鷺沢萠のレビュー一覧
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アイデンティティが確立しにくい時代と言われてます。実際〝自分は誰なんだろう?〟と思ってる人も多いんじゃないかなぁ。わたしはよく思います。
思うたびに、前はこうだったけど今は違うなー、とその時々で変わってるんじゃないかという感覚があります。たぶんそれでいいんだろうな。たぶん。
僕は、ホントは誰なんだろうね?
(葉桜の日)
ふちの欠けたグラス
(果実の舟を川に流して)
あやふやな想いがあやふやのまま、
あやふやなさがはっきりとわかる。
なんだろう?
否定でも肯定でもない、
ただこのままでという、
わからなさ。
葉桜忌、4月11日に、
また思い返す、かも。 -
Posted by ブクログ
鷺沢萠の初期作品4作。「川べりの道」、「かもめ家ものがたり」、「朽ちる町」、そして「帰れぬ人びと」。
五つ星という評価は、贔屓目に見たものかもしれないが、それでもこの最初期の作品群が好きだ。受賞作だからという点を措いても、川べりの道、そしてここには収録されていないが、「駆ける少年」は特に良い。
川村湊による本書の解説では、静謐感、清潔感、諦観といった言葉が並んでおり、それに異論はないのであるが、自分は、本書の作品からは、HBかBくらいで描いた硬質な鉛筆画の風景や静物画のようなイメージを抱く。或いは、丁寧に書いた楷書の文章。
著者自身の体験、読書歴、想像力の賜物だと思うが、これらの作品を18,19程度で著していたことに、改めて驚かされる。
講談社文芸文庫であることから、年譜や作品集がついているのも嬉しいが、何より嬉しいのは、著者の長姉も一文を寄せていること。鷺沢さんには、「私の話」という文字通り自身の話を語ったものがあるが、ご家族自身によるものは入っていないはずである(当然だが)。存命であれば、今年で53歳。やはり惜しまれる。 -
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「ウェルカム・ホーム!」
血なんか繋がってなくても大丈夫。魔法のことば「お帰りなさい!」を大きな声で叫んだら、大好きなあの人は、たちまち大切な家族に変わるから。
離婚し親にも勘当され、親友の父子家庭宅に居候しながら、家事と子育てに励む元シェフ渡辺毅と、再婚にも失敗し、愛情を注いで育てあげた前夫の連れ娘と引き離されたキャリアウーマン児島律子。それぞれの奮闘が詰まった物語です。
キャリアウーマン児島律子のウェルカム・ホーム!は、読んでからのお楽しみということで、渡辺毅のウェルカム・ホーム!に関する書評です。
主人公は、離婚の結果、住む場所と経済力を失った毅。そんな毅に「ここに住む場所と経済力は無いが、それ以外のことに時間を割ける男が一人。ここに住む場所と経済力はあるが、それ以外のことに時間を割けない男が一人。同居するのは、合理的だろ」という親友の言葉から全てが始まった。毅と親友、そしてその息子の物語。
今では、主夫という言葉が市民権を得ている状況ですが、著書が刊行された2004年には、まだ世間に浸透していなかったのではないでしょうか。そんな中、毅は親友の家事全てを一手に担った。あっぱれ。毅は、元シェフだったので、料理に手こずるのではない(但し、テキトーな学生生活の延長線上で父親の繁盛店を継いでしまった為、結果的に店を潰してしまい、親に勘当されるという有り難くないお墨付ではあるが)。そんな彼が、手こずったのは、オトコの沽券である。
一言で言ってしまえば、”このオトコの沽券について毅がオタオタしている物語”となるのですが、それがアットホームであり、ちょっと感動ものであったりするのです。特に、毅が独り言を言うシーンが、絶妙。ユーモラスであり、男として思うところが出ていたり、息子への熱い思いが出ていたりで、独り言が重要な役割を果たしているのは間違いないです。この部分だけ切り取ってもきっと楽しめるw
毅たちは、本当の家族ではないのですが、血なんか繋がってなくても「お帰りなさい!」を大きな声で叫んだら、大好きなあの人は、たちまち大切な家族に変わる。なんと素晴らしいことだろう。
心がほっと温まる、そんな作品です。しかし、弁当を作って貰える有り難さ。羨ましいことこの上ない。 -
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「あなたはあたしのクリスマス・ツリーだったのよ」
多分、今この本のページを少しもめくっていない人にとってさえ、香子のこの一言はうならずにはいられない名文句だと思う。
ロマンチックにも見えるたとえだけど、彼女がこの一言を声にするまでに経験したこと、嵐のような日々、幸福にすぎる生活、その中で胸を満たした感情、香子の強さ、そして、気付いてしまったこと。
そういうものを全て知った後のこの一言は、あまりに苦しくて、あまりに切なくて、あまりに強くて、たまらなくなる。
そう長くはないし、小難しい話でもない。
この一言に少しでもうなったなら、ぜひ本作を読んでほしい。 -
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高校か大学1年の頃、妙に鷺沢先生の小説にはまった時期があった。
今となってはその理由がさっぱり思い出せないのだけれど、はっきりしているのは、多分、あの頃の私はこの話をよく理解できなかっただろうということだ。
年齢的には、あの頃の方が登場人物に近いはず。
けれど、生活するということ、生きるということをいまいち分かっていなかったあの頃には、この本にちりばめられた桜の花弁も、きれいごとでも格好のいい話でもない、普段なら気にも留めない人々の、気にもならない日々も、目に映らなかっただろう。
今の私はジョージの年も健次の年も超えている。
次は、誰の年になるのだろう。
その頃にもう一度読めば、また見えなかったものが見えてくるのかもしれない。