トーマス・マンのレビュー一覧

  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    トーマス・マン。
    とにかく長大・重厚な作品を書いた大作家という印象だが、本書は比較的ボリュームの軽い、中編を2編収める。
    とはいえ、ここにも「過剰なる叙述の片鱗」と言ってもいいような、詳細かつ細部に分け入っていく、畳みかけるような描写がある。
    2編に共通しているのは、「決して混じりえぬものへの憧憬」とでも言えようか。。

    『トニオ・クレーゲル』は一人の芸術家の半生を描く。謹厳な父に、異国から嫁いだ、夢見るような母。周囲に完全に溶け込むことのない一対の観察する目のような少年時代が印象的である。少年トニオが愛したハンスは、トニオよりも乗馬友達の方がお気に入りだ。長じて詩人となったトニオが女流画家に当てた手紙はそのまま、マン自身の芸術論であるように思える。
    『ヴェニスに死す』では、気分転換にと大作家がヴェニスを訪れる。やはり旅行に来ていたポーランド人一家の中に、端正な顔立ちの少年がいた。ギリシャの美少年を思わせるような中性的な美しさを愛で、老作家は密かに見つめ続ける。生ぬるい風に消毒薬の匂いが混じる。死の伝染病が流行しているが、当局が伏せているらしい。この地を去るべきだと思いつつ、少年に魅せられた作家は、そこを離れることができない。

    「美」を見出し、描き出すのは「芸術家」だが、「美」そのものを体現するものは、それを描写する必要を持たない。「芸術家」は「美」の一番の理解者でありながら、「美」自体になることはできない。「美」は自身が「美」であるがゆえに、「芸術家」が「美」を求め、それを捉えようと苦しみ、遂に手中にする喜びを、真に理解することはない。
    かくしてこの片恋は、永遠に片恋のまま。
    『ヴェニスに死す』では、間接的にではあるが「美」への愛のため、「芸術家」は命を落とす。ある意味、幸福な結末であるようにも見えるし、辛辣な喜劇のようにも見える。途中からは引き返せない道であることがありありと見えることから、一直線に奈落へ落ちていく悲劇のようにも見える。
    読むたび印象が変わりそうな、万華鏡のような不思議な世界である。


    *トーマス・マンといえば思い出すのは北杜夫。敬愛するマンの「トニオ・クレーゲル」から筆名を「北”杜二夫(とにお)”」とし、読みにくいため「杜夫」に改めたのはよく知られる話。代表作の1つである「楡家の人々」もマンの「ブッデンブローク家の人々」に影響を受けたものとのこと。

    *「ヴェニスに死す」は学生時代にヴィスコンティの映画を見ました。当時は、不健康で退屈、と思ったのですが(^^;)、先日、オペラ仕立てのものを見たら存外おもしろくて原作を読んでみる気になりました(映画とオペラの作品の出来不出来ではなく、自分の方が年を取ったということだと思うのですが)。

    *水の都、ヴェニスは、実際に感染症の蔓延に悩まされていたんでしょうかね。このあたりもちょっと追ってみたいような。

    *マンは後年、反ナチスの姿勢を明確に打ち出していきます。金髪・碧眼という本二作で描かれる美の象徴はそのまま、ヒトラーの賛美した「アーリア人」的容貌であるようにも思えます。その重なりが余計に許せなかったのかもしれない、とちょっと思ったりします。

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    2015年08月13日
  • 魔の山(上)

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    本当は岩波文庫で読もうと思っていたんですが、新潮文庫に日和ってしまいました。
    それでも、読むのは大変でした。
    なにせ長い!

    読む前は、なぜいとこが療養しているサナトリウムに3週間も見舞いとして滞在するのか、そこが疑問でした。
    だって、結核って伝染病でしょ?
    なんで見舞いに3週間?

    見舞いと言えば見舞いなんですけれど、ハンス自身も体調があまりよくないというので、転地療養をするように医者に言われて、いとこのいるサナトリウムに来た、と、そういうことでした。
    それにしても体が弱っている時に、結核患者のたくさんいる所へ来るという時点で彼の運命は決まってしまったと言えましょう。
    3週間後、彼は見舞客から患者になってしまうわけです。

    しかし、初対面の時から何度も折に触れセテムブリーニは「山を降りるように」と彼に言い続けていたのです。
    なぜ彼は降りなかったのか?

    彼は常に周りを見下しているのです。
    下層階級である。知性がない。見目麗しくない。
    つまり、自分とは別であると。
    しかし、ハンスは自分を客観的に見ることはできていない。
    世間を知らないし、自分を知らない。事実ではなく、自分の脳内で思い描いたことを見ているだけだから。

    そんなハンスにセテムブリーニはいろいろなことを語ります。
    文学、政治、歴史、生物、天文、宗教、恋愛。
    それに対してハンスは反発を覚えながらも、耳を傾け、いろんなことを学んでいくわけですが、やはり山を降りようとはしない。

    恋に落ちてしまったんですね。
    それもかなり一方的な、妄想まみれの、独りよがりの。
    どこまでも独善的な男です。

    そして、山の生活。
    自由といえば自由。不自由といえば不自由なその生活とは、1日5回の食事(第一朝食、第二朝食、昼食、ティータイム、晩餐)、そのあいだ間に挟まる散歩と安静(昼寝)の時間。
    夜、読書灯の下で本を読み、疲れたら窓の外を眺めるとそこには満天の星。
    そりゃあ、山から降りませんよ。私でも。
    まさに取り込まれています。魔の山に。

    セテムブリーニの語る言葉が、とにかくわくわくするほど読み応え満点。
    クロコフスキーの精神分析部分が意外にあっさり終わってしまったけれど、下巻で再び取り上げられるのでしょうか。
    難しいけど、面白い。
    下巻も楽しみ。

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    2014年10月16日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    ドイツの作家トーマス・マンが1903年に発表した"トニオ・クレーゲル"と1912年に発表した"ヴェニスに死す"を収録。どちらも映画されており、特に"ヴェニスに死す"は有名な作品です。どちらも芸術家を主人公にした作品で、作中ではそれぞれが苦悩する姿が描かれます。"トニオ・クレーゲル"は、作者自身の自伝的内容らしいが芸術に対する苦悩と思春期特有の苦悩が上手く結びつきあって、彼の独白に共感しやすさを持たせていると感じた。"ヴェニスに死す"は同性愛(BL?)的な視点で読んでみるのも一興かと。

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    2014年06月30日
  • 魔の山(上)

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    時々思想部分が難しく読みづらいところもありますが、それでも不思議と話に吸い込まれて夢中になって読めました。
    下巻も楽しみ。

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    2013年11月13日
  • 魔の山 上

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    上巻は3日、下巻は読み終えるのに1ヶ月半もかかってしまった。
    なんと切り口の多い作品。。
    まだ完全には消化しきれていない状態でこの文章を書いている。

    こういった間口の広い作品は、
    フィニッシュをどこに持ってくるかという問題があり、
    巻末の解説でも書かれているように、
    実は作者自身も明確にはそれを決めずに書き始めて
    流れに身を任せたようだが、
    個人的には最終章の決闘のシーンが終わった時点で
    充分な満足感が得られ、
    あとはどう結論をつけても何らかの片はつくだろうと感じたので、
    それだけに、このフィニッシュには少々不満が残った。

    他の人はどう感じたのか気になったので色々とレビューを読んでみたが、
    まあ「時間の扱いが見事な作品」「精神論の教養小説」などと
    評する人の多いこと。。
    これだけ切り口の多い作品に対して、特に印象に残ったのがそこ?
    感性が拙いとしか言いようがない。
    そのような中学生の読書感想文レベルの感想にしか消化できないような
    内容の薄い作品では決してない。

    まず、舞台設定の見事さだろう。
    標高1600メートルの山上にある高級療養施設。
    抑圧の強い地上の現実世界から隔離されていて、
    病気と死がいつも隣り合わせ、建物の周辺は自然に恵まれ、
    気候変化が激しく四季に捕われない季節感があるという、
    筆力次第で様々な非現実性を創出しやすい舞台。
    見事な設定だ。

    また、この作品を難解と感じさせる要因として、
    第6章のセテムブリーニとナフタの激しい会話のやり合いがある。
    精神と自然、病気と死、革命と伝統、自由と秩序。
    色々詰め込んでいるが、
    メルヴィル「モービィ・ディック」のような、
    ただ単に詰め込んだだけで、
    その事が全く何の効果も成していない駄作とは違い、
    この作品は「詰め込み」が作品と綺麗に調和し、
    芳醇な広がりを演出している。

    しかし何と言っても、この作品の一番の読ませ所は
    各シーンの起承転結のつけ方だろう。
    過剰なまでの精神論、政治論、宗教論の応酬、
    気まぐれに表情を変える美しい自然の描写、
    音楽の与える高揚感、
    様々な方法を駆使してクライマックスまで持っていき、
    感情が最高潮にかき立てられた所ですぱんとシーンがカットされる。
    この切り方が実に見事で、この読後感だけでも
    読んで良かったと思わせるものが充分にある。

    こういった粒ぞろいの各章を全体として俯瞰したとき、
    上記「時間の扱い」「精神論」が作品に与える深みにも
    唸らせられるのであって、
    この作品を「時間に関する小説」「教養小説」などと単純に
    一面的な部分を切り取って断定するのはナンセンスである。

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    2013年06月15日
  • 魔の山 下

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    下巻に入ると俄然興味深くなってきた。フリーメーソン会員であるセテムブリーニとイエズス会士のナフタによる論戦は20世紀初頭の時代精神を感じさせるし、そうした形而上学的議論を吹っ飛ばすペーペルコルン氏のわかり易い器の大きさとその退場の仕方は現代的だ。物語は「人間は善意と愛を失わないために、考えを死に従属させないようにしなくてはならない」という言葉が感動的な「雪」の章の後、緩やかに下山するかの様に死の景色が強くなるが、先の言葉を思い返すことでその景色を越えていくのだ。そして物語の時は止まり、私達の時が動き出す。

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    2013年04月03日
  • 魔の山(上)

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    全2巻。ドイツ文学・教養小説の傑作。主人公のハンス・カストルプは、いとこを見舞う目的で訪れた結核療養施設で三週間の滞在を予定していたがいつの間にかそこが彼の安住の地となる。下の世界とは隔絶された施設での平穏な、しかし生と死が絡み合った濃密な生活の中で彼は時宜を得た教育者によって哲学的な思索を深化させ、自己形成を図る。そして物語のどんでん返しはまさしく晴天の霹靂のごとく訪れた。この小説の世界にはドイツ的気質が横溢しているように思われる。一言でいえば堅苦しく、展開される思想は難解で読みすすめにくい。だがある場面においては、特に数少ないショーシャ夫人と主人公との間に交わされる会話の場面ではあたかも眼前に無限の時間が流れているかのように没頭してしまう。ラスト数ページで展開されるどんでん返しの場面においても然りである。傍観し続けた主人公の人生は悠久の歴史の中に収められるようでもありまた一瞬の刹那の出来事のようにも錯覚される重厚感にあふれる小説である。

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    2013年02月24日
  • トーニオ・クレーガー 他一篇

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    『芸術』と『生活』の対立に悩む主人公を描いた青春小説。
     
     多感な青春時代に読んでいれば、あるいは何かの影響を受けたかもしれないけれど。
     三十路手前の今となってはすでに手遅れという感もあり。

     もっとも青春とは心の若さという説もある。
     思い悩むだけの情熱がまだ残っているかどうか、試してみるのも一興だろうか。

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    2013年01月06日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    薦められて読んでみた本。面白かったなあ。
    芸術か実生活か、直感か理性か…

    『魔の山』の時にも感じていたのだが、トーマス・マンの筆致は強くてシリアスでありながら、どこか諧謔的で、一寸とぼけたようなところがあると感じるんだよね。そこが好き。テレビ「ドラゴンボール」のナレーションみたいなところがありはしないか?
    満足です。
    そして、推薦者がコレを推す意義もひしひしと伝わってきました。

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    2013年01月04日
  • 魔の山(上)

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    時間とは何であるか?
    生命とは?有機体とは?
    人類、人種とは?病、死とは?
    愛とは???

    人文の総体みたいな本だな。面白い。そして長大!下巻が待ってる…

    シリアスがコメディで、コメディがシリアスっていうね、表裏一体。悲劇も遠くから見ると喜劇ってやつですか。
    話の舞台が舞台なだけに、ブラックユーモアもちらほら。痛快ですらある。

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    2012年11月26日
  • トーニオ・クレーガー 他一篇

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    表題作は、これこそ今の自分にぴったりだと思った作品。大学生の頃に読めてよかった。
    中島敦と同じような悩み方だと感じたが、これはドイツ人と日本人の気質が似ていると言われているのと何か関係があるのだろうか。

    「マーリオと魔術師」はやや古めかしい感じも受けたが、政治と文学についても考えさせられた。今の日本においても、読まれる価値はあると思う。

    内容もそうだが、挿絵も素敵で、手元に置いておきたい一冊です。

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    2012年11月17日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    ヴィスコンティの映画は大好きで、初原作。いつか読もうと思っていたもの。
    やっぱり原作秀逸。映画の映像美はいわずもがなだけど、こちらはこちらで面白いというもの。
    トーマスマンは初めて読んだけれどもこのねちっこくてどこまでも深い穴倉のなか。みたいな感覚すき。
    美に対する哲学というか思想?。この羨望の気持ち、よく分かる。
    激しい葛藤、世紀末のような大混沌。ひとから見れば恐ろしいほどに滑稽。

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    2012年11月14日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    二作カップリング本。
    どちらも芸術家の苦悩を描いているが、質が異なる。
    前者は若い作家が「文学とは、創造とは?」と思い悩むが、
    後者は分別のある大成した老作家が旅先でトラップに嵌まってしまう話。
    読み比べるのも楽しい。
    ところで、学生時代、サークル仲間に「貸して~」と請われて渡したこの本、
    とうとう返ってきませんでした。
    借りたものを返却しないまま音信を絶つってぇのは、どういう了見なのかね?
    で、後日、岩波文庫の『ヴェニスに死す』を改めて購入したのでした。

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    2012年09月24日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    ネタバレ

    ある芸術家の生き様の軌跡。
    肥大化し膨れ上がった自意識、彼の思想は、極限まで高められた内省に源泉を持つ。
    凡人と才能ある人々を区別することの意味。むしろ区別するという行為自体が極めて凡人的なのかもしれない。
    悩める俗人。


    「恋が人を豊かにし、生き生きとさせることを知っていたからだった。」

    彼が愛したのは、容姿端麗で、活発な青年とブロンドのお転婆娘。彼らは詩を軽蔑する。
    彼は叶わぬ恋に身を焦がす。そしてそれが彼の内的な自己否定であり、彼らに愛され承認されることによる自己肯定への欲求なのかもしれない。

    「なぜなら幸福とは、と彼は自分に言って聞かせた。愛されることではない。愛されるとは嫌悪を交えた虚栄心の満足に過ぎない。幸福とは愛することであり、また、時たま愛の対象へ少しばかりおぼつかなくても近づいていく機会を捉えることである。」

    言って聞かせた。ここに彼の歪な愛が垣間見える。

    「春は最も醜悪なる季節なり」
    春は想い出や感情の優しい部分を引き出す。そしてそれは醜悪なことなのだ。

    「全てを理解するということは全てを許すということでしょうか」

    「認識の嘔吐と言いたいような何かがあるんですよ、リザヴェータさん。ある事柄を見抜くだけでもうそれが死ぬほど嫌になってしまう。」
    人生なんて認識の嘔吐の連続でしかない。それでも人生を愛するとはどういうことなのだろうか。

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    2012年06月09日
  • 魔の山(上)

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    内容はとても面白い。ただ一度読破しただけでは少し理解に欠けるかもしれない。
    言い回しにセンスがあるなぁ とか思いながら読破。純文学好きなら一度は読んでおいても損のない本。

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    2012年05月26日
  • 魔の山 下

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    世界史にも出てくる名著。
    正直かなり長く、読むのがしんどかったが、途中から引き込まれていったことは否定できない。
    非現実的な「魔の山」と主人公の生活ぶりは、とても面白かった。
    最後の急展開には驚いたし、生きて帰ってきていたらいいなと思う。

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    2011年11月10日
  • 魔の山 上

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    ネタバレ

    上下巻合わせて1200ページ余りながら、不思議な物語と精神論・宗教論が混ざり合い、非常に難解な物語でした。
    読み進めることが、まさにタイトルのごとく「魔の山」を登ることのようでした。。。

    と冗談はさておき、
    本書は、主人公ハンス・カストルプの結核を中心に、病気という面から「生と死」の考察と、サナトリウムという療養所のある平地と隔離された街を「時間」の考察という、2つの大きな主題から成り立ちます。
    主人公のハンス・カストルプは、優柔不断というか、自己主張の少ない青年で、従兄弟のヨーアヒムを見舞うために、3週間の予定でサナトリウムを訪れます。しかし、サナトリウムで結核と診断され、長期療養を言い渡されるも、主人公のハンスはそれほど抵抗なく、療養を受け入れます。そして、時間的に孤立した療養所に留まることになるのです。
    病気が人生観を変えたという話は、聞いたことがあると思います。病気は生と死の中間にあるものとも言えますが、病気は生の方向を良くも悪くも修正できる力をもつものなのかもしれません。
    もう一つの主題である「時間」についてですが、この時間の魔術は、私達の時代でも容易に想像できるものなのではないでしょうか。普段の社会生活の中でも、時代の潮流に乗れていないと感じたり、世のトレンドとは無縁なコミュニティしか持ち合わせていなかったりと。。。
    ある種、ゲーテとは異なる教養小説。

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    2011年11月05日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    早朝に変なことつぶやいてたらツイッターのフォロワーさんにオススメ頂いたトニオ・クレーゲル。
    ちょっと難しい言葉があったけど、勧めてもらった理由は納得しました。まあ自分は迷える俗人というか迷えるクズですけど。自分とは何であろうか?とかマジョリティーに中々属しない人なんかは共感する部分がありそうな。

    ヴェニスに死す は美しい話だけど恐ろしいなやっぱり。苦悩の追求と陶酔の狭間の文学って感じ。映画版を昔これまた人に勧められて観ました。当時はおっさんドーシタみたいに思って凄い映画だとは思ったけど中身は理解できてませんでしたけど、今は少しはわかるような気がします。

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    2011年10月09日
  • トーニオ・クレーガー 他一篇

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    マンの短編小説、『トーニオ・クレーガー』と『マーリオと魔術師』を収録。トーニオの抱える矛盾は、いままさに青年である自分にも深く共感できるものだ。その意味で、この小説には単なる芸術家の本質の問題ではなく、あらゆる青年が抱える問題が汲み尽くされていると思う。そして後者は、一種の政治小説。ファシズムという問題を予見したこの小説は、現代でこそまた改めて読まれるべきだろう。

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    2011年03月29日
  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す

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    難解。高校の時はヘッセなんかもたくさん読んだ。この、日本語訳に更に現代語訳がないと真に理解には到らない気もするけれど…それは多分、しない方がいい。

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    2011年02月24日