あらすじ
優しい夫、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバクダードからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめる……女の愛の迷いを冷たく見すえ、繊細かつ流麗に描いたロマンチック・サスペンス。
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Posted by ブクログ
これほどまでに自分の家族とこれまでの人生について考えさせられた本は無かった。私は他人から見てどんな人間かしら、家族に幸せを与えられているかしら…忘れがちだからこそ、ふとした時に読み返したい。反面教師的な意味で、人生のバイブル。
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Poor little Joan...
改心しなかったか…旦那のロドニーがあまりにも気の毒だけど、彼が選んだ道とも言えるからな…
面白かった。
満ち足りていて、周りも自分のおかげで上手く言っていると信じて疑っていなかった主人公ジョーンが、バグダッドで1人立ち往生している間に自分と周りの人間の真意を見つめ直す話。自分が周りのこと(特に旦那と子供たち)を何もわかっていなかったことに気がついたのに、結局元の生活に戻ってしまうところまでが趣深い。
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アヴァリルの駆け落ちを止めるための、話し合いのシーンが出色。
アヴァリルと二人だけで話したいと言うロドニーに、ジョーンにも同席してほしいと言うアヴァリル。「なるほど、怖いんだな」と言ったロドニーの言葉の意味が、その時点では分からなかったが、今なら分かる。父に筋の通った言葉で事の本質を言い当てられ、説得されるのが怖かったんだろう。訳の分からない母にまぜっかえしてもらい、話し合いをうやむやにしたかったのかも。
感情的にならず理路整然と冷静に諭すロドニーは、いかにも弁護士然としていて、自分の娘に対する態度とは思えない。父の経験と苦しみを知っている理知的なアヴァリルは、もはや反抗する術もない。心配が図星になったのだ。
彼女にしては感情的な捨て台詞を残し、部屋を去る。
二人の静かだけどヒリヒリするような応酬の意味を理解できないジョーンの憐れなこと。まさに「プア・リトル・ジョーン」だわ。
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10年近く前に「バーナード嬢曰く」で取り上げられていて、その時に気になってすぐに購入して、10年近く積読になっていた本をようやく読み始めて一気に読んだ
うわ、この不遜さは自分かもしれない・・・痛々しい気持ちで読み進める
自分はみんなに嫌われているかもしれないと思ってるとむしろ自分を正当化したくなるんだろうなぁ
バクダットからテル・アブ・ハミド(テルアビブのことか?)→アレッポへとタクシーと汽車で移動 その後にヨーロッパに入って・・・そっか、第二次対戦前はイスラエルやシリアはイギリス領だった? あれ?バグダッド→イスタンブール→ベルリンを鉄道で結ぶ3B政策はドイツの政策だっけ? 待っていた汽車はドイツの鉄道会社? うろ覚えの中東の世界史を思い出す
ずっとジョーンの視点だったのが、最後だけロドニーの視点で解決編
アガサクリスティは、誰かを思い出しながらこの本を書いていたのか、自分を顧みていたのか
少し意地悪なところもあった人のような気がするので、楽しんでこの本を書いていたんだろうなと想像する
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解説の栗本薫の文章が「『春をして君を離れ』は哀しい本だ」と始まったことに、ひどく感動した。
この作品を読みながら、私は「哀しい」と考えていた。ジョーンスカダモアが「可哀想」だとか「いらいらする」とか夫のロドニーが「気の毒」だとかそういうものではなく、作品全体に対して「哀しい」と明確に思った。それは私もまた栗本薫と同じように、ジョーンを連想させる家族がいるからだろう。
母が「読み終わったら貸して」と言っている。それを少し躊躇う自分と読み終わった後の母を期待する自分がいる。
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とにかく怖い。自分の中にもジョーン・スカダモアがいるのではないか。すでに誰かにとってのジョーンなのではないか。夫であるロドニーの評価は分かれるところだと思うが、個人的には嫌な奴と切り捨てきれない部分があった。「結婚は連帯の意図の表明であり、不測の事態が起こった時も、相手を見捨てない契約」という覚悟を貫いているようにも思えたが、結局のところ、ロドニーもジョーンと同じように、自己満足に陥っているだけなんだろうな。ありのままの現実と向き合うレスリーの姿が、ロドニーの弱さを浮き彫りにしていると感じた。現実を直視し分かち合う勇気を持てないことを、優しさなどという美辞麗句で飾って済ませてはいけない、と突きつけてくる本だった。
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実ある心の婚姻に、許すまじ、邪魔だては。
世は移り、人は変われど、まことの恋は
摘まれて朽つる花のごとく
はかなきものにあらざれば。
そはさながら天の一角に
嵐を下に見て、巌としてゆるがざる、
かの不動の星、荒波に揉まるる小舟の
変わりなき道しるべ、
いと高く輝きて、限りなきものを内に秘む。
まことの恋、そは時の道化にあらず
よし、あえかな唇、ばらのかんばせは、
時の利鎌の一振りにうつろうとも
恋はかりそめならずして
世のきわみまで恋うるなり。
変わらぬ恋は世になしと証しさるれば
わがすべての詩はむなしく
およそ人のすべての愛もまたむなし。
──ウィリアム・シェイクスピア「ソネット116」
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ミステリーではないアガサクリスティー
一人の女性ジョーンが妻として母として人一倍の自信と誇りを持って生きてきた。
ただ実際は周りが何も見えていなかった
怖いことだと思う。自分に置き換えたらどうだろう。それに気づいた時180度変えた考え方ができるだろうか。それまでの人生を否定できるだろうか。
多角的な視野で見ることは難しい。自信があることは素晴らしい。
ロドニーはなんて大きい人なんだろう。ただ妻に心のうちも打ち明けられない人生は哀しいとしか言えない
子どもたちは離れていきそれぞれ新たな人生を歩み始める。今でいうところの毒親を離れてやっと自分基準の幸せを求めて。
Posted by ブクログ
久しぶりに一気読み(2日には分かれたけど)した本。
子育てしている身としてはジョーンを見ているとヒヤヒヤしてしまう。表面的に理解した気にならず、相手に向き合って理解し合える親子関係、夫婦関係を築きたいとら思った。
最後、ロドニーが「ジョーンはこれからもひとりぼっち。それを君が気づきませんように」みたいな言葉が恐ろしい。ロドニーも向き合いなよと思ってしまうが、仕事を反対されたときから心が折れてしまったのかな。
知らぬ間に愛想を尽かされることがないよう、ジョーンを反面教師にしたい、、、、
Posted by ブクログ
ジョーンの自己中心性、奢り、焦り、認めたくない気持ち、赦しをこう気持ち、変えられない自分など、文章からとてもリアルに伝わってくるようだった。外から見ると、何と人は哀しい生き物かと思うが、誰もがもつ心理だし、大なり小なり人生の間で出しているのだろう。聖人君子のようなロドニーにもまた人間くささが見えて、エピローグもよかった。
Posted by ブクログ
<あらすじ>
イギリスに住むジョーン。末娘が体調を壊したというので、嫁ぎ先のバグダッドへ。そこから帰る道中のジョーンの一人語り。思いがけず、帰る汽車が遅れ立ち止まりをくらう。そこであらゆることに思い沈むお話。なあなあな夫婦関係。家族関係の行く果ては……。
<ゾッとしたところ>
p309から始まる娘バーバラから父ロドニーへの手紙
このような会話が今までも家族間でなされていたのかと思うと、ゾッとする
<ジョーンの自己発見までの過程>
p22 ブランチの墜落ぶりこそ、まさに第一級の悲劇だ。
p57 わたしがあのとき賢く、上手に事をおさめたから、いいようなものの……
p71 「まさか、バーバラに限ってそんなこと! わたしたちのように幸せな家庭って、そうざらにあるものじゃないのに」
p124 このわたしが現実の人間ではないのかも知れない。玩具の妻、玩具の母親なのかも知れない。
p171 「自分のことばかりでなく、ひとのことを考えるように」だって。わたしはこれまでそうしてきた
p250 わたしがこれまで誰についても真相を知らずにすごしてきたのは、こうあってほしいと思うようなことを信じて、真実に直面する苦しみを避ける方が、ずっと楽だったからだ。
p251 彼女(ジョーン)はバーバラを愛していなかった。そればかりか、その心情を少しも理解してやらなかったのだ。
p268 よかれと思ってしたことだった。せめてわたしだけでも現実的な考えかたをしなければ、そう思ったからだ。何よりも子どもたちのことを考えなければならなかったし、利己的な動機からではまったくなかったのだ。
けれども激しく湧き起こった自己弁護の声は、たちまちにして掻き消された。
すべてはわたしの自分本位の考えからではなかったか、とジョーンは思い返していた。
p276 まったく、わたしは何とひとりよがりな女だったことか。
<ジョーンの周りの人たち>
p138 「こんなことをいうのは、ここだけの話だけれど、あなたには少々自己満足の気味があるからです。」ギルビー校長
p161 不手際だといつもお小言を頂戴し、うまくいったときにはお褒めの言葉もないーーこれでは情けなくなります。 メイド
<ジョーンの過干渉>
p199 若い人たちのつきあいには年配のちゃんとした人の介添えが必要だという考えが、最近ではまた復活してきているのよ。
<ロドニーの発言>
p182 プア・ジョーン
p190 突然ロドニーの声は、いいようもなく激しいものを帯びた。
「ぼくははっきりいっておく、エイヴラル、自分の望む仕事につけない男ーー自分の天職につけない男は、男であって男でないと。ぼくは確言する。」
<自分もそういうところあるだろうな>
p253 その気働きを厚く感謝される場面を想像し、何とお礼をいっていいかわからないと口々にいわれることを、半ば期待していたのだった。
<気になる発言>
p66 やれやれ、まったく東洋人ときたら。時間なんて、この人たちには何の意味ももっていないのだ。
<読後の最初の一言>
ロドニー、おまえもか。
自分に割り当てられた役割(p325)の中で生きている、独りよがりの女性の話
人のことをジャッジしまくる
「可哀そう」と思う
そんな私もこの女性をジャッジをしている
読んでいる最中は、雲をつかむような話(実体がなく、現実味がない話)と思う
読者の今いるステージや属性によっても、感想は変わると思う
どんな人におすすめかてんで思い浮かばない
Posted by ブクログ
読み進めていくうちにどんどん背筋が凍る。
ジョーン、、なんて女なんだ、、と思ったが人間って多かれ少なかれこういうところがありそうだとも思った。
正義だと思っているものが本当に人のためになっているのか、自分のためではないのか、振りかざす前に落ち着いて考えたいと思わされる。特に家族に対して境界線を履き違えるなんてよくある話だし気をつけたい。
結末は人は簡単には変わらないという示唆なのか。
「ただいま」ではなく「許して」って勢いづいて言えていたらジョーンも変われたのかもなと思うがそれもかえってリアル。
Posted by ブクログ
アガサクリスティは初めて読んだ。
違和感なくすんなり読めた。
一生すれ違い続ける夫婦の話。
人間同士だからそりゃ相手の心の中は全てわからないよね、いくら夫婦でも。
なんか切ないような恐ろしいようなお話。
Posted by ブクログ
10年くらい積んでいて、しかもダブって買っていて2冊も持っていたこの本。
何度も冒頭で挫折していたのだが、今回読み始めたら驚くほどサクサク読めた。たぶん自分の年齢が主人公に近づいてきたからで、気づかぬうちに自分も己の人生に迷ったり悩んだり怖がったりするようになったからかもしれない。
ジョーンの言動に苛立ちながら読んでいたけど、知らず知らずのうちに自分でもやっちゃってるかもな…と心配になった。
あと、ロドニーは良い人だけどこの人も結構ずるい人間だよなと思った。
お互いに嫌なことに目をつぶって老いていくのは昔も今も変わらないところか…。
人間って愚かで儚いなぁ。
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人が死なないクリスティーは初めて読んだけどこれも悪くない。大きな事件が起きるわけではないのに、次々に浮かぶ疑惑と繋がっていく記憶の断片が頭に流れ込んでくるようで、この疾走感はさすがクリスティーだなと思った。
主人公は女の悪いところ詰め込みまくり。それに途中で気づくところまでは良かったんだけど、結局無かったことにして見て見ぬふりするところはさすが女って感じでますます女が嫌いになった。自分も女だけど。
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ミステリーの巨匠が描く少しミステリートは違った小説、とのこと。
海外文学は男性名称とか女性名称とかあだ名とか地名とかがよく分からなくなるからあんまり読まない。この本もその辺はちょっと苦労したけど、読みやすくて結構サクサク読めた。最後はどうなるかな、と思ったけど、土壇場になって心変わりすることなんてよくある事だし、そう考えるとなんかゾワッとして終わった。
Posted by ブクログ
「よくこんな嫌な女(主人公)書けたね」的な感想を多数観測したため、「フゥーン、どんな性悪女なのか拝んでみますか」とアガサデビューした、が…
残酷な話だなぁ
女性の虚栄をあげつらった陳腐な批判とは別種の、生々しい自己欺瞞の描写やその終幕に、ずん…と気が滅入った
Posted by ブクログ
旅に出ることで、人は普段とは異なる考えを抱くようになり、普段では到達し得ない真実や決意に辿り着くことができる。
そして、旅先でどれだけ素晴らしい決意を得たとしても、日常に戻れば日常という環境に規定された思考方法に戻り、素晴らしかったはずの決意や真実はまるで夢だったかのように色褪せてしまう。
異国の地に置き去りにされたジョーンは、持て余す時間の中で自己に向き合い真実を悟る。しかし、家に帰り着いた瞬間にその全てが幻のように消え去ってしまう。この心変わりは、経験的に本当に共感できると思った。
旅は僕らを非日常、異なる環境に連れ出してくれるものであり、その効果は掛け値なしに素晴らしい。だが日常に戻った時、僕らの思考は環境によって強く規定されており、そこから抜け出すことは非常に難しいのだと改めて思わされた。
僕はジョーンのことはとてもかわいそうだと思ったし、その妻に対して半ば諦めつつも折り合いをつけることを決めたようであるロドニーのことは尊敬できると思った。結婚とは契約である。現実とは、自分のしたいようにはできないもの、でもそう簡単には投げ捨てられないもの。
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多くの人、特に母親が歩む道である被害者妄想というか。家族のために自分を犠牲にして、過ちを犯さないようレールを敷いてあげているのに。当時の彼女の別ペンネームの作品。
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この主人公みたいなタイプってやっぱちょっとやそっとで治ることはないんだなぁ……と思って文庫解説を見たら「夫や息子娘が諦めたのも良くない」とあって、その視点があったか…!と。
Posted by ブクログ
自分では気づいていなかった、知ろうともしなかった真相にたどり着いてしまうというのは考えてみると恐ろしい。できることならば、周りにとって自分がどういう存在なのか、知ることなく生きていきたいいうのもそんなにおかしなことではないだろう。でも、この小説の主人公、ジョーンは気づいてしまう(最後その扉を開けるか閉めるかという葛藤はあるが)。異国の砂漠の宿に取り残されて、気を紛らわすこともなく数日間を過ごすというシチュエーションもそれに寄与したのだろう、と思うが、それゆえに何か悪い夢でも見たような気持になってしまうというのもむべなるかなというところだと思う。後から考えるとそういうシチュエーションの描き方もうまいというか、だんだんとヨーロッパが近づくにつれて自分の思いに確信が持てなくなるような雰囲気もあらわされていると思った。
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アガサ・クリスティーがメアリ・ウェストマコット名義で出版したロマンス小説に分類される6冊の中の1冊らしい。
クリスティーはこんな小説も書けるのかと感心してしまった。もうなんとも言えない感情になる。
主人公ジョーンに対して、怒りではなくて哀れみを感じてしまうのは、世の中にはジョーンのような人が割といて、それはもう本人にはどうしようもないというのがわかるからなんだと思う。
最後の大きな選択では、変わっていて欲しいと思ったと同時に、まぁそうだろうねと思った自分がいた。それ以前に、そこまで内省できたことが奇跡的で、それで十分だとも思ったり。
Posted by ブクログ
しんどかった。主人公の独白もさることながら、読み進めながら、「旦那も良い大人(しかも当時は今より社会的にも強者である「男性」)のくせに、自分の人生に対する、自分の気持ちに沿った決断をしてないじゃないか」とイライラした。
解説の方の意見がおっしゃる通り。
Posted by ブクログ
タイトルと表紙がとても好き。
昔、同じようにタイトルと表紙に惹かれて読み始めた時は、
何も起こらない退屈さと、主人公の独りよがりなところが嫌で
中断してしまった。
最後まで読めるようになったのは、自分が大人になったからか、
何らかの諦めを知ったからか。
こういうお話は、欧米小説にはあまりないと思う。
好き嫌いはさておき、とても印象深い作品だった。
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最後が恐ろしすぎて鳥肌がたった。
惨たらしいとはこの事。
賛否両論あるけど、このラストの衝撃で怖すぎて星をマイナス一にした。怖すぎる。
でも実はこういうのって日常にたくさん隠れてるよね、の答え合わせをしてくれている優しい結末なのかもしれない。
結末は、これで良かったのかもしれないね。
過去は変えられないし。
登場人物全員がまるで実在の人物かのように思えてくる。
それだけでも読む価値があると思いました。
若い人に読んでほしい本ですね。ピントこないかもしれないけどね。
それにしても、クリスティは人物描写が巧みだね。
Posted by ブクログ
三児の母であるジョーンが旅の帰路にて自身の半生を振り返り、自分がどんな人間であるかを見つめ直す話。
ジョーンは自身を優れた母親だと考えているものの、周囲の人間のちょっとした言動であったり夫及び子供達が自分と接する際の態度に違和感を覚え始め、彼女の経験した過去と共に、無意識のうちにジョーンはその違和感の答えを探っていく。
自己批判が主題のように感じました。人は他人に対しても自分に対しても、望み通りではない辛い事実と相対することを避け、想像で尤もらしい理由付けをした上で自身が傷つかない勝手な結論を思い込むことで、精神を保護する傾向にあると思います。本作は、その思い込みという修正を軸に、正しい現実はどうなのか、またその自身にとって都合の悪い現実とどう折り合いをつけていくのかというお話だと解釈しています。
自我の研鑽は大事だというメッセージを感じる一冊でした。最後の夫の独白も含めて良い作品です。誰もがより他人を慮り、傷つく人間が少ない世界になるよう、全人類に一度読んでみていただきたい作品です。
Posted by ブクログ
日頃の忙しなさの中で、うすうす気づいていても目を背けていること。知らないふりをし続けないと、自分の過去も現在も崩れてしまいそうなこと。強制的に足止めされた旅先の砂漠の駅で、安定した暮らしと愛する家族に恵まれた幸せな人生を送ってきた主婦ジョーンは、自分自身にも秘めてきた内面のぼんやりとした不安感と否応なしに向き合い始める。
「安定した暮らし」は、誰の犠牲の上に築かれているのか。「愛する家族」は、彼女を愛しているのか。惨めだと憐れんだ昔の友人や近所の主婦の、自身を貫く生き様は本当に惨めなものだったのか。
勇気を持って自分自身と向き合い、蓋をしてきた辛い現実を直視したジョーンは、しかし、動き始めた汽車でロンドンに戻ると、その勇気を貫くことなく、再び「愛する家族」との「安定した暮らし」のぬるま湯に沈んでゆく。
開けた蓋を閉めるのはたやすく、愛する者に後悔を告げ生活を変えようという決断を貫き通すのは難しい。人は弱く、一瞬の勇気はなかなか維持できない。それでも、気づいた真理はなかったことにはならず、彼女はおそらくずっと、心の奥底で自身の欺瞞に対する薄ら寒い感覚を持ち続けることになる。それでもなお、ジョーンはそこから目を背け、「幸せな人生」を築き上げた完璧な主婦として生きていくのだろう。あるいはそのうち、「聖人ではない」彼女は砂漠での回心体験を幻として捨て去り、自分を包む「幸せ」を真実のものとして強く信じて生きていくのかもしれない。
そんなジョーンに哀れさも感じつつ、一方で、被害者のように見える夫ロドニーの、すべてを心のうちで妻のせいにして自らを憐れんでいる姿も、一つの罪深い生き方と感じられた。視点を変えれば、ジョーンがあのような妻・母でいることを許容し、諦めて身を引くことで彼女が家族や周囲の人々との関係を再構築する機会を奪っているという点で、ロドニーは加害者でもあるのではないか。
真理を習慣が埋めてゆくリアリティがしんしんと恐怖を残すと同時に、伝え合うことを放棄した果てにたどり着く深い断絶と、伝える・変わる勇気を持ち続けることの絶望的な難しさを、決してドラマティックではない、静かな文章で突き付けてくる作品だった。
Posted by ブクログ
⭐️3.2
旅から戻ったらまたいつもの日常に戻ってしまうものなんだろうか。気が付かないフリをしているだけなんだろうか。
ふと自分も立ち止まって人生を見つめ直してみても良いなと思った。