【感想・ネタバレ】薔薇の名前[完全版] 下のレビュー

あらすじ

北イタリアの修道院を訪れた、バスカヴィルのウィリアム修道士と見習修道士アドソ。ウィリアムは院長から、数日前に起きた、細密画家であった修道士の死について調べるよう依頼された。それは事故ではなく殺人であった。しかも修道士の不審死はさらに続き、「ヨハネの黙示録」の記述に沿うように起きていく。そしてすべての鍵は、迷宮構造を持つ文書館に隠されているらしい……。巻末には、エーコ自身による覚書(本編刊行後1983年に発表されたもの)、執筆のために書き溜めたメモや、登場人物や建造物のデッサン等も併録した。全体を通して、故河島英昭氏に代わって(覚書については英昭氏の準備訳稿が存在した)、河島思朗氏が訳文全体を見直し(特にラテン語関連は精査)、作者による訂正、削除についても細部にわたって確認した。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

p.14 "「推論などしない。三段論法の規則によれば、<二ツノ個々ノモノカラハ何モ出テコナイ>。二つの個々の事象からは、いかなる法則も引き出せないのだ。まずは、法則を知る必要がある。たとえば、触れた者の指をくすませる物質が存在するとか……」"

p.100 "「書物というのは、信じるためにではなく、検討されるべき対象として、つねに書かれるのだ。一巻の書物を前にして、それが何を言っているのかではなく、何を言わんとしているのかを、わたしたちは問題にしなければならない」"

p.301 ”「これが紫水晶だ」彼は言った、「謙譲の鏡であり、聖マタイの純真と温和とを思い起こさせる。これが玉髄だ。愛徳(カリタ)の証であり、ヨセフと聖大ヤコブの慈愛(ピエタ)の象徴である。これが碧玉だ。信仰を讃え、聖パウロと結びつく。そして紅縞瑪瑙だ。殉教の徴で、聖バルトロメオを思い出させる。これが青玉だ。希望と観想を意味して、聖アンドレイアと聖パウロの宝石である。そして緑柱石だ。聖なる教義や学識や忍耐の証であり、聖トマスの徳性そのものである……これらの宝石の一つ一つが語りかける言語の、何とすばらしいことか」”

p.370 "「でも、どうして存在し得ましょうか、可能性を全面的に織りこんだ必然的存在などが? どのような差異が、それならば、あるのでしょうか、神と原初の混沌とのあいだに? 神の絶対的全能とその選択の絶対的自由とを肯定するのは、神が存在しないことを証明するのに等しいのではありませんか?」"

p.394 一人の修道僧を毒殺したくなった
p.439 "SF小説はおおむね純粋なロマンスである。ロマンスとはどこかよその場所の物語だ。"
p.497 "エーコは何度となく、『薔薇の名前』を書いた直接の動機は、モーロ事件にあった、と述べている。"


驚くべきことに、著者自身の手になる登場人物の素描がある。まさしくイラストである。また建造物の地図や外観図がある。学生時代にTRPGを準備していた時のことを思いだす。NPCを描き、地図を描き、シナリオを書いたものだった。

旧版と完全版との差異はなんであろうか。上巻の序文で著者が述べるところによれば、本筋ではなく、ラテン語からの引用などにとどまるようだが、訳者による「旧版解説」によれば改版のたびに改訂があったようだ。「『薔薇の名前[完全版]』刊行にあたって」では、原著2020年版には大小さまざまな修正が施されたと記されている。
内容を覚えていないにしても、せっかくの再読なのだから、それと分かるようなら差異を楽しみたい。そう考えて下巻の補足資料的な部分から読み始めたが、正解だったかもしれない。


アークナイツへの影響。ウンベルト、アドソ。ミケーレ。ブルネッロ。登場人物の名を借用。「聖山降臨1101」の物語の構造は、神の実在を疑うというモチーフにおいて類似している。現実の国家を記号化した架空の国家を配置する方法も、アフリカノ果テに謎が残されている点も、ひょっとしたら。
エンドフィールドへの影響。エンドフィールドはデータの遅延ロードを実装してマップ間の移動を高速化した。そのうちのひとつがNPC。ロード完了していない間、NPCは灰色のマネキンとして表現される。どこかで見たような表現ではあるがロードに適用された例は初見のような気がして新しいと感じた。下巻p.128にその発想の元ネタと見えなくもない表現がある。"人間の姿も、初めは灰色の亡霊のように、霧のなかから現れて、見分けがついてくるのだった。"
奈須きのこへの影響。キアラという名と存在は『薔薇の名前』から引用したのかもしれない。迷宮は小川マンションの構想に影響を与えたかもしれない。
京極夏彦は影響を受けただろうか。謎の核心という小さなプロットに、本編とは無関係、関係はあっても迂遠な知識を厚くコーティングしていくやり方に影響を受けただろうか。
ドラゴンランスへの影響。知への渇望。レイストリンとアスティヌス。


推理小説の中には、構造的な弱点を持つ作品がある。核心となる箇所がそうである場合、かなり致命的で、呆れること必至。
迷宮のルール。北方に「ANGLIA」「GERMANIA」などともっともらしい説明をつけているが、そう読むためには、部屋に割り当てられた記号を二度使用せねばならぬこともあり、好きに読めてしまう。「アフリカの果て」を示せれば良いので、雑に仕上げたのかもしれない。

謎解きを中途で切り上げることがしばしばあり、時間稼ぎを感じる。

五日目の口論。宮崎駿か押井守かという有様。まったく覚えがない。

探偵が事件の進行を止められない状況はミステリのお約束だが、探偵役に本業をもたせて、探偵業どころではないとするのは悪くない言い訳だと思える。

ノリツッコミふうに笑わせようとする試みがある。

『ムーンチャイルド』を思いだす。クライマックスにおいて、これまで語られてきたことは些事であり、未だ語られぬ重大事のために、主人公は些事を捨てて去る。ぶん投げも極まれリエンド。キリスト教の重大事の前には(読者にとって重大事である)僧院の惨劇は些事でしかないという構造。

信仰とは推し活で、推す対照は神ではなく、自信の信仰に対する考え方である。推し活者の一部がそうであるように、信仰の持ち主の一部も狭量である。公式に語られていない説を作り出すこともある。解釈にこだわる。自信の信仰の強固な裏付けとして、神と神に関わる権威を引用する。権威の引用には記憶力が有用である。ザ・人文。

クライマックス。アドソの悪夢。本筋で醸し出せなかった猟奇成分を補おうという意図か。くどいほどに長く続く。

探偵には命の危機は訪れない。訪れるのは謎に対する敗北の危機。この物語はそれを慎重にコントロールしている。

彼には企みなどなかった、間違ってそれを発見してしまった。ウィリアムは事件をそのように総括する。では、殺人が発生するたびにホルヘが黙示録の一節を呟いていたことを、読者はどう受け止めればよいのだろう。

未だに分からないことだらけだが、神秘のベールはもはや感じない。分からないことは装飾に過ぎないと理解したから。寂しいことだが、これも再読が持つ価値であろう。

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2026年05月18日

Posted by ブクログ

面白かった…。最近読んだ「百冊で耕す」に読書の醍醐味は空気に浸ることというような記述があったけど、まさにその醍醐味を存分に味わうことができる極上の空気を持つ作品でした。「過ギニシ薔薇ハタダ名前ノミ」……痺れる。
「生真面目な行為の胡散臭さを嗤う」ことが人々が共通して持つ真理を失くしてしまうことになるという考えは、「これが正解だ」と決して言うことができなくなった近年の流れの出発点のように思える。
アリストテレスの詩学第2部やミケーレ、オッカムのウィリアム、「マルゲリータ」など実際の出来事や人物との繋がりも面白い。(解説読まんとわからんかったが)
「覚書」で作者が告白している「一人の修道僧を毒殺したいという気持ちになった」という、この小説を書くことになったきっかけが面白い。そこからこの作品が出来上がる過程を思うだけで、知性を持つ人間として生まれたことの喜びを感じる。
読んでいると、修道僧という、一つの真理を共通して持つ者たちの生真面目な清貧論争を、「嗤い」ながら読みそうになっていることに気付く。それを私は会社など日常生活でもやってしまっていると、自分の生き方を振り返ってゾッとした。最近私は一つの狭い世界の真理を生真面目に信じて論じている人たちを嗤ってしまっている。「だってその真理はこの狭い集団内だけのものだし、そんなに真剣に執着してどうするの?」と思ってしまうから…

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2026年04月17日

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前版は学生の頃に読んだが、筋を追うのさえおぼつかなかった。映画版でのアドソのエピソードぐらいか。今回は、知識は足りているわけではないが、神学的観点、アリストテレスの笑いがなぜアウトなのか、フランチェスコ会とベネディクト会の違い、作品中の異端の扱いなど、そちらに興味をそそられた。名作は、様々な観点から読み楽しむことができると再確認させれらた。

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2026年03月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

笑いと真理、異端運動、間テキスト、作者の死

理性による絶対的な真理(神)の探究が、真理の存在の否定につながってしまうとしたら、中世のキリスト者はどのように振る舞うのか。ウィリアムは合理的思考と明晰な頭脳を持つがゆえに、信仰の限界に立たされている。ウィリアムは信仰者であり探偵という矛盾する役割を課せられているのである。
これを踏まえると文書館の中心が中庭になっている(なにもない、空)ことにも意味があるように思える。人間は中枢にある真理に近づこうと書物を書き、知識を積み上げてきたが、実は中心には何もないのではないか。この構造は小説の軸である一貫した意志のない連続殺人事件とも一致する。

探偵小説において探偵は徴、記号を読み取り推論を立て、背後にあった一貫した意志を明らかにするのであるが、それは探偵小説のお約束が通用する世界に限られた話なのだ。ウィリアムのように真実らしい推論を打ち立てていたとしても、実際は記号を恣意的に再構成していたに過ぎないということは起こりえる。むしろ、ミステリ好きには馴染み深い典型的な「アンチミステリー」の手法だ。面白いのは中井英夫による日本を代表するアンチミステリーである『虚無への供物』(1964年刊、『薔薇の名前』は1980年)においても薔薇が象徴的なアイテム(しかも空虚さを表すものとして)として登場していることである。

エーコはこの小説において神学的議論と殺人事件を用いて、二重に、世界を律する神の貫徹した意志、首尾一貫した理論、誰にでも適用される大きな物語を否定している。そしてそれはホルヘが殺人を犯してまで隠したアリストテレスの詩学2部(喜劇を扱う、ホルヘの言によれば、笑いによって人は世界の真の姿に迫れる、笑いは人々を悪魔の恐怖から解放し自由にする)や、時代が人間中心主義(依然としてキリスト教の影響下にあったとはいえ)をうたったルネサンス前夜に設定されていることにもつながってくる。

この神の意志の否定によって、人々は自分の目に映る世界の記号を自分の好きなように読み取ることができるようになる。人間が世界の中心になるのである。ホルヘはこれを防ぐために、殺人を犯してまで、書物を隠そうとした。これに対してウィリアムはつぎのように宣言する。
「わたしは戦うだろう、断固として相手の知恵と切り結んで。ベルナール・ギーの灼熱の炎と剣がドルチーノの灼熱の炎と剣を屈服させるこの世界よりは、いくらかでもましな世界になるだろう」
ウィリアムはルネサンス的な人文主義者の先駆けとしての一面もある。

またこれは小説における神である作者の絶対的な地位の否定でもある。本書の末尾にある「覚書」においてエーコはこうまで言っている。
「作者は小説を書いたあとには死んでしまったほうがよいのだ。テキストの足取りを乱さないようにするために。」

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2026年02月08日

Posted by ブクログ

知的刺激に満ちた、ミステリーへの挑戦文学。キリスト教については知らないことだらけだったが、経験的読者として十二分に楽しめました。

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2026年01月29日

Posted by ブクログ

初エーコ。東西ミステリやら有栖川先生など、あらゆるベスト10ものにランクインしている名作。やっと読み切った。まずはその達成感でいっぱいだ。小栗虫太郎『黒死館〜』ぽさを少し感じた。あれよりずっと読みやすいけれど…。笑。
一連の事件の犯人、意外な結末など驚くことはたくさんあったが、なにより最後の「覚書」の内容がもっとも興味深いものだった。タイトルの意味、創作過程、すべての"小説"についてなど…。またの機会に再読したい作品。
一度では難解すぎて理解が追いつかない。今度は人物表を作成し・・・って下巻の最後にあるんかい!!笑。

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2026年05月10日

Posted by ブクログ

物語の舞台は1327年11月。
あくまでもフィクションなのだが、実はこの日付が重要だ。時は教皇のアヴィニョン捕囚の真っ只中。教皇ヨハネス22世と神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世との確執やフランシスコ修道会の「清貧論争」が相まって、物語に奥行きを生み出している。一見すると犯人探しのミステリー仕立てだが、横糸となる『異端審問』や党派対立などについて、ある程度理解しないと話についていけない。(久しぶりに世界史の復習をした気分)。特に、日本ではそもそも基礎知識が無い“ボゴミル派”や“ドルチーノ派”など、異端審問に出てくる教派。(勉強になりました)

物語は見習修道士だったアドソの回想という形をとっている。全てが遠い昔になってしまった過去を回想しながら、アドソの胸中に去来していたものとはなんだったのか。非常に深い物語だった。

アドソの手記には往古の文書のこんな一節が引用されている。

「あらゆるもののうちに安らぎを求めたがどこにも見出せなかった。ただ片隅で書物と共にいるときを除いては」

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2026年03月16日

Posted by ブクログ

少し読みづらい読み飽きるところも多々出てきたものの、全体を通して面白く読めた作品でした。
欲望、各々の信じるところ、行き着いた果て…等々他になかった読後の感想を得ることができました。
上下揃って再読してみるとまた違った視点、観点が生まれるのかなと思いました。

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2026年03月07日

Posted by ブクログ

本文はともかく、本文後の作者の覚書?が興味深い。なぜ本書を執筆したかから、小説論まで、多岐に渡り考察が書かれている。

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2026年01月22日

Posted by ブクログ

大作でした。やはりキリスト教世界特有の説明やシナリオについて行くのが難しくて、作品は素晴らしいと思うのですが疲れてしまいました。
まだ自分には早かったのかもしれないなと正直な感想で言うと思いました。

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2026年04月12日

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