あらすじ
なにが知的創造を可能にするのか? 批判的読書や「問い」の発見などの方法論を示す。それだけではない。社会のデジタル化が進み、知識が断片化し、大学をはじめ社会全般で知的創造のための社会的条件が弱体化する現在、各人の知的創造を支える図書館や大学、デジタルアーカイブといった社会的基盤はどうあるべきか。AIによる知的労働の代替など、ディストピア状況が到来する可能性が高まるなか、知的創造をいかにして奪還するか――。知的創造の条件を、多角的かつ原理的に論じ切った渾身の書!
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Posted by ブクログ
AIは連続的な出来事に関する予測は得意だが、非連続の事態には無力である。例えば、大災害・戦争・感染症など。
非連続に立ち向かう力こそが知的創造力で、それは人間にしかできない。この先AIがどんなに発展しても。。。
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逆に言えば知的創造力を必要としない職業は全部AIがとって変わるだろう。遠くない将来、世の中の大半が失業者になるだろう。(私は元々ニートなので高みの見物をさせていただこう/(^o^)\)
Posted by ブクログ
知的創造の条件、方法について述べられているけど、AI社会が加速していくなか、我々は世界をどのような視点で眺め、その中でどのように物事を考えるべきなのかを考えさせられた。
シンギュラリティは来ないはずなのだけど、実質的にAIが人を超える状態を作り出さないためにも我々は関係、対話、身体性を大切にして行かなければと思う。
Posted by ブクログ
第3章をかいつまんで読む機会があり、面白かったので購入した。
本とインターネットの作者性と構造性の違いという部分で、情報と知識の違いを分かりやすく説明している。
私たちが物事を論じるとき、そこには、その物事が今までいかに認識され、論じられてきたかという意味で、下地に通時的な理解が必要となる。
その上で、現代において、それを論じる意味合いや関係性といった、共時的な理解もまた必要になる。
こうした、縦横に貼られたコンテクストを踏まえることで、点である情報は体系化され、知識の樹となる。
けれど、私たちはインターネットによって、単なる情報をあまりに早く手に入れることが出来てしまえるが故に、浅い理解に止まり、その楽さから動けずにいるようにも思う。
「フィルターバブルは、異なる立場の対話の可能性を開くという初期のインターネットがもたらした可能性を反転させます。インターネットは対話のメディアではなく、むしろ諸個人が自分の価値観に閉じこもり、異なる意見の他者を排除する傾向を促進するメディアとなっていったのです」
「このような意味で書くという行為には、すでに読むという行為が内挿されています。逆に言えば、多数の本を読んでいく際、そこに書く行為を並行させていないと、興味の赴くまま読み散らかして、結局、考えがまとまらないままという結果になりかねません」
「そしてAIは、機械が人間的な対話をあたかも代行するかのように振る舞って、私たちが何かに「賭けて」対話する力を弱めているのかもしれません」