トーマス・マンのレビュー一覧
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ネタバレ機会があって少し触れたところ、想像以上の面白さに一気にすべて読み切ってしまった。繰り返し読みたいと感じさせる作品で、今後愛読書になりそうである。
「マーリオと魔術師」についてもその巧みな描写力に圧倒され、まるで自分もその場で催眠術にかかっているかのように空気にのまれながら、マーリオの登場と結末に向かうピンと張り詰めた空気に触れさせられたが、何よりも「トーニオ・クレーガー」が秀逸だった。言葉によるソナタと言う表現は的確で、完璧に構築された全体のなかでモチーフが美しく用いられ、心に迫った。貴重な作品である。
この作品から我々が受け取るものは数多くあるだろうが、その中で「若きウェルテルの悩み」と通じるものが挙げられているのは非常に妥当だと感じる。この作品が「若きウェルテルの悩み」であり、また「人間失格」であると私には感じられた。
文学に通ずる人からは批判されてしまうかもしれないが、おそらく当時の若者が「新世紀エヴァンゲリオン」を通して碇シンジから受け取ったものも、これと同種のものであったのだと私は考える。そしてまた、そのような受容の仕方が現代の世代(ハルヒ以降)の事後的なエヴァンゲリオンの受容の中には見られず、単純に碇シンジを軟弱な他者、旧エヴァを難解で未完成の作品ととらえる動きの中に、作品と人間の関係性について考えるべき問題点が潜んでいるように思われてならない。 -
Posted by ブクログ
堪能しました。
人文学者で合理主義者、ハンス・カストルプの師であるところのセテムブリーニの長々しい語りだけでも充分興味深かったのに、彼に強烈なライバルが現れる。
イエズス会の会員であり、宗教のためならテロやむなしとするナフタ。
この二人がそれぞれハンスを自分の陣営に引き込もうと語る語る。
ふたりに挟まれた形のハンスは、お互いに極論ばかり言わないで、何とか妥協点を見つけることはできないのだろうかとこっそり思うくらい。
現在の日本に生きる私は、やはりセテムブリーニの言い分の方が近しいと思える。
人間の尊厳であるとか、文学が持つ力であるとか、注意深く政治を見つめることとか、経済の重要性とか。
神の前にはすべてが等しいというナフタの理論は一見素晴らしく思えるけれども、神のためなら自分の命も他人の命もなんということはないという、テロリズムを容認するような考えは、宗派を問わずとても恐ろしい。
けれど、それが宗教の中心にあった時代は確かに存在し、それはキリスト教だけではなく、日本にだってあったのだから、まさに人間の問題なのかもしれないと思えてしまったり。
この二人のやり取りで格段に面白くなってきたぞと思ったら、もっと上を行く強烈な人物ペーペルコルン氏登場。
とにかく主語と述語がかみ合わないというか、文章を最後まで言わないで次の文脈に進んでしまうので、読んでも読んでも何を言っているのかわからない。
実際にそばにいたら、絶対イライラすると思うけれど、よくわからないことを自信たっぷりに語る大金持ちでやりたい放題のペーペルコルンは、なかなかに憎めなかったりする。
それが、唐突に療養所に持ち込まれた蓄音機によって、音楽について語られる章があり、心霊術の章があり、終焉に向けて一気に物語が動き出す。
ドイツ人であるトーマス・マンにとって、民主主義は最初単なる政治形態にすぎなかったのだが、第一次世界大戦後に民主主義と人間性の尊厳が結びついたとき、ナチスに抵抗する者としてアメリカに亡命するに至るのだということを解説で読み、改めてセテムブリーニとナフタのやり取りが重みをもって迫ってくる。 -
Posted by ブクログ
サナトリウムという特殊な閉鎖された状況下で主人公が様々な経験を通じて肉体的・精神的に成長する様を描いた教養小説。
哲学的な内容から宗教、民主主義、失恋などテーマが盛り沢山で読み始めは難解なものかもしれません。難しいとお感じになられた方は「時」の流れに注目しながら読み進めることをお薦めします。何と言おうと物語の舞台が世俗と切り離された空間なのですから。
一度読むだけでは理解しきれないほど奥が深い作品です。幾度と読む度に新たな発見があることもこの小説の魅力と言えましょう。
内容が難解で文量が多いため敬遠される方もいらっしゃいましょうが、声を大にして読んでほしいと言える傑作です。 -
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とてもよかった。
まずは、表題作『トーニオ・クレーガー』から。
繊細で、感傷的で、扱いにくいこの感情を、何と呼ぼう。
しかしその危うい心を、柔らかに緩やかに収束させるラストに、ほっとさせられる。
「つまり、いまそこに座っているあなたはね、なんのことはない、要するに〈普通の人〉だってこと」
トーニオが言われたこの言葉に、ショックを受けない少年少女が果たしているだろうか!
そう、トーニオも迷子なのだ。私と同じように。彼もまた、〈迷子になった普通の人〉なのだ。
そんなトーニオは、ささやかな故郷への旅に出る。そしてそれは、小さな決別と、大きな決意の旅となる。
「危険をものともせず、偉大でデモーニッシュな美の道を行き、〈人間〉を見下す誇り高い冷静な人々にぼくは敬意を払っている――。でも、羨ましいとは思わない。なぜなら、もし物書きを作家にできるものがあるとすれば、それこそが、普通の人であるぼくの愛――人間的なもの、生き生きとして、平凡なものに寄せる愛なのだから」
物語のラストで告げられるトーニオの決意は、まるで静かな祈りのようだ。
『マーリオと魔術師』も、とてもよかった。
悪魔的な人物の気味の悪さとその魅力を、じわじわと見事に描いた佳作。
美しくて悪魔的な人物、というのはそう珍しくない。しかし、醜悪で、くたびれていて、不機嫌そうな悪魔的人物というと、これは難しい。
しかし、この作品はそれをとてもよく描いていて、面白かった。その人物が登場するまでが単調に思えてしまうものの、それからの筆の乗り具合が素晴らしい。雰囲気に飲まれる一品。 -
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サークルの後輩が卒論の題材にしてる(トニオクレーゲルの方)ということで読んでみました。
ただ外国の純文学は初めてだったので、特にヴェニスに死すの方はかなり読むのに苦労が。
ただ、これは…面白い!
正直作品全体の命題とかは全然把握しきれないんですが、示唆に富んだ言葉や表現の密度が桁違いで、凄まじく刺激的な時間を貰えました。
こういう本は何回も読み返すことが理解する上で前提な造りだと思うので、じっくり読み込んでいこうと思います!
この詩は完成せず、十分に仕上げられず、また、悠々として何か纏まったものに刻み上げられることがなかった。彼の心は生きていたからである。
後輩の卒論考察が楽しみだ。 -
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ネタバレ≪内容≫
『トニオ・クレーゲル』
孤立の苦悩と、それに耐えつつ芸術性をたよりに生を支えてゆく青年の物語。
『ヴェニスに死す』
水の都ヴェニスにて、至高の美少年に魅せられた芸術家の苦悩と恍惚を描いた作品。
≪感想≫
ヴィスコンティ監督の「ヴェニスに死す」がこの秋、ニュープリント上映されている。銀座テアトルシネマに職場がほど近く、原作を一度読んでから映画をみようと思い、本書を手にとった。
マンの初期の代表作2編。どちらも芸術家あるいは文士を主人公に据え、芸術とは何かを徹底的に追求し苦悩する姿を描いている。
「ヴェニスに死す」は映画のイメージ(というか、ビョルン・アンドルセンのイメージ)が頭から離れず、独立した作品として読めていないとは思うが、それでも良い意味で、映画が原作のイメージを高めてくれたような佳作だと感じた。少女ではなく少年に魅了され、自滅に至る姿がとても面白い。もう手に入れることのできない刹那的な美への憧憬には、なんというか「凄み」を感じる。
本書にはもう一作、「トニオ・クレーゲル」が収録されていて、これが非常に面白い作品だった。「ヴェニスに死す」と同様に芸術家の苦悩がテーマとなっているが、アシェンバハが崩壊に向かう一方で、トニオのほうは苦悩の先に芸術家としての新しい地平を見出していく。トニオが故郷の街を訪れる場面やハンスやインゲボルグと再会する場面が非常に悩ましく、その中で揺さぶられるトニオの心情が痛いほど伝わってくる。
この物語にもっと早く出会っていたかったと思う一方で、今だからこそ感じ入るものがあったのかもしれないとも思う。何度も読み返してみたいと思わせる、良作。 -
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言い忘れていました。この2篇に関しては、岩波文庫よりもこの新潮文庫の訳文のほうに、私は慣れているのでした。そして、岩波の「トニオ」に載せた「リザヴェータさん」はこっちのほうで、つまり岩波では「リザベタさん」でしたね。やっぱり、リザヴェータさんのほうがいいな。その1点だけでも、こちらを私の底本にしたいと思います。さて、まだ『魔の山』や『ブデンブローク家』のことを載せていないではないか、と言われそうですが、あれらには、まだ登攀していないのですよ。逃げるつもりはありませんけれど、きっとそのうちに、ね。約束します、運命の女神の許す限りにおいて。