歴史学者である著者による日本における感染症の歴史をまとめた一冊。
前回、『感染症の世界史』という本を読みましたが、日本史版もあることを知り手にとってみました。著者はおなじみの歴史学者である磯田道史氏。『感染症の世界史』の著者である、石弘之氏は、元東大教授、環境ジャーナリストということで、全く立場が違いますが、磯田氏の義理の伯父ということで、全くテイストの違う一冊でした。
本書は、歴史学者の著者らしく、様々な文献を参考にしながら、日本で影響を与えた感染症の歴史を振り返ります。といっても、感染症の種類別であったり、時代ごとで分類するような形態ではなく、いろいろな史料から当時の状況を紹介しているのが本書の特徴であるといえます。著者は、歴史書だけでなく、一般人の記録なども重視しており、それらを同時に考察することで当時の様子を明らかにしようとしています。
本書が出版されたのは、2020年9月。まだ新型コロナのワクチンや特効薬のない状況でした。この状況を、未知のパンデミックに襲われた近代以前の状況と同じと捉えています。本書を通じて感じるのは、歴史学者である著者が、なぜ歴史を学ぶ必要があるのか、歴史をどのように活用すべきなのかということを問い続けていることです。まさに歴史学者としての心意気、矜持というものが感じられる一冊だと感じます。むしろこちらのほうが印象に残りました。今後のパンデミックに備えるためにも、歴史をなぜ学ぶのかを改めて考えさせられるものでした。
▼みなさんのように、自分で書店に足を運んで、身銭を切って本を買い、大人になってからも、歴史を学んでおこうとする方は、この社会にとって貴重です。
▼この本は「歴史学が世の中に何ができるか。歴史は現代の人々の役に立つのか」ということを考えるなかで、生まれたもの
▼私の恩師で、日本を代表する歴史人口学者だった速水融先生も、「我々日本社会を襲うリスクのなかで、ウイルスのパンデミックが最も恐ろしい」と語っていました。
▼「地球を一つにみて、最善と思われる対策事例があれば、どんなに手間でも、政府は、力の限り、それを真似たほうがいい」。これが歴史の教訓です。
▼大きな流行があると、特定の「地域」や「集団」に結びつけてしまう人間心理は、当時も今も変わりません。
▼歴史学者としての反省でもありますが、とくに感染症については単なる「病気史」や「医療史」ではなく、経済や社会状況まで含んだ総合的な「医療死活史」の視点が大事です。パンデミックの影響は、今も昔も、暮らしのあらゆる面に及び、似た現象が繰り返されるからです。感染症の大流行は、経済活動にどんな影響を与え、時の政権はどんな対策をしたか。差別は起きたか。そういった点の歴史研究が、いまこそ必要だと痛感しています。
▼為政者は「目先のやってる感」よりも「実効」を気にして対策をとるべきというのが、歴史の教訓といえるでしょう。
▼”ペナルティーを科す西洋文化”と”要請と自粛の日本文化”のコントラストは、スペイン風邪の頃から続いています。
▼ウイルスはヒトとともに移動します。これが、百年前の教訓です。
▼歴史は単なる過去の記録ではありません。日常生活でも生かすことのできる教訓の宝庫です。私自身も歴史から学んでいます。
▼我々がやるべきことは、すでに歴史が答えを出していることが多いのかもしれません。
▼歴史の因果関係というのは、かくも複雑で遠くまで及ぶわけで、それを見破るというのが、われわれ歴史家の仕事です。
▼ここから得られる教訓は二つです。ひとつは、とくに医療や看護の現場などで、一度感染症にかかって免疫を獲得した人の労働力がいかに重要かということです。罹患者を差別したり悪く言ったりするのが、いかに間違っているか。これは現在にも通じる教訓でしょう。そして、もうひとつは全員は発症しないということです。
▼個々の人間が、感染症という巨大な現象といかに対峙するかを考えるとき、ミクロ・ヒストリーとマクロ・ヒストリーの相互の連環において捉えていく必要があります。書簡や日記など、個人の残したミクロな記録からは、マクロ・ヒストリーからは見えてこない、クラスターの発生の仕方や後遺症の恐ろしさ、本当に有効な予防策、免疫の問題など、さまざまな教訓を発見することが可能です。そして、患者は誰もが一人一人固有のストーリーを生きています。感染の大波の前に呑み込まれてしまいがちな個々人の人生や心や「いのちの輝き」が、病気の波に洗われて、姿をあらわしていることに、あらためて気づかされます。
<目次>
第一章人類史上最大の脅威
第二章 日本史のなかの感染症――世界一の「衛生観念」のルーツ
第三章江戸のパンデミックを読み解く
第四章はしかが歴史を動かした
第五章感染の波は何度も襲来する ――スペイン風邪百年目の教訓
第六章患者史のすすめ――京都女学生の「感染日記」
第七章皇室も宰相も襲われた
第八章文学者たちのスペイン風邪
第九章歴史人口学は「命」の学問 ――わが師・速水融のことども