻した企業主であり、やくざであり、そのほかいわゆる「勝者」とは言えない人々である。そうした敗者としての人々が実は確かな足跡を残している。こういった人物が東京の地層にいるのであることが分かった。
本書の説得力は終章に来てはっきりする。国力の頂点を越え、緩やかな衰退に向かっているといわれる今日の日本にこそ、敗者としていかに生き抜くかという意味が問われるというのだ。勝者であり続けることからは得られない新次元は敗者の側から達成されるのかもしれないという気持ちになれた。 -
アメリカ・イン・ジャパン ハーバード講義録
- カート
-
試し読み
-
Posted by ブクログ
素人にもわかりやすくて面白く読めた。江戸幕府が作り上げた江戸の街を、明治に薩摩藩長州藩が東京として作り直し、関東大震災と大戦を経て、東京の街は道路中心主義の資本主義的再開発によって再構築されていく。そこでは、徳川将軍の墓を増上寺の暗所に押しやった芝プリンスホテルの開発や、戦後の経済難に苦難する華族から大規模な所有地を買い上げ分譲開発していった資本家の歩み、渋谷川の彩を取り戻す試みなど、様々な見所があった。読み進めながら、この筆者の知識量に衝撃を受けたのだが、東大の副学長も歴任された社会学者の先生だったことを知り、納得させられた。森ビル、東急等の「高く、早く、強い」東京を目指す再開発と、しなやかでたくましいさまざまな文化的階層が入り混じる場としての都市の姿を残そうと考える筆者との知的衝突は素人目に見ても圧巻であった。
-
アメリカ・イン・ジャパン ハーバード講義録
- カート
-
試し読み
-
アメリカ・イン・ジャパン ハーバード講義録
- カート
-
試し読み
Posted by ブクログ
日本の中のアメリカ、
アメリカの属州ではないかと思うことが様々ある中で、アメリカの独立戦争、西部開拓の歴史、ペリーの浦賀来訪、アメリカの捕鯨活動の基地の必要性、などから、現在までの原子力の平和利用、アメリカ軍基地を巡る、様々な問題、星条旗に対するアメリカ人のナショナリズム、自由の女神、(お台場に行った時に、なんでここに自由の女神があるのだろうか?)と思ったことを思い出した。
ディズニーランドが日本を包み込む、多くの人がディズニーランドに憧れ、アメリカの文化が日本の文化を包み込むことに喜びを感じる。日本人、ドジャースとカブスの開幕戦が東京ドームで行われることに熱狂する多くの日本人の様子をテレビでこれでもか、これでもかと放送することを見ながら本書を読み終えた。
色々と参考になることが多く、このハーバード講義録が白人のアメリカ人が少なく、アジア系、中南米系の学生が多かったとの記述に、ちょっと残念な気がした。 -
アメリカ・イン・ジャパン ハーバード講義録
- カート
-
試し読み
Posted by ブクログ
筆者が2018年春学期にハーバード大学教養学部の東アジア言語文明学科で行った講義をまとめた本です。
1000円ちょっとでハーバード大学の講義を読めるのはお得過ぎます。
ペリーが日本に「遠征」した頃からの日本がアメリカとどのように関わってきたのかを講義しています。
幕末、明治、大正、大戦前、大戦後それぞれの時代でいろいろと知らなかったことが書いてあって面白かったです。
アメリカは西へ西へと開拓(侵略)していって、日本にたどり着いたとか、
明治の頃のアメリカの宣教師の人たちがいろいろな大学の元になっているとか、ほんとうにいろいろあって面白かったです。 -
Posted by ブクログ
昨年度、東大を退官した吉見俊哉が2009年に出版した岩波新書です。なんで15年前の本を手にしたのか…はい、古本屋さんでめちゃ安かったからです。それが大当たり!シリーズ日本近現代史⑨と書かれていますが、この一冊、今の自分にとっては社会を見るためのコンパクトな俯瞰図になりました。年齢を重ねることのいいことは、あの時の出来事が歴史の中での意味が理解出来るようになることだと思っています。点が線になる感じ…本書によって視点をドローンのように上げて、さらに線が面になる感覚を得ました。自分の個人史が社会史とか経済史とか産業史とかに重なる感じです。この本が書かれた後に、東日本大震災を始めとする大地震に見舞われ、福島原発のメルトダウンが起こり、特定機密情報保護法案が成立し、線状降雨帯による集中豪雨が多発し、社会がDXを騒ぎ始め、オリンピックパラリンピックが一年遅れ無観客で開催され、働き方改革関連法案が施行され、宗教二世が元首相を暗殺し、中国とアメリカの対立が激しくなり、ウクライナとロシアの戦争が起こり、AIがすべての仕事に絡んで来て、ガサ地区が爆発し、あと…まだまだあるけど…とにかくどこに行くんだ日本社会って感じの現在もこの新書の提示した地図の中で起こっているようにも思えます。「失われた10年」は「失われた20年」に、そして「失われた30年」になっています。たぶんポスト戦後社会はポスト・ポスト戦後社会に入っているのだと思いますが、それはどんな社会になっていくのだろう?…みたいなことを考える時に有用なポケット古地図でした。
-
Posted by ブクログ
第3章をかいつまんで読む機会があり、面白かったので購入した。
本とインターネットの作者性と構造性の違いという部分で、情報と知識の違いを分かりやすく説明している。
私たちが物事を論じるとき、そこには、その物事が今までいかに認識され、論じられてきたかという意味で、下地に通時的な理解が必要となる。
その上で、現代において、それを論じる意味合いや関係性といった、共時的な理解もまた必要になる。
こうした、縦横に貼られたコンテクストを踏まえることで、点である情報は体系化され、知識の樹となる。
けれど、私たちはインターネットによって、単なる情報をあまりに早く手に入れることが出来てしまえるが故に、浅い理解に止まり、その楽さから動けずにいるようにも思う。
「フィルターバブルは、異なる立場の対話の可能性を開くという初期のインターネットがもたらした可能性を反転させます。インターネットは対話のメディアではなく、むしろ諸個人が自分の価値観に閉じこもり、異なる意見の他者を排除する傾向を促進するメディアとなっていったのです」
「このような意味で書くという行為には、すでに読むという行為が内挿されています。逆に言えば、多数の本を読んでいく際、そこに書く行為を並行させていないと、興味の赴くまま読み散らかして、結局、考えがまとまらないままという結果になりかねません」
「そしてAIは、機械が人間的な対話をあたかも代行するかのように振る舞って、私たちが何かに「賭けて」対話する力を弱めているのかもしれません」