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Posted by ブクログ
[ 内容 ]
小説は実験である。
あなたは漱石のたくらみを知っているか。
漱石がわかる。
小説がわかる。
近代がわかる。
画期的な入門書。
[ 目次 ]
第1章 夏目漱石という文化
第2章 小説と格闘した時代
第3章 英文学者夏目漱石と小説
第4章 『虞美人草』の失敗
第5章 『三四郎』と三人目の読者
第6章 『こゝろ』と迷子になった読者
第7章 まだ見ぬ読者へ
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
漱石が彼の作品を誰に向けて書いたのか、
という疑問を当時の社会制度や一般国民の東大卒に対するイメージ、
更に文壇で流行している文学の手法や主義などのデータをもとに
作品を分析し解明していく。
扱われている作品は主に前期三部作と後期三部作。
それに『虞美人草』と『我輩は猫である』も扱われている。
誰に向けて、という疑問には、主に三つの答えがあって、
一つは漱石の門下生や文壇といった、「顔の見える読者」に対して、
二つ目は朝日新聞に勤めていた漱石が新聞社から言われていたであろう
朝日新聞を読む、当時としては上流階級の人々、「何となく顔の見える読者」に対し、
三つ目にはそれ以外の、未来の読者でもあり、また漱石の作品など読まず
記号と化した『こころ』や『漱石』と言った名詞を使う
「のっぺりとした顔の見えない読者」に対して作品を書いていると言える。
漱石はどれか一人の読者に向けて書く場合もあるが、
多くの作品では三人ないしは二人の読者を想定して
彼らのバックグラウンドにあるものによって違った読みが出来るようにしている。
それは例えば『三四郎』においては、東大の構内を知っている者(顔の見える読者)は
美禰子は野々宮を挑発しているということが分かるようになっているが、
それを知らない一般大衆(何となく顔の見える)には
単に三四郎を挑発しているように見えるといった具合である。
三人目の顔の見えない読者に対しては、故郷の御光と三四郎の結婚話といった形で
話題を提供している。
そういった意味で、いろいろな読みが出来る漱石作品はやはり凄いと思った。
Posted by ブクログ
「三人にだけ伝わればいい」――。新聞小説家・夏目漱石が、小説を核に際して意識した読者像に焦点を当てながら、初期三部作・後期三部作、未完の『明暗』までを辿る。巻末に全小説のあらすじを掲載。
第一章・二章では漱石の読まれ方及び当時の「小説」の扱われ方を概観、漱石が常に「書くこと」に対して意識的だたことを見。三章以降は、漱石の作品を通じて誰が「読者」として想定されていたのかを作品別に読み明かしていく。
『虞美人草』で想定していた反応と実際の読者の反応にずれがあったことを踏まえ、以降の小説に「死角」を入れるようになったという点が印象。また、後期三部作は新聞連載→単行本という発表方法をとっていたが、連載時と単行本の読者が別に想定されており、それぞれの読み手に対して物語が用意されていたのではないかという点が面白い。
Posted by ブクログ
「はじめに」の部分の「いまなぜ漱石について語ろうとするのか、その理由を書いておきたい。」のくだりで軽いめまいを感じてしまいました。/漱石を読み解くことに理由の説明が必要になってしまったのか……。
/まあそれはともかく、ぜんたいに親切設計なつくりで良書だと思います。。/難を云えばアカデミズムでの「文学研究」の場での漱石論を基準にしすぎるあまり、いわゆる「批評」の世界での扱いがほとんどと云って良いほど黙殺されていること。たとえば冒頭に触れた「はじめに」のなかに「実は、十年ほど前までなら、漱石という名はたぶん無条件で通用しただろう。なぜ漱石について語るのかという理由など説明する必要もなかったということだ。」とあるのですが、当時の漱石論は「文芸誌」を舞台とした批評的言説−−とりわけ柄谷行人・蓮實重彦らによるもの−−によってその存在が当然視されていたという性格が強いものだった思うのですが、そうでありながらそれらの固有名詞に触れずにすまそうとするのであれば、その理由についても語っていただきたかったものです。
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