磯田道史のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
豊臣兄弟について勉強する為に手に取った本。現代のビジネスにも通ずる処世術、として書かれていて読みやすい。
はじめに、に書かれている、永続が大事な日本で一からのし上がった人物、という表記に、そうか、そうだな、すごいなと今さらながらに思う。
各章はこんなタイトルで進む。
第1章 豊臣兄弟の謎
第2章 類まれな経済センス
第3章 強さの秘密
第4章 天下人への道
第5章 秀吉の「分身」
秀吉の姓、羽柴は丹羽長秀の羽と柴田勝家の柴で羽柴。
弟の名は、信長の長と秀吉の秀で長秀。後の小牧・長久手の戦いの最中に秀長となる。
なんていうのも、今まで日本史の一人物の名前として認識していた所から、人の思惑が浮き上がってきて面白い。
さらに、秀長になったのは、信長の長・秀吉の秀、という順だったのを逆転させて、もはや織田家の下ではないという意思表示とも取れる。なんて書かれた日には、わー、すごい、となる。
無茶をしがちな兄・秀吉。
そんな兄の侵略戦争のアフターケアに秀長が奔走、侵略先の現地の人たちを大切に扱った、愛された秀長の葬儀には20万人が集まった、などなど、歴史の記述から浮き上がってくる人間が面白い。
秀長は秀吉の分身。後継者としても考えられていた。
彼の死後、豊臣家は転げ落ちるように没落していく。
という記述から、ああ、この人は最強のバランサーだったのだな、と思ったりした。
この本は、信頼できる資料、という事にこだわっていて、というかこの手の本を読むのが初めてに近いので、歴史の記述に信頼できる必要を大事にするのはあたり前なのかもしれないけれど、資料に当たり過去を考える、という仕事、すごい、と思った。
ちなみに一次資料の数は秀吉が7000くらい、秀長が130くらいと、圧倒的に量の差があるという。
資料が少ない分、真実がより分からない分、秀長のドラマは自由に描けるのだろうな、なんてことも思った。
ドラマ『豊臣兄弟』では、至る所に出現する秀長。今後もよりドラマが楽しみになる一冊でした。 -
Posted by ブクログ
歴史学者である著者による日本における感染症の歴史をまとめた一冊。
前回、『感染症の世界史』という本を読みましたが、日本史版もあることを知り手にとってみました。著者はおなじみの歴史学者である磯田道史氏。『感染症の世界史』の著者である、石弘之氏は、元東大教授、環境ジャーナリストということで、全く立場が違いますが、磯田氏の義理の伯父ということで、全くテイストの違う一冊でした。
本書は、歴史学者の著者らしく、様々な文献を参考にしながら、日本で影響を与えた感染症の歴史を振り返ります。といっても、感染症の種類別であったり、時代ごとで分類するような形態ではなく、いろいろな史料から当時の状況を紹介しているのが本書の特徴であるといえます。著者は、歴史書だけでなく、一般人の記録なども重視しており、それらを同時に考察することで当時の様子を明らかにしようとしています。
本書が出版されたのは、2020年9月。まだ新型コロナのワクチンや特効薬のない状況でした。この状況を、未知のパンデミックに襲われた近代以前の状況と同じと捉えています。本書を通じて感じるのは、歴史学者である著者が、なぜ歴史を学ぶ必要があるのか、歴史をどのように活用すべきなのかということを問い続けていることです。まさに歴史学者としての心意気、矜持というものが感じられる一冊だと感じます。むしろこちらのほうが印象に残りました。今後のパンデミックに備えるためにも、歴史をなぜ学ぶのかを改めて考えさせられるものでした。
▼みなさんのように、自分で書店に足を運んで、身銭を切って本を買い、大人になってからも、歴史を学んでおこうとする方は、この社会にとって貴重です。
▼この本は「歴史学が世の中に何ができるか。歴史は現代の人々の役に立つのか」ということを考えるなかで、生まれたもの
▼私の恩師で、日本を代表する歴史人口学者だった速水融先生も、「我々日本社会を襲うリスクのなかで、ウイルスのパンデミックが最も恐ろしい」と語っていました。
▼「地球を一つにみて、最善と思われる対策事例があれば、どんなに手間でも、政府は、力の限り、それを真似たほうがいい」。これが歴史の教訓です。
▼大きな流行があると、特定の「地域」や「集団」に結びつけてしまう人間心理は、当時も今も変わりません。
▼歴史学者としての反省でもありますが、とくに感染症については単なる「病気史」や「医療史」ではなく、経済や社会状況まで含んだ総合的な「医療死活史」の視点が大事です。パンデミックの影響は、今も昔も、暮らしのあらゆる面に及び、似た現象が繰り返されるからです。感染症の大流行は、経済活動にどんな影響を与え、時の政権はどんな対策をしたか。差別は起きたか。そういった点の歴史研究が、いまこそ必要だと痛感しています。
▼為政者は「目先のやってる感」よりも「実効」を気にして対策をとるべきというのが、歴史の教訓といえるでしょう。
▼”ペナルティーを科す西洋文化”と”要請と自粛の日本文化”のコントラストは、スペイン風邪の頃から続いています。
▼ウイルスはヒトとともに移動します。これが、百年前の教訓です。
▼歴史は単なる過去の記録ではありません。日常生活でも生かすことのできる教訓の宝庫です。私自身も歴史から学んでいます。
▼我々がやるべきことは、すでに歴史が答えを出していることが多いのかもしれません。
▼歴史の因果関係というのは、かくも複雑で遠くまで及ぶわけで、それを見破るというのが、われわれ歴史家の仕事です。
▼ここから得られる教訓は二つです。ひとつは、とくに医療や看護の現場などで、一度感染症にかかって免疫を獲得した人の労働力がいかに重要かということです。罹患者を差別したり悪く言ったりするのが、いかに間違っているか。これは現在にも通じる教訓でしょう。そして、もうひとつは全員は発症しないということです。
▼個々の人間が、感染症という巨大な現象といかに対峙するかを考えるとき、ミクロ・ヒストリーとマクロ・ヒストリーの相互の連環において捉えていく必要があります。書簡や日記など、個人の残したミクロな記録からは、マクロ・ヒストリーからは見えてこない、クラスターの発生の仕方や後遺症の恐ろしさ、本当に有効な予防策、免疫の問題など、さまざまな教訓を発見することが可能です。そして、患者は誰もが一人一人固有のストーリーを生きています。感染の大波の前に呑み込まれてしまいがちな個々人の人生や心や「いのちの輝き」が、病気の波に洗われて、姿をあらわしていることに、あらためて気づかされます。
<目次>
第一章人類史上最大の脅威
第二章 日本史のなかの感染症――世界一の「衛生観念」のルーツ
第三章江戸のパンデミックを読み解く
第四章はしかが歴史を動かした
第五章感染の波は何度も襲来する ――スペイン風邪百年目の教訓
第六章患者史のすすめ――京都女学生の「感染日記」
第七章皇室も宰相も襲われた
第八章文学者たちのスペイン風邪
第九章歴史人口学は「命」の学問 ――わが師・速水融のことども -
Posted by ブクログ
私は司馬遼太郎の本をマトモに読んだ事がありません。街道を行くシリーズの興味があるところだけをつまみ読みしたのと幾つかのエッセイぐらいかな。ところが世間では氏の著作に関する情報が沢山あってNHKの歴史ドラマの原作であったりで、何となく内容を知っていたりする。歴史上の人物のイメージが司馬遼太郎描くところだあったりするのである。
磯田先生は司馬遼太郎を、歴史を、つくる歴史家とする。確かに一般人(?)の歴史認識が所謂司馬史観の影響であったりするように思う。坂本龍馬なども司馬史観で造られた人物であるようだ。
ということで、本書で私たちが知っていると思っている歴史認識で司馬史観に基づくものがどれぐらいあるかを思い知らされるのである。