松田青子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
こいつらはなんでもいつも何の疑問も無く自分たちが普通だと、自分たちがデフォルトだと信じ込めているのか。ただの脈々と続いてきた空気でしかないものを分厚い百科事典でもあるかのように鵜呑みにしていられるのか。この世界、居心地が悪すぎる。
(本文より)
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「やりがい」とか「キャリアアップ」とか「自分らしく働けます」とかどうでもいい。そんなの知るか。テレビや雑誌やネットや電車の中吊りに踊るそれらの言葉たちが片腹痛くて仕方なかった。年中ディズニー気分か。ばかばかしい。そんなのどうでもいいから買わせろ。働いた分買わせろ。
(本文より)
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「スタッキング可能」。2013年の本。松田青子。
1979年生まれの作家さん。の、単行本としてはデビュー作。
もともとは、京都を本拠地とする個性派演劇集団「ヨーロッパ企画」に在籍していた女優さんだそうです。確かに、味わい、持ち味としては、小演劇的、と言うんでしょうか。
ちょっとズラして、ちょっとぶっちゃけで。赤裸々で。多弁で。細部がこだわりで。2017年現在、代表的に言うと宮藤官九郎さんみたいな。
特になんでと言うわけでもなく衝動買い。
時折、「読んだことの無い、いまいまの作家さんの小説」っていうのが発作的に読みたくなります。
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変則的ですが、7つの短編が収録されています。
「スタッキング可能」
表題作。どうやら、とある会社のオフィスの中のいろいろな点描。
それから、同じ会社なのか?〈上司が獣だった〉、という何とも言えないカフカ的?な状態の点描。
それらを通じて。
異分子を排除したがる集団の性質とか。
男性優位的でマッチョイズム溢れる、反知性主義的な人の性向とか。
それらに対して拒絶を心の中で叫ぶストレスとか。
人と人が関係を持つことへの絶望みたいな、実にすがすがしいほどの索莫とした風情が、ユーモアと凄味を交えて描かれます。
正直、なかなか説得力があって、面白かった。この作家さん、技があるな、と思いました。
誤解を恐れずに言うと、津村記久子さんが持っているような、暴力的な世界への嫌悪感。
色んな人間模様が、心理が描かれるんですが。以下、その中の一つ。
とある男性は、若い時に父親が亡くなった。
本人はそれをなかなか消化することができない。
周囲の人々の多くは「俺もそうだった、わかる」「乗り越えよう」など励ましてくれるのだけど、本人は、それが全く受け付けられない。どうして、乗り越えなくてはならないのか。なぜ、自分と同じようにしろと押しつけてくるのか。
そんなときに、深沢七郎の本を読む。深沢さんも、同じような体験をして、同じように思っていた。
(以下本文より)
長い間友達だと思い込んでいた実際の友人たちよりもずっと、もうこの世にいない、一度もあったことのないおっさんの方がA村の気持ちをわかってくれていた。本ってすげえな、とA村は思った。無理して仲間をつくる必要ないじゃん。心が冷えたまま、友達であり続ける必要なんてない。自分の為の言葉がこの世にはある。そのことを知ったら、バンドを辞めるのも、人の輪から離れるのも、少しは怖くなくなった。
うーん。
この気持ち、この表現。たたきつけるような。
読書への愛情体験というのか、そういうことも含めて、分かるなあ。
(親はピンピンしてるのですが、子供の頃、転校が多かったので。周囲との絶望的な〈価値観の断絶体験〉みたいなこと。)
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「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」
戯曲。いわゆる不条理劇、でもないけれど、女性ふたりが出てきて、「世の中で、広告で、ネットや雑誌で言われているイメージみたいなものが、どれだけ嘘ばっかりか」ということを吠え、訴える内容。
ちょっと面白かった。
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「マーガレットは植える」
童話みたいな、短編。
マーガレットさんは色んなものを植える。
素敵なものも植える。
残酷なものも植える。
落ち込んだり、悲しんだりするけれど植える。
だからどーした、とも言えるんだけど、けっこう、じんと来ました。
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「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」
幕間劇のようなかんじで、もう一度。
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「もうすぐ結婚する女」
もうすぐ結婚する女、に対して、結婚する予定のない女性(友達?)が思いを語るような。
とにかく相手を名前で呼ばず、「もうすぐ結婚する女」としか呼ばない執拗さがこわい。
相手より、語り部の一人称主人公の中の、結婚というか、結婚に代表される世間的なシアワセイメージ、みたいなものの暴力的な圧力への自意識過剰さがひりひりする短編。
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「ウォータープルーフ嘘ばっかりじゃない!」
幕間的なような感じで、もう一度。
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「タッパー」
不気味で不条理な掌篇。
色んなタッパーに色んな世界が入ってる。
ふーん。
以上。
総じて、ちょっと楽しみな若い小説家さんだなあ、と思いました。
地盤というか出が関西なのもちょっと頼もしい。 -
Posted by ブクログ
同調圧力や「普通」との戦いにまつわる小説。戦いというのが大げさだとしても、この小説は、自分たちを縛りつける「普通」を正視し抗おうとしている。
たとえば、男同士でよくやる女の噂話が嫌いな男性社員が出てくる。「あいつは女の話をしないからゲイだ」という決め付けに憤っている。まさに自分がそれと同じだったから、なんだか頼もしい気分になった。
なぜか罷り通ってしまう根拠のない「普通」に対して、それってホントに「普通」なの?と一緒に立ち止まってくれる人がこの小説の中にはいる。それだけで、こちらの気持ちはだいぶ楽になる。
間に挟み込まれる戯曲?コント?風の「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」は声に出して読みたい日本語のオンパレード。いろいろあるけど、「土偶ぐらい長生きしてから言ってみろ」とか。 -
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全編を通してあるのが、「匿名性」というキーワードだろう。
匿名であることの空虚さ(のようなもの)。そのせいで生まれるややこしさ。特に「もうすぐ結婚する女」はもう、語り手が誰で、語られ手が誰で、それがどういう関係で、何人居て、ということが、一読しただけでは分からない。というか再読しても分からないし、人物相関図を書いてみても分からないと思う。だって、この人とこの人が同一人物である、という保証がないのだから。名前が存在しない所為で。
表題作の「スタッキング可能」では人物に名前が与えられてはいるけれど、「付けられている」というより「振られている」というだけみたいな名前だから余計ややこしい。「A田」と「A村」、「B野」と「B山」のような同じアルファベットを持つ名前は、果たして同一人物なのだろうか? 「入れ換え可能」なのだろうか? これこそ、一度図表にして整理してみるべきだろう。
それらの人たちが積み重ねられたビルの中で、唯一の存在感を持つのが、最後の章で唐突に現れる『わたし』である。
この『わたし』とは誰なのか? おそらく、著者本人の視点そのものだろう。その『わたし』が、世界を作るということ。『わたし』が作ったビルの中に、匿名の人々の、入れ替え可能な幾つものエピソードを整然と積み上げていくということ。それはすなわち、「小説を書く」という行為そのものなのではないだろうか。
小説を書く世界では、この『わたし』は誰とも交換され得ない。だって、書き手の『わたし』が存在しなければ、小説が書かれることはないのだから。
世界を視て、それを書き記す『わたし』だけは、誰とも交換されない。失われようがない。
「我思う、ゆえに我在り」なのだ。
というのは、深読みしすぎだろうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレよく考えたら夜道で危ないから送っていくよといい彼女もそりゃそうだとそれを受け入れ2人でカメラから消えていく
正しさ大事だが思いやりも同じ位大事だと言うことも。
まず愛想が悪いのがいい笑顔を大事にしている店ですと書いてあって度肝を抜かれた位に愛想が悪い
どこかに自分が気がつかなかった家の剃り残しがあるんじゃないかそれを見つけられて内心何か思われているんじゃないか
人数の多いアイドルグループが夏らしい曲のミュージックビデオで全員白いビキニを着せられているのを見ると可愛いなと思うと同時に撮影当日この中の何人が生理で嫌だったろうと考えてしまう白いホットパンツが衣装だったりする時も生理の時大変だろうな気の毒にみたいな気持ちでいっぱいになる
奇抜さも斜めの視線も必要なく普通をさくっと超えている人というのはこの世の宝だ
おじさんが横で小さく拍手していたうれしくなって私も小さく拍手した
アメリカ自然史博物館
ノアバームバック イカとクジラ
楽しみにしている作品はできるだけ0の気持ちで臨みたいと思っている
高橋留美子は最高だよね! -
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今、翻訳家のエッセイがおもしろい!
岸本佐知子さんに続き、この人のエッセイから目が離せない。
なんと言ったらいだろう、いい感じに気の抜けた笑いとおおらかさがあって、読んでいて楽しい。
そこは盲点だった!という意外な着眼点や、激しく共感するマニアックネタについて書いてあったり。とにかくいちいち面白いのだ。
岸本佐知子さんとの違いは、女子目線があること。
世代が同じようで若干違うので、理解できない話もあったけど、それ以外はどれもクスっと笑ってしまう。
洋画、洋楽フリークの人にオススメしたい一冊!
本で私の大好きなSNLネタがけっこう登場するので、それだけでなんだか嬉しかったなー。 -
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私的2013年度ナンバーワンの本は松田青子さんのデビュー作スタッキング可能だったので、二作目はとにかく期待度高く楽しみにしていました。
二作目のこちらも素晴らしい。こう来たかと思わず唸りたくなる面白さ。相変わらず世の中の皮肉を摘み取るのがうまい。実に巧妙。ただスタッキング可能のときよりも幾分難しい、というか分かりづらい。どなたかの解説が読みたいくらい。表題作英子の森がちょっと読み取りづらかったかなー。英語の森? にかけてるのかしら。英語ができたとしても時給にして50円ほどしか変わらないなんとも残酷なんですよ、ってね。
表題作以外は分かりやすいです。なかでも、おにいさんがこわいが好き。
スタッキング可能と比べてこの評価ですがとても面白かったです。誰かの解説を読んだ後にまた読みたい。次回作が今一番楽しみな作家さん。 -
Posted by ブクログ
取っ付きやすいカテゴリの作品ではないはずなのに、全篇ともするりと楽しく読めてしまった。
もちろんこれは、褒め言葉です。そして個人の感想です。自信と責任を持って発信したい個人の意見です。
「森」が意識のメタファーだなんてことは疾うの昔から知れてることですが、
こんなにシュールでガーリーで、ちょっとばかり毒のあるいい森を作ることは、
言葉について、言語について考え続けてきた人にしかできない高等な言葉遊びでしょう。
もし今度、ちょっと気になる誰かが現れたとしたら、
「今度、うちの森に遊びに来ませんか」と誘ってみたい。
その誘いに応じてくれる人とは仲良くなれそうだ。