若年性アルツハイマーになった壮年男性のお話
映画を先に視聴済み
以下、公式のあらすじ
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広告代理店営業部長の佐伯は、齢五十にして若年性アルツハイマーと診断された。仕事では重要な案件を抱え、一人娘は結婚を間近に控えていた 。銀婚式をすませた妻との穏やかな思い出さえも、病は残酷に奪い去っていく。けれども彼を取り巻くいくつもの深い愛は、失われゆく記憶を、はるか明日に甦らせるだろう! 山本周 五郎賞受賞の感動長編、待望の文庫化。
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一人称視点で描かれているので、もし自分がアルツハイマーになったらどんな見え方をするのか、リアルさを感じる
他の人から見たら患者は意味不明な言動や何も考えていないように見えるかもしれないけど
実はその意識の中では様々な感情が渦巻いていて、ままならない状況の中での葛藤などで悩んでいるかもしれないという可能性に気付かされる
私自身、ドラマや映画を見ていても、俳優さんの名前が出てこなかったり
一度調べても翌週にはまた調べたりとか
職場でもあまり関わりのない人の名前が出てこないとかある
手書きのメモを取る時に簡単な漢字が出てこないとか
作中の日記の誤字やひらがなの表記を笑えないなぁ……
作中の日記の変遷は「アルジャーノンに花束を」を思い出した
こうやって症状の変遷が目に見える形となると、自分にまったく関係のない病気ではないという実感が湧く
そう言えば、映画では昔の師匠?とのシーンは実際にあったのか、幻覚の両方の可能性があると思ったけど
小説だとれっきとした現実のように感じた
ちなみに、出版から20年ほど経った現代
アルツハイマー病の治療は、作品が発表された当時より治療の手段が蓄積されていて、以前よりも早期発見できるようになっていたり、進行を抑える事ができるようになっていたり
また、効果的な治療薬が開発されてアメリカでは承認されたりと進歩が見えるものの
やはり本質的な治療に関してはまだまだのようだ
そもそも、認知症だれでもなる可能性がある病気なわけで
「長谷川式認知症スケール」を開発した、認知症の権威である精神科医の長谷川和夫氏も認知症になった
長谷川式認知症スケールだと自分の症状の進行度を測れないからと、自分用に別のテストをしてもらったという記事を読んだ事がある
あと、息子さんも父が認知症になった事を悲観しているわけでもなく、認知症になるくらいまで長生きできたと解釈していた気がする
癌もそうだし、認知症も長生きしたからこそなれるという、ある意味で幸せな病気なのかもしれないですね