堺屋太一のレビュー一覧
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今大河ドラマを見ていて手に取ったが、読み進めてまず驚いたのは、40年前の小説でありながら、ドラマと構成や人物像がほぼ重なるという点だ。秀長という人物像が、時代を超えて普遍的に語られてきた証なのだろう。
兄・秀吉ががむしゃらに出世を目指す一方で、秀長は「兄をどう支えるか」を生きる軸に据える。家臣として、武士として、そして弟として、兄の成功のために自分がどう動くべきかを常に考え続ける。その姿勢は、まさに“名補佐役”の原点だ。
そしてこの本は、さすが堺屋太一、サラリーマン小説としても読める。
戦には金がかかり、兵站が必要で、傭兵をどう扱うかにはメリットとデメリットがある。中世から近世へ価値観が移り変わる時代にあって、秀長はその変化を理解し、補佐役として徹底して合理的に動く。
読んでいて、本田宗一郎や盛田昭夫といった立志伝の偉人たちを思い出した。彼らの背後にも、きっと秀長のような補佐役がいたのだろうと想像させられて面白かった。 -
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26.1.~NHK 大河ドラマ 「豊臣兄弟」主人公秀長
竹阿弥(ちくあみ)は、戦国時代の人物。通説では太閤豊臣秀吉(藤吉郎)の生母仲(大政所)の再婚相手(秀吉の継父)で、小一郎(豊臣秀長)と旭(駿河御前)の実父とされている
通説では、「この人」の母親、同郡御器所村生れの「なか」が、ここ中村の百姓、弥右衛門に嫁ぎ一男一女を生んだが、弥右衛門が死んだので、近くにいた竹阿弥を入婿として迎え、さらに一男一女を儲けた、ということになっている。はじめの夫、弥右衛門の子がのちの太閤秀吉とその姉「とも」であり、あとの夫との間にできたのが、「この人」──のちの大和大納言秀長と妹の旭姫だという。つまり、秀吉と「この人」とは異父同腹の兄弟というのである。
農地・農業から切り離された専業の武士というものができてまだ間が無い。というより、織田の若殿・信長様が考え出した面妖な制度なのだ。
五月十九日の午後に、三河の桶狭間という所で休憩していた今川義元を、織田の若殿・信長様が急襲し、討ち取ってしまった、というのである。
今川義元の死後自立した松平元康、のちの徳川家康が織田家と同盟を結ぶために清洲を訪れた(永禄五年正月十五日と伝えられる)のと同じ頃、ということになる。
「奇特なる御巧」 と表現している。戦国大名のほとんどが、たとえ不便でも本拠地から動けなかったのに、織田信長だけが、岐阜に、安土にと本拠を移し、天下取りに先駆けたはじまりは、実にこの小牧移転の成功にある。
最早信長は、土豪連合の長ではなく、完全な尾張一国の領主、いわば「小さな独裁君主」となったのである。
兄・藤吉郎が竹中半兵衛に目をつけたのもこのためだ。つまり、半兵衛は「手段」であり、「目的」は安藤伊賀守ら西美濃三人衆といわれる有力豪族の方だ。
仏教と儒教の主な違いは、目的と視点にあります。仏教はインド発祥で、個人の「苦しみからの解放(悟り)」と死後の救済を目指す宗教ですが、儒教は中国発祥で、孔子が説いた倫理・道徳を重視し、現世での秩序や正しい人間関係(仁・義・礼)を追求する思想・学問です。
永禄・元亀のこの当時、他の主要な大名──越前の朝倉、甲斐の武田、越後の上杉、関東の北条、中国の毛利ら──の軍はまだ、半農半武の土着農民兵を主体としていた。高位の部将たちも総て各郷村の豪族である。
木下藤吉郎秀吉は遂に大名にまでなった。これを祝して秀吉は姓を変えた。木下を捨て、羽柴を名乗ったのである。この度、織田家の筆頭家老となった柴田、丹羽両将の姓から一字ずつ頂戴したのだ。
当然、秀吉の弟、小一郎の姓も羽柴に変った。これ以後この人は、羽柴小一郎秀長を名乗るのである。
〈俺は、兄の補佐役、羽柴の第二位者だ。決して兄の後継者になることを望みはせぬ〉と。
天正六年(一五七八)、この時期まで生き残り、大を成していた勢力は次の七つである。
南九州五カ国を獲得しつつあった薩摩の島津家、四国一島の大部分を攻め取った土佐の長宗我部家、中国十一カ国に勢力を張り出した安芸の毛利家、甲信駿三カ国を持つ甲斐の武田家、北陸三カ国と上野の一部を抑えた越後の上杉家、南関東六カ国をまとめた相模の北条家、そして畿内と濃尾地方を中心に十四カ国余を支配した織田家である。
「本能寺の変」
天正十年(一五八二)六月二日未明、織田信長は、明智光秀によって弑逆された。そしてその直後、信長の嫡子・信忠も、明智の大軍に囲まれて二条御所で死んだ。
その明智光秀も、六月十四日の中には死んでいた。山崎の合戦に敗れたあと、本拠の近江坂本城に逃げ帰ろうとする途上で、落武者狩りの土民の竹槍にかかって落命してしまったのだ。享年五十五歳、
「信孝殿こそ織田家の跡取り。京は勿論、山城、丹波、河内も信孝殿にお返ししろ」
織田家中は真二つに割れた。一方は羽柴秀吉とこれに与する丹羽長秀、池田恒興、堀秀政および旧明智組下の筒井順慶、細川藤孝、中川清秀、高山右近らである。他方は、織田家宿老筆頭の柴田勝家と神流川の戦いで北条に敗れて宿老の席からはずされた滝川一益、そして美濃一国を得た信長の三男・神戸信孝の三者連合である。
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賤ケ岳の戦い】秀吉vs勝家! 織田家継承はどちらの手に…? | 戦国 ...
賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いは、1583年(天正11年)に織田信長亡き後の主導権をめぐり、羽柴秀吉と柴田勝家が近江国(現在の滋賀県長浜市)で争った決戦です。秀吉は「美濃の大返し」という電撃的な軍の移動と、加藤清正・福島正則ら「賤ヶ岳の七本槍」の活躍により勝利。敗れた勝家は北ノ庄城で自害し、秀吉の天下統一が確実なものとなりました
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世に名将・名参謀と呼ばれる人物は数多いが、名補佐役はきわめて少ない――。激動の戦国時代、尾張の貧しい農民の出でありながら、野心家の兄・秀吉を天下人たらしめ、自らも“大和大納言”と呼ばれるまでにのぼりつめた男・豊臣秀長。この人なしに、秀吉は天下人になれなかったと言われる。本書は、卓越した実務能力と抜群の調整力、非凡な統治能力で、脆弱な豊臣家の体制を支え続けた、日本史上屈指のナンバー2と呼ばれる男の生涯を丹念に描く歴史巨編。昭和の大ベストセラーを全一冊にまとめた決定版。 -
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企業や役所は、もともと「機能体」として作られた組織だが、組織そのものに、「共同体」化していく契機が埋め込まれているというのは、その通り。下部組織含め、構成員の満足が目的となってしまう。マネジメントは、その揺らぎを感じつつ、「機能体」としての「強さ」を最大限発揮するようにすること(企業なら、最小のコストで最大の利益を上げること)。確かになぁ。
面白かったのは、組織を動かす上で欠かせない人と、その評価。
漢の劉邦の言葉から、組織を動かす上では、①現場のトップ(将軍)、②参謀、③補佐役の3種類の人が欠かせないとのこと。③補佐役は、なかなか思いつかない。
さらに、プロイセンのモルトケの法則を取り上げ、参謀として最も要職につけるべきは、「能力大にして意欲小」なる者としている。能力・意欲ともに大の者の方がよさそうな感じもするが、こういう人間は、どこかでトップと衝突する可能性がある。
わき道にそれるが、モルトケの法則で思い出すのは、エクヴォルト男爵/ドイツ国防軍上級大将の言葉。
将校には四つのタイプがある。利口・愚鈍、勤勉・怠慢である。
・利口で勤勉なタイプで、これは参謀将校にすべき
・愚鈍で怠慢なタイプで、これは軍人の9割にあてはまり、ルーチンワークに向いている。
・利口で怠慢なタイプは、高級指揮官に向いている。なぜなら確信と決断の際の図太さを持ち合わせているからだ。
・もっとも避けるべきは愚かで勤勉なタイプで、このような者にはいかなる責任ある立場も与えてはならない。
堺屋太一という人は、本当にスゴイ人だなぁと改めて思う。役所の中に、こういうことを考え、それを表現できる人がいたというのは驚き(今でもいるのだろうか・・・)。 -
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1.この本を一言で表すと?
組織が滅ぶ条件、組織が変革する要因について、著者がまとめた本。
2.よかった点を3~5つ
・「共同体」と「機能体」(p107)
→この定義が本書の中で重要。
・軍隊の二つの定義(p47)
→自己完結性は知らなかったので、興味を持った。
・「機能体の共同体化」(p170)
→とても理解しやすく納得できる。共同体化は「正論」で誤魔化されやすいと思う。
・環境への過剰適応(p187)
→常に変化を受け入れることが重要だと思う。
・組織の欠陥を隠す予算不足と人材論(p212)
→自分はいつもヒト不足を言っていたので考えを改めたい。
2.参考にならなかった所(つっこみ所)
・「利益質」の提言(p300)は理解できなかった。
・全体的に6章は内容が浅く感じた。
3.実践してみようとおもうこと
・自分の考えが
5.全体の感想・その他
・機能体の共同体化と、環境への過剰適応がキーポイントと思う。
・帝国陸海軍が失敗ケーススタディーとして取り上げているが、様々な本で失敗例として取り上げられているのが面白い。 -
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ネタバレ日経ビジネス人文庫は過去に読んだことがあるけれど,それに比べて随分骨太な本(過去の本が悪いわけではない)。著者の堺屋太一氏は知ってはいたけれど,こんな歴史への眼差しがある方とは存じ上げなかった。
単純に持ち上げるわけでもなく,貶めるわけでもない。どこまでも冷静で客観的。「勝てる組織」について書いているのに,最後では「それに属する人々に幸福をもたらすかどうかはわからない」と言い切ってしまうくらい。
ここにはヒントは書かれているけれど,経緯だけではなく,最終的な答えすら書かれていない。自分でどうするかを考えることを促される。本書を読む価値のひとつに、歴史について書かれているのに現代の時代性を知るヒントがあることだろう。現代はまだ答えのある時代ではないのだから。 -
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豊臣秀吉の弟で、たぐいまれな補佐役だった豊臣秀長に光を当てた作品。分冊文庫もあるけど1冊版を買ったら760ページ以上で片手で持って読むのもしんどい(笑)、ポケットにも入らない(笑)。長くて重い本だったけど面白かった(^^
大河ドラマ「秀吉」の原作にもなっているだけに読んでいても登場人物が竹中直人だったり、高嶋政伸に見えてきます。
強力なリーダーや指導者に優秀な補佐役。軍師より参謀に近いと言えますが、この物語での秀長の立ち位置は参謀よりやはり補佐役が似合っている感じです。
じゃ、完全に補佐役かと言うと、むしろ最近のリーダーシップのひとつとして挙げられるようになった「サーバントリーダーシップ」(リーダーはまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである)の素養があったと言えるでしょう。「支配的なリーダー」ではなく「支援的なリーダー」と言う事で、この男がいたから秀吉は天下を取れたと言うテーマに則った作品です。
とは言え、この時代のことですから織田信長の天才ぶりにもことあるごとに触れています。ある意味、もっとも支配的なリーダーの見本のような織田信長と、その家臣(秀吉)の家臣である支援型リーダーの典型である秀長を対比させることで、より秀長のサーバントリーダーぶりが際立っている演出かもしれません。
大河ドラマ「秀吉」をまた見てみたくなる1冊。