1990年、トルコ。イスタンブルの路地裏にあるごみ箱の中で、殺害された1人の娼婦が息絶えようとしていた。
彼女の名前はレイラ。死後も続く10分38秒の意識の中で、彼女は、5人の友人と1人の最愛の人と過ごした日々を思い出す。
この小説の前提に、ひとつの事実がある。
2017年にカナダの集中治療室勤務
...続きを読むの医師たちにより発表された「臨床死に至ったある患者が、生命維持装置を切ったその後も、10分38秒間、生者の熟睡中に得られるものと同種の脳波を発し続けた」という論文だ。作者はこの記事を読んで興味を持ち、この小説を書くに至ったという。
主人公のレイラはトルコの田舎町で生まれた。
厳格で理解のない父と、とある理由からぎくしゃくとした家庭で育てられ、レイラは高校生の時に家を出てイスタンブルへ向かう。そこで騙されて、娼婦としての人生が始まってしまう。
レイラをはじめ、5人の友人たちはみな「思い通りにならない人生」を必死で生きている。親や金銭に恵まれず、暴力をふるう配偶者から逃げてきた者や、性別を変えてトランスジェンダーとして生きる者や、小人症という生まれながらの病気を抱えた者などがいる。
レイラは愛する人と出逢い一度は娼館を出るものの、その後も辛い運命に巻き込まれてやはり「思い通りにならない人生」を生き続けることになる。
第1章の「心」はレイラが殺害されごみ箱に捨てられた場面から始まる。そして身体は死んでも脳と心が生き続けた10分38秒の間、レイラはこれまでの人生のあらゆることを回想する。
辛いことが多い中、5人の友人を回想する部分はとても温かい。家族に恵まれなかったレイラの人生で、友人に恵まれたことはとても誇りであったことが伺える。
そして第2章の「心」と「魂」はその友人5人が主役となり、レイラを深く思うからこその無謀な計画を立て、それを実行する。
思い通りの人生を生きられる人はおそらく多くはない。レイラたちはその極みにあって、死を選んでもおかしくないほどの苛酷な運命の中にあっても、とても力強く生きている。それだけに、どうしてこんな人生の閉じ方をしなければいけないのかと、物語なのに強い憤りを感じてしまう。
トルコでは物語同様、娼婦が狙われた連続殺人事件が起きた歴史があり、しかも被害者が娼婦だという理由で罪が軽く済んだという出来事が実際にあった(その後法改正された)
人は人を立場によって心の中で裁いたり、貴賤があると密かに思ったりしている。だけどどんな人にも様々な事情や背景があり、力強くまっすぐに生きている人がいることを忘れてはいけない。
それでもレイラの人生は悪いものではなかった、と思う。友人に恵まれ、一時ではあるけれど愛する人とともに過ごし、自分の人生をまっすぐに生き切った。苛酷な運命であっても、とても輝いて見える。
「生き方など選べなかった。それでも自由を探した」という帯にある言葉にすべてが詰まっている。
当時のトルコの時代背景も知ることが出来る、とても良質な小説だった。