宮下規久朗のレビュー一覧
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アンディウォーホルの足跡を辿る一冊。事実の信憑性はさておいて、ウォーホルがその時々で誰に影響を受けその作品を創ったのか、アイデアのネタは何だったのか、作品を追って書かれているので、すごく斬新で重要な事のヒラメキを追体験している様に感じられて面白い。
抽象絵画時代からの脱却を念頭に置いて、現代におけるアートへの新しいアプローチを模索し、作者不在=汎用品の再利用 複製技術といった自己を希釈させるような手法を使う事で作品の独立性を増し、さらにメディアを使い操作した作者のブランディングがウォーホル自身を、逆接的に作者不在の作品、の作者たらしめている。
記号としての作者と作品の関係を巧みに操った作家像が浮き彫りになって行く様は興味深い。そういった関係性はモノだけではなく人であろうが社会であろうがウォーホルには関係なかったのだ。
帯に『聖と俗』と書いてあるからか、本当に信心深いクリスチャンであったからか、事実は知らないが、比喩として教会のミサ、キリスト、宗教画、といった信仰対象としてのアイコンと大衆との関係性と上記の作者と作品の関係性についての指摘は、読み物としても鋭い観点だし、毎週ミサに通う事が事実だとしたら、POPとは折り合いの付かない矛盾したウォーホル観が更に掴み所を無くさせ、よりウォーホルの聖性を際立たせるものとなると思う。
『単に白黒のイメージとしてみて欲しいな。ちょうどドレスの柄と同じ様に』
自分の作品を楽しく観たい、というか別の観点を持って接する努力をしているのか、それとも作者不在を演じているのか、はたまた本当にそんな事を考えているのか、いずれにしても常人離れしている所が魅力的だった。
本書を読めば、今だに大量生産され巷に溢れているウォーホル作品群のPOPな軽さが余計に重く感じられる様になるのは間違い無いと思う。 -
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カラヴァッジョの名と絵を知る人で、「あぁ、あの殺人を犯した、放浪の、呪われた天才画家……」といったことを知らない人は少ない、と思われます。むしろそちらのイメージが強烈で、自身の絵画を本気で観賞した人は少ないかも。これは、近年日本で刊行された、彼の生涯を追って作品についても語られるモノグラフ。入手しやすいカラヴァッジョへの入門書として。地図、図版(白黒だけどしょうがない)多数。とても参考になります。私も実は、彼の展覧会、国内で1度しか観たことがありません。でもそれらの絵は、私の想像どおり、というよりは想像を遥に超えたものでした。バッカスとかメドゥーサの絵が有名かもしれませんが、宗教画はものすごい迫力です。生々しすぎる、とも言えるのでしょうか。しかし、カトリック絵画どの場面を考えても、それを描こうとして、画家によっては、生々しくならぬなどということは到底考えられません(ボッシュなどは「特別編」だとしても)。カラヴァッジョの絵は、どれも人物の表情(眼)が印象的です。安易に「殺人まで犯した異端の画家だから」という分析はやめましょう。さて、それでお前さんは好きなのか嫌いなのか、と尋ねられれば…そう、好きです、少なくとも「嫌い」とは言えません。でも、対峙するにはそれなりの覚悟が要ります、その時の体調も選びます(それでも知らぬうちに致命的な一撃を受けるかも)。カラヴァッジョ展を一緒に観て、そのあと東京一おいしい珈琲屋(と私は確信してる)で珈琲をご一緒した、ついでに夕食まで御馳走になったあの方、昨年亡くなりました。これからはカラヴァッジョを観るたびに、彼女のことを思い出すことでしょう。
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宗教や倫理観、作家の人生などを背景に人間の欲望(権力、生存、性愛など)が投影された美術品を解説している。新聞の連載を下敷きにしているため一つ一つの作品に対する解説は短く、ダイジェスト的になってしまってはいるが、読みやすく美術鑑賞の入門編として良さそう。
刺青についての解説もあった。海外の「タトゥー」より、日本の「刺青」は迫力や生々しさ、人間観までも表現している世界でも稀な「芸術」と評しているのが興味深かった。おっかないイメージの方が強いが、そういう見方もできるのかと。
ピカソの「ゲルニカ」の解説も面白かった。反戦メッセージの濃い作品として知られているが、絵の端にはピカソの私生活における痴情怨恨が描かれており、反戦メッセージは「後付けのようなもの」という見方だった。美術品の背景まで知っていると見る目もまた変わっていく楽しさがある。 -
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ネタバレバロック美術についての歴史というか通史のイメージでいたら、絵のテーマに分けて、それらの変遷を述べる形をしているので、分かりやすい部分と分かりにくい部分が。
テーマを絞ると確かに見えやすくはなる。
一方で画家や歴史の話が他のテーマに跨ることもあるので混乱もするという。
また絵や彫刻の写真はそれなりにあるが、絵の読み解き本ではないので、絵に対する細かい解釈はあまりなし。
何なら作中でタイトルを出しておきながら写真での紹介がないものも多数あるので、何かこう痒いところに手が届かない感じはした。
ただ本の中でも言及があったとおり、バロック美術に焦点を絞った本はあまりお見かけしないので、それを一気に読めたのは興味深かった。
読んでいて思ったのは、美術史初心者向きではなく、ある程度画家や絵画についての基礎知識がある人向けな本だなと。
結構小難しかったので。
個人的には大好きなレンブラントやフェルメールの話が一番印象に残っています。 -
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西洋のヌードに対して日本の裸体表現はいかなるものであったかを論じた書。
有名なケネス・クラークの『ザ・ヌード』によれば、ヌードとは、人体を理想化して芸術に昇華させたものであると定義される。これに対し、日本は?
山田美妙の小説『蝴蝶』に付された渡辺省亭の挿絵、黒田清輝の『朝妝』や腰巻事件については世の中を騒がせたトピックとして有名なで出来事であるが、著者はより広いスコープで日本の裸体画を取り上げ、考察を進める。幕末から明治初頭にかけての菊池容斎や河鍋暁斎、生人形作家、石版や写真での裸体表現など、正統的な芸術とは評価されてこなかったようなものまで。
見るー見られるの関係が西洋と日本では非常に異なっていたこと、「ヌード」がその身体の持ち主の精神や人格と切り離したところに成立しているのに対し、日本的な心身一体の「身」との対称など、シャープな切り口が随所に展開される。
また本書において特筆すべきものは、“刺青” を日本の裸体芸術として取り上げたところ。刺青は「単なる裸体を一転して美的鑑賞の対象に変貌させる見事な仕掛けであった。…刺青は表面上の装飾であるだけでなく、それを入れた人間自体を美術作品に変容させてしまうものである。」正直、刺青についてあまり良い印象を持っていなかったのだが、著者の刺青に対する熱い思いにやられてしまった。
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読書録「モチーフで読む美術史」3
著者 宮下規久郎
出版 筑摩書房
p114より引用
“ このチーズは豆腐のように見えるが、イ
タリアのリコッタチーズは豆腐のように淡白
な味である。そもそも豆腐自体、中国人が唐
時代に北方民族のチーズを模倣して大豆で作っ
たものであり、味も食感も似ているのは当然
である。”
目次より抜粋引用
“犬
猫
羊
向日葵
分かれ道”
美術史家である著者による、絵画に描かれ
た動物などのモチーフを基に、名画の楽しみ
方を記した一冊。新聞連載「神は細部に宿るーー
モチーフで読み解く美術」の、加筆文庫オリ
ジナル。
身近な動植物からはっきりしない概念まで、
元となった作品の写真と共に解説されていま
す。
上記の引用は、チーズについての一節。
精進料理でよく使われている豆腐のもどき料
理の、一番元の豆腐自体がもどき食材という
のは面白いものですね。
絵だけをパッと一目見てもわからなくても、
こういう楽しみ方を教えてくれる著作がある
事で、一つ楽しいことが増えるのはありがた
いものです。
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ネタバレ東大文学部卒、美術史家、神戸大教授
● ポンペイの壁画
「赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス」
画面下部の中央にいる鷲は、ヘラクレスの父であるゼウスと同時にローマ皇帝を表している。擬人像や寓意によって物語を表現するのは、古代から西洋美術に特有の手法であった。
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●美術史の意義
美術というものは古今東西を問わず、どんな天才的作品でも必ず過去の作品と密接な関係をもっており、時間と空間の制約の中からしか生まれないものであって、芸術家の天分や創意工夫などといったものはごくわずかな要素にすぎないのだ。
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美術を見るということは、感性だけの営為ではなく、非常に知的な行為なのだ。知識があればあるほど作品の意味や機能、作者や注文主の意図がわかって深く鑑賞できる。知識があって鑑賞の邪魔になることはありえないし、知識を軽視して、自分の感性や好き嫌いだけで見ても、ほとんどの美術作品は何も語りかけてくれないだろう。
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美術に登場する代表的な身振り手振りや動作を紹介する一冊。
悲しみや驚きや怒りなどの感情表現。
祝福や腕組みといった儀式的慣習的な身振り。
そして、食べたり踊ったりという具体的で直接的な動作や運動表現の、大きく分けて三つのしぐさに着目した美術本。
美術を、しぐさというテーマで括るのがまず面白い!
このテーマでの美術本は初めて見た。
例えば、ダヴィンチの「最後の晩餐」は、イエス、ユダはもちろん、他の弟子も含め、描かれた人物それぞれの身振りの違いから、さまざまな感情が読み取れる。
時代、国によっての習慣の違いなどからも、その身振りにも違いが出る。中には、その仕草が何かの暗示であることも。古今東西、日本も含め、さまざまな国の美術作品が比較される形で取り上げられており、今まで気づかなかった美術の視点に気付かされる。
走る、踊る、殴る、など分かりやすいものを始め、支払う、嘲笑、正座、居眠り、頬杖など、ややマニアックなものもあり、それぞれ4、5作ほど取り上げられている。
「体育座り」はスーラ。
「寝そべる」はルノワールの「オダリスク」とマネの「草上の昼食」。
「居眠り」はフェルメール、ミレイ。
「頬杖」はゴッホ。
「足を組む」はブーシェの「ディアナの水浴」、ラファエロの「アテネの学堂」が印象に残った