吉見俊哉のレビュー一覧
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天皇は英語では昔はpopeだった。
「天皇」という名称自体、幕末に至るまでほぼ900年にわたって使われてはいなかった。「院」と呼ばれた。1840年に没した光格天皇において、初めて「天皇」号が復活。1925年、政府は過去の「院」をすべて「天皇」とすると決定。廃仏毀釈の際、全国の小さな神社を統廃合することが進められ、20万から12万に激減。国家にとって不都合な伝統はつぶされていった。
森有礼は、キリスト教の思想を浴びた影響で、神と個というキリスト教的関係を「天皇と臣民」という国家的な関係に置き換えていった。
マッカーサーは天皇をキリスト教にしたかったが、GHQ諜報局長エリオット・ソープに反対された -
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大学の誕生と死、その再生と移植、増殖といった世界史的な把握により、大学とは何か、あるべき大学とはいかなるものか、を考察している。また、コミュニケーション・メディアとしての大学という場を考えるところや、リベラルアーツと専門知の関係についての新しい認識の地平を提供するところに本書の特色がある。
大学の歴史を世界史的に振り返ることにより、本書では、「中世的大学モデル」、国民国家を基盤とした「近代的大学モデル」、「帝国大学モデル」、近代的大学モデルから派生した「アメリカの大学モデル」といった大学の理念型を抽出する。そのうえで、国民国家の退潮が進む現代においては、国境を越えた普遍性への指向を持ち、横断的 -
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本書は社会学者吉見俊哉の代表的著作の一つであり、近年における盛り場研究の新たな潮流を創ったものとしても知られる。本書がまとめられたことによって、それまで場所としての機能面に着目されることの多かった盛り場研究において、それを「こと」として捉える流れが生じるようになった。論理は綿密かつ重厚である。筆者はあとがきで本書についての不足点を指摘するが、それを差し引いてもこの研究の価値が減じられることはないだろう。この本が世に出た際、筆者はまだ30歳程度の若手研究者であった。現在は東京大学で副学長を務めておられるということだが、研究成果を考慮すれば、それも当然かもしれない。
予備知識が必要とされる箇所も多 -
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新書を読んで、知的好奇心を味わいたい人には
ぜひ読んでもらいたい作品です。
僕自信、新書を読んで久しぶりに興奮しました。
「大学」の歴史的な変遷を丁寧に辿りつつ、
いま現在抱える問題、その未来像まで語られた本書。
いわゆる「大学問題」自体はメディアを通じて得る程度の知識しかない
僕のような人間でも分かりやすく、かつ面白く読みました。
特に、中性以降、存在意義を見失ってゆく大学が
近代国家成立とともに価値を見いだされ、復活してゆくくだりや、
大学の没落と新しいメディアの誕生の関係性などの部分が
とても印象に残ってます。
また、僕はこれまで、なんとなく今自分達の目の前にある
大学のスタイ -
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自分とほとんど同年代。たぶん同じ大学。
吉見さんが30歳の時に書いた、明治大正時代の浅草と銀座、戦後の新宿と渋谷の都市の変化を扱った、社会学的論文。
随分、難しい文体で書く人だなと思う。それと、都市計画のようにどうやって都市をつくっていくかという視点よりは、その都市で活動していた人たちが、どういう気持ちでその都市に集ってきているのかを外部から描写している感じだと思う。
浅草と新宿のカオスでなんとなく感じられる共同体意識、それに対して、銀座と渋谷の未来志向、新しもの好きというくくりも、納得感あり。
また、明治時代に政府が主導で行った勧業博覧会の記述も意外性があった。
だが、 -
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'70s以降をポスト戦後と位置づけ、そこに表面化している諸々の問題を敷衍しながら、日本というネイションとしての共同体の解体の進行を仄めかす。
個別に、入れ替わり立ち替わり俎上に上がってくるような直近の社会的問題、例えば公害や凶悪犯罪、開発の失敗等々を、一冊のうちに見取り図的にまとめたという点では良書。また、「昭和を知らない」平成生まれ世代が昭和後期を知るための格好の一冊とも言える。とかく、われわれ平成生まれ≒ゆとり世代は「常識知らず」と言われるが、それは昭和のあらゆる重大事を体験していない以上、昭和の「常識」を共有していないのは当たり前なのだ。ゆえにこの本を読んで知っておくのもいい -
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ネタバレ最初は非常に難しい(とわたしは感じた)昔の海外の大学の出来かたやいまの日本の基礎になった帝国大学のできかたなどについて非常に学問的に解説している。
戦後の大学改革について、筆者は「たくさんの分野を結びつけるのが真の教養主義」と言っていて、現在の日本の大学のもとになった部分を痛烈に批評している。つまり「大学は真の大学の体をなしてないのではないか?」ということを読み取った。
大学紛争と最近の大学改革についても言及している。
それでも大学は必要、でももっと頑張らなきゃね、という筆者の言葉には、もっと頑張らなきゃなと思わせてくれる。大学に関わる中級者向けかな。 -
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ネタバレ岩波書店でこのタイトル。
しかも著者は教育学者ではない。
興味津々で読んだ。
目次だけ見ると「大学の歴史を振り返るのか」と思われたが、「メディアとしての大学」の視点があるため、これまで知らなかった大学像が立体的に浮かびあがってくる。
・キリスト教は、日本の大学システムの形成期と転換期の二度にわたり、ペリー提督やマッカーサー元帥以上に大きな役割を果たした (P186)
・(国立大の法人化について) 財務構造にすでに劇的な変化が生じているのに比べ、組織運営のあり方があまり変化していないように見える最大の理由は事務組織や職員の意識と能力が新しい体制に追いついていない点にある (P23 -
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▼戦後は1945年に始まり、1989年は冷戦の終わりだった。確かにそれも一つの歴史認識である。
▼しかし、いわゆる「失われた時代」は1990年の幕開けとともに始まったのだろうか。答えは否である。少なくともそのきっかけはそれよりも前にあったハズである。それが、本書で言うところのポスト戦後社会、つまり1970年代(後半)に遡るというわけだ。
▼ちなみに現在GDP世界第2位となった中国だが、その生活水準はと言えば、平均的には70年代の日本程度らしい。この事実をもって「日本もまだまだ」と、傷口を舐めあおうとするのではない。原発、反原発、そしてその補填(ほてん)という議論は盛んにされるが、誰がその分の電 -
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東京大学大学院情報学環教授・吉見俊哉(社会学)による岩波日本近現代史シリーズの第9巻。
【構成】
はじめに
第1章 左翼の終わり
1 あさま山荘事件と1970年代
2 「運動」する大衆の終わり
3 ベ平連とウーマンリブ、反復帰論
第2章 豊かさの幻影のなかへ
1 高度経済成長の頂点で
2 消費社会と都市の若者たち
3 重厚長大から軽薄短小へ
第3章 家族は溶解したか
1 変容する日本人の意識
2 郊外化と核家族の閉塞
3 虚構の世界へ
第4章 地域開発が遺したもの
1 反公害から環境保護へ
2 地域開発とリゾート開発の結末
3 農村崩壊と地域自治への模 -
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吉見先生による現代史。1972年あさま山荘事件を日本における(自己反省的な)「左翼運動の終わり」と位置付け、その後の高度成長時代、グローバル金融の波に対応できなかった角栄の列島改造とバブル崩壊、グローバル化と新自由主義への傾倒あたりを「ポスト戦後」と称して記述する。
現在の民主党政権が押し進めている節操なきグローバル化も、個人レベル、地域レベル、国家レベルで進む「日本」という主体の解体も、現代史を通してみると歴史の必然のような気がしてくるから不思議だ。
いままで現代史を勉強する機会がまったくなかったので、非常に面白く読んだ。まだ歴史の評価が定まっていない部分もあるので、歴史というよりは評論 -
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歴史的視点で、都市の点を線にし、裏返す楽しさ、深み。
街歩きのヒントを沢山頂きました。
中規模河川が都市の動脈、用水や上水が都市の静脈、
小規模河川は都市の毛細血管(本田創)
高台 江戸時代の大名屋敷、堤清二の買い漁り
低地 曲がりくねった道 庶民
三田用水
東禅寺 高輪 初代駐日英国大使オールコック
三田小山町 開発で瀕死
蟹川 新宿
西向天神社 安藤昇
百人町 革命家 孫文、北一輝、幸徳秋水
梅屋庄吉
王城ビル 歌舞伎町
戸山公園 731部隊
軍隊の街、渋谷三軒茶屋 青山六本木赤坂
日本陸軍の遺構だらけ
軍都→占領軍→オリンピック
下北沢 補助54号
東京世田谷韓国会館
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