ウンベルト・エーコのレビュー一覧
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ネタバレ書物という切り口で、二人の知的巨匠がそれぞれの文化観や歴史観を語り合う対談(電子書籍より紙の方が、というような、タイトルから勝手に想像してしまった薄い内容ではない)。膨大な書物コレクションを有している二人だからこそ発せられる、紙に印字された書物そのものの意味や価値、というのは本当に興味深い。特に、それを読む必要は必ずしもない、というチャプターは面白い。
引用したい文章はいくつもあるが、エーコの一文。知る、知識を得る、ということが、インターネットの発展した現代においても、絶対的に必要なことである、というメッセージは、自分も耳が痛いところです。
「何かを暗記しているということが、知的な優越性に -
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西洋美術作品や書物を引用して、あるテーマにおいて人々はどんな見方をしてきたのかという事柄を問う作品。急ぎ足で読んでしまったために、理解しきれないところもあったが拾い読みでも大変面白い見解に触れることができた。
美しさ・醜さの章では、美しいとは何か。醜いとは何かを様々な時代の美醜の描かれ方を通して解明する。
美しさについて。「美の経験はいつも、私たちがその一部をなさないこと、どうしても直接参加したくないようなことを前にして、そこに背を向けながら感じるものだったように思う。美しさの経験とそのほかの情熱のかたちを分けるか細い千は、私たちが美のあいだに取る距離に引かれている(p59)」などの記述や -
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[偽の蝕み]「偽書」でありながら、反ユダヤ主義の言説に決定的な影響を与え、ヒトラーも引用をした『シオン賢者の議定書』。この文章を執筆した人物のみを架空の設定とし、『議定書』がいかに著されていったかに迫った歴史小説です。著者は、イタリアの小説家であり記号学者でもあるウンベルト・エーコ。訳者は、京都外国語大学で教授を務める橋本勝雄。
これは小説なのかそれとも小説という形式だけを借りた思想史叙述なのか......。凄まじいディティールと時代描写で、近代ヨーロッパの暗い側面の歩みが透けて見える異色作だと思います。テーマ的にも、分量的にもかなり重い読書にはなりますが、陰謀や偽説というものがいかに創り -
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史実の中に巧みに虚構を立ち上がらせるのは、ウンベルト・エーコの得意とするところ。しかしそれを単純に虚構だと割り切って読むことが出来ないのもまたこの作家ならではのこと。そのことを肝に銘じて読まねばならないと自戒しつつ読み進める。
「薔薇の名前」を初めて読んだのはもう四半世紀以上前のこと。歴史の中の「もしも」を推理小説風に描いた作品は単純にエンターテイメントとして面白く、ショーン・コネリー主演の映画も素晴らしかった。しかし時を経て読み返すと、輻輳し縦横に入り組んだ話の全体像、あるいは、小さなエピソードが意味する暗喩を一つ一つ受け止めるには文字を追う必要があると、思い直した。映像はともすれば勧善懲 -
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ネタバレタイトルのイメージから、デジタル化されたものに言及されているように感じるが、そうではない。
タイトルと内容はあまり関係ないように思えて、実は確かに紙の書物について言及しているので面白い。
実によく考えられたタイトルだ。
本好きの雑談。
要点メモ:
・勉強のやり方や資料のまとめ方、探し方は、それぞれをこなしていかない限り身につかない。それぞれをこなすのが最善の方法。
・一日十冊読めと記載された記事をみるたびに、その必要はないと考える。効率のよい読書のやり方は、十冊読むよりも参考文献を数多く使用している本一冊を読むことである。
・一つの物事を十の違う方法で調べて、検討するくせをつける。おのず -
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訳者あとがきで原題は「だから本好きはやめられない」というようなものと書いてあったが、そっちのほうが内容をよく表していると思う。
「薔薇の名前」のエーコと「昼顔」のカリエールが書物について縦横無尽に語りつくす。
まず、2人とも最初から電子書籍の登場で紙の書物がなくなるなんて全く、これっぽっちも思っていない。邦題にあるような危機感なんて始めの数ページであっさり否定し、その後は2大書籍おたく(笑)が本をめぐるあれこれ、うんちくを古今東西、古代から現代までにわたる広範囲にわたってひたすら語り倒す。本好き(≠読書好き)にとって「そうそう、そうなんだよ(笑)」と膝を打つ会話があちこちにちりばめられている -
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書物(冊子本)とは、車輪のように出現した時点において既に完成されたものである。つまり、書物はこれ以上進化(変化)することはない。この意味において電子書籍とは「書物」ではありえず、書物に取って代わることのできる同型の存在ではないということである。
名うての創作家・学者であるジャン・クロード・カリエールと、世紀の碩学ウンベルト・エーコの間に交わされる超ハイレベルの「雑談」には、グイグイ引き込まれつつも、思わずため息。。。
とにかく、本への情熱では彼らの右に出るものはないのであろうが、世界中の書物・読書愛好家と、あまり変わらない一面も垣間見えるのが嬉しいというか慰められること請け合いである。
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ついに、というか、ようやくというか、読み終えた、読み切った。
まずは達成感。
読書タイマーで計っていたんだけれど、上下巻合わせて、(少しずつ読んだので)174日、時間にして約35時間かかってた。
ミステリーと言われているが、それだけではなく、テイストはあるけれどその本質はミステリーではないのかな、と個人的な感想ではあるが。
分からないところも多く、分かったようで分かっていないところも多々あるだろうけど、それはそれでよしとしよう(笑) もう少し知識があればもっと楽しめたんだろうな~きっと。
「完全版」ということで、作者の覚書もかなりのボリュームで巻末に添えられてあり、また訳者の解説も読み -
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星3.8
とんでもなく読み疲れた。
それと引替えに、読後の度を終えたかのような達成感はひとしお。
・アドソが異端同士の違い、また共通点があることについて混乱し、師であるウィリアムに相談した時のウィリアムの回答が非常に面白かった。要約すれば、
「キリスト教の宗派の歴史は大河のようなもの。どれが本流でどれがそう出ないのかは流れゆく。また、それぞれの流れは別れることもあれば合流もする。
→そうだとすれば、今のキリスト教やほかの宗教においても何が正しいのかを論ずるのはもはやナンセンスであり、また所謂「原理主義」が出てくるのも不思議では無いと感じた。
・また、教育を受けた信者ではない「平信徒」という