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徳川幕府が250年隠してきた真実を暴く! 信長、信玄、そして秀吉。圧倒的な強者を相手にしてきた家康はつねに「弱者」だった。それがなぜ天下人となったのか? そこには弱者だから取り得た戦略、ライバルからの旺盛な「学び」があった。第一人者が家康の実像に迫る。 はじめに――家康はどうしたのか! 第一章 「境目の土地」三河という運命 第二章 信長から学んだ「力の支配」とその限界 第三章 最強の敵・信玄がもたらした「共進化」 第四章 二つの滅亡 長篠の合戦と本能寺の変 第五章 天下人への道
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Posted by ブクログ
面白かった。 最近、国際情勢が激しいよね。それと、国内政治を考えることもある意味では面白くなってきた。 誰に入れても同じこと…という虚しさを払拭してくれる…そんな気配を感じていることだけでも奇跡。。。 そんなわけで先人に学ぶことも多いのでは?と思って読んでみました。 学ぶこと、多かった。 よ...続きを読むく比較対象になるお三方。 信長、秀吉、家康…もちろん、彼らの背景には沢山の知恵者が揃っていて、各々のつながり方も違うのだけど、わかりやすく組織として、またはリーダーとして比較されているので、そこを抜粋。 信長型→求心力が強く急速成長可能だがブラック化しやすく、メンバーが「信長疲れ」を起こす。 (強烈なカリスマ性、力による圧迫ゆえに) 秀吉型→強い成長、拡大路線には強いが、朝鮮出兵の失敗のように行き詰まると「秀吉疲れ」。 家康→若くして人質となり、今川家の「権威による支配」か織田家の「力による支配」かというテーマと向き合った→今川氏真の無力さを目の当たりにして権威による支配に見切りをつけ、織田の「力による支配」に寄るも本能寺の変で、一直線に力の支配を追求した失敗を見る→その両方の限界を知る そして→「互酬信用・棲み分けによる支配」にたどり着く→日本社会によく適合し長期政権となる。 **************** 家康は元々、武田、今川、織田などの強国に囲まれた中でいかに生き残るかを考え抜いた人だったことがわかった。大勢を見極め、広く視野を持ち、一方で武人としての志しを一貫して通し人としての信頼を失わないような生き方を目指していた点が揺るぎない徳川幕府としての地盤を築く重要なポイントだったことを教えてくれる。 日本もロシアや中国、北朝鮮、といった核保有国に囲まれている中で不穏な世界情勢を考えると、この家康の人生は何かをアドバイスしてくれるような気がするかな。。。 **************** 最後に。 お三方の辞世の句を。 ここにも大きな違いがみてとれるので。 信長→「死なうは一定、しのび草には何をしようぞ、一定かたり遺すよの」(人は誰でも死ぬものだ、生きているうちに何をするか、人は語り残してくれるだろう、生きているうちに語り草になるようなことをやるべきだ) 有名な「人間五十年、下天の内をくらぶれば、ゆめ幻のごとくなり」も同様で自分死んだらそれまでなんだ、ということ。生物は個体単位で消滅するとみる信長の人生観が伺えます。 秀吉→「露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことも夢のまた夢」有名なものですが、やはり、一代で天下をとっても、死んだら全て夢のようなものだ、と。 やはりこれも、「消える人生観」です。 家康→辞世の句というよりもこういう句を詠む人という意味で…「先に行くあとに残るも同じこと連れていけぬを別れとぞ思う」(これは殉死を思いとどまらせる歌です。死後に残された人にポイントを置き、自分がいなくなっても徳川の世を続けよ、というメッセージになっています。 もうひとつ… 「嬉しやと再び覚めて一眠り浮世の夢は暁の空」 (目が再び覚めて、うれしいな、また一眠りする。現世で見た夢は、また東から世を照らす日が昇ってくる空だった) なんとものんき、らというか、明るい辞世です。 彼の死生観は2人とは全く異なっていて、信長、秀吉が「消えゆく人生観」に対し、家康のそれは「再生、永続の人生観」です。ここに家康の原点があるように思いました。 弱く小さいなら敢えて力や権威に頼るのではなく、共に生きる、共生、互助によって生きようよという処世術を通して大きなメッセージをもらえたように思います。
久しぶりに日本文学の本を読むことができてよかった。教科書では語られなかった徳川家康が全盛期ではない時の動きやその時期の家康の権力的なものを知ることができて良かった。五章では天下人になれなかった明智光秀と天下人になれた豊臣秀吉や徳川家康が対比されていて、誠実さや正直さといのが人々から信頼を受けやすく上...続きを読むに立つものが持っている物と語られていて、それは今でも必要なことだなと偉人から少なからず人生のヒントを得ることができたと思いました。
5つのポイントに分けて、徳川家康の言動・結果が書いてある。 他人に振り回されず、自分の人生を自分のものにする。50代を目前にした人生に役立てる。 オススメです
家康は我慢して我慢して、天下をとったんですね。 勉強熱心だった。 今の世の中でも、通用しますね。 というか、今の日本の常識を作ったのが家康だから…? ただし、面白みないなー。 歴史にifはないけれど。 織田とか豊臣の天下だったらと考えずにはいられない。
信長にこき使われ、信玄に脅かされ、秀吉の命で関東へ・・・。家康は最初から天下を目指したわけではなかった。今年のNHK大河ドラマ「どうする家康」のままの、家康の人生は厳しい選択の連続だった。家康は最強のライバルから何を学んだのか?
どうする家康は間違いではないと感じました。後世の人は徳川家康と聞くと天下をとった権謀術数の人と思っていますが、少なくとも秀吉に臣下の礼をとるまでは、どににもいる大名の一人だったと感じました。天下をとる人は実力と言うよりかなりの強運では。
NHKの歴史番組でもおなじみの磯田先生。独自の視点で家康をとらえます。運もさることながら、やはり学びですね。家康自身信長や秀吉、吾妻鑑からも多くこと学んだ。そして江戸幕府とつながった。棚から牡丹餅的な言い方をされることが多い家康ですが、実像はそんな簡単なものではなかったと思います。
オーディブルの日本史の著書を片端から読んでいますが、これはとてもいい著作でした。天才信長は、実力本位で普通なら登用しない人材を中心人物まで引き上げるほどの器量を持っていたにも関わらず、その中心人物に裏切られて天下統一を目の前にして暗殺されてしまう。そして豊臣秀吉は、信長の遺産を絶妙に引き継いで短期...続きを読む間で天下統一を果たすのだからこれも天才である。それに対して徳川家康は、幼年時には今川義元に育てられ、織田信長と敵対する陣営にいたにも関わらず、信長の忠実なパートナーとして様々なパワハラに耐えながらも秀吉に伍する実力を身につけていく。その二人の天才の成果を全て引き継ぎ、しかも徳川の世を260年も継続させる家康は、すごいのだけれど、天才ではないからこそ、じっくりと準備したのだ。そして部下に安心感を与えたからこそ大きな謀反も起こらなかったのだ。ちょうど最近読んだ「日本史のなかの兄弟たち」と複層的な著作だったのでとても勉強になりました。
どうする家康の放送に便乗した本である。 分かりやすく説明され、かつ最新の研究についても説明されている。
著者の大胆な仮説がダイナミックにわかりやすく描かれていて面白かった。 織田徳川同盟が棲み分けを本質とすることや、信玄との戦いではいざという時に戦うリーダーであることを示す決断をしたこと、武田勝頼との戦いで、強者の得意パターンを敢えて現出させて誘い出しつつ鉄砲と高性能な弾薬と柵による横一線の防御陣地と...続きを読むいう罠を設けたこと、武田の家臣団や軍制を積極的に取り入れることで強力になったことなど、家康の戦略の勘所がよく伝わってきた。 長篠後の武田の諜報と調略が信康殺害や、本能寺まで誘発した可能性(武田と繋がっていた光秀が天目山の後に織田に従属した穴山梅雪から信長に情報が漏れることを警戒して潰される前に謀反を選んだとする大胆な仮説も)、武田の調略(信康の下で抜擢された大岡弥四郎が武田のスパイであったこと)で家康の人事思想に影響を与え、これが徳川体制の組織風土に影響しひいては現在の日本の組織風土にも影響しているという説など、興味深い話が多かった。 関東転封も、却って徳川家の中央集権強化につながったことや、家康と秀吉の距離と規模を保つことで反逆者の発生を未然防止する戦略効果があったことなど、目から鱗のネタもあり、興味深かった。
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徳川家康 弱者の戦略
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