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北イタリアの修道院を訪れた、バスカヴィルのウィリアム修道士と見習修道士アドソ。ウィリアムは院長から、数日前に起きた、細密画家であった修道士の死について調べるよう依頼された。それは事故ではなく殺人であった。しかも修道士の不審死はさらに続き、「ヨハネの黙示録」の記述に沿うように起きていく。そしてすべての鍵は、迷宮構造を持つ文書館に隠されているらしい……。巻末には、エーコ自身による覚書(本編刊行後1983年に発表されたもの)、執筆のために書き溜めたメモや、登場人物や建造物のデッサン等も併録した。全体を通して、故河島英昭氏に代わって(覚書については英昭氏の準備訳稿が存在した)、河島思朗氏が訳文全体を見直し(特にラテン語関連は精査)、作者による訂正、削除についても細部にわたって確認した。
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Posted by ブクログ
面白かった…。最近読んだ「百冊で耕す」に読書の醍醐味は空気に浸ることというような記述があったけど、まさにその醍醐味を存分に味わうことができる極上の空気を持つ作品でした。「過ギニシ薔薇ハタダ名前ノミ」……痺れる。
「生真面目な行為の胡散臭さを嗤う」ことが人々が共通して持つ真理を失くしてしまうことになるという考えは、「これが正解だ」と決して言うことができなくなった近年の流れの出発点のように思える。
アリストテレスの詩学第2部やミケーレ、オッカムのウィリアム、「マルゲリータ」など実際の出来事や人物との繋がりも面白い。(解説読まんとわからんかったが)
「覚書」で作者が告白している「一人の修道僧を毒殺したいという気持ちになった」という、この小説を書くことになったきっかけが面白い。そこからこの作品が出来上がる過程を思うだけで、知性を持つ人間として生まれたことの喜びを感じる。
読んでいると、修道僧という、一つの真理を共通して持つ者たちの生真面目な清貧論争を、「嗤い」ながら読みそうになっていることに気付く。それを私は会社など日常生活でもやってしまっていると、自分の生き方を振り返ってゾッとした。最近私は一つの狭い世界の真理を生真面目に信じて論じている人たちを嗤ってしまっている。「だってその真理はこの狭い集団内だけのものだし、そんなに真剣に執着してどうするの?」と思ってしまうから…
Posted by ブクログ
ついに、というか、ようやくというか、読み終えた、読み切った。
まずは達成感。
読書タイマーで計っていたんだけれど、上下巻合わせて、(少しずつ読んだので)174日、時間にして約35時間かかってた。
ミステリーと言われているが、それだけではなく、テイストはあるけれどその本質はミステリーではないのかな、と個人的な感想ではあるが。
分からないところも多く、分かったようで分かっていないところも多々あるだろうけど、それはそれでよしとしよう(笑) もう少し知識があればもっと楽しめたんだろうな~きっと。
「完全版」ということで、作者の覚書もかなりのボリュームで巻末に添えられてあり、また訳者の解説も読み応えあって良かった。
これがあることで作品の理解がより深まった。
理解度はともかく、この荘厳な作品の雰囲気に、長く、深く浸れたことだけでも幸せな読書体験だった。
Posted by ブクログ
物語の舞台は1327年11月。
あくまでもフィクションなのだが、実はこの日付が重要だ。時は教皇のアヴィニョン捕囚の真っ只中。教皇ヨハネス22世と神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世との確執やフランシスコ修道会の「清貧論争」が相まって、物語に奥行きを生み出している。一見すると犯人探しのミステリー仕立てだが、横糸となる『異端審問』や党派対立などについて、ある程度理解しないと話についていけない。(久しぶりに世界史の復習をした気分)。特に、日本ではそもそも基礎知識が無い“ボゴミル派”や“ドルチーノ派”など、異端審問に出てくる教派。(勉強になりました)
物語は見習修道士だったアドソの回想という形をとっている。全てが遠い昔になってしまった過去を回想しながら、アドソの胸中に去来していたものとはなんだったのか。非常に深い物語だった。
アドソの手記には往古の文書のこんな一節が引用されている。
「あらゆるもののうちに安らぎを求めたがどこにも見出せなかった。ただ片隅で書物と共にいるときを除いては」
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