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Posted by ブクログ
p124
「魂は減る。(中略)
魂は永遠にチャージされるものじゃない。理不尽なことや、うまくいかないことがあるたびに、魂は減る。魂は生きていると減る。(中略)
三十年以上生きてきた敬子はもう自分の魂は、どれだけ満タンにチャージしても、残り「82%」ぐらいなんじゃないかと感じる。さっきの××たちのライブでだいぶ充電されたけれど、それだけももう「100%」には戻れない。一体人生のどの段階まで、敬子の充電は「100%」だったのか。」
p138
「望ましい」の枠外に出ることはもちろん自由だったが、その自由には名前があり、ただ大目に見られているだけだった。「まだ若いから奇抜なファッションを楽しんでいられる一過性の時期」だとか「女を捨てたもう終わりの時期」だとか。」
p184
「未熟さ」が熱狂的に受け入れられたということは、この頃の日本では、「未熟さ」を魅力として考える人が多かったからだろうと推察できます。つまり、女の子たちではなく、国そのものが「未熟」だったのです。
Posted by ブクログ
「おじさん」に抗うフェミニズム小説
本作は「おじさん」によって作られた日本社会を痛烈に批判している。
作中の「おじさん」とは年齢や性別による区分ではなく、強い言葉で表現すれば女性の地位を不当におとしめ、加害構造を無自覚に維持しようとする人のことだ。読後は、本書で「おじさん」の頬をひっぱたいてやりたい気持ちになるかもしれない。
作中では様々な「おじさん」による被害が描かれる。特に印象的なのは「制服」の話だ。日本では「制服」は性的なアイコンとして扱われていることを理解しながら、それを未成年の女子学生に着させている。少女たちは「おじさん」から性的に消費される服装に身を包みながら、日々の生活をサバイブしなければならないのだ。
そんな文化が当たり前に受け入れられている理由は、本作ではそれが「おじさん」によって作られたものだからとされている。要するに、このシステムには自浄作用がないのだ。
本作はフィクションだが、特に女性アイドルカルチャーに関する描写はまるでノンフィクションを思わせる。なぜなら実在したアイドルをモデルに、現実にあった出来事などが描かれているからだ。名前こそ出ないものの、知っていれば誰のことなのかは手に取るようにわかるだろう。
そんなアイドルたちを作り上げたのは紛れもなく「おじさん」だし、彼女たちが学生の制服を模した衣装を着るのはいかにも「おじさん」の発想だ。でも、彼女たちには男女問わず魅了する力があるのだから不思議なものだ。
後半になると日本批判のトーンがさらに強まり、比喩でもなんでもなく革命の物語になる。冒頭で少女革命ウテナからの引用がある理由はここだろう。読んでいてこの辺りで息苦しさを感じるようになったのは、私自身も「おじさん」の一員であるという証左かもしれない。
Posted by ブクログ
僕は一般的におじさんと言われる年齢だけど、自分のことを「〇〇おじさん」とおどけて言う人があまり好きではないし、自分に対して「おじさん」って言うことは絶対にしたくない。それはこの小説に指定されている「おじさん」が心の底から大嫌いだから。
同じ性なだけであって、彼ら「おじさん」は慈愛が全くありません。自己都合しか考えていないウンコだ。おじさんと言われるある程度長い年齢を生きてきたが、「おじさん」に対して理解が全く生まれません。いや、理解したのは前述した通り「おじさん」=うんこ、だと言うこの一点。
だから年齢や性別、見た目だけで、「おじさん」と指定しないでください。そう判断されない様に、見た目だけでも、筋トレしてお肌のケアして頑張るから。(これもれっきとしたルッキズムやで。やだやだ。)
感想ですが、2週間かけて読む私としては、話の繋がり、構成の意図が全ては理解できませんでした。女子高生達と論文(途中XXの研究論文の話がそうなのかな)、途中から出てくる、「わたし」(最後にわかりましたが)。この辺りの場面が全体を通してどうしてこういう構図の関わりになったのか、一回読んだだけではわかりませんでした。
ともあれ、革命の描写が最後の最後の本当に最後に湯気が立って、消えてなくなる様に描かれていた事を考えると、僕の想像としては、それでも日本は「おじさん」の国であって、女性は尊い存在だが儚く、持続可能な魂で繋いでいくしかないという、切なくまだまだ淘汰されてしまうものだという、訴えなのかなと思いました。
僕は「おじさん」にはなりません。誓います。
以上、松田青子さんありがとうございました。楽しかったです。
Posted by ブクログ
フェミニスト界隈のひとたちにとっては目新しい表現はあまり見当たらない作品かもしれない。ただ、自分が社会の中でいわゆる性的対象と消費されたくないばかりに無意識におじさん側になってしまっていないかというセルフチェックはしていかねば、という思いになった。そしておじさんたちの思惑通りにはならないぞというポジティブな意志がなければずるずるとそこに同調していくことになりかねないのだ、とも。
なぜ日本がハズレくじを引いて国を縮小していくことになったのかというところはちょっと説得力に欠ける気がしたけれど、現実がまるでそうでもないと説明がつかないほど酷いので、皮肉が効いていてよい。
Posted by ブクログ
わかりやすく強い言葉でこれでもかこれでもかと繰り返される「おじさん」への糾弾、拒絶、排除の物語。気づかせる、目を覚まさせる、奮起させる、連帯させるという意味ではとても良い作品なのだと思う。
だけど、残念ながらわたしにはあまり響かなかった。特に、作中に驚くほどたくさん登場する「おじさん」という言葉。いくら概念的に扱っているとはいえ、ある一定の年齢を超えた男性や、関係上の呼称としても使われている言葉を用いて語る内容としては攻撃的すぎて疲れてしまった。個人としてではなく女として弱い存在とみられること、制服を着ているだけで性的搾取の対象としてみられることにNo!といいながら、個人ではなく概念としての「おじさん」を叩きまくる。(個人としての「おじさん」も叩くが)性別年齢を問わず誰のなかにも存在しうる「おじさん」を自覚させるのが目的なのかもしれないけれど、そのあたりの違和感を最後までなくすことができなかった。このあたりは、シンプルに好みの問題だと思う。
ただし、繰り返しにはなるけれど、現状に甘んじるな!立ち上がれ!つながれ!という強いメッセージは伝わってくるし、両手を挙げて賛同する。
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小説・文芸
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