為末大のレビュー一覧
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競技レベルも競技(陸上と競泳)も違うが同じ個人種目の選手として共感できる部分が多い。
2001年エドモントンの世界陸上で銅メダルを取ったとき偶然TVで見ていた。
その時は「メダルが期待できる」と言っても日本特有の超贔屓目実況だろうと思っていたが
そこで銅メダルを取ったので、「日本でも世界で実力を発揮できる人が出てきたのか」と
感心していた。
その彼が現役を引退してから書いた本なので、非常に俯瞰的な視点で書かれていて納得度が高い。。
何度も出ているエピソードで初めて出場したオリンピックで彼は転倒してその後流してゴールした。
そのことを非常に後悔していたらしい。そして代表になれなければ引退すると宣言して挑んだオリンピック選考のレースで彼は転倒してしまった。
しかしその時彼は立ち上がり、その後全力で走った。そして結果は最下位だった。
この話を聞いて、ちょっとジーンとした。
本の中に失敗についての考え方や捉え方について何度も書かれている。
・転倒=恥と感じる人、失敗=胸を張れない事と感じる人も多いかもしれないが、胸を張れない事=転倒する事ではない
・失敗を「すべて」ではなく、長い成功への道のりの「一部」として捉えられるかどうか。
・振り返ってみると勝利そのものは自信にならない
・「あきらめているほかの人生」の存在に気が付くことかどうかが、人生を広げるカギだと思う
・純粋に伸びが止まっている選手は思いのほか少なく、多くはどうでもいいことが捨てたれなくて成長が止まる
・残念ながら「やればできる」は幻。しかし「頑張ってもどうせかなわないからやらなくていいよ」という都合のよい逃げ道を提示しているのではなく、叶わなくてもそれは自分の責任ではないことまで責任を負う必要はない。
・挫折は早いうちに味わったほうがいい。勿論誰でも傷つきたくないから失敗や挫折をしないように無茶を避けて生きている。しかし慎重に生きていけば何かを達成することが人生の目的なのか、挫折しないように生きることが目的なのかと混乱し苦しくなる
・結局のところ、幸福は「今」にしかない。
・短距離選手はみなボルトに勝ちたいと思って追従するが、ボルトは「伝説を作る」ために走っている。
・「一番になる」ではなく「一番を目指す」と言う方がしっくりくる。
・努力したらうまくいったという成功体験を持つ人は「努力はうまくいくためのプロセスである」と確信を持っている
・苦労もあるし重圧もある。でも根本のところで「面白い」と思ってやっている人に「大変だけどやるべきだから」と思ってやっている人は長期戦になると絶対に敵わない。
・高みを「目指した」からこそ見える風景がある
・何かを選択したとき、英断なのか逃げなのか、その時は当事者にもわからない。
・世の中は不条理で頑張ってもうまくいかないことがあり、いい人が長生きするわけでもない -
Posted by ブクログ
犬の1年は人の7年に相当するドッグイヤー 老成 人生の予行演習 行司は軍配を間違えたときに切腹するために刀を持っている 重厚な仮面で隠しても、現実の自分は変わらない 男子的な発想 胸を張るって何なのさ 真髄に触れてみたい 自己肯定感 自分が自分を諦めた瞬間 できるできないという臨界点の領域が明確であればあるほど、ピンとくる感覚も鋭くなる そもそも正解というものもない、そこにあるのは、後から振り返って自分がつけた意味にすぎない 仮説状態で即決即断し、素早く修正しながら前に進むというスタイル=走りながら考える 諦めている他の人生の存在に気がつくかどうか その中でも今の人生を選び続けているのは何故なのかというといを、僕は自身に浴びせ続けている。それは、いい選択とか悪い選択という基準ではなく、禅問答のように、選び続ける理由をただ問い続けているのだ。 人は時に、目的を達成することよりも、自分のこだわりを優先する。 がっかりの予防線を張っておく 小さい自分を隠して大きな自分だと偽って生きていても、やっぱりその中にいるのは小さい自分でしかない。 こんなものでしかない自分というのは卑下ひげしているわけではなく、ただこれだけの自分という意味であり、飾りを取っ払った等身大の自分 他人軸に入ったギアをニュートラルに戻す。それが認識することだ。すぐに自分軸へギアを入れることができなくてもいい。いったんニュートラルに戻すこと。 他人が自分を肯定してくれるから自分は素晴らしいと思っている間は、残念ながら満たされない。 チャレンジの奨励に大事なのは、結果をその人の責任にしないこと。 流されて生きれば何も達成できないまま人生は終わる。 若者が完璧を信じ、完璧を追い求めるのは、人生はまだまだ先が長いと思えるからだ。 間に合わなかったという感覚だ ようやく麓に
辿り着いたものの、そこで終わったなというのが正直な感想だ。 人生は時間との勝負。いつか終わる時間との勝負。自分の限界とのせめぎ合いだ。 本当の意味での成長とは、未知の領域を認めること。そして自分の無知を認めることで成長はうなが促される。 有限の中で何に努力と時間を割り振るのか。有限の概念のないところに選択はなく、選択がないところに集中もない。能力と努力が不足しているのではなくて、むしろ決断しないことが問題。 小さいところで戦っていたら挫折はない 人生は、緩やかな挫折を受け入れることであり、人生、最後は負けで終わる。 何かを達成することが人生の目的なのか、挫折しないように生きることが目的なのか 今の自分を否定し傷つけることが、成長することや結果を生むことにつながるのだろうか? 人間には本来かたよりがあって、でこぼこしていて、それが魅力になったり、個性になったりする。だったら欠点も短所も悪い癖も飲み込んで、その中の伸びる部分を見つけ、そこに時間や労力を投下するという方法が効果的なのだと思う。 短所を直すというよりも、むしろ長所を伸ばすこと、そして短所を使うことに留意した 数字が示す明白な結果、自分の負けと直面し続ける精神、そして葛藤。感じざるをえない、下り際のむなしさ。自分の限界を知ることは、悲しさが伴うものだと思う。寂しさもある。それまでの現実が乱暴に打ち砕かれる。それでもなお。自分の持てる力を全て出してやった後は、悲しさや寂しさを超えて、ダメなものはダメだったよねという清々しさがある。 価値観を練るには幸福感を突き詰めないといけなくて、そういうものから逃げたときに、極端な現実主義や理想主義が現れる 努力は夢を叶えるためにあると思ってきたけど、30歳を過ぎたいつの頃からか、もしかしたら自分は努力するために勝ちを目指しているのかもしれないと思うようになった。 夢は今を輝かせるためにあると僕は思う。そしてその輝き自体は、その夢が叶う、叶わないなんて関係がない。夢は持ったほうがいい。たぶん叶わないけれど。 無我夢中を目指すことが、一番を目指すこと、そのもののように思う。 誰もがシンデレラが結婚した後のことを語らない 人が何か目指すものがあるとき、それが手に入る入らないは関係なく、目指している、その状態自体が幸せなんじゃないかと思う。 映画のクライマックスも、起承転結の承や転があるから、結が腑に落ちるのだ。もっと言えば、人間はどのみち死ぬけど、生きていること自体に意味があるのと同じだ。 何もない日々の虚しさを思うと、何かがある日々、向かうもののある毎日がいかに恵まれているか。 一番になったことを知っているのは自分だけで、誰も褒めてくれなくても目指せるのか?そこに付随する意味をよくよく自分に問いかけたときに、自分にとっての一番の意義や、人からの称賛を得るとはどういうことなのかが、初めてわかる。 結果重視ではないけど、過程重視でもない。そんなことを耳にすると、違うんだよな、それじゃないんだよなと思う。 理屈ではなくて体感としてわかっている 磨くべきは目標設定のセンス 人には可能性があり、そして限界がある。人生で進むべき方向はひとつではなくて無数にある。そして、何かに限界を感じるのは次の世界の可能性を広げることだったりする。 心身相関の原則 幽体離脱 自問できる強さがないと、人は強がるしかない。観察と自問を繰り返すことで、自分の中の何かが整理され、言葉が洗練されていく。答えの出ない問いの中、葛藤の中に成長があり、そこを楽しみながら悶々として過ごしてほしい。そして僕もまた大いに葛藤していきたいなと思う。考えること、問うこと。それが自分と世界にイノベーションを引き起こす。 子供の頃に描いたもののうち、殆どは手に入らないだろう。それを悟っていくと段々と思いが絞られていく。そして絞られた思いは、もっと高次元におかれていった -
ネタバレ 購入済み
人生における選択と集中
この本を通じて伝わってくるのは
自分じゃない誰かにはなれないし実りは少ない
諦める事は選ぶこと、決してマイナスじゃない
望みを多く持ちすぎない生き方もある
努力は勝てるフィールドでする。
むしろ楽しめるくらいのフィールドでやる。
ということ。
他人の意見やランキングに惑わされやすい私にグサグサと突き刺さる本でした。為末さんありがとう。
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Posted by ブクログ
澤さんも書いていたが、為末さんも、欠点よりも良いところを伸ばすことをすすめていた。この考えは好きだ。
恥ずかしいと思う気持ちが成長を止める。ハッとした。人にどう思われるかを常に気にしている自分も、本当に恥なのはなんなのかに視点をかえれば、生き方は大きく変わるだろう。
プライドも同じ。人から賢く見られるために演じているせいで、私も多くの学びの機会を失ってきていると思った。自分が大事だと思っているこだわりをどれだけ手放せるか・・・。これはツチケンさんとつながった。すべては大したことではない、この視点の切り替えが柔らかい人になりたいと改めて思った。常にニュートラルでありたい。
挫折と努力はセットであって、納得感を得るまでやっても越えられなかったときに味わうのが挫折だという。私は今まで生きてきた中で挫折の経験はない。たいして努力もしないでのほほんとただ生きてきた。そのことを頭の片隅で気にしているのだが、これを読んでこのことがまた引き出されてきた。短い人生、なにかに挑戦して達成感を得たい。そして自分の弱さを知り、深く生きていきたいのだ。人生を楽しむために何か1番になりたいと思う。そして一生モノの自信を得たい。
これまでを振り返ってフタしてきたことはたくさんあるが、考えたくなくて頭がすんなり動かない。・・・が、これらをスッキリできたら、とても健康的になると思う。心と体は一体だし、自分の健康状態は心の健康が特に重要であると最近わかったから。
人に八方美人といわれてそんな自分が嫌で、自分の態度をすごく考え悩み、自分がわからなくなった時期がある。だから、自分らしいのものさしはとても大切だ。そもそも自分らしいとは何かを考えることから始まるが、すべてにおいて、それは自分らしいのかを問い、納得して行うことが、その行動に責任を持てるし、そんな自分をますます好きになるから、結果がどうであれ健康的でハッピーで生きる術だと思う。
この本を読んで、とことん自分と向き合い、そして動こうと思った。タイトル通りだ。著書の思惑通りに私の思考は動いたかもしれないなあ。 -
Posted by ブクログ
為末さんは読書家だというが、この本を読んでいるとそれが分かる。本を読んでいることが分かるというより、考えていることが良くわかる。
誰かを説得したり議論したり、人の心を動かしたりすることは以外にも自分自身を問い詰めることで磨かれる。「自問力」がない人の言葉は、どうしても奥行きが無く深みがない。何かに対して感情を抱いても、その感情の背景にあるものを説明できなければ周りからは共感は得られない。自問できる強さがないと、人は強がるしかない。だが、強がっているだけでは自己満足だ。
たとえば、「嫌い」からスタートしても、自問した結果、最後は自分の内側のコンプレックスに行き着くことはよくある。さらにコンプレックスから派生していることを、周りの人は以前から知っていたりする。知らないのは自分だけで、周りからは見抜かれているのに、自分だけは隠せていると思っていることは往々にしてある。
考えること、問うこと。それが自分の世界にイノベーションを引き起こす。
この人のいうことは、的を得ているなぁ。
そういえば、こんな言葉もあった。「努力は夢中に勝てず、義務は無邪気には勝てない」。だから、ときには「いい人」をやめて、子供の自分を思う存分解放させてあげるといいという。次のステージに引き上げて、新しい道を開き、モチベーションを保つためには不可欠だと。
この人の話しを、一度、直接聞いてみたいなと思った。 -
Posted by ブクログ
陸上400メートル・ハードルの為末大(ためすえ・だい)が書いた『日本人の足を速くする』(新潮新書)に感銘を受けました。
為末といえば、2001年の世界陸上(エドモントン)で47秒89の日本記録を出し、五輪・世界選手権を通じて日本人初の短距離種目の銅メダルを獲得したアスリート。2005年の世界陸上(ヘルシンキ)でも、雨中のデッドヒートで再び銅メダルを獲得しています。後半勝負が常道の400mハードルの世界にあって、170cmの小さな体で先行逃げ切り型の勝負を挑む"サムライ・ハードラー"として知られています。
壮絶なレース・プラン 10台のハードルが35m間隔で並ぶ400mを、為末は163歩で走ります。スタートから一気にトップギアに入れて1台目(45m)でトップに立ち、2台目(80m)を最高速度で越える。このスピードを維持しながら5台目(185m)までを越える。あとはいかに減速の幅を抑えるかの戦い。8台目(290m)で体内の酸素をほぼ使い果たし、9台目(325m)を跳び越えたあたりでほぼ意識がなくなり、ゴールまでは気力と体の記憶だけで走る、というのですから壮絶です。
言ってみれば、他の選手が400mのレースを走っているのに対して、私は300mのレースを走るつもりでスタートラインに立っています。とにかく300mまでをきっちりトップで走り切ること。後は野となれ山となれ、残り100mは半ば意識を失いながら、魂でしのぎ切る。それが私のスタイルなのです。(p.132)
驚きの調整法 試合前の調整方法も、門外漢の私には非常に面白く感じられました。試合を直前に控えた10日間の中で行う練習は、10日前にハードルを立てずに走る450m、5〜6日前にハードルを8台立てて走る300mの2本だけというのです。あとは本当に何もしない。競技場に行っても、ストレッチをしたり、散歩しながら他の選手の練習をながめるだけというから徹底しています。
450mを走るのは、本番と同じ負荷の距離を走り、長い距離への耐性を強めるためで、10日前に行なうのは効果が10日間くらい持続するからだそうです。ハードルを立てて300m走るのはレースの予行演習のためですが、300mしか走らないのは、本番でも8台目以降は根性だけで走るので、直前に練習しても意味がないからです。
私はオリンピックで陸上競技、とくに短距離トラック競技を見るとき、残酷だなあと感じることがあります。4年間という長い長い努力の結果が、10秒後とか20秒後に、天国と地獄を分けるような逃げ場のない明確さで突きつけられるのですから。想像するだに恐ろしい。私だったら、緊張でガチガチになって走り方すら忘れてしまうだろうと思います。ところが、為末はそこが面白いというのです。
陸上競技の難しさ、そして面白さは、アベレージではなく、一発勝負ですべてが決まる、という点にあると思います。 もし1年間の平均タイムで順位を決めるのだとしたら、私などは世界で10本の指に入れるかどうか、といったところでしょう。しかし、この日このレースの勝負ですべてが決まる、という舞台があるからこそ、さまざまな不確定要素が絡み合って、私のような選手にもメダルを狙うチャンスが出てきます。(p.137)
ハイリスク・ハイリターンで勝負する 為末は、スポーツのトレーニングには、だれもがやっていて一定の効果が約束されている「ローリスク・ローリターンのトレーニング」と、他の人はやっておらず、失敗の危険性もあるが、うまくいけば自分にとって大きな効果があるかもしれない「ハイリスク・ハイリターンのトレーニング」がある、と言います。
2005年の世界陸上の後、為末はなんと500日もの間、ハードルを1台も跳びませんでした。狙いはスピードの強化、緊張からの解放(今年8月の大阪世界陸上と来年の北京オリンピックで最大限の集中を実現するため)、そして技術的リセット(技術的贅肉が省かれてシンプルかつ中核的な技術を残すため)だそうです。普通の人は恐くて、そんな練習方法は採用できないでしょう。失敗したら何を言われるかわかりません。まさにハイリスク・ハイリターンの練習です。
何かを守ろうとするのではなく、果敢に攻める。攻めるのに必要でないものはどんどん捨てて無防備化していく。 フィジカル面での"資本力"に劣るなら、ハイリスクを負ってでもハイリターンを目指す覚悟を決めるのです。 覚悟が決まれば、恐いものはありません。(p.82) もうできるようになってしまってからの反復練習には、現状維持の目的は認めても、「昨日より凄い自分」にたどり着く可能性がありません。(p.68)
ハードル競技は、陸上競技の中で最も不自然な動きを強いられる競技です。その分、技術面での隙間や、そもそもの発想に"遊ぶ"余地があるとも言え、工夫を凝らし、奇策を弄していくことが可能なのです。(p.116)
500日の封印の効果に、為末は確かな手応えを感じています。フラットでの200mのタイムが0.26秒も速くなったそうです。「単純計算では」と断った上ですが、2004年のアテネ五輪の優勝タイムをはるかに上回る、と並々ならぬ自信を見せています。世界陸上大阪大会の400mハードル決勝は8月28日午後10時20分スタート。「金メダルを狙えるかもしれない」という為末に注目しましょう。
覚悟の力 トレーニングだけでなく、「人生」においても、為末はハイリスク・ハイリターンを選択しました。2002年の春、大学を卒業して大阪ガスに入社しましたが、翌年の秋に退社しています。勝っても負けても生活が保障されているサラリーマン選手という立場では、賞金で食べている海外のトップアスリートに勝てないと考えたからです。
覚悟というのは重要だと私は思います。何を犠牲にしてどこまで自分を賭けているか、その差が、いざという勝負の場で、1000分の1秒の違い、1cmの違いになって表れてくるのだと思うのです。(p.172)
失敗したときのことをあらかじめ計算する暇があったら、どうすれば自分の潜在能力を最大限に爆発させられるかを最優先して考えるべきなのです。(p.91)
日本人の足を速くする 最後に、『日本人の足を速くする』というタイトルの意味を説明しておきましょう。為末は、陸上競技を日本に浸透させるための"通訳"になりたい、「論理的なエンターテイナー」になりたい、と考えています。そのための具体的な活動が、クイズ・ミリオネアで獲得した賞金1000万円を使って行った、「東京ストリート陸上」(丸の内のビル街で一流選手のパフォーマンスを見せる)や「夢の陸上キャラバン隊」(一流選手による小学校訪問デモンストレーション)です。こうしたクリエイティブなイベントには、為末の遠大なビジョンが込められています。
もっと陸上選手が豊かな環境で活動できるようにしたい。日本人がもっといろいろなスポーツの魅力を知り、いろいろなスポーツで活躍するようになってほしい。 そう考えています。 そして、そうなったときに必要になってくるのが、"日本人の足を速くするプロジェクト"なのです。 いや、後先は逆でもいいのです。日本人の足が速くなれば、陸上界はもちろろん、すべてのスポーツがワンランク上のステージへ前進するのですから。(p.179)
『日本人の足を速くする』では、日本人の体格や骨格に適した走り方やトレーニング方法の解説に、2つの章が充てられています。詳細は本を買って読んでいただくとして、為末は「100mで国民平均0.3秒速くなる」と考えています。国民全体の足を速くすることを考えているとは、ただ者ではありません。 -
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ネタバレ置かれた状況に関係なく、自分の全力を出しきっておくこと、そのことが後悔を整理することや、物事をきっぱり終わらせるためにもすごく重要な気がしている。
結果がうまくいったかどうかは別として、大事なのは切り開こうという意志。例えば誰かに殴られて、顔が横を向いてもその顔をフット正面に戻した瞬間、その記憶が保存されて、それが自分の自信の鍵になると僕は思っている。
若者が完璧を信じ、完璧を追い求めるのは、人生はまだまだ先が長いと思えるからだ。
挫折を早くに味わうことは、自分の「弱さ」を早く知るという利点もある。
自分は弱い。そのことを知らなければ本当の意味で強くはなれず、そのことから逃げれば、弱さを隠し、言い訳をして生きるしかなくなる。自分の弱さを受け入れるには、気力も体力も必要だ。若いうちに、早いうちに挫折を経験すれば、立ち直りも早くなる。
恐れずたじろがず、1日も早く挫折を味わってほしい。
長所も短所も相互関係。「この欠点さえなければ」とか、「自分のこんなところさえなければ」と、人はいろいろ思う。けれど、そこをなんとかなくそうと考え過ぎてしまうと、長所さえも削れてしまう。人間は本来「かたより」があって、でこぼこしていて、それが魅力になったり、個性になったりする。
自分の持てる力をすべて出してやった後は、悲しさや寂しさを超えて、「ダメなものはダメだったよね」といい清々しさがある。
「どうやったってダメだったよね」「でも、やれるだけやったよね」という感覚。
自分自身を思い残すことなく卒業させてあげるためにも、万全の準備とそのときの全力を尽くす。そこに、おおいに意味があるのだと思う。
夢を持つのは叶えるためじゃなく、一度どこかで破れるため。破れることがわかっていてもなお夢を持つこと、自分はこれになってみるんだという野心を持つこと、何かを乗り越えようと挑むことこそが大事なのだ。
身の丈を把握することと、モチベーションを保ち続けて挑戦し続けること、そして継続できることは実はすごく関係がある。
負けたり失敗したりしながら、そこには慣れず、うまくつき合いながら一番を目指して全力で生きていく人生は、決して悪くないと思う。
「自分はなぜ一番を目指すのか」を考えることは意外と奥深い。
がむしゃらに一番を目指す人もいるけれど、「一番になる」ことにちょっとした楽しさを見出している人も多い。苦行の末の一番というのもそれでありだけれど、クリエイティビティを保つために毎日「自分なりの面白さ」を追っていくのは、大事な気がする。
ここが限界というところには、どんどん動いてぶつかってみるのがいいけれど、「感覚」を磨くには観察しかない。観察することで、「感覚」はやがて実感となる。
人は毎日老いる。だったら、今日という日を一生懸命に生きることしかない。
大人になることと、自分の中の子どもの部分を殺すことは違うと思っている。
自分の中の子どもというのは、夢中とか無邪気のこと。子どもの無邪気さが発するエネルギーとひらめきには、ものすごいパワーが存在する。
残酷な現実は、「努力」は「夢中」に勝てず、「義務」は「無邪気」に勝てないということ。
どんな世界に生きている人でも、イノベーションのきっかけとなるような揺さぶりや小さな変化は、日々、必要だ。その機会を意識的に作り出している人は、次につながる大きな一歩を踏み出せる。 -
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[ 内容 ]
たとえ筋力や体格で劣っていても、日本人に合ったトレーニング法と正しい身体の動かし方をマスターすれば、世界と戦える。
足は「技術」で速くなる―。
400mハードルでメダリストとなった“侍ハードラー”が、試行錯誤の末に到達した「走る極意」とは何か。
また、大舞台で勝つための集中力の高め方、精緻に計算されたレース攻略法とは。
陸上競技の見方が一変する、日本人のための知的陸上読本。
[ 目次 ]
序章 なぜ日本人は足が遅いのか
第1章 だれでも足は速くなる
第2章 速くなるトレーニング
第3章 勝てない人と勝てる人
第4章 ハードルの上で休む
第5章 13歩を究める
第6章 銅から金へ
第7章 もっと陸上を!
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
【要旨】
小さな頃から誰にもカケッコで負けなかった為末氏は、早熟であり、中学卒業時には体が出来上がっていた。そのため、それ以降成長せず、新たな道を探していた。そしてたどり着いたのが400mハードルだった。
為末氏は300mまでを全力で走り、最後の100mは"根性"で走るという。つまり先行逃げ切りのレース展開となる。そこで彼が自身の強化の為に考えたのが、ハードルは飛ばず、走力を上げること、速く走れるようになること、だった。
その試行錯誤の中で出した結論が、「外国人は体の作りが違い、真似しても意味がない。日本人は日本人の骨格に合わせた走り方がある。それで誰でも、今よりも速く走れるようになる」ということ。そしてその走り方(前傾姿勢で、前に倒れこむ推進力を利用した走り方)を紹介している。
【感想】
大阪の世界陸上や北京五輪の前に読むことができ、とてもよかった。氏の志に共感を覚えた。
レースからだけでは分からない彼の賢さから(一流選手としてではなく)好感の持てる人間らしさを垣間見ることができた。
【目次】
序 章 なぜ日本人は足が遅いのか
第1章 だれでも足は速くなる
第2章 速くなるトレーニング
第3章 勝てない人と勝てる人
第4章 ハードルの上で休む
第5章 13歩を究める
第6章 銅から金へ
第7章 もっと陸上を!