中村妙子のレビュー一覧
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本作は、ミス・マープル初登場のタイトル作を含む13の短篇集。これらは、1927年から雑誌連載していた6篇に、他の短篇を追加して1932年に発刊されたもの。作品の初出としては、1930年発刊の長篇『牧師館の殺人』より先になります。
そんな事情もあってか、前半6篇より追加された後半は尻上がりに面白くなって行きます。犯人当ても前半の『アスタルテの祠』『金塊事件』『動機対機会』は、犯人を当てることができましたが、後半は惨敗。マープルというキャラを、著者が次第にものにしていってる感じがしました。
最初はただの田舎のおばさんだったミス・マープルが、人生経験から推理して発言し、次第に周りの人達の信頼を得て行く様子がとても良かったです。そんなミス・マープルの象徴的な発言が、6篇目ラストP171にあり、雑誌連載の締めくくりにしようとした感じがして興味深かったです。
なお、タイトルの火曜クラブと言う、各自が語る迷宮入り事件を参加者が推理し合うのは前半6篇まで。7篇目からは、バントリー夫妻の家での晩餐会での謎解きになり、最後の1篇は、議論ではなく現在進行形の推理物です。
特に面白かったものは、『舗道の血痕』『青いゼラニウム』『バンガロー事件』『溺死』。
正誤 十五刷
P104の10行目:
あその舗道の上→あそこの舗道の上
P343の7行目:
こちゃまぜ→ごちゃまぜ -
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ネタバレお世辞にも見た目が良いとは言えないが、天性の人たらしで自分の魅力をアピールする能力に長けたゲイブリエル。障害のために日頃腫れ物のように扱われるヒューに対しても一切気を遣わないゲイブリエルのあけすけなところに、ヒューはある種の感銘を受ける。人当たりのいいゲイブリエルがヒューの前でだけ仮面を脱ぎ、虚勢の下に隠された劣等感や弱みを曝け出す。ヒューの立場から彼を見るからこそ、読み手もゲイブリエルのコンプレックスと裏腹の虚勢を垣間見て彼の人間くささを感じ取ることができる。
ゲイブリエルとイザベラのどこまでも暗い逃避行。取り澄ました(とゲイブリエルが思い込んでいる)イザベラにどうしようもない劣等感を刺激されたゲイブリエルは、彼女を泥水に引き摺り込むも、彼女が汚れることはついぞなかった。どこまでも自分勝手だが、それこそがゲイブリエルにとっての苦しみ。そしてそれを見せつけられてもどうすることもできないヒューにとっても地獄。
兄嫁のテレサの存在がこの世界の秩序のように思える。 -
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ネタバレこれはまた、『春にして君を離れ』とは違う意味で痛い本でした。
何事もなければ胸を張って言えるのですよ、「自分のことより子どもが大事」。
でも、つかず離れずを装っていながら、実は互いに相手の存在に頼っていた母と娘のどちらかが、違う世界に踏み出そうとしたとき、自分のもとに引き留めようとしたくなるのは自然な流れ。
だけどお互いに自覚がないから、自分のためではなく娘(母)のために、何かをしてあげている気になっている。
寂しさや絶望をその瞳に浮かべている相手のことなんて、見もしない。
”家の整頓、使い走り、(中略)そうしたこまごまとした用事をアンは当然のことのように忠実に果たした。娘は両親に仕えるために生きているので、その逆ではなかった……(中略)子どもが親に仕えようが、親が子どもに仕えようが――人間対人間の根本的関係にはいささかの変わりもない。”
だが、アンが娘のために再婚を諦めた途端、娘のことがかわいいけれども憎い存在になったっていうのはわかる。
何といってもセアラはまだ19歳。
大人ぶったって大人ではない、とアンは突っぱねるべきだったけど、現代っ子の娘とおとなしい母親は往々にして親が意見を引っ込めがちだ。
だけど、再婚したいほど好きな男性を娘のためにあきらめた…娘のせいであきらめざるを得なかった…というのは、本人が思うよりも傷が深い。
セアラはセアラで、なぜ母が自分を憎んでいるかのように接するのかが理解できない。
自分が結婚をぶち壊したこと、当初こそいいことをしたと得意になっていたが、すぐにそんな事すら忘れてしまう。
母に見捨てられたかわいそうな私は、誰かと結婚でもしてこの家を出て行かなければならない。
拗れるにいだけ拗れた母と娘の仲だけど、一度腹を割ってぶつかったらあら不思議。
憎しみはどこへやら。
だって何があっても、娘は娘だもの。
めっちゃ刺さるわ、この話。
でも、今どきは親子の間とはいえ、一方的に仕えるのは無理筋だと思う。 -
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ネタバレ名字のない、ただのデイヴィッドはバイオリンで語る。
父親を亡くしたデイヴィッドは、ホリー夫妻に引き取られる。日々の仕事よりも自然の美しさに心を震わせてバイオリンを弾く。デイヴィッドをおかしな子だと思っていた村の人々も、だんだんとデイヴィッドの考えに一目置くようになる。喜びも悲しみもバイオリンに歌わせるデイヴィッド、彼の秘密とは——。
同じ作者であり「独特な子が常識的な周囲の人たちをほぐしていく」「過去に不幸なすれ違いから別れたままの恋人たちがいる」「初めはその子に戸惑っていた周囲もだんだんと感化される」「その子が倒れたときは村中が心配する」という要素がポリアンナと共通。ポリアンナよりも独特のペースであることは否めないが。ラストで一気に時が進むハッピーエンドなのも、スッキリしてよいかもしれない。
デイヴィッドが、ホリー夫妻のために財産を投げ出そうとしたところ、その金貨で彼が音楽を学べるところに行くという夢をどれだけ大切にしていたか語られていたために、デイヴィッドの決心がとても心に残った。その後、後悔はしないものの夢破れたことに沈むデイヴィッドの葛藤にも。だから最後にデイヴィッドの気持ちを知ったシミアン・ホリーのセリフは重たかったし、心に残るラストシーンとなった。
「必要なやっかいごと」に取り掛かっている「かがやいていない時間」をかがやかせるための夢。それを失って病の床につくデイヴィッド。自分は自分の時間をかがやかせているだろうか。自然の美しさに気がついているだろうか。デイヴィッドから学ぶことがたくさんあった。 -
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誰かを愛するということ、誰かに愛されるということ。二人の姉妹の人生の一部を覗き込みつつ、それぞれの愛の重みを描いたアガサ・クリスティーの名作。
アガサ・クリスティーがもともと違うペンネーム、メアリ・ウェストマコット名義で執筆した6篇のうちの一つ。
一番しっかり描かれたであろう愛はローラとシャーリーの姉妹愛なのだろうけれど、ローラと父母やシャーリーとヘンリーの愛についても描写があっていろんな形の愛があるよなと思いました。ただ、親子愛に関しては『春にして君を離れ』なんかでも触れた話だし、だいぶ軽めだった気もする。
愛以外の描写でいうと、ローラとボールドックの友情に心温まった。 -
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約100年前の児童書である。
最近の児童書やYAは社会を反映して、離婚や虐待や貧困や発達障害、LGBTQなどが描かれることが多いが、昔の児童書ってこうだったなあ、と思う。
ひねくれた子どもだったのでアニメの『ポリアンナ物語』が嫌いで、そのせいでこの作者にも興味がなかったのだが、いやいや、なかなか良かった。
主人公のデイヴィッドは無垢な少年である。
ハイジやセドリック(『小公子』)もこういうキャラだった。所謂大人が評価するお利口な子どもではなく、本当に邪気がなく、天衣無縫で、やさしく、明るい。こんな子どもは本当はいないのである。いないのではあるが、いたらきっとこんな風に世界は良くなるな、と思わせてくれる。
父と二人きりで山の上の小屋で暮らしていたデイヴィッドはヴァイオリンの(作曲、即興演奏もできる、というか即興を最も得意とする)天才で、ヴァイオリンだけでなくラテン語もフランス語もドイツ語も父から教えてもらい、自然を心から愛し、美しいものだけに囲まれて暮らしてきた。
しかし、父は自分が余命いくばくもないことを悟り、息子を連れて山を下りる。そして途中で死んでしまう。少年はヴァイオリンしか持たず、名前もデイヴィッドとしかわからない。親切な農家の夫婦に引き取られるが、農家の仕事は上手くやれないし、教会に行ったこともないのでキリスト教徒としてのふるまい方も身についていない。
しかし彼のやさしさ、自然を見つめる目、そして音楽が、頑なだったり、利己的だったり、希望をなくしたりしている周りの人々を変えていく。
これほどの奇跡を起こすなら、普通の子供では無理。
こういう風に書くと、全く絵空事、と思う人もいるだとうが、ディテールがきちんとしてきるので、すごく心に響く。
これは私がすっかり汚れちまった大人だからかもしれない。
子どもだったら、デイヴィッドのあまりのいい子ぶりに反感を抱いたかもしれない。
しかし、今は、こういう本にも価値があると思う。こういう世界がたとえ現実にはなくても、読んでいる間だけでもこういう世界にいられることが幸せ。
何度か涙が出た。
伏線はすべて回収され、デイヴィッドの出自の謎も解け、完全なハッピーエンド。
一種の貴種流離譚であり、そこも子どもは好きだと思う。(ハリー・ポッターしかり。)
読めるかどうかは子ども次第だが、現代の子どもにも、意外と面白いだろう。
しかし一番楽しめるのは俗世間に疲れ切った大人かもしれない。 -
購入済み
身につまされるというかなんと…
ミステリーではないので
そういう面白さはありません。
一人の女性の人生が描かれていて
さもありなん、という展開をみせます。
若いころに読んだら、たいして印象に残らないような話かもしれませんが
年いってから読むと、身につまされるというかなんというか
私にとっては、面白いとか面白くないとかでは評価できませんでした。 -
購入済み
面白かった
怖いねぇ、マープルさん。
何もかも見透かされてるような気分になる。
なにしろ証拠もなにも関係ないんだから。
それでいて、確かにそうだよねと思わずにいられない。 -
購入済み
面白かった
ミステリーではないです。
クリスティの別名義の作品です。
みんな幸福をつかむチャンスはあったはずなのにね。
でもそうはしなかった。
望んで不幸になっているようにも見えるし。
まあ幸せなんて本人の思い込みなわけで
他人がとやかく言うものではないけれど。
ほんとうの幸いってあるのかな。 -
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これは私の人生。
母の死と夫の裏切りに心を閉ざすシーリアは、失踪事件を起こした著者の姿だと言われる。穏やかな婚約者を捨てて選んだダーモット。すれ違うシーリアとダーモット、産まれた娘はダーモットの性質を引き継いだ。孤独なシーリアが語る腕のない男の意味とは。
ぎくりとする場面も多く、読むのしんどいこともあった。内気、自意識、夢想、色々なところに自分と重なるところを見つけた。シーリアの不安を我が事のように感じた。
痛快な祖母グラニー。よき理解者の母ミリアム。自分ではなくダーモットの性質を受け継いだからこそ助けになる娘ジュディー。四世代に渡る女性の生き方を描いた作品とも読める。
シーリアが指摘された小説家としての視点は、クリスティーも同じことを言われたのだろうか。これがまったくのノンフィクションでない以上、どれだけこの作品に真実の姿を探しても、クリスティーの肖像はまだわからないままだ。 -
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凄まじいある愛の形。
鉄管工の父を持つ保守党候補者ゲイブリエル、由緒ある貴族の末裔のイザベル。男と女、どこでどう惹かれるのか。肉体、精神、顔、声、それらが相まって関係は始まる。クリスティがここまで凄い恋愛観を持っていたとは。
時は第二次世界大戦、ドイツが降伏した後、日本が降伏するまでの間に始まった。一組の愛の物語の背景に、戦争、貴族社会の変容、イギリス社会の階級意識、政治へのひとつの考え、などを配する。親父が鉄管工だという労働者階級出身だが保守党候補者ゲイブリエル。政治家になるのは金のためと割り切っておりしょせん政治はそれだけのもの、庶民に小さな希望を持たせればいいと言う。が、金で貴族の称号を買ったとしても、それは貴族に生まれたのと同じではない、と言う。クリスティは中産階級側だと思っていたが、案外醒めた社会観が窺える。
1947発表
2004.6.15発行 217.5.25第2刷 -
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主人公シーリアの幼い時から結婚、離婚に至る経緯が書いてある。シーリアが自殺しそうな所に遭遇した若い肖像画家メアリーがその時シーリアから聞いたシーリアの話を活字にまとめた、という体裁をとっている。おだやかな性格の婚約者を振り、積極的で現実的なダーモットと結婚。夢見がちなシーリアと現実的なダーモット、読み終わるとそのずれが痛々しくこちらの心に沈着する。
離婚に至る夫婦とそうでない夫婦、どこでどう作用するのか、ひとつのケースを見せつけられる。前作「愛の旋律」の5人にもそれぞれクリスティの片鱗を見出したが、あちらは男女の大きなうねりが大河の流れのようにフィクションとして迫ってくる。が、こちらはクリスティの伝えられる事跡と同じなので、一人の女の心の無残な軌跡が露わになる。
この本で見る限り、ダーモットは自分本位な感じだが、その夫の性格を受け継いだ娘ともなかなか相容れない描写も見逃せない。クリスティの娘もそうだったのか。
シーリアの老母は最後まで父に愛された、とシーリアは思っていたが、若くして死んだ父も母に万全では無かった時期がある、と晩年の母に匂わせた描写がある
1934発表
2004.1.15発表 -
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おもしろい。一気に読んでしまった。ミステリーではないが、5人の若い男女の織りなす愛の物語と、作曲に憑かれた男の創造意欲、そして第一次世界大戦をはさむ非常時に翻弄される運命が二転三転する様はまるでミステリーのようだ。
イギリスの何代も続くお屋敷に生まれたヴァーノン・ディア、従妹のジョー、隣に越してきたユダヤ人少年セバスチャン、そしてヴァーノンの幼友達ネル、オペラ歌手ジェーン。ヴァーノンとセバスチャンはケンブリッジ卒業後すぐに第一次世界大戦に召集なので、おそらくクリスティと同年代の設定。主人公ヴァーノンの音楽への創造意欲、友人セバスチャンの商売、奔放な愛に生きるジョー、男の経済力に頼るネル、声楽でも己の愛にも強い主張のある女性ジェーン、この5人すべてがクリスティの分身なのではないかと感じる。
冒頭の現代音楽とおぼしき音楽界の様子、「我々は戦争によって実に多くのものを失ったね」
一転、ヴァーノンが1歳の頃からのお屋敷での使用人との日々、折り合わぬ父と母、ひとり空想で遊ぶ日々が綴られる。けっこう長いのだが、これが主人公ヴァーノンという人物を理解する基礎となる。
長じてボーア戦争で戦死した父を残し実家近くに引っ越す母。息子が母を疎う気持がリアル。そして父のお屋敷の直系として屋敷を愛する気持ち。姻族とは所詮義理の関係なのだ、結局、人生の終盤には出自の血族に意識は戻るのか、といったあたり、還暦過ぎて読むとなかなかリアルだ。だがクリスティはこれを40歳の時に書いてるんだなあ。
1930発表
2004.2.15発行 2019.6.15第2刷