山岡洋一のレビュー一覧
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経営者の自伝や一般的なビジネス書とは異なり、データを元に分析した内容と、その分析に至るまでの過程が書かれている。勉強になる話が多くて面白い。
以下、本書より抜粋。
「結果が悪かったとき、窓の外ではなく鏡をみて、責任は自分にあると考える。他人や外部要因や運の悪さのためだとは考えない。」
「運転手には、『サーキット・シティの従業員のうち、顧客に最後に接するのが君だ。制服を支給する。髭を必ず剃り、身体をいつも清潔にしていなければいけない。プロになってほしい』と話した。」
「バスから降ろすべきかではなく、採用すべきかが問題だと想定した場合、その人物をもう一度雇うだろうか。その人物がやってきて、素晴らしい機会があるので会社を辞めると話したとするなら、深く失望するだろうか、それともそっと胸をなでおろすだろうか。」
「最後にはかならず勝つという確信、これを失ってはいけない。だがこの確信と、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視する規律とを混同してはいけない。」
「針鼠の概念と3つの円。情熱をもって取り組めるもの。自社が世界一になれる部分。経済的原動力になるもの。」
「高収益をあげた年には社内の全員が潤う。」
「ほんとうに問題なのは、『なぜ偉大さを追求するのか』ではない。『どの仕事なら、偉大さを追求せずにはいられなくなるのか』だ。『なぜ偉大さを追求しなければならなのか、そこそこの成功で十分ではないのか』と問わなければならないのであれば、おそらく、仕事の選択を間違えている。」
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・偉大な企業が衰退に向かう時、次の5段階を経ることが多い。
①第1段階「成功から生まれる傲慢」
衰退への第1段階が始まるのは、企業が傲慢になった時。成功したことにより、自分たちの長所と能力を過大評価し、その結果、当初に成功をもたらした真の基礎的要
因を見失ってしまう。
②第2段階「規律なき拡大路線」
傲慢から生まれるのが、規律なき拡大路線である。規模を拡大し、成長率を高め、世間の評価を高めるなど、経営陣が「成功」の指標と見なすものは何でも貪欲に追求する。
③第3段階「リスクと問題の否認」
拡大路線を続けていると、様々なリスクや問題が生じる。だが、外見的には業績が良いことから、良いデータを強調し、悪いデータを小さく見せたり、都合良く解釈したりする。つまり、問題を直視せず、リスクや問題を否認する。
④第4段階「一発逆転策の追求」
衰退が誰の目にも明らかになった時、問題は、指導者がどう対応するかである。一発逆転狙いの救済策にすがろうとすると、衰退への道を急速に進むことになる。
⑤第5段階「屈服と凡庸な企業への転落か消滅」
一発逆転狙いの方策に何度も頼るほど、悪循環に陥る。財務力が衰え、士気が低下していく。その結果、身売りを決める場合もあれば、衰退して凡庸な企業になる場合もある。極端な場合には企業が消滅する。 -
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再読。
私にとっての教科書は、この1つ前の『ビジョナリー・カンパニー② 飛躍の法則』
「最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」
「まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、つぎにどこへ向かうべきかを決めている」
この格言が私の、座右の銘の1つ。
逆に、何が企業を衰退に向かわせるのか、の逆説的な観点で、本書を再読。ここのところの、自分の周りの負のサイクルを象徴するような選び方だが。。。
成功から生まれる傲慢、規律なき拡大路線、 リスクと問題の否認、 一発逆転策の追求、屈服と凡庸な企業への転落か消滅・・・
どれも当たり前といえば当たり前のこと。それがどんなに一時は成功をおさめた有能な人でさえも、見えない環境になってしまう、ということが恐ろしいこと。。。
決して目からうろこの示唆というわけではないのだが、この結論を導き出すために、多くの研究と検証から成り立っているのは、このシリーズのすごいところではある。 -
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主にビジョナリー・カンパニー2で導き出された研究結果が警察や学校や楽団などの社会セクターと言われる組織にも摘要されるのかを書いた一冊。
営利目的で存在してる組織ではないので、金銭的な部分や人を選ぶことなどに関しては違いはありますが、第五水準のリーダーシップや弾み車の概念については共通するところがあることも理解できました。
ただ針鼠の概念の第三の円は営利が目的となっていないので資源に置き換えて考えるところやブランドが重要になってくるところは勉強になりました。
巻末には企業セクターと社会セクターでの各概念での違いやビジョナリー・カンパニー1,2での研究結果のまとめも書かれており、非常に理解も深まりました。 -
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翻訳者の著者が、いわゆる学校で習う定訳通りだと意味がとれない、不自然になる例文を提示し、語のニュアンスや使われ方を考察したもの。4分の3は中高で習う定番の単語を取り上げて、例えば「experienceは『経験』か」、「historicalは『歴史的』か」、「traditionalは『伝統的』か」などがある。あとの4分の1はカタカナ語にもなっている、claim, contents, event, global standard, naiveのような単語もあるし、エッセイみたいになってしまっているが、youやheといった人称代名詞を扱った章もある。
予備校の授業なんかで、例えば「defineをなんでもかんでも『定義する』と訳して、訳分からん和訳にするなよ」みたいな、英文和訳上級編、のような話で読めて、英語好きには面白い。こういうのは日本語も含めて、いかに鋭い言語感覚を持っているかがモノを言うんだなと本当に思う。例えば、「ドイツ、フランス、イギリスを含むヨーロッパ諸国」(p.103)という日本語を見て、違和感を覚えるかどうか。ここで「~などのヨーロッパ諸国」なんて分かって訳せるのは上級者だと思う。さらにrather thanを「ちなみに」と訳す(p.145)とかも上級者向け。こういうところをいかにテキトーに読み飛ばしていたかという、反省になる。あるいは、例えば「~しているのだから、われわれの見かたに異存はないはずだ」(p.163)のような日本語から、"Your man evidently shares our view, because..."みたいなshareを使えるか、といった和文英訳の視点で見ると、なお一層、レベルが上がる感じがする。
面白かったのは、まず英語と日本語の訳出の違いのところで、「日本語には語尾に微妙で豊富な表現力がある。英語にはたぶん、副詞に微妙で豊富な表現力がある。英語の副詞にあたるのは、日本語では副詞や形容動詞の連用形ではなく、語尾なのかもしれない。」(p.169)という部分は、そこまで読んで何となく思っていたことをズバリ言い当ててくれているような感じだった。例えば、「わかってくれなければ、闘うまでだ。」(p.164)は、"If they don't listen, I'll simply have to fight them."のようにsimplyが「~するまでだ」のような言い切る感じ。こういう副詞がサラッと使える英語力が欲しい。oftenやreallyでは、色んな訳例が載っていて、色々並べてみると面白い。例えば「口癖のように」とか「めったなことで」みたいなものもoftenになり(p.135)、pp.151-2には無数にある訳語を並べて、最後に「なるほど、ずいぶん多いと思われただろうか。じつのところ、まだまだある。いや、まじめな話。」(p.152)で終わっていて、実はこれ全部oftenの訳語、というのが感心してしまった。
英語上級者向けの1冊。(16/09/09)
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ネタバレ最近、「日本企業はその雇用慣行である終身雇用・年功序列を維持しながらグローバル化できるのか?」ということをよく考えます。(考えているだけだけど。。。)
そのヒントにならないかなと思い、1月から受講予定の授業の教科書を先取り。
2004年の本なので、今読むと実際とイメージが合わない感じがします。
例えば、著者は「失われた10年」は失われていたのではなく、その間に日本企業は経営の仕組みを変えたと言っていますが、実際にはその後のリーマンショックで「失われた20年」と言われるようになりました。
あと、日本企業を褒めてくれるのは有難いのですが、ちょっと贔屓しすぎ。
自分の目的としても、日本企業/米英企業の二元論で語られている気がして、ちょっと期待とは合いませんでした。 -
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ネタバレWhat does this all mean?
要するになんなのかがよくわからない。
訳の問題なのか、そもそも文章が拙いのか、読むのに疲れた。
もし読むのであれば、エピローグだけでもいいんじゃないかとも思った。
得た知識をメモメモ。
大きなプロジェクトを動かすには、資金と優秀な人材が必要。システムを作るのに優秀な人というのは、コードが書ける人だと思う。コードが書けないと見積もりもできないし、何が正しいかわからないし、品質を評価できない。で、コードをかける人って、独学で勉強してきた人が多いように思う。プログラミング中毒みたいな人。自分はそういうタイプではないけど、本文にもあった「管理者になってもコードを書き続けるべき」という言葉にはすごく共感する。マネジメントだけなんてって。
そして、こんな大きなプロジェクトだと、バグも多く、一日の遅れが積み重なり、一年の遅れとなる。いつまでたっても終わんないんじゃないかって。基本的に予定から遅れると、期限を延ばすか、機能を削るのが筋だけど、「どちらを削りましょうか?」「両方やれ。」が面白かった。うん。
あとは働き方。ものすごいハードワーク。ストックオプションがモチベーションになるのはわかるけど、本文にあった「死の床でもっと働けばよかったって思うやつはいない」はまさにその通り。家族との時間を犠牲にしてまでやるべきかはよく考える必要があるなあと。で、外資系特有?かはわからないけど、泳げない奴は沈めばいいっていう考え方もまた惹かれる。今の自分のスキル微妙だなあって。月並みな仕事しかできないのは、意思に問題があるからだそうなので、もっと吸収していかなきゃ。 -
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日本企業における変革を研究するに当たり、是非事前に読んでおきたいと思っていた一冊。
日本は、欧米的でもなく共産主義でもない第三の道を歩み、欧米以外の国で唯一工業国とも呼びうるまでになった。その原動力となった日本的経営の特徴として「終身雇用」「年功序列」「企業内組合」の3点を著者は指摘した。個々のポイントを欧米的経営と比較すれば、日本的経営の方が欧米的経営に比べて非効率なのかもしれない。だが、日本的経営においては、3つの特徴が終身雇用制度を中心に整合させることで、欧米的経営にも勝るとも劣らない発展を遂げることに成功することができた。日本的経営を語る上では、欧米的価値観で物事を判断してはいけない。日本的経営をつかさどる3要素がいかに整合しているか、という観点で語らなくてはいけないのだと思った。
本書の中で日本的経営に関するキーワードについて、気づきがあったところを抜き出しておくことにする。
終身雇用制度を採用している以上、採用された人は引退するまでその企業の終身の構成員となる。よって、企業は事実上その人の能力が不足していると判断する権利を放棄している。そのため、能力不足の従業員のための無駄なポストが増え、生産性が低下するデメリットがある
日本の労働者の給与全体のうち、仕事の種類と勤務成績に左右される部分はごく一部でしかない。日本企業の報酬は大部分、生産の効率化という会社の目標とは直接関係ない要因で決まっている。このことにより、労働市場の流動性は低下するし、成果は個人の成績ではなく集団の生産量で決まる。
日本では、象徴的な指導者を通じて、権力が間接的に行使される傾向がある。
上層部の管理職が細かく分かれているのは、従業員を降格したり解雇したりするのが極端に困難なためであり、賃金制度に柔軟性が欠けるので肩書きと地位で報いる必要があるためでもある。
日本の管理組織は複雑であり、ポストが細かく分かれているが、機能面ではそれぞれの役割が明確になっていない。これらの要因が意思決定過程に与える影響は3つある。一つはほとんどすべての意思決定が何人もの会議で下されており、時間がかかる。第二に、情報伝達の経路が明確になっておらず、決定の伝達に何階層も通さなくてはいけない。第三に、おそらく最も重要な点だが、決定の責任が誰にあり、意思決定の誤りの責任が誰にあるのかを明確にすることがほとんど不可能になっている。
工業化以前の組織構造と欧米の技術を融合させたために日本の産業が問題にぶつかっていることははっきりしている。だが、問題があるからといって、欧米のビジネスモデルに近づける方向で改革を進めることが解決策になるとは限らない。欧米と人間関係の制度が大きく違う国で工業化を進めるためには、それによって効率性が犠牲になると思えても、その国の習慣や方法をかなりの程度まで許容する必要があるだろう。工業化が成功して定着するのは、工業化以前の社会制度の継続性を維持する形で、その社会で基本になっている人間関係のパターンに基づき、そこから派生する形で変化が起こるときであろう。
従業員のコミットメントを高める、成長局面においては相対的に人件費が抑えられる等、日本的経営には日本的経営の良さがある。だから日本企業を変革していくには、以下のような点を考えていかなくてはいけないのだろう、と思った。
その企業には日本的経営がどの程度浸透しているのか
日本的経営のどこに不整合が出ているのか。そしてそれはなぜか。
日本的経営を捨てるべきか、否か。そしてその理由はなぜか。
うーん、たぶんこんなものではないよな・・・これからしばらく、日本企業の変革にどっぷりつかって、この問題をじっくり考えていきたい。 -
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スクラッチで開発する場合、
ソフトウェア会社以上のプログラミング能力、マネージメント力が必要になると思うのだが、
現実としてそのようなSIerはない気がする。
まして本来であれば一発でいいものなんて作れるわけが無いはずなのに、
バージョンアップされることもない。
あっても5年に1回と、10年に1回の刷新で、
それもまた前と同様に0からの新規と同じ。
企業で使われているシステムというのは、意外にしょぼいのかもな。
以下抜粋。
○私が本当にやりたかったのは、コンピューターを使うことであって、
コンピューターで問題を解決することではなかった。(P.19)
○自分の成功から学んでいく。次の機会にはもっとうまくやる。
そのたびに、ひとつ上のレベルに上っていく。(P.27)
○経営管理のプロにソフトウェア・チームやソフトウェア会社の管理を任せると、
悲惨なけっかになる。
有望なソフトウェアとくずを見きわめることも、
スケジュールや製品設計を評価することもできない。(P.45)
○ゲイツの最大の長所は、柔軟性にある。
ぴったりの時期に、たくみに進路を変える。
絶対的な基準にしがみつく人間が多い世界で、
ゲイツは首尾一貫性よりも、
正しい行動をとることを選ぶ。(P.45)
○最初は成功したソフトウェア会社が、
コードを知らない管理者の失敗で急激に転落した例はいくつもある。(P.145)
○NTを使いつづけたい。
自分たちでバグを経験したい。
そうすれば、早く修正できるだろう。(P.177)
○泳げないヤツは沈めばいい(P.180)
○カトラーは、オペレーティング・システムを開発するときは、
機能を増やすより、スケジュールを短縮するべきだと考えている。
最初のバージョンは、機能を減らしても、早くリリースした方がいい。(P.183)
○猛烈にはたらき、最初の一年間で一万五千行のコードを書いた。(P.194)
○グループの中での力は、肩書きによるものでも、才能によるものでもなく、
「何を達成したかによる」とカトラーは信じている。(P.255)
○自分に怒りが向けられたら、なるべく早く、だれかに罪を転嫁するのがいい。(P.259)
○コードを書いているにしろ、遊んでいるにしろ、
いつもキーボードをたたいているプログラマーが多いのは、
コンピュータがおもしろくてたまらないからだ。(P.276)
○息子はしぶしぶドアを開けながら言った。
「試合が終わったときに来てくれるんだったら、
おもちゃを全部すてるって約束するんだけど」。
この言葉に、「ナイフを胸につきたてられたように」感じた。
その日は一日、息子に付き合うことにした。(P.272)
○「ほとんどのプロジェクトでは、
当初のバージョンはほとんど使い物にならない。
あまりに遅いか、あまりに大きいか、あまりに使いにくいか、
あるいはこの三つの欠陥を三つともかかえている」(P.292)
○ラシッドは科学者のように考える。
なにが可能なのかを考える。
カーネルにページングを取りいれて、『どこがこわれるのか、みてみよう』と言う。
こわれた部分は、ページングをやめればいい。
これに対してカトラーは、エンジニアとして、状況を検討している。
解決策をあらかじめ設計しておこうとする。
どの部分でページングが使え、どの部分で使えないのかを、あらかじめ決めておく。
こうすれば、信頼性の高いソフトができる。(P.318)
○忘れてはならない。
いまが人生で最良のときなのだ。
いまはそう思えないかもしれない。
しかし、何年かたって振り返ってみれば、
自分たちがなし遂げたことに驚嘆するようになるだろう。(P.350)
○会議に参加している幹部のほとんどは、
あるバグを取り除くべきかどうか、
判断できるわけではない。(P.362) -
Posted by ブクログ
1時間くらいで読みました。かの有名なビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則 の追記部分的な位置づけとしての特別編なので、分量がかなり少ないです。この本では、ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則 での考察や調査を、社会セクター(NPOとか、公共団体とか)の組織に対して適用して、論説を展開しています。地方公共団体や、NPOも基本的な運営の考え方は企業と変わらないんだなといことがわかりとても面白いです。ただ、ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則 を読んだことがないと少しチンプンカンプンかもしれません。
規律ある文化では、人びとは仕事を与えられるのではなく、責任を与えられる。
うーん。ちょっと感動した。