津村節子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
夫の吉村氏が舌癌で、一旦治ったと言われて改めて検査中に今度は膵臓癌がみつかる。最後は延命治療を望まず自ら点滴の管や、ポートを外し家族だけに看取られて亡くなった。静かな悲しみのこもったノンフィクション。
吉村昭氏の本はすこし読んだことがある。記憶に残っているのは「破船」と戦艦の話くらいだけれど。ほかに積み本に埋もれていたのを出して置きなおしたまま、まだ減らせていない。
舌癌は手術しない治療法を選んだが、ひどい痛みに苦しむ。少し回復し体調も良くなってきたところにみつかった膵臓癌は周りの臓器も一部を取る12時間半の大手術になった。自宅療養に切り替えて看病を続ける。
夫婦ともに世に認められた作家で忙しい、夫は、治療中もペンをおかず約束の締め切りを守り、妻であっても看病をおいて出かけなくてはならない公用が待っていた。
私は読んで、とてもよくわかるとは言えない。わたしも一時癌を患ったが、舌癌や、膵臓癌に勝る苦痛を味わってはいない。
12時間に及ぶ手術の後も、痛み緩和ケアのおかげで翌日から歩き、家族の見舞も本やビデオを見て退屈しないので、隔日でいいよといった。そう出来る病気だったし看護体制も暖かく整っていた。今では体力も元に戻り完治した。
津村さんは、看護の辛さによく耐えられたと思う。 吉村氏が亡くなった後、後悔に苛まれ仕事も手につかなかったのが理解できる。
闘病している本人は、辛過ぎて気持ちが乱れ、周りに当たることもわかる。しかし看護者は神の手を持たない。
本人はそれもよくわかっている。たぶん奇跡もないとわかってはいるが何とかならないのか、耐えていけるのかと思う。
そうして自分と闘い、いつか少しずつ肉体と離れる覚悟が出来るのだろう。もしかしたらもう感じる力がなくなるくらい病が進んで楽になるのかもしれない、いつか来る自分の姿に重ねながら楽観視してみる。
まだ時間があったかもしれない時、死を覚悟して自分で最後を決めた勇気に驚き感嘆した。
吉村氏は癌とわかった時、家族以外には知らせるなといった。
たぶんわたしにはわからない深い心情があったのだろう。
そして「なぜ自分が」と日記に書かれたという。
わたしも、なぜ私がよりによってと、無性に腹立たしかった。医師がいくら手を尽くしてくれるとはいえ、命の保証はできるものではない、いくら研究が進んでも、究極、人の命は神の領域にある、どんなことが起きるか人知で測ることは難しい。
元気で活動中の仲間を思い出し、これではまだ早いと悔しかった。
そして同じように、わたしも家族に固く口止した。
友人や知り合いに留守を聞かれたら田舎に行った、長期で娘のところに行った、と言ってくれるように頼んだ。
癌と言われたとき、人生に負けた、残念だと思った。もし死に繋がっていたら、痛みにだけは治療を受け延命はやめようと覚悟した。
幸い進んだ医学と優秀な医師の判断のおかげで完治したが、吉村氏は放射線治療で舌癌がなおったあとで、更に膵臓癌がみつかった、その衝撃によく耐えられたとおもう。
誰にもこういう時はいつか平等に訪れる。その時残されたものの後悔や哀しみに思い当たる。
これが生まれた時から持っているという,背負って生まれるという「四苦八苦」中でもこれが「愛別離苦」なのかと思った。
よく時が悲しみを薄れさせるなどというがそうではないと思う。
悲しく強い本を読んだ。
長く避けてきたこういう本に向き合えるようになったことでは、一歩前進した。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ小説…とはいえ、ほぼノンフィクションと考えていい、津村節子が、夫吉村昭の舌癌発見から看取るまでの闘病記録的私小説。
死ぬことを克明につづった文章を読むのは、とてもストレスに感じる行為で、この本も読む前に覚悟をしたのだが、そのストレスは想像していたものとは違って、していた覚悟は別のものに変わっていった。
俺はどう死にたいのか?妻や家族を看取る時、どういう態度と行動をとりたいのか。観念的なものもそうだが、もっと行動に落とし込んだ具体的な気持ちの持ちようを考えるきっかけを作ってくれたと感じた。
俺も家族もいつ死に至る病気になってもおかしくないし、まして俺も妻も半世紀以上生きてきてるわけで、世間的にまだまだ若いと言われたところで、時間を追うごとに寿命に近づいているわけで…。いつまでも、まだ悲しいことを考えたくない、では済まされないと思う。
居住まいをきちんと整理しておくとか、自分の気持ち(延命治療についてとか簡単な遺言とか)を簡単でもいいのでまとめておくとか、保険とか財産(ほとんどないけど)の処し方とか。
痛いのは嫌いやし、忍耐なんて大嫌いなので、大病を患ったと分かった瞬間に、タイムリミットを決めて安楽死させてもらうようにしておこうと思っているが、それにはどうしたらいいのか等の下調べもしておかないと。
なんか読書感想から大きくずれてしまったが、夫妻の闘病記を読むにつれ、この夫婦はお互いを尊敬しあっていたのだなと思えたし、尊厳を認め合ったからこその闘病記だなとも思えた。
貧乏なのでお手伝いさんが云々とか、病院のDX個室みたいなところは無理だが、見習えることは見習いたいなぁと。 -
Posted by ブクログ
吉村昭が好きで、よく作品を読んでいる。若いころ結核で死を宣告されたも同然の時期があり、吉村昭の死への思いはとても強い。
その作家の最期はすさまじく、自分で呼吸器を外しての死だった。自分で安楽死した、というと語弊があるかもしれない。
その光景を見た妻がどう感じていたのか知りたくて購入したのだが、ここに現れない様々な苦労が滲んでいて、読み進めるのがつらかった。
あの年代だから、女性が作家として生きていることへの後ろめたさ、でも作家として生きていること、夫への思い、そしてそれらに全部寄り添ってきた夫。
うらやましい夫婦であると同時に、吉村昭は彼の作品にあるような死生観を、そのまま自分の最期に実行させたこと、そしてその現場の凄まじさ…言葉もない。 -
Posted by ブクログ
この本を読む前、ご主人の吉村昭さんの「冷い夏、熱い夏」を読みました。
弟の凄絶な癌の闘病や死を書いた吉村さんが、ご本人が癌になった時、どう向き合ったのか知りたくて手に取りました。
この本は、同じ作家であり、吉村昭さんの妻である津村節子さんの目から見た、吉村さんの癌発覚から最期の様子を記した本です。
吉村さんは、辛い症状に苦しんでいたかもしれないけれど、病気を受け入れて、自分なりの死生観を貫いて、とても落ち着いて亡くなったのだなと思いました。
最期の最期の行動は、衝撃的だったけれど、本人にとっては一番納得のいく方法だったと思うし、それを受け入れた奥さんと娘さんも素晴らしいと思います。
日記に書かれていた奥さんに対する短い言葉に、感動もしました。日記、ちょっとつけたくなってしまいます。
淡々とした文章なのに、伝わってくる想いは大きくていい本でした。
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帰省中に持ってきた本を読み終えてしまったので、実家にあったこの一冊を勧められるがままになにげなく読み始めたのだけれど、まさかこんなに私にも縁のある話だとは思わなかったな。
土地柄"智恵子抄"は幼い頃から知っていた。でも、そもそも智恵子がどういう女性で、夫の高村光太郎がどういう男性であったのかはまったく知らなかった。二人が、どういう夫婦であったのか。
智恵子が「青鞜」創刊号の表紙絵を描いていたなんてびっくりだったし、生家の没落や夫への嫉妬や芸術への苦悩から精神を病んで、壮絶な晩年だったことも初めて知った。智恵子抄は、光太郎の創作の源泉であった智恵子を最後の最後まで彼がみつめつづけて生まれた鮮烈な詩歌だったんだね。
この時代にして一般的な家庭を築き上げることを選ばずに、智恵子と光太郎はただ二人の世界で一心に芸術を追い求め続けた。唯一無二の男女。
二人の間にたしかにあったものを、限りなく他者である私たちにほんの少しだけ垣間見せてくれるのが智恵子抄なんだろうな。それが時代を超えて読み継がれるって、ひょっとしてとんでもないことなのでは…?永遠の愛じゃんそんなの。
私もだれかが書いてくれたつづき抄読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
作家であり、吉村昭の妻である津村節子により吉村昭と田野畑村との深い関わりを辿る書である。
かつて、日本のチベットと言われた陸の孤島、田野畑村。吉村昭は田野畑村を訪れ、田野畑村の鵜の巣断崖を舞台にした『星への旅』という小説を書いたことから、田野畑村との関わりが始まる。早野仙平村長と交流する中で記録文学の傑作とも言うべき、『三陸海岸大津波』を発表し、さらには『梅の蕾』という短編を発表する。
これほど、吉村昭が田野畑村と深い関わりを持っていたことを知らなかった。『三陸海岸大津波』は東日本大震災への警鐘とも取れる大傑作であったが、『梅の蕾』も心打たれる素晴らしい短編だった。『星への旅』は未読であり、近々、読んでみたいと思う。