鴨長明のレビュー一覧
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この本は、読んだ年齢によって大きく印象が変わるのではないかと思った。
著者の万物流転、諸行無常で何をか栄華を望まんや、という姿勢は、今の時代においては「負け組」の発想を容易に連想させる。
著者の、才覚が筆致から溢れるような、現代でも無駄のないと感じるテンポのいい叙述で物事への執着心の無常を説く心の裏には、
彼の出自を絡めてみると、どうにも若き日の栄達を阻まれた世間への憾みが見え隠れするように読める。
これは自分が20代であるからなのかもしれない。
注釈も初心者に便宜的で、原文自体が平易な短文なので、初めて日本の古典に親しむという目的なら適切。 -
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「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし。」
はい『方丈記』です
三宅香帆さんに乗せられてあらためて読んでみましたよ
鴨長明さんが六十を間近にして移り住んだ一丈四方の庵で書いた雑記ですな
ちなみに一丈は約3m、ちっさ!Σ(゚Д゚)
そんな大自然の小さな家(どっかで聞いた表現やな)で、和歌を読んだり、琵琶を掻き鳴らして過ごす日々の中であれやこれや考えたんですな
ロックスターか!一線を退いたロックスターか!( ゚д゚ )クワッ!!
で、このあまりに有名かつ名文過ぎる冒頭は日本人なら全員空で言えるので、おしまい(の方)の文章に注目しよう
「そのとき心更にこたふる事なし。只かたはらに舌根をやとひて、不請阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ。」
ひまめろ訳
「自分の心に聞いてみたけど、答えはなにもなかった。なんか間が持たなかったので阿弥陀仏って3回くらい言ってみた。わし一応坊主やし」 -
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この本は、『方丈記』を解説した本です。
前半は『方丈記』の訳文・原文・解説の3点セット。後半は各論として、鴨長明の生涯と、災害を経て無常に至った長明の思想について解説されています。
参考文献が示されていたら、より興味を深掘りすることができてよかったのになぁと思いました。
さて、数々の災害を経て人と住まいの無常さを痛感した長明は、出家後に理想の住まいとして一丈四方の草庵をつくり、その魅力を『方丈記』で説きました。
『方丈記』においてわたしが最も興味深いと思うのは、世の無常の中で出家し脱執着を目指す長明自身がむしろ住まいに対して強烈な執着心を抱いているという点です。
方丈の草庵がいかに理想的であるかという点を懇々と論じ、自身でつけたタイトルも、方丈の庵を記したものであるから『方丈記』…。
執着を脱するということは到底できず、何らかの理念や思想を見出したとしても口にするや否やまたそれが執着となって現れてしまう。
その上で長明は、ニーチェの超人思想の論法ではありませんが、この矛盾を受け入れた上で自らの信じる道すなわち念仏を唱えることをひたすら突き進み行動することを、自らの『無常観』としたのではないかと感じました。 -
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「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」
の名文から始まる有名な古典文学です。
遠い昔に国語で習ったことがあるのでしょうが、全く覚えておらず、ちゃんと読んだのは初めてでした。
意外だったのは、人生観のようなものを語るのみでなく、遷都、辻風、大火、飢饉、地震といった人災、天災についても克明に記録しているところです。特に飢饉のパートはその凄まじさがよく分かる文章でした。
最近読んだベストセラーの「限りある時間の使い方」という本に、他人の目を気にせずに自分のやりたい事に打ち込むことが人生の満足度に貢献すると書いてありましたが、世俗を捨てて小さな庵を結び、自身の思うままに暮らした鴨長明の生き方は、まさにそれを実践したものだったと思います。 -
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【読もうと思った理由】
個人的に好きでよく見ている養老孟司氏が、自身のYouTubeチャンネルで語っていた。「僕が日本の古典で一番好きなのは、方丈記である。なぜなら方丈記の中には、人生で直面する災厄が全て語られている。また現代人が忘れかけている、花鳥風月の大切さにも気づかせてくれる」と仰っていた。
日本三大随筆にの一つにも数えられている「方丈記」を恥ずかしながら最後まで読んだことが無かったため、この機会に読もうと思った。
【鴨長明とは?】
下鴨神社の禰宜(ねぎ)・鴨長継の子として生まれる。歌人として活躍し、後鳥羽院による和歌所設置に伴い、寄人(よりうど)に選ばれる。琵琶の名手でもあった。1204年(50歳)、和歌所から出奔し出家遁世する(法名は蓮胤)。『新古今和歌集』に10首入集。歌論書に『無名抄』、説話集に『発心集』がある。方丈記の成立は58歳ごろと考えられる。
・禰宜とは…神職の職称(職名)の一つである。「祢宜」とも書く。今日では、一般神社では宮司の下位、権禰宜の上位に置かれ、宮司を補佐する者の職称となっている。
・寄人とは…「和歌所(わかどころ)」の職員。和歌の選定に当たる。
【あらすじ、概略】
鎌倉時代前期の1212年に鴨長明によって書かれた随筆。『枕草子』『徒然草』と並んで三台随筆のひとつと言われている。前半は鴨長明が体験したさまざまな天変地異を記している。冒頭で「人の世は水の泡のようにはかなく変化してやまない」としてあるが、当時は安元の大火、治承の辻風(竜巻)、治承の遷都、養和の飢饉、元暦の地震が連続して起こっており、これらを具体例としてあげている。後半は、世の無常を痛感した鴨長明は、出家し、日野山に「方丈の庵(約3メートル四方)」を建て、そこで残された生涯を送ることを決意する。心をわずらわすこともない静かな生活。しかし、それに徹しきれない自己を発見することになる。
【感想及び気づき】
本書の前半部分で語られている五大災厄とは、1177年(安元三年)の大火、
1180年(治承四年)の竜巻、
同年の福原(現在の神戸市)遷都、
1181年(養和元年)から
1182年(寿永元年)へと続いた飢饉と疫病、
1185年(元暦二年)の大地震である。
こうして西暦年で見ると、10年以内の間に5大災厄全てが起こっている。
現代のここ20〜30年ぐらいとよく似ている。
1995年…阪神・淡路大震災。
2001年…アメリカで同時多発テロ。
2011年…東日本大震災。
2020年…コロナショック。
2022年…ロシアのウクライナ侵攻。
現在も、方丈記が書かれた800年前も、自分一人の力などでは、到底敵わない事ばかりが身の回りに起こっているのがよく分かる。
鴨長明が若い時に体験した災厄、つまり大火、竜巻、遷都、飢饉、地震、それぞれについての記述には、人の住居がいかに脆く、儚いものであるかがさまざまな描写を通して語られている。特にひどかったのが養和元年から2年に渡って続いた飢饉→疫病まで流行したときには、2ヶ月の餓死者を調べたところ43,200名程だったという。
いつ無くなってしまうか分からない住居に、長明はお金や時間は掛けなくなっていく。最終的に行き着いた住居(方丈の庵)について、一辺が一丈(約3m)の四角形の空間しかない。現在で言うところの、段ボールハウスということも言えると思う。そう、究極のミニマリストだ。タイトルにもなっている方丈記とは、自身の住居のことを指している。
また養老孟司氏が大切にするべきと言っていた、花鳥風月についての記述はこう書いてある。
「もし夜静かなら、窓の月を眺めてすでに亡くなった昔の友を思い出し、あたりに響く猿の声を聞いて涙する。そして、草むらの蛍を、遠くの槇の島の篝火と見間違えたり、明け方の雨の音が、木の葉に吹く風だと思ったりもする。山鳥がほろほろと鳴くのを聞いて、あれは父が母かと思ったり、峰の鹿が慣れて近寄ってくることなどもあって、いかに世間から離れた暮らしかを知る。梟の声がすればしみじみと聞き入り、山中の風光をそのときどきで味わう。」とある。
養老氏が度々自然や花鳥風月を、普段の生活の中で感じるようにと言われてから、公園で鳥の囀りを聴くと、かなり心が落ち着いていることに気づけたのは、今回の読書から得た、良い気づきだった。
「世間から遠ざかって山林に分け入る暮らしを選んだのは、仏教修行のためだった」と書かれている。なのに「都に出かけることがあって、そんな時は自分が落ちぶれたと恥じたりしてしまうこともある」と。
迷いがあるところや、葛藤しているところを隠さず、人間臭さを出しているところが、この本が800年も読み続けられている一番の理由だと感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレお見事!
方丈記をして、”日本最古の災害文学”とした時点で、本書は手に取って読んで(見て)みる価値がある。
たぶん、ちゃんと(?)読んだのも中学生の国語の授業以来か。しかも、後段になればなるほど、覚えていない。
けれども、あれから40余年が経ち、著者の最晩年に近い年代になってくると、鴨長明の述懐がなんともジワジワと心に沁みてくる。作者の年齢に近くなってこそ、分かるものの道理というものは、ある。
福原遷都の頃を思い返し、こう記す著者;
「人の心みな改まりて、たゞ馬鞍をのみ重くす。牛車を用する人なし。」
上記は、これまで貴族の乗り物だった牛車ではなく、当時台頭しはじめていた武家が好んで乗る馬がもてはやされてきたことを嘆いている文章だ。
現代に目をやれば、やれIT革命だ、働き方改革だと、なにかと新しい価値観を追い求めがちだが、果たして、スピードと利便性重視ばかりで良いものか、と考え直さなければいかねいのかもしれない。
歴史は繰り返すと達観もできるが、少しでもより良い方向に動いていけば、ゆく河の流れに久しくとどまることのないうたかたの身であっても、よい人生だったと思えるにちがいない。