赤坂真理のレビュー一覧
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どうして人はモテたいのか?モテたい「理由」を通して、男女の感じ方・生き方の違いがわかる本。
よく言われているけど、男はシングルタスク・女はマルチタスクなんだとか。
女性は変化に強い。それはホルモンのバランスで毎月時期によって体調が変化してしまうから。
ただし画一的な労働を求める近代社会においては、不利だし、シェフにもなりづらい(時期によって味覚・嗅覚が変わっちゃうからね;)というのに納得。
男と女に優劣なんてない、ただからだの構造の違いなんだなー、と。
といっても堅苦しくはなくて、JJなど雑誌を通して、スイーツ(笑)の研究もずいぶんされていて非常に面白かった!!!!
「モテ」より「愛され」(笑)が支持されるわけとしては、「モテ=不特定多数の異性に好かれる」よりも、「愛され=特定の人の一番になりたい」女心にマッチしているからとのこと。
本能的に、男は異性=数、女性=質重視ともいうもんね。
うん、不特定多数に好かれるより好きな人に好いてもらうほうが遥かに幸せな気がする。
また女性は「関係性」の中で生きているそうな。
・女性は彼氏・夫の話を仲間にするが、男性は彼女・妻の話はしない。
⇒関係性で生きているから。
・女性は「家柄」「毛並みのよさ重視」、男性は「努力して勝ち得たもの重視」
⇒スイーツ(笑)雑誌に出てくる女の子は「高学歴で仕事も恋もがんばるワタシ」なんだけど、その「高学歴」=慶応・上智あたりがモデルになっていて、「付属あがり」「帰国子女枠」で入っているケースが多い。
女性は本人の努力で利益を得るよりも、与えられたもので利益を得るほうが悔しいのだとか。これも「関係性」で生きているからだそうな。
そしてそういう女性はえてして「語学」が得意でそれを生かして・・・・というパターンが多いんだけど、それもある程度「与えられた」才能だからかな?
あんまり法律・会計に詳しい女って出てこないもんね。
高学歴でも、高校まで公立で、ガリガリ努力して一般受験で早稲田・東大というのは魅力じゃないんだろうな。
爆笑したのは「スイーツ(笑」)とオタクは同じ生き物」ということ。
そう、スイーツ(笑)にとってオタクとは「妄想ばっかりしていてキモイ」と嘲笑の対象でしかない。
だがスイーツも実は脳内で生きている。
女性雑誌の「彼ウケ・彼モテ」コーナーを見ればわかるけど、男目線で書かれていないのね(本書に詳しく書いてあるけど)
だって女の子がいくらかわいい服きたって、男は気にしないからそれくらいでハートはつかめないよ!!笑
コンサバ好きと猫耳好き、服装に萌えるあたりオタクとスイーツ(笑)は同じじゃない?という理論。
「関係性」理論には目からうろこだよ。
スイーツ(笑)とオタクが同類ということもw
そしてワセジョはそんなスイーツ(笑)に負けず、たくましく生きてほしいねw -
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男も女も、読むべき。という書評で読んだが、
まさにその通り。男も女も、読むべきだ。
実に鋭い。
その鋭さは、世界を見事に、
特に女と男の世界を包んでいる
虚大な皮をすっぱり斬り捨てて、核をあらわにする。
それだけに、痛みを感じる。
虫歯菌が強固なエナメル質を溶かして、
神経に達したように。
世界は実に、痛い。人間って、痛い。
目から鱗というより、
うすうすわかってた事(けれど誰も言わない事)を
さっぱりと解説してくれている。
ちなみにこの本は、「モテる技術」とか
そういうハウツーセラピー本ではない。
「モテたい」と思う人間の、特に女性の
心理、生理、そして抗えない絶対の不幸を
観察したものだ。
少しばかり、文脈がアヤフヤになるところもあるが、
その荒さやライヴ感も「著者の個性」という言葉で
何となく誤魔化しが効きそうなところが、
男性のわたしからすると、「女性的」な著作だと思ってしまう。 -
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読み終わって、普通に言う「読書」とはまったく違う体験をしたような感覚に陥っている。予定調和の物語は掻き乱され、混合され、そしてまた再生される。そこにあるのは、それ以前とは何かが変わった物語である。「箱の中の天皇」と「大津波のあと」の2篇が収録されている。政治的な信条や文化的な理屈や理論を超えて問いかけてくる、体感としての天皇と津波がここにある。そこに描かれたものに素直に共感できることも読書の楽しみのひとつだけれど、今まで思いもつかなかった角度での物事の見方が体験できるのもやはり読書の醍醐味のひとつだと気付かされた。「東京プリズン」もそうだったが、自分の中からは決して生まれない視点がここには詰まっていた。そのことだけでも、この作品をを読む価値はあった。
念のために記しておけば、それは「天皇」や「津波」に関する事柄というよりは、日常の風景、出来事に関する新しい発見、気付きということである。
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性的マイノリティに対する理解を深めようという話をするとき、大抵の入門書などでは「性の4要素」が重要なキーワードとして語られる。「分かることは分けること」という言葉がある通り、その4要素(「身体の性」「心の性」「性的指向」「表現する性」)の中で男性もしくは女性にあたる部分はどれなのか、はっきりとさせることが理解に繋がることだと、本やテレビなどでも伝えられている。
この本を読んでいるとその四要素に当てはめて考えることがふさわしくなく、セクシュアリティがめちゃくちゃになる人がいる(メチャクチャは酷い表現かもしれないが、当事者自身が「自認するセクシュアリティは〇〇なのだ」と断言できない状態になるということをメチャクチャと表現する)ように感じることがある。かと言って、著者の言いたいことは「その4要素に当てはまらない人もいる」という、世間的に知られるセクシュアリティより更に多くのマイノリティがいるなどという話では全くないのだ。それは誰が読んでもわかるようになっている。
そういった一見矛盾を孕んでいるような「愛」「性」「存在」を、異性愛者だから、同性愛者だから、トランスジェンダーだから、という風に捉えず、人間みんなに潜んでいる普遍的なものとして感じられるように語っているのがこの本である。 -
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戦争は永久に之を放棄
すると、
いまや日本人自ら決意
したかの如く喧伝され
ますが、
戦後、アメリカにそう
言わされたのであって、
私たちの当事者意識は
あるようでありません。
反戦の精神を私たちが
誇る至上の美質と語る
ことは、
与えられた美辞麗句に
便乗してるだけの欺瞞
とも感じてしまいます。
「一億総火の玉だ」と
猛り狂う気質は変わる
ものなのか。
アメリカの庇護が消え
隣国の脅威に晒される
いま、
当事者意識のもと憲法
を見直してくなかで、
それでも戦争は永久に
放棄すると言えるのか。
そのメッキが剥がれる
ときは近いのでは?と
思うのです。 -
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いやぁ、難しい本だった。
なもんだから、すごく時間がかかってしまった。
いわゆる文藝作品であり、物語小説ではないので書いてある事がちんぷんかんぷんなのだ。
内容はアメリカに留学した16歳の少女が、授業の一環で「天皇の戦争責任」を題材にしたディベートに参加するするという内容。
そもそも日本の社会科教育では、昭和史はほとんど勉強していない。
私自信もそうだし、今でもそうでしょ。
そんな少女がアメリカに留学してきた訳だから、日本人はそこんとこどう考えてるんだ?と興味が沸くのも解る。
しかし、日本人は知らないんだなぁ。。。。
で、必死に勉強する訳ですが、まあ解らない。
日本人の誰もがわからない事なんですから。
東京裁判とか日本国憲法とか。
それらはすべて英語。
英語を訳して、日本国憲法が出来てるわけだから、そんなの成立する訳ないのであって・・・
例えば天皇は「Emperor」と訳されてるけど、外人が感じるヨーロッパの君主としての「Emperor」と天皇は本来違うでしょ。
また、天皇に関しては、例えば「人間宣言」のくだりでは日本人さえわからない日本語が使われてて、それを英語に訳してアメリカ人(すなわち戦勝国)が理解しようとしてるし。
わかりやすい所で言えば、A級戦犯。
ほとんどの人が「rankA」と思ってるけど、元々は「classA」が訳されて「A級戦犯」になっちゃって、それが誤解を招いてるし、そういう事がいっぱいある訳ですよ。
私もまだまだ解らない事だらけで、その辺の事を少しでも知りたいなぁと思ってこの本を手にしたわけだが、ますます解らなくなってしまった。
ただし、解らない事さえ解らない人達は日本の事を論じてはいけないと感じます。
憲法守れ!とか言ってる連中・・・
それちょっと違うでしょ。
平和を守れ!なら百歩譲って理解しても良いけどね。
日本国憲法はもともと英語なんだから、英語で理解した上で「憲法守れ!」って言ってる?
その辺の事を考えさせられる本でした。
ただし、最初にも書きましたが、文章が凄く難しいです。
覚悟してください。
この本の後では、村上春樹だって簡単な文章に感じると思います。 -
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愛に関する本は数多出ているが、性に対してフォーカスした本は少ない。ましてや公然と人に聞けない。老若男女、関わることだが、それぞれ異なる秘事。それを文字にしてくれた。ありがたい。
男に欲されて初めて分かる。初めて個の形がくっきりする。受け身で発動する欲望の持ち主。Mama ooo.I don’t want to die. I sometimes wish I’d never been born at all.「Bohemian Rhapsody」時々思う、人間と思いでなければ味わわずに済んだ苦しみについて。愛について憎しみについて、不安について違和について、別にについて夢について、叶えられなかった夢について私について多いについて不安について疎外感について、孤独について。
「男は女は」という言葉は異性愛者の中にだけある。あまりに違う生き物で分かり合うのが難しい。異性の内実は全く想像がつかない。ここが異性愛者の関係性の難しさ。
「ラマン」
人は自由を好むという。だががんじがらめの支配被支配構造の、なんと恋愛ににていることか。
戦争で傷つくのは誰か?ずっと未来の人も含む、全ての人たち。戦争で傷ついた者たちへの慰めの物語、言葉を持つ事がリーダーには必要。
女の人生は意思とアクシデントの狭間にある。人体はホルモンの乗り物で産むようにできている性と、産むようにできていない性。一緒にいたとしてもライフコースが全く違うというだけではなく、生まれてから死ぬまでの日常で感じることや世界の捉え方が全く違うのだろうという想像力。人間はどこまでも体のインプットと身体の情報誌取捨選択傾向や処理能力などによって世界を体験している。感じるものが想像を超えて違うはず。
セックスって本来そんなに簡単な事じゃない。愛を育む事も。心を開く方法も。
結婚するのは知らない女性。セックスはあるけど、愛がない。裸になっても心は誰とも愛を分かち合う事ができない。
性愛の好みは受け身。コクられるのが好き、愛される自分が好き。面倒をみられたい。守るよりも守られたい。女として求められることが好き。私は身体イメージにコンプレックスを持っていて自分の体を女らしくないと思っていた。男を欲情させれる身体ではないと思っていた。
恋愛に際していつも細かな選択を迫られるのが嫌だった。セックスする時コンドームをするのか。ピルを飲むのか。妊娠したらいいと思うのか、したら絶対困るのか。どちらかと言うと常にその中間に気持ちがあることで自分がよくわからない。避妊するしないでパニックになる。 -
Posted by ブクログ
この本を読むきっかけは、たぶん日刊紙での赤坂真理氏の対談を見たことによる。
サルトル『水入らず』、坂口安吾『私は海を抱きしめてゐたい』。存在と思考と身体性。ボーボアール『第二の性』。女であること。古くて陳腐なテーマだが、こんな本が生まれるのも、今の生きにくさの証かもしれない。
「愛し方」も「セックスの仕方(作法)」は誰も教えてくれないと赤坂氏。その通りかもかもしれないけど、幾度も失敗を繰り返し、へこみながらも、あるいは本を読み、悪友のささやきや人様のふりを見て、自分なりを見つけるものだと思うのだが、どうもそうでもないようだ。(若いころの不甲斐なさを思い出す)
「すべての人は、ずれている。」(本書)
まさにその通りです。それを前提としないのが、国や政治でして、社会までもが同調圧力とやらで、それに合わせようとするこで、自分の首を絞めている。不便だな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ赤坂真理の自伝的な小説?
初めは、様々な時空をいったりきたりしながら「我が家の秘密」にたどり着くお話なのだろう、と思っていたら、「天皇の戦争責任」というテーマに真正面からポジションをとった話だった。
めくるめく表現のメリーゴーランド。抽象的文章やありきたりの日常の後に、具体的・非日常的文章に浸るのは心地よい。と同時に、最後の章までは、辻褄がどうあってくるのがわからず、若干つらい思いもする。
東京裁判、平成最後、天皇、日本の戦後、1964年東京都生まれ、高円寺、落合、ハンティング、ビートル、ハロウィン、インディアン、ヘラジカ、大君、ベトナムといったあたりがキーワード。
最後の章になって、見えてくるのが「罪の次元の違い」といった視点である。国が組織的に相手の国を焼き尽くすような罪と戦争に送り込まれた人間が狂気にかられて虐殺を行うような罪とでは罪の次元が異なるということだ。前者は、国や集団としてどのような宗教を信じるかということに連動した罪であり、後者は個人としてどのような信念にもとづき行動するか(あるいはしないか)という罪としてとらえられていると理解できる。
その前提で、天皇の戦争責任は「英霊」に対して「はしごをはずした罪」「軍部に利用されるがままになっていた罪」といったことが指摘される。これが、国の罪なのか個人の罪なのか、というあたりの二重性を起点にした議論につながるかがテーマの困難さにつながっているような気がするがそういう理解でよいのかどうか。