トーマス・マンのレビュー一覧

  • 魔の山 上

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    訳もわからず、政治談議などはすべて飛ばすという荒技で読みとおした。
    よく分からないがものすごい衝撃を受け、これこそ生涯の一冊だと心に決めてしまった。
    多分、この本の中に世界があると感じたんだと思う。「mondo libro」だ。
    勢いに乗って、ドイツ語版まで買ってしまった。
    しかし最初の一文を読んで、(私にとっては)入り組んだシンタックスに恐れ入ってしまい、それっきり読んでない。もうちょっと読まないと元が取れないなあ。

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    2009年12月12日
  • 魔の山 上

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    山頂のサナトリウムで、共に暮らす知人が次々に結核に倒れていく中で、議論し恋愛する現実離れした登場人物たち。
    衣食の心配なくこんなところで人生論ぶちかましているなんて、いいご身分とも思ってしまう。
    ハンス・カストルプがあっという間にスキーが上達したのに驚いた。雪の中の単独行のシーンは幻想的だった。
    ヨアヒムが亡くなったのも悲しかったけど、幽霊が出てきたシーンはもっとぐっときた。

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    2009年10月04日
  • 魔の山(上)

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    上下巻。
    ハンス・カストルプとは、真夏のマンションの屋上で邂逅した。うだる熱気に晒されながら魔の山を彷徨したものだった。

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    2009年10月04日
  • 魔の山 下

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    難解。きっと何度読んでも読むたびに新しい訓が得られるに違いない。

    食堂、横臥療法中の音楽鑑賞、ショーシャ夫人の肖像画、は面白い。
    ヨアヒムの死は美しいし悲しい。
    手回しオルガン弾きと生臭坊主とは胡散臭い。
    ハンスは何故下山し戦地に赴き空しくあっけなく散ってしまうのか、その意味がまだ理解できない。

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    2009年10月04日
  • 魔の山 上

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    山の上の世界と下の世界。
    平凡に育った若者が隔離状態にある山の上で急進的な政治思想や哲学、覆った道徳・宗教、性、友情、死、自然に触れある種の光明を見出すまでの話。青春小説でありながら完璧な教養小説。政治・哲学・宗教についてはやや難解。社会全般に係る普遍的主題を全て盛り込んだ長大な小説は「実際的なファウスト」といった印象。

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    2009年10月04日
  • トーニオ・クレーガー

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    ​芸術と市民生活という、相反する世界で葛藤する青年を描く自伝的小説。健全な生き方への憧れと芸術家の宿命との狭間で揺れ、どちらにも振り切れないような姿が印象的で。

    強い自己意識や嫉妬、ルサンチマンなどなど。読み手によっては嫌悪感を抱かせてしまうほどの痛々しい感情も、思春期に誰もが通る普遍的で人間らしいものに思えてしまう。
    深い孤独の果てに自己を受容し、「人間的なものへの愛」を見出していく結末を、わたしはとても美しいと感じます。

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    2026年06月08日
  • 魔の山(下)

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    長い、長い、と苦しみながら読んだ。最後に、次のようにあった。再読せねば、と思わせる大作だった。

    「私たちは君の物語を語り終えた。短くも長くもない、錬金術的な物語だった。私たちは物語のために話したのであって、君のために話したのではなかった。(中略)私たちはこんごもう君を見ることも聞くこともあるまいと考えると、眼がしらをそっと指先で押えたいような気がする。」

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    2026年05月16日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    遠い昔、この本を原作にしたルキノ・ビィスコンテイ監督の映画を見ていて、いつか読みたいと思っていた。美少年ビョルン・アンデルセンがずっと印象に残っていた。改めて読んでみると、小説の少年とアンデルセンには全く違和感なく、彼だからこそ映画化が実現したのではないかと思う。なんて、映画中心の感想になってしまいました。

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    2025年12月09日
  • 魔の山 下

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    ネタバレ

    上巻に引き続き、サナトリウムで過ごすカストルプ
    いつのまにか従兄弟よりも施設に馴染み、さまざまなことに興味を持ち楽しんで過ごす
    従兄弟のヨーアヒムは、ここの生活、治らない自分に苛立ち、早く普通の生活に戻らなければとあせっていく
    やがて、ヨーアヒムはついに医師の忠告を振り切り、軍隊に帰っていく
    月日がたつにつれ、季節はうつり変わりにそして、カストルプは植物に興味をそそられ
    瞑想にふけり、セテムブリーニやナフタの宗教や、思想に耳を傾け、サナトリウムに溶け込んでいく、怖いくらいに‥
    もうこの世界から抜け出したくない
    抜け出せなくなっていく
    まさに魔の山
    雪山で遊びながら遭難しかけたり、周りの人々との関わりの中でさまざまな感情を捏ね回す
    どんなにあがいても、サナトリウムの中でのこと
    で、守られていることに気がついていたのだろうか
    やがて最愛の従兄弟が帰ってきて、最後の別れとなるあたりから、ますます魔の山に飲み込まれていく
    サナトリウムの壁のような存在になるまでには
    何年もの歳月が必要ではあったけれど
    それは
    「長き間の束の間」

    思想や宗教に関する話にはなかなかついていかれないがそんな話の中にも現実みがないような
    狭い世界での討論に聞こえてせつなくなる
    そして突然迎えるカストルプの転機
    これは、作者の作品の中断にも関わっているのだろうか?
    第一次世界大戦と言う悲惨な歴史の中に主人公を放り投げ、物語もまた投げ上げてしまった
    当時の世界情勢に飲み込まれていくようで
    これもまたせつない

    サナトリウムでの、出来事のあれやこれは
    なんだか楽しく読めたので、満足

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    2025年04月06日
  • 魔の山 上

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    ネタバレ

    まさに魔の山
    いろんな意味で!
    一人の青年が就職の前に少し休養するつもりで訪れたサナトリウム
    従兄弟が長い間療養していたため
    ほんのお見舞いのつもりで‥
    はじめは会う人それぞれの病状をまさに人ごととして捉え、同情し、自分とは違う世界のこととして馬鹿にしたような態度をとる
    が、しかし
    彼もまた同じように病んでいたのだ!

    そしていろいろなものに影響されていく
    死を間近に見て、人々やドクターとの関わりから
    生命を、人体を学びはじめる

    そしてそしてさらに恋も!
    もう大丈夫?って思うほどの思いつめかたをして
    支離滅裂になっていく姿は怖い
    狭い世界の中で
    心までも病んでしまいそうな日々
    はたしてこの後どうなるのか?
    日常に戻れるのか?

    かなり時間がかかる読書となったけど
    じっくり読まないと理解できなくなるので
    また下巻もじっくり読みたい
    また時間がかかるんだろうなあ
    魔の山に取り憑かれた自分がいる

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    2025年03月30日
  • 魔の山 上

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    ひょんなことから滞在するようになったサナトリウムで出会った人物や風景、出来事の細かな描写のすごいこと。 当時の人間も今と変わらず思案を巡らせ感じていたのだと改めて思う。

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    2024年12月11日
  • 魔の山(上)

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    北杜夫が好きで、北杜夫が松本高校時代に望月市恵先生に薫陶を受け、トーマスマンにのめり込んだ話を何かで読み、遂に読んでみた。難しいぞ
    100分で名著のテキストも買ったので、照らし合わせながら読んでみる。

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    2024年10月13日
  • 魔の山 上

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    『100分de名著』を見て読み返すことにした。40年前以上に読んだ記憶はあるが、ほとんど覚えていなかった。
    しかし、翻訳が悪すぎてストーリーが頭に入ってこない。小黒先生の話を聞いていたからかろうじて理解できた。まるで機械が翻訳したような直訳調、不自然な会話文。翻訳研究が進んでいなかった戦前に翻訳されたことを思えば致し方ないのかもしれないが、1988年の改訳ではいったい何を改めたのだろうか?すぐれた文学作品であるだけに残念。読み始めてしまったから下巻も読むしかないのだが、新潮文庫の高橋訳にすべきだったと後悔している。

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    2024年07月01日
  • 魔の山 下

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    セテムブリーニとナフタの論戦が所狭しと繰り広げられるが、肝心の登場人物たちの造形は、いささか記号的人物のように感じられて仕方がない。/

    第一に主人公ハンスだが、ショーシャ夫人に心惹かれるが、彼女がいったん山を降りると、手紙のやり取りで恋情をつのらせることもなく、たちどころに夫人を忘却の彼方へと打ち捨ててしまったように見える。
    また、『八甲田山』ばりの死の行軍に足を踏み入れるも、肺に浸潤を抱えているにもかかわらず、生還後に深刻な病状悪化があった様子など微塵もない。/

    第二に従兄弟のヨーアヒムにしても、明るくて豊満なマルシャに惹かれるが、胸の内を告白するでもなく、ハンスに恋の悩みを打ち明けるでもなく、とうてい血の通った人間とは思えない。
    おまけに、彼自身はさほど興味を持ってはいないはずのセテムブリーニとナフタの論争を聞くために、従兄弟に毎回つきあってやるというのは、軍人として生きるのを志す人間にはおよそあるまじき救いがたい主体性のなさだ。
    彼はなぜ、ハンスとは別行動をとって、可愛いマルシャが視界に入る範囲内で、時を過ごさなかったのだろうか?
    このような彼の行動は、彼がハンスを愛しているという場合以外には、およそ考えられないものだ。
    ずっとそういう不満を抱えながら読んでいたので、自らの死期を自覚した彼が、初めてマルシャのかたわらに立った姿は感動的でさえあった。/


    この物語、僕はどうしても感情移入して読むことができなかった。
    愛すべき人物が一人も見出せないのだ。
    マドンナ、ショーシャ夫人にしても、彼女はなぜいつもドアを「ガチャン、ガラガラ」と開け閉めするのだろうか?
    少しでも自らの美しさを意識している女性なら、普段の立ち居振る舞いにも当然それにふさわしい細やかな気配りがなされてしかるべきではないだろうか?
    キルギス人のような細い眼をはじめとする彼女の描写にも、この女性ならハンスが虜になるのも当然だと読者が納得するだけの魅力は感じられない。/


    セテムブリーニとナフタの論戦についても、なにしろ顔を合わせるたびに角突きあっているので、小型犬がキャンキャン吠えあっているようで、もとより『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」には及ぶべくもない。/


    【しかし、ナフタの世界とヨーアヒムの世界とになによりも共通していたものは、血にたいする二者の関係で、手に血ぬることをおそれないという原則であった。

    ー中略ー

    この神殿騎士修道会士たちは、信仰を持たない人々との戦いで死ぬのを、ベッドで死ぬのよりも名誉な死であると考え、キリストのために殺したり殺されたりするのは罪悪ではなく最高の名誉であると考えたのであった。】/


    マンは、終盤のハンスとショーシャ夫人の別れにはほとんどふれずに、しまいには「こっくりさん」と降霊術のエピソードにページを費やしている。
    彼がいったい何を書きたかったのか、僕にはさっぱり分からない。
    どう考えても、あれこれ盛り込み過ぎではないか?
    どうやら、マンは「鉛筆」はどうにか借りたものの、「消しゴム」は持っていなかったようだ。/


    終盤まで読んで来て、どうしてもビュトールの言葉を思い出さざるを得なかった。/

    《偉大な作家とは、登場人物に存在感をあたえられる人、つまり登場人物のひとりひとりにそれぞれ一つの声をもたせられるような人のことです。》(ミシェル・ビュトール『即興演奏』)/

    僕には、この物語に描かれた人物たちがそれを獲得しているとは到底思えなかった。/

    おそらく作者であるマン自身も、そのことをうすうす感じていたのではないだろうか?

    【つづられたこの詩は必ず忘れられてしまうだろう、ちょうど夢をおぼえていることが困難であるのと同じように】(本書第七章)

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    2024年05月15日
  • 魔の山(上)

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    何か特別なことが起こる(上巻の最後ではちょっとしたことがあったが)わけでもないのに、知らぬ間に療養所の毎日に引き込まれてしまう。
    この小説は「教養小説」と呼称するのだそうだが、確かに医学などのかなり専門的な記述などもあって、それらが主人公の成長を促しているものの一部になっているということなのか。
    下巻で展開がどうなって終末に向かうのか見届けたい。

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    2024年04月18日
  • 魔の山(上)

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    魔の山の「魔」は魔法の魔。私は悪魔の魔だと勘違いしていたが、英語ではmagicと訳されているらしい。

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    2023年09月28日
  • 魔の山 上

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    長い上に難しい言葉も多かったので若干読みにくかったです。注のところも多くて読み返すのが大変でした。ですが結末が気になるので下巻も読もうと思います。

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    2021年10月29日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    厳めしい文学者、貴族の称号を持つグスタフ・アシェンバハはある日の散歩途中、突然旅への誘いに見舞われた。理性的な彼は芸術に倦んで、疲れたからだ。はたして、内面の旅でもあり、ヴェニスへ導かれる旅の始まりだった。

    映画「ヴェニスに死す」を私は先に観た。よくわからなかった。

    その後、ヴェニス、すなわちヴェネツアを訪れたことがある。まるまる2日間、街を、路地をさ迷いサン・マルコ広場でゆっくりとし、リド島にも渡った。

    行ったと行かないではかくも認識がちがうものものなのか。当然だが文学「ヴェニスに死す」は描こうとしているころのものが、ヴェネツアの風物と深いかかわりを持っている。

    行った人はわかるだろう、水に浮かんでいるまぼろしのような古い建物、丸い屋根。あの運河の臭気、ゴンドラのまがまがしさ。100年経っても変らないその姿。

    「ヴェニスに死す」だから、最後は死ぬのだが何ゆえにか?文学の香ただようミステリーと言ったら失礼だろうか。芸術もミステリアス。

    ギリシャの時代から極めてきた美の究極はどこにあるのか。感性は理性をも覆うのか。若さに老いは脆いのだろうか。

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    2021年09月10日
  • 魔の山(下)

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    まさかの結末に、とにかく衝撃。あんな終わり方するなんて、これまで連綿とただただ綴られた物語の幕が、一瞬にしてスパンとシャットアウトされたような、とにかく嘘でしょって言いたくなる終わり。物語自体は面白いとか、つまらないとか、そんな感情なくただただ日常を歩むように紡がれている。今まで読んだことのないタイプ。
    強いて言うなら、下巻よりは上巻の方が好きかも。

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    2020年03月07日
  • トーニオ・クレーガー 他一篇

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    うーむ、やはり病み上がりの状態にはフィットしなかったのかなぁ、、、好意的評価に満ちておりますが、あんまりピンと来なかった、正直に申し上げまして。
    海外モノによく見受けられるのですが、文章のグルーブ感が決定的に欠けていて、引き込まれて行かないんですよね。もう少し体調が良くって、落ち着いた環境で読めばその感想も変わってくるのかもしれないでけれども。
    あと、前評判が高かったので、微妙な受け止め方のズレが最終的に大きくなってしまったのかも。
    別の機会に改めて再読ですかね、本作は。

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    2019年05月05日