石原千秋のレビュー一覧
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[ 内容 ]
戦後の学校教育は子供の人格形成を使命の一つとしてきた。
現在、その役割を担っているのが国語である。
「読解力低下」が問題視される昨今、国語教育の現場では何が行われているのか?
小・中学校の教科書、なかでもシェアの高いいくつかの教科書をテクストに、国語教科書が子供たちに伝えようとする「思想」が、どのような表現や構成によって作られているかを構造分析し、その中に隠されたイデオロギーを暴き出す。
[ 目次 ]
第1章 「読解力低下問題」とは何か(国語教育をめぐる「誤解」 「読解力低下」の一人歩き PISAの「読解力」試験とはどういうものか 新しい科目の立ち上げ)
第2章 自己はどのよう -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
私たちは本を読むとき、さまざまなことを期待している。
その期待は満たされたり、裏切られたり、覆されたりする。
そのとき、私たちはどういう読者なのか、どういう感性を持っているのか、そして、どこにいるのか―近代読者の誕生から百年。
作品論・作家論、テクスト論、構造主義、ニュー・アカデミズム、カルチュラル・スタディーズ…文学研究と現代思想のトレンドの変遷を跡づけ、「内面の共同体」というオリジナルの視点も導入しながら、読む/書くという営為の奥深き世界へと読者をいざなう。
[ 目次 ]
第1章 読者がいない読書
第2章 なぜ読者が問題となったのか
第3章 近代読者の誕生
第4章 リアリズ -
Posted by ブクログ
小論文のネタを仕入れようと購入。
「第一部 秘伝 人生論的論文執筆法」は、ボブの心に響いた。
卒論とか修論とかを書く段階で読むといいかもしれない。
「第二部 線を引くこと──たった一つの方法」
目次を見て、物理的に「線を引く」ことだと思った。浅学だった。
「思考」する上で必要な「線を引く」ことだと気付くのは、一行目を読んでから。
なるほど…こういう表現もあるな…(^-^ゝ
実際の文章を、著者が「線」を引いたり消したりしながら具体的に読み込んでいく…
参考になりました(* ̄∇ ̄*)
線の向こう側に行かなければならないと感じたボブなのでした… -
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国語教育が実は見えない「道徳教育」であり、「自然に帰ろう」「他者と出会おう」といった価値観のもとに編集されていることを指摘し、世界に通用する国語教育とはどのようなものかを説いた本。鋭くシュールな指摘に思わず笑ってしまうところもあり、そうそう、そんな感じの教科書だったなーと思いながら読めるので興味深い。「豊かさ」、「わたしたち」、「客観的」といった何気ない表現に、見えないイデオロギーや曖昧な価値観が含まれていることを、それと気付くことなく納得して読んでしまっていたことに気付かされた。国語教育の難しさを感じた。「テストは教育のはじまり」(p.36)、間違うところから成長する、という言葉には同感だ。
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早稲田大学教育学部で「ちーさま」「ちーちゃん」「千秋」と学生から畏れ慕われている石原千秋様の著書を、恐れ多くも就活の一環と好奇心と後学のために買ってみた。ここんとこの春樹読書と平行して読んでいたおかげで、春樹への抵抗がなくなったとも言える。ありがとうちーちゃん。ちなみにあたしは御姿を拝見したこともない。
主に初期の名作を扱っていて、『風の歌を聴け』と『ノルウェイの森』の考察は思わずこれが正しいと思いかけた。。うーん、これ読んだ後に自分の考察なんて出来ないよ。でも『1973年のピンボール』は作品としてあんまり理解できずな部分があったし、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に関しては作品 -
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・風の歌を聴け
・1973年のピンボール
・羊をめぐる冒険
・世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
・ノルウェイの森
村上春樹の初期の作品群を筆者である石原千秋が読み解いていく。早稲田の人気講座の書き起こしだそうです。
非常におもしろかった。
ここまでこう読むか!って、ひいちゃう場面もあるものの、全般を通して作者石原千秋の解釈を楽しめました。
しょっぱなの、風の歌を聴けの物語の全体像から、へぇと感心しっぱなしでした。
-ノルウェイの森-
筆者がとある映画の淀川長治の解説をノルウェイの森の主人公ワタナベトオルとレイコさんのセックスをうまく言い表していると言って引用した部分 -
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漱石が彼の作品を誰に向けて書いたのか、
という疑問を当時の社会制度や一般国民の東大卒に対するイメージ、
更に文壇で流行している文学の手法や主義などのデータをもとに
作品を分析し解明していく。
扱われている作品は主に前期三部作と後期三部作。
それに『虞美人草』と『我輩は猫である』も扱われている。
誰に向けて、という疑問には、主に三つの答えがあって、
一つは漱石の門下生や文壇といった、「顔の見える読者」に対して、
二つ目は朝日新聞に勤めていた漱石が新聞社から言われていたであろう
朝日新聞を読む、当時としては上流階級の人々、「何となく顔の見える読者」に対し、
三つ目にはそれ以外の、未来の読者でもあり