磯田道史のレビュー一覧
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ネタバレ第二次大戦中、陸軍の戦車(走る棺桶)連隊に配属され終戦を迎えた司馬遼太郎が、終戦後「なんとくだらない戦争をしてきたのか」との思いに悩む。これが、司馬の日本史に対する関心の原点となったという。
その陸軍を作り上げた権力体のもとを辿っていくと、織豊時代に行き着く。その戦国から、幕末、明治の小説を取り上げながら、司馬遼太郎が「鬼胎」と呼んだ昭和初期の「日本人の姿(メンタリティ)を見つめ直す」構成になっている。
日本人には2つの側面(p.54)があるという。
○合理的で明るいリアズムをもった、何事にもとらわれない正の一面
○権力が過度の忠誠心を下のものに要求し、上意下達で動く負の一面
歴史を動かす人 -
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コロナ前から「感染症の歴史」的な本は、数多くあっていろいろと読んできたのだが、コロナ以降は日本の感染症を扱った本が増えた。
ふだん古い時代を考えるとき、つい戦前と戦後、明治と江戸では断絶された世界のように感じがちだ(教科書の記述から受ける印象もそんな感じ)。
しかし、数々の日本の感染症にまつわるエピソードを読むと、日本(人)の歴史は途切れることなくつながっていて、そして震災同様、日本人は忘れっぽい(教訓が生かせない)のだなあと改めて感じさせられた。政治や行政の対応が遅れがちなのも、今に始まった話じゃない。
と読んできて、、、
最後に、著者の師匠である、速水融氏のことを描いた章が登場する -
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江戸時代、鎖国下の日本。オランダ商館長が残した日本の災害の記録。国内資料とは異なる冷静な事実の記載は貴重な一次資料。
鎖国下の日本で交易を続けられたオランダ。商館長が残した日記。それは奇しくも災害大国日本の記録でもある。
たまたま江戸参府に際し、明暦の大火に遭遇し江戸の街を逃げ惑った記録。元禄地震で大きな被害を受けた小田原ほか東海道沿いの被害地域。長崎からも近い島原での「島原大変肥後迷惑」など。
母国オランダに比べ地震も多く火災も多かった日本。被害の状況と共に災害慣れしてすぐに復興に向けて動き出す人々。
後世の創作や解釈の余地のない貴重な記録である。
現在の日本人には分かりづらい、江 -
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磯田氏が2003年から2015年までに文芸春秋などの雑誌に書いたももの21編をまとめたもの。
内容別に
「中世の武士と近世の武士の違い」
「歴史を動かす英才教育」
「古文書を旅する」
「歴史を読む」に分かれている。
中世の武士は家臣団といっても寄せ集め、主人が不利とみるや逃げ出すが、織田信長あたりから戦の最後まで主人に付き添っている形になった。また現代のものの考え方のルーツも鎌倉とかまでは遡らず、江戸時代で、それは織田・豊臣・徳川の美濃・尾張・三河の濃尾平野で作られた、と考えていいいという。
教育が成果を出すには3代かかる。
なぜ太平洋戦争で軍部は独走したが、それは教育システムのせいだとい -
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このような本をつい手に取ってしまうのも、パンデミックと災害に、非日常という点で一脈通じるところがあるからだろう。
ワーヘナールによる明暦の大火の記録はまさにパニック映画さながら。江戸で大火事に巻き込まれるオランダ人一行だなんて本当に絵になるのではないか。そこまで直接的に災害に巻き込まれた商館長は他にはいないものの、頻発する余震の描写など東日本大震災後の日々を思い出させる。
江戸の町が焼けても焼けても懲りずに瞬く間に再建される様子も。日本人の災害に対する一種の無常観は、同時代のオランダ人から見てもなにか特異なものに見えたようだ。
オランダ人(この本の著者はベルギーの方ですが)と江戸の災害と