柳美里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最初はあんまり刺さらないなと思いながら読んだけど、最後まで読み終えて、あとがきや解説を読んで解像度がグッと引き上がったように感じる。
上野公園という自分が知っている風景だからこそ、描写の一つ一つが想像しやすく読めた。
また上野行きたいなって思った。
山狩りって言葉は知らなかったけど、時代と共に無くなったイベントなのだなということがわかった。ホームレスでも日本国民の一部であるのに、天皇行脚の際には目に触れないように隠すっていうのはまさに「市井の人びと」から排除して無いもののような存在にしていたっていうことにちょっとゾッとする。
また、池袋が埼玉県民の玄関ってイメージはあるけど、上野が東北人の玄関っていうのをこの小説を通してよりはっきりと認識した。
あっそういえばこの人…『ケナリも花、ナグネも花』(中3の時に国2でやったやつ。思い出してみるとめっちゃ懐いわ)の著者!?と一瞬アツくなったが、調べてみたら『ケナリも花、サクラも花』だし柳美里じゃなくて鷺沢萠だったわ。解説が柳美里なみたい。(教科書で読んだから、解説とかあったっけなって感じだけど)
あっ、でも2人同い年で仲良かったらしいわ!在日朝鮮人文学、という括りでもあるのね! -
Posted by ブクログ
ネタバレ柳氏による2016年の作品。「ひかり公園」を舞台に、捨て猫とそれを囲む人物とが紡ぐ連篇4編。
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まあこれ、タイトルにある通り、捨て猫がもらわれてゆき、それぞれの家での生活を綴るみたいな雰囲気ですね。
とはいえ、話はもうちょっと深い。
ペットとして扱っていたものを簡単に粗末にするなとか、それはそれで主張としては含意はありましょうが、むしろそれを生み出す人間のドラマをより鮮明に描き切ります。
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例えば「ニーコのおうち」の、ニーコを育てるおばあさん。捨て猫を貰った彼女は残念ながらボケてしまいます。
その後子ども達によって土地建物は売却され、猫は再び人の世話の枠外に放り出されます。そして最後に猫駆除用のエサで毒死します。
猫の最後の悲しいですが、さらにあぶり出されるのは希薄な家族関係。
まあ、日本ではこの程度の親子の距離が通常かもしれません。希薄なコニュニケーションと親への気持ちの軽さ。悲しい限りです。
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あるいは「ゲンゴロウとラテとニーコのおうち」に出てくる「ぼく」の奥さんの言葉の数々。
二匹の保護猫を譲り受けることを決意した2人(多分30代)だが、奥さんに末期がんが見つかり、二匹の保護猫の予防注射が終わるまでになくなってしまう。
その奥さん自身が、ペットより先に死ぬとは自分でも思わなかったと吐露するシーンは胸を熱くさせます。
愛する妻の命の灯が消えたとしても、自分の命、そして猫の命は燃やし続けなくてはならない。奥さんが生前にカレンダーに書き残したメッセージは、悲しみに打ちひしがれずに前に進めという旦那さんへの愛の鞭で、その力強さは感動と感銘を併せ持つものだったと思います。
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ということで、柳美里さんの作品でした。
かわいいだけの猫物語というわけではありません。捨て猫という被写体を通じて命を語り、また人間の汚さも優しさも描き出す佳作であったと思います。
ナレーションの語りが丁寧でどこか童話みたいな易しい雰囲気でした。また解説の武田砂鉄さんの -
Posted by ブクログ
ネタバレ1933年、天皇と同じ日に生まれた主人公・カズ(森一夫)の人生を通じて、日本の栄光の影にスポットを当てる作品。
家族を養うために1964年東京五輪の建設現場等、カズはひたすらに出稼ぎを続け、家族と離れ離れの生活を続けていた。そんな矢先、息子が21歳で急死し、妻にも先立たれ、絶望の淵に追い込まれてホームレスとなる。
物語終盤で、すでにカズ自身も鉄道自殺を遂げていることが明かされ、幽霊となって上野駅を行き交う人々を見守っていることが明かされる。ラストでは、東日本大震災の津波で孫娘も亡くすという、逃れようのない不幸の連鎖が描かれて幕を閉じる。
とにかく台詞が多く、カズが生きている人々の声を断片的に聞きながら自身の人生を回想する構成が秀逸。独特の言い回しや詩的表現が連続し、作品の奥深さを際立たせている。
同じ日に生まれながらも、「光」として生きた天皇と、その「影」として生きたカズの対比が見事。天皇一家が公園内の施設を訪問する際、ホームレスが「特別清掃(山狩り)」に遭い、彼らの存在自体が風景から消される。それらを踏まえ、自身の息子に皇太子と同じ名前をつけたカズが、天皇を目前にして涙を流すシーンには胸を打たれた。
2020年は世界的に「孤独」や「居場所の喪失」が意識された時期であり、社会から排除されたカズの物語が世界的に評価されたことから全米図書賞受賞に繋がった模様。
「東日本大震災で避難生活を余儀なくされている人々、帰るべき家をなくしたホームレスの人々、両者の痛苦を繋げる蝶番のような小説」(あとがき)であり、まさしく時代が生んだ小説だと感じた。
ホームレスになりたくてなる人なんていない。人間である以上、それぞれには等しく過ごしてきた時間があり、現在があり、未来がある。
誰もが、個性を奪われたり、社会に無視されてはならないと感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレホームレスになってしまった男の回想を彼と共に巡る話であった。彼の母の言葉であった「おめぇは運がねぇ」の言葉通り、彼の人生は一生を通してなかなか不運な人生であったと思う。
しかし一生を通してずっと不幸であったわけではない。両親がいて妻がいて、子も孫もいた時期もあるのだから、人並みに幸せだった時期もあるのだ。だから身近な人々が早逝して結果ホームレスになってしまっても可哀想な人生だったねとまとめることはできない。
彼は人が長い年月をかけて経験する幸と不幸を早送りのように経験してしまったのだ。ただそのダメージは大きく、彼は未来に向かって生きることを忘れて過去にとらわれる人生を送るようになってしまった。
死が普通の人よりもやたら身近にあって、家族の死を想いながら広い公園の隅で終わらない過去に生きていた男。誰もいない未来を生きるよりも、過去を生きていることで旅立った家族とずっと一緒にいられるならそちらの方が幸せなのかもしれない。