北田絵里子のレビュー一覧
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人類史に残る最大の汚点、ユダヤ人虐殺という事象の周辺にあった悍ましいものが詳細に書かれていた。ただ映画の「原作」と聞くとちょっと面食らう、いろんな違いがあるのは確か。映画は、原作に流れる重要なエッセンス「自らの関心領域に閉じこもること」の残酷・暴力を、すこぶるわかりやすく視聴覚的に訴えたものだった。ウクライナやガザの状況が悪化していた時期に公開・賞受賞したこともあり、原作の「物語」をほぼ省略し、「収容所横の限られたユートピアで『普通に』暮らす家族」を淡々と描いた映画は、恥ずべきことだが、今日性があると見做されたのだろうし、実際そうだと思う。
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“おおかたの人は、ほんとうの闇を理解する力を持っていないのに、それでもなんとか手助けしようとする。”(p.44)
“「わたしは働く余裕がなくなる、というか働けなくなるのよ」
わたしの聡明な夫は、そういう実質的な問いに対してはいつも確実に愚かな答えを返す―
「ともかく子供を持って、追いおい考えていけばいいんだよ!うちの親も助けてくれるだろうし!」
ときどき、屈託なくのんきに微笑む夫を見ていると、痛いほどの嫌悪で心がよじれるのを感じ、表情を見られないよう慌ててうつむくことがある。何はともあれ、彼は優しい人だし、結婚相手にこの人を選んだのはわたしだと、常に自分に言い聞かせていなくてはならない。” -
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2017年3月に医療系情報サイトに、臨床死に至った患者が、生命維持装置を切ったあとも10分38秒感、生者の熟睡中に得られるものと同種の脳波を発し続けたという報告が掲載された。その10分38秒に人は何を思うのか。
1990年、イスタンブールの路地裏のゴミ容器の中で、レイラは息絶えようとしていた。
レイラは1947年、トルコの保守的な家庭に生まれた。厳格な父親には二人の妻がいる。レイラの本当の母親は2番目の妻だけど、1番目の妻を「母親」だとレイラに伝える。あるとき本当の母親が「自分が本当の母親」だと言うが、レイラは特に動揺をみせない。叔父による性犯罪の被害を受けるが、父親は叔父を庇い隠蔽しよ -
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アカデミー賞5部門にノミネートされ、国際長篇映画賞及び音響賞を受賞した、同名映画の原作小説。受賞に合わせて早川書房より邦訳版が刊行されたので、手に取ってみることに。
舞台は、第二次世界大戦下のナチスドイツ、とある強制収容所。飲酒に溺れ己の"正常"を保とうとする強制収容所の司令官パウル・ドル、上官であるドルの妻ハンナとの恋愛に執心する将校アンゲルス・ゴーロ・トムンゼン、生き延びるために同胞の死体処理に従事する特別労務班長であるユダヤ人のシュムル・ザハリアシュ。非人道的な残虐行為が横行する強制収容所に関わる三者の視点で描かれる、"非日常的"日常―――。
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ネタバレ映画のほうは見てないが、漏れ聞く限り、音響が素晴らしいが眠くなる、というものだったので、エンタメとしてはあまり面白くないんだろうな、映画だけじゃわからないところもありそうだな、と思って、原作を読んでみた。
予想よりは文学的でつまらないというわけではないが、わかりにくくてエンタメとしてもあまり。キャラがつらつら心情を述べてるの苦手。誰に話しかけてるの?神や自分自身や読者に話しかけ、作者の代弁であるのはわかってるが。
キャラの描写が自己欺瞞に満ちてて、会話の真意を読み取らなくちゃいけないのが疲れた。映画だと表情や音楽や撮り方でわかるだろうが、小説だと文字のみで、頭が疲れた。
愛国者を気取る、命