ウンベルト・エーコのレビュー一覧
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西洋美術作品や書物を引用して、あるテーマにおいて人々はどんな見方をしてきたのかという事柄を問う作品。急ぎ足で読んでしまったために、理解しきれないところもあったが拾い読みでも大変面白い見解に触れることができた。
美しさ・醜さの章では、美しいとは何か。醜いとは何かを様々な時代の美醜の描かれ方を通して解明する。
美しさについて。「美の経験はいつも、私たちがその一部をなさないこと、どうしても直接参加したくないようなことを前にして、そこに背を向けながら感じるものだったように思う。美しさの経験とそのほかの情熱のかたちを分けるか細い千は、私たちが美のあいだに取る距離に引かれている(p59)」などの記述や -
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ネタバレタイトルのイメージから、デジタル化されたものに言及されているように感じるが、そうではない。
タイトルと内容はあまり関係ないように思えて、実は確かに紙の書物について言及しているので面白い。
実によく考えられたタイトルだ。
本好きの雑談。
要点メモ:
・勉強のやり方や資料のまとめ方、探し方は、それぞれをこなしていかない限り身につかない。それぞれをこなすのが最善の方法。
・一日十冊読めと記載された記事をみるたびに、その必要はないと考える。効率のよい読書のやり方は、十冊読むよりも参考文献を数多く使用している本一冊を読むことである。
・一つの物事を十の違う方法で調べて、検討するくせをつける。おのず -
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訳者あとがきで原題は「だから本好きはやめられない」というようなものと書いてあったが、そっちのほうが内容をよく表していると思う。
「薔薇の名前」のエーコと「昼顔」のカリエールが書物について縦横無尽に語りつくす。
まず、2人とも最初から電子書籍の登場で紙の書物がなくなるなんて全く、これっぽっちも思っていない。邦題にあるような危機感なんて始めの数ページであっさり否定し、その後は2大書籍おたく(笑)が本をめぐるあれこれ、うんちくを古今東西、古代から現代までにわたる広範囲にわたってひたすら語り倒す。本好き(≠読書好き)にとって「そうそう、そうなんだよ(笑)」と膝を打つ会話があちこちにちりばめられている -
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書物(冊子本)とは、車輪のように出現した時点において既に完成されたものである。つまり、書物はこれ以上進化(変化)することはない。この意味において電子書籍とは「書物」ではありえず、書物に取って代わることのできる同型の存在ではないということである。
名うての創作家・学者であるジャン・クロード・カリエールと、世紀の碩学ウンベルト・エーコの間に交わされる超ハイレベルの「雑談」には、グイグイ引き込まれつつも、思わずため息。。。
とにかく、本への情熱では彼らの右に出るものはないのであろうが、世界中の書物・読書愛好家と、あまり変わらない一面も垣間見えるのが嬉しいというか慰められること請け合いである。
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ついに、というか、ようやくというか、読み終えた、読み切った。
まずは達成感。
読書タイマーで計っていたんだけれど、上下巻合わせて、(少しずつ読んだので)174日、時間にして約35時間かかってた。
ミステリーと言われているが、それだけではなく、テイストはあるけれどその本質はミステリーではないのかな、と個人的な感想ではあるが。
分からないところも多く、分かったようで分かっていないところも多々あるだろうけど、それはそれでよしとしよう(笑) もう少し知識があればもっと楽しめたんだろうな~きっと。
「完全版」ということで、作者の覚書もかなりのボリュームで巻末に添えられてあり、また訳者の解説も読み -
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星3.8
とんでもなく読み疲れた。
それと引替えに、読後の度を終えたかのような達成感はひとしお。
・アドソが異端同士の違い、また共通点があることについて混乱し、師であるウィリアムに相談した時のウィリアムの回答が非常に面白かった。要約すれば、
「キリスト教の宗派の歴史は大河のようなもの。どれが本流でどれがそう出ないのかは流れゆく。また、それぞれの流れは別れることもあれば合流もする。
→そうだとすれば、今のキリスト教やほかの宗教においても何が正しいのかを論ずるのはもはやナンセンスであり、また所謂「原理主義」が出てくるのも不思議では無いと感じた。
・また、教育を受けた信者ではない「平信徒」という -
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物語の舞台は1327年11月。
あくまでもフィクションなのだが、実はこの日付が重要だ。時は教皇のアヴィニョン捕囚の真っ只中。教皇ヨハネス22世と神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世との確執やフランシスコ修道会の「清貧論争」が相まって、物語に奥行きを生み出している。一見すると犯人探しのミステリー仕立てだが、横糸となる『異端審問』や党派対立などについて、ある程度理解しないと話についていけない。(久しぶりに世界史の復習をした気分)。特に、日本ではそもそも基礎知識が無い“ボゴミル派”や“ドルチーノ派”など、異端審問に出てくる教派。(勉強になりました)
物語は見習修道士だったアドソの回想という形をとっている -
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1980年にイタリアで発売され、各国でベストセラーになった本書。1986年にはショーン•コネリー主演で映画化された(こちらは私も見た)。日本版刊行は1990年。著者は記号論学者。難解。でも面白くて、二週間ほどかけてじっくりと読みました。
本書は著者の構想メモなども追加収録した『完全版』で、読みでがあります。
北イタリアの修道院を訪れたウィリアム修道士とその弟子アドソ。ウィリアムは、数日前に起きた修道士の死について調べてほしいと修院長から依頼を受ける。閉ざされた修道院で起きた不可解な死。しかし、事件はそれだけでは終わらず…。
中世のイタリアを舞台にしたミステリーを縦糸にして、物語は修道院をめぐ