磯田道史のレビュー一覧
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ネタバレ著者は最近はマスコミに売れに売れ、毎週どこかのテレビ局に出演している影響で堕落したのか、出版される本は、新聞の連載で書き散らしたものを集めた雑文が読き、同じ歴史学者の本郷和人の方がじっくりと読ませるような感じがしていた。
しかしこの本は、最近としてはやっとまともな姿に戻った感じがした。
面白かったのは、「江戸から読み解く日本の構造」で、中国の科挙と日本の世襲(宗族と小家族)との比較でその弊害を見ると、どっちもどっちという感じがした。
日本では1000年も続いた武士の時代の後に、最後の300年で世襲制が完成された。このシステムを著者は、信長・秀吉・家康が完成させた「濃尾システム」と呼んでいる。
そういう意味で、明治政府が、身分制度(つまり世襲制)を廃止して大量の武士の失業者を出すのが、分かっていたにもかかわらず、これを実行した(暫くは藩閥政治が残ったとしても)のは、凄いことだと思うし、よく明治政府が持ちこたえたものだ。
しかし1000年の武士の時代に対して、現代の非武士社会はまだ150年しか経っていない。「経路依存」という経済学の考え方は、日本では経済だけでなく制度としての日本史に根強く残っていると著者はいう。
また「元禄時代のリフレ政策」も面白い。
日銀黒田総裁のリフレ政策から説き起こし、過去の日銀の体質や、元禄時代のデフレ派の新井白石と対立して、最後には失脚させられたリフレ派の勘定奉行・荻原重秀の話も面白かった。
荻原は「通貨は発行する国家への信頼が強力であれば、たとえ瓦礫で造っても通用させることが出来る」と、時代を超越した通貨思想を持っていた。惜しむらくは、彼はその超絶した経済思想を文字に残さず、最後には「自分には非がない」と、食を絶ち壮絶な餓死を遂げたとされている。
経済史が語られる場合にも、新井白石や松平定信が「清廉潔白な正義者」であって、彼らと対立した荻原重秀や田沼意次はわいろにまみれた「経済通の悪者」としてのイメージが焼き付けられ、日本ではリフレ政策をやった人間が終わりをまっとうしたことが少ないという。
・・・等々、久々に楽しい読書が出来た。 -
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★★★2019年5月★★★
『武士の家計簿』などの著作で知られる、磯田氏による西郷論。西郷こと吉之助少年は、周囲から「ややこしい奴」だと思われていたらしい。自らの高い志のため、妥協する事がなかったからだろうか。
君主斉彬の死、自らの入水自殺未遂、弟吉二郎の死、多くの出来事が西郷に影響を与えた。命知らずの西郷はこうして形成されてゆく。
西郷は征韓論者であったかという議論については、西郷は積極的な征韓論者ではなかったと筆者は述べる。
岩倉らが欧州視察に赴いた際の留守政府が非常に優秀だったという考えは、井沢氏の意見と一致。そもそも「留守」政府という言い方自体がおかしいという考えには僕も賛成だ。
なんだかまとまりの無い感想文になってしまった。
西郷の生涯をダイジェストでたどるには格好の一冊だと思う。 -
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天災は忘れた頃にやってくる、昔の人の言い伝えは言いえて妙ですね。私に関するものでは、1995年の阪神大震災、それを忘れた頃に実際に18階の勤務先で体験した、2011年の東日本大震災です。
この本では天災という視点から、磯田氏が日本史を解説してくれています。日本史という一つの流れを色々な切り口で眺めてみると、また違った面白さを発見することが出来ます。
以下は気になったポイントです。
・江戸時代の大名時計の目盛りは、一刻(約120分)を10分の1に刻んだものが多い、聖職者が鐘をついて時刻を下々の者に知らせる時間知識のエリートの地位を失った時こそが、近代社会の到来である(p3、4)
・天正地震が起きなければ、徳川家康は二か月後に豊臣秀吉の大軍の総攻撃をうけるはずであった、兵力は秀吉のほうが圧倒的に有利、長久手の戦い(1584)で一勝したものの、再び秀吉が大軍で攻めてくれば難しい情勢にあった、滅亡の可能性もあり、屈指者であった、石川数正が裏切った(p11)
・1596年の伏見地震でほとんど死にかけた、伏見城は台所一棟を残して全壊した、秀頼を抱いて一生を得た。真っ先に駆け付けたのは細川忠興であった(p18)
・京の大仏が壊れたのは、秀吉が金をケチって金銅仏に造ってあげなかったため、のちに秀頼が莫大な費用をかけて大仏を、金銅仏にして大仏殿も再建した。しかもこの釣り鐘の銘に難癖をつけられて戦争をしかけられた。この大仏を鋳つぶして、寛永通宝にして全国に流通させた(p28)
・富士山が噴火するときは五年前から軽い地震が増え、二か月前から富士山中だけの火山性地震が毎日続く、前回の宝永噴火のときはそうであったと古文書からうかがえる(p44)
・1946年に昭和南海地震が起きたが、その時の津波の高さは70センチであった、それで現在の大阪は津波の恐ろしさを実体験した人が少ない、これは恐ろしいことである、防災は前回に起きた災害の記録に影響されてしまう(p69)
・日本書紀から現代までに、10回の南海地震が起きている、最近南海トラフが動いたのは、1944年と1946年である(p79)
・1680年(延宝8)の閏8月6日の台風は、江戸時代最大の台風といわれる、江戸の雰囲気を一変させたもの。
・1917(大正6)の10月1日、東京を襲った台風は、東京湾の潮位は海抜3.1メートルまであがり、高潮が市街に流れ込んで、500人が溺死した。築地、木挽町(銀座)までも水浸しとなった(p109)
・藩主自ら西洋帆船にのり、その構造を見た段階で佐賀藩は日本中どこにもない異常な藩となった、鍋島茂義は火縄ではなく、火打石で点火する西洋銃を購入、兵の洋式化をすすめた、戊辰戦争まで佐賀藩は他のどの藩よりも軍事技術で最先端を行った、維新の前半戦は薩長だが、後半戦、日本を平定する段では佐賀藩が武力装置となった(p113、124)
・津波被害が繰り返される場所が、塩入もしくは塩入田とよばれているのを何か所もみる(p186)
・巨大津波では、松は根こそぎ抜けて流され、人や住宅に襲い掛かるで危険である(p187)
・仙台平野は、2000年前、1100年前(貞観津波)、400年前(慶長三陸津波)、そして2011年と四回も大津波に襲われて、内陸4キロ前後まで浸水している、次に来るであろう南海トラフの津波も見ておくべき(p192)
2019年5月6日 -
Posted by ブクログ
かつて実際した日本人で私利私欲を捨てて、ひたすら人のために活動した人達の物語。
3人紹介されてますが、一番有名なのは穀田屋十三郎のエピソードだと思います。
私は観てませんが「殿、利息でござる!」というタイトルで映画化されています。
予告編だとひたすらテンション高めの音楽で楽しげな雰囲気を醸し出してますが、原作は悲壮感漂ってます。
仙台藩の吉岡宿はこれと言った特産もなく、米作と宿街の収益によって細々と生活していた。
時代は江戸時代。
参勤交代の莫大な費用負担によって農民の生活は苦しく、さらに夫役によって疲弊していた。
仙台藩は救済のため公的補助的なものを出したが、吉岡宿は家老に与えたれた土地のためそれも望めなかった。
このままでは孫の代には吉岡宿は滅ぶ。
穀田屋十三郎は危機感に押しつぶされそうになっていた。
その救済策が、藩にお金を貸し付けることで利子収益をもらい、村人に配布すると言うことだった。
厳格な身分制度がある江戸時代なので、殿を騙す(というか、会うこともできない)なんてことはせず、代官経由で申請する形式です。
それでも大変(武士は事なかれ主義なので)なんですが、心ある代官に恵まれ計画は進みます。
しかし、肝心な資金集めはまさに命がけ。
出資者は店の蓄えから、家財、衣類、家族まで抵当に入れて資金を集めます。
足りない資金を貸してくれる商人に交渉する際には、断られたら腹を切る覚悟で死装束まで着て臨みます。
楽しげな雰囲気を出さないと映画として成立しませんが、彼らの崇高で鬼気迫る理念と決意はぜひとも原作で味わうべきです。
眠くて感想がまとまらないです。 -
Posted by ブクログ
今をときめく歴史学者・磯田道史さんの本。
『武士の家計簿』や『殿、利息でござる!』(そういや羽生結弦くんも出演していた)などの原作を書いた方。
古文書を、まるで新聞を読むようにスラスラ読めるという磯田さんが、古文書から拾い上げた色々な人物のことをわかりやすく紹介してくれている。
この本を読んで良かったのは、東芝の祖になった「からくり儀右衛門」こと田中久重について知れたこと。
9歳で金庫の鍵構造と同じ物を独自に作ったことから始まって、文字書き人形を作り、蒸気機関を作り、蒸気船を作り、アームストロング砲を作り、自転車を作り、通信用電信機を作り……。
こんなレオナルドダヴィンチみたいな天才が幕末の日本にいたのね。知らなかった。
これだけでもこの本を読んだ収穫があった。
他にも、大田垣蓮月(まるでマザーテレサじゃないか)とか、上杉鷹山(今の政治家に見習ってほしい)とか、教科書では習わないような歴史上の人物の興味深い話がたくさん。
「秀吉は権力や財力で何でもできると思っており、稲荷大明神を脅したことさえある」っていう話もツボだった。何ていうおっかないことを……。だから滅びたんじゃないのか。お稲荷さんは怒ると怖いんだぞ。
とりあえず、からくり儀右衛門について書いた本を探そう。 -
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西郷隆盛という人がいなかったら、今のこの国のかたちはなかったかもしれない。
しかしそのキャラクターは子供のように自然体すぎる。人にはない大きな愛と力を持ちながら、ときには全てをほりだして逃げ、脱力し、自然へと帰っていってしまう。
子供みたいな純真な側面がありながら、策謀をはじめるといくらでも悪辣なことを思いつく頭脳、自分が思う世の中を創ると決めたら、それに必要な作業へと変換できる天才的な革命家、人を選ぶ時の抜群の上手さ(西南戦争時の桐野、篠原らは例外?)、そして理不尽な身分制や差別に対する怒り、いずれ人は死ぬのだという諦観。
「人間、いかに大きな仕事をしても、後を残さないことこそ大事」と言った言葉通り、写真一枚残していない。知れば知るほど謎多き人物だ。 -
Posted by ブクログ
日本人をよく知ろうシリーズ。教科書に載ったりするような人ではないけれど、地域のため、人のため、国のために尽力した3人の史実を描いたもの。伊達藩吉野宿の極貧の民を救うべく、全財産を投げ打って資金を集め、藩に貸し付け、金利を取るという前代未聞の策を実現した穀田屋十三郎。このエピソードは映画化もされている。史上最高の儒者、詩文家と言われた中根東里。西郷の江戸攻めの際、自重をもたらした影の張本人と言われる大田垣蓮月。なんでも金で解決しようとしたり、成長のみが成功であり幸福であるという価値観や強迫観念。このままではもう保たないというぼんやりとした懸念を持っている所に、こう行った無私、憐憫の情、献身、謙虚と行った美徳を示されると、なんだか安心する。