打海文三のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
障害児の前では、どれだけの悪人でも心を許すというか、ただの人になる。
その姿を神様と称し、その存在に救われている人がいる。
人は誰しも、後ろめたいことや罪を心の中に持っているものだ。
1人の障害児の周りの人間たちが、自分の後ろめたさを、心の何処かで彼に救いを求めている。
ありのままの自分として、(神のような)その子に対してひっそりと懺悔をしているのかも。
目も当てられないくらい無様だと憐れんでいるこどもに対して頭を垂れるような姿は滑稽である。
みないろいろと吹っ切れたり精算したりして、最後はポップな終わり方でよかった。
普段本を読んでも言語化しないので稚拙な文章。他の方の感想を読んで味わい直そうと思う。 -
Posted by ブクログ
以下は、完全私の「妄想」です。
映画「時には懺悔を」。どちらが最初に脚本を書いたかと言えば、共同脚本の門間宣裕だった。おそらく文庫本発行の2001年。それでも25年前だ。映画化には幾つもハードルがあった。ハードボイルドの形をした身体障害者告発映画。インディーズか、それでなければ有名俳優が何人も出てくる大作でないと成立しない。長いこと御蔵入りした。
俳優とのトラブルで半分謹慎期間中だった中島哲也監督と門間は飲んでいる最中、この話で盛り上がる。身体障害者を正面から撮ろう。そこから始めよう。登場人物の入れ替え、エピソードの切り落とし、膨らまし、中島監督だから持ってこれる俳優たちの存在感。脚本を鍛え直すということが、ここまで楽しい作業は久しぶりだった。
映画制作は、中島監督とトラブル中のA子と「完全和解」をすることを条件にゴーサインが出た。そのせいかもしれないが、結果的に「人のダーク面」をひたすら描いてきた中島監督の珍しくも「ダークの中の光」を描いた作品になった。
⸺⸺と、まぁ、このままだと完全映画レビューになるので、原作についても二言ばかし。
映画観て、2つ疑問を持った。①あんな本格的な探偵調査、いったい金の出どころはリアルなのか?②佐竹の家庭環境はリアルなのか?①は、原作も寺西の一言、つまりは探偵社のポケットマネーで始まった。探偵殺しだったので、特別だったのだろう。寺西のの懐の深さは、役所広司の存在感だけで説得力を持たせた。②は、原作の複雑さを佐竹の家庭に置き換えたようだ。私は成功したとは言えないと思う。しかし、一方で原作の持つ、複雑な皺は伸ばされわかりやすくなった。どちらが悪いとも言えない。
民恵が決意するに至った、明野の妻のノートは映画オリジナル。その他、ラストの改変含めて、映画の方が良い面が幾つかあった。しかし、改変は有るものの、驚くほどに映画は原作の「良いところ」を掬い出していた。
「新を引き取って療育施設から帰る時に、タクシーに乗って運転手と新のことをいろいろしゃべってたら、その運転手がいうのさ」
「なんてー」
「その子は神様かもしれないから、大事にした方がいいですよ、って」
「ああー」佐竹は思わず声をもらした。
「障害の子を尊ぶという信仰があるのよ」
「信仰なんてカケラもない感じの若い運転手だったぜ」
「いいな」佐竹はちょっとした高揚感に衝き動かされていった。「そういうのがいい。宗教心など鼻で笑っている人間が、新の前では何か人間を超えた存在を感じるー」(307p)
←これは映画から削られた場面。おそらく泣く泣く削ったのだろう。
幼児を抱いた初老の女が、コンニチハと寄ってきた。ひどく顔色の悪い幼児だった。明野はそっと車椅子を止めた。
「新くん、頑張ってね」初老の女が新に声をかけた。
明野は軽く会釈して、また車椅子を押した。
「みんなが新を励ましてるようですね」佐竹がいった。
「逆だよ」明野がぶっきらぼうにいった。「みんなが、新に励まされてるんだ。声をかけてる本人にも、そのことはよくわかってるさ」(325p)
←これはある意味、映画のクライマックス。ハードボイルド犯罪映画のはずが、人情感動映画になった瞬間である。
結局は、20年をかけて、いく人かの無骨な男たちが、「何もしなかった」ことの後悔、懺悔を呼び起こしたのだ。門間宣裕から中島哲也へ。そして我々へ。そんな力を持った原作だったのである。 -
Posted by ブクログ
ミステリーとして読むと、誘拐事件のほうはかなり丁寧な描写ですが、探偵殺しの真相はかなりあっけなくて、えぇっ…!?となります。
障害児と生きるということをテーマとして考えると、かなり重たい作品でした。
私の従兄弟はかなり重い身体障害があり、脳性麻痺でした。新くんと変わらないぐらいの障害だったかと思います。
おばさんがずっと介護をしており、食事シーンと重なって、思わず泣いてしまいました。
でも、従兄弟は時々すごく良い顔で笑っていたので、親戚からはアイドルみたいな存在でしたね。
「逆だよ。みんなが新に励まされているんだ。」という明野の台詞に大きく頷きました。
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Posted by ブクログ
塔が燐光を発しているように眼に映る アイボリー(象牙色) 大谷石の塀があった 浅黒い肌には艶があり 肥大した自己愛と鬱積した憎悪について 一種のマッチポンプ(自作自演行為)ね。詐欺同然よ。 我々は生身の人間に投影した自分の性幻想に欲情するんだ 「論理構成はわかります。タブーを侵犯すると自我が動揺するんです。自我の消滅。絶対的帰依。宗教のオーガズムと似てる」 制服で拘禁して すじょう素性の不明な 俺が窃視したというスタイルで 吃って あおは青灰色の海に着水した ぜんてい前庭 赤蜻蛉の群舞ぐんぶ 施主せしゅ しょうか商家あきんど 「僕達の欲望も挫折も、本に書いてある通りの道を辿る。残念ながらね」「本当にそうなら、生きてるのが、馬鹿馬鹿しくならない?」「だからこの世界を切断する」僕は言った。「意味の切断、時間の切断」李花が言った。 あのリベラル(自由主義)な男でも優生思想が一瞬頭を過ぎる 「濃淡の差はあるが、全ての人間関係は呪縛である、と言えなくもない」 そうがい窓外に視線をめぐらして言う 偉大な変態は現実の愚行を表現によって回避するんだ くつ沓脱ぎ 「アメリカの癒しが唯一の目的だからだ。傷つけられたベトナムは、製作所の関心の外にある」 「男と女は来賓各位を前に永遠の愛を誓う。新郎は自己のペニスを新婦のヴァギナに、新婦は自己のヴァギナを新郎のペニスに、永遠に、限定的に使用するものでありますと、男と女は厳かに宣言する」 むざむざ罠に嵌り、媚態を示して俺を籠絡することに熱中した過去を、順子は酷く悔やみはじめた 「禁欲的なやつって、自分をよくコントロールして最後まで徹底的に戦うだろ?そういうやつは『マイウェイ』を歌わない。人生に悔いなし、なんて甘っちょろいことは言わない」 「誰かのアフォリズム(箴言)にある。更年期は女性が美しく陰っていく人生の秋だ」 そして見かけ上はジェンダーバイアス満載のハードボイルドとする 滅茶苦茶周到且つ八方破れな代物なのだ つまるところ母によって家父長制を破壊された少年が、器のみを残した家を経て、漂流者=ロビンソンとしてあてどなく彷徨う、その流浪の物語なのである。