柳美里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ひとはなぜ自殺をするのか。
自殺は人間だけが行います。ライオンもコンドルも自殺しません。だから私は、自殺は最も人間的な行為だと思うし、人間だけに与えられた特権だということができると思います。
ひとが自殺をする理由はひとが生きる理由ほどあるんです。けれどひとが死を選ぶ本質的な理由は、自己の尊厳を守るという強い動機に支えられている、といえます。自殺は尊厳死であるといってもいいと思います。ひとは、自己を脅かしつづける屈辱を葬り、自己の尊厳を守る権利があるということをおぼえておくべきだと思います。
だから裏返しなんですよ。生きたいと死にたいというのは全くイコールなんです。
何の根拠もなく言いますが、私は日本人の四人に一人は自殺する可能性を内に秘めているのではないかと考えています。彼らは「あなたは人生において最も大切だと思うものを失えば、生きていく意味がないと考えるタイプですか?」という質問にイエスと答える人たちです。言うまでもなくあらゆる価値は幻想に過ぎませんが、その幻想が壊れると生の根拠そのものが失われると思いこむのです。また価値は欲望によって支えられていますから、ただ生きているだけでは堪えられないほどの強い欲望を持っている人だとも言えるでしょう。自殺は幻想の破たんがもたらす欲望の清算なのではないでしょうか。
毒物は自殺を回避するための御守りの役割を果たすのだと言われても、理解できないひとが多いかもしれません。(中略)私は自分の部屋の引き出しに毒物を隠し持っている、死にたいと思えばあっという間に死ねる、だけど、いつでも死ねるのだから、今すぐ死ぬ必要はない。
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人をなぜ殺してはいけないのか。
悲しむ人がいるから?
――悲しむ人がいない人は殺してもよいのか。
やってはいけないことだから?
――ならば今現在もある戦争はどうなるのか。
もし自分や自分の親しい人が殺されるのは嫌だから?
――自分や自分の親しい人が自らしにたい、と思っていたら?
17の私が抱いた疑問に、とある友人はこう答えた。
「人が自殺する権利を奪うからだ」と。
あれからもう6年は経つのに、今でも思い出せるくらいに印象的だった。
あのとき感じた“違和感”が、なんとなく、飲み込めるようになった。
思春期から今まで、抱いたまま失われることのない自殺願望。
生きたい、だからこそ、自殺したい。
その心情を、ここまでわかりやすく言葉で表現した本は初めてだと思う。
自殺などと、ついぞ考えたことがないし、理解できない。
そんな人にこそ、読んでもらいたいなぁ、と思えた一冊。 -
Posted by ブクログ
下巻は上巻にもまして、重たく感じられました。まずは、下巻の冒頭で、雨哲が30歳前にして目をみはる成績と最高のコンディションでむかえるはずだった東京オリンピックが戦争の影響により中止となった場面から彼の人生がはげしく転がり落ちていきます。一方、血を分けた弟の李雨根(イ ウグン)は、抗日を叫ぶ義烈団に参加するため兄以上の足を持ちながらもマラソンをあきらめて、朝鮮を離れ、拠点である上海に赴きます。こうして李雨哲の兄弟・家族は戦争終結間際に散り散りになったあと、故郷に集散していくさまが人と土地の結びつきを記憶・心理から結び付けられていて、郷愁のありようを示してくれています。そこに気持ちが揺さぶられました。
続いて、雨哲・雨根兄弟と同じく密陽で生まれ育った13歳の少女・金英姫(キム ヨンヒ)が日本人に騙されて、重慶に連れて行かれ、慰安婦として終戦を迎えるまでの1年半を強制労働させられるサイドストーリーが展開します。家庭内の不遇から自らの意思で故郷を離れたものの、同じように騙されて慰安婦となった韓国人女性が次々と病死・自殺をしていく中で、軍人を相手に躯体を酷使し、心も押し殺してしまった少女。勝手に日本人名「ナミコ」を与えられ、身体を蝕まれたことの苦悩。身体に戦争を植えられてしまった…。船から海に身を投げる直前の彼女の叫びが、私の心に一番の重みと震えをもたらしてくれました。涙が止まりませんでした。彼女にとっての戦争の終わりは、平和の到来を意味しなかったのです。この感情は、感動という言葉で表現し切れるものなのだろうか?
(以下、抜粋)
『ナミコは手の届かない思いに堪えるために、何度も何度もうたった。うたいやめるのが怖かった。雨が止んだら船室で眠ろうと思ったけれど、スァースァースァー スァースァースァー チャーッチャーッチャーッ、雨が注ぎ込んだ口から嗚咽があふれて歌が途切れた。金英姫!ナミコは自分の名前を叫んだ。アボジ(とうさん)! アボジがつけてくれた名前だけはだれにも犯されていません。オモニ(おかあさん)! オモニが呼んでくれた名前には指一本触れさせていません。金英姫! 十三歳の処女の名です。ナミコは金英姫という名前を抱きしめた。金英姫! ナミコは海に飛び込んだ。』(307〜308ページ)
金英姫をめぐる話が前半で終わると、李雨哲をとりまいた家族の一人ひとりがどのようにして生き、死んでいったかが丁寧に結ばれていきます。雨根が第二次大戦後の赤狩りの犠牲となり殺されます。同じ民族でありながら思想と勢力争いの構図によって民族が分断された苦悩を、政治学的知見ではなく日常生活の中での分断を意識して描かれているとことにとてつもない価値とわたしにとっての新しい発見がありました。雨哲は日本で家族を持つ一方、後妻と家族を連れて日本に入ります。パチンコ事業を成功させ、孫である美里(著者)とのかかわりも描いた上で、最終的には美里さんが生きる現代にまでたどりついて物語が終わります。
戦前戦後の厳しい時代を生き抜きながら自らの血をこの世に残した李雨哲。一方、左翼闘争に巻き込まれて散り血を残せなかった李雨根と彼を慕った金英姫。降霊を目的とした祭礼の模様が事細かに描かれる第29章を読むと亡き者の悔いや恨みの重みによって気持ちが暗くなりました。物悲しさが底流をなすこの作品で、上巻をつうじて思った「生、死、愛、念、恨」のすごみを再認識したのですが、その次にえがかれたわずか3ページほどの最終章を読み終えた後の読後感は、なぜか「さわやか」なものでした。走る息遣いの合間にこめられた生きることの意味。そしてこの本を締めくくる最後の言葉、「自由!」にこめられた意味が、私の頭の中のリベラルな思想とシンクロをしたからなのかもしれません。
上巻の感想を書いているときに、私はこの本を読むことで心を火傷したと書きました。それは多分、柳美里が今まで私の目にしたことのないハングルで表現される擬音や様態が新鮮であったことが、深く刻み込まれたのと同時に、感想・感動が自分の脳みその浅いところを常に漂い、何かにかけて『8月の果て』を思い出さずにはいられなくなることに他ならないのではないか、そんな作品なのです。心が動かされたことは確かです。でも感動という言葉でも、この晴れやかだけれども痛くてつらい読後感を表現できていないのです。一つの単語でこうした感情を表すことのできる日本語を、私は知らないのです。いうなれば、以前感動文を書いたリンドバーグ女史による『海からの贈物』をさらに生々しく、人間臭く、不器用に生き延びて、血をつないでいく人々を描いた作品が、この『8月の果て』だともいえるのかもしれません。
歴史を振り返り思う返すことは、将来行ってはいけないことを教えてくれるからに他なりません。この『8月の果て』は教科書や歴史家の語る総合的な国対国の関係では紐解けない、個人のレベルで織り成される歴史絵巻なのだと思います。大きく動き、作られていく歴史の中で、個人とは小さな単位だけれども積み重ねられたものは重みはあるのだとおもいます。 -
Posted by ブクログ
「自殺は生きる意味と価値を喪失した結果」
ちょっと・・・たまに・・・自殺願望が沸々とわいてくるので、この本を読んだ後は、どっぷりとマイナス思考に落ちました。
それほど心を抉り取るような講演録、そしてエッセイです。
きれい事じゃない、心の闇を貫きます。
私は「死」に近い仕事をしています。
次の言葉は、「死」を考える上で、カウンセラーの先生が言っていたことに近いです。
「人はその人生において、幾度かの結末を迎え、その度に何事かを葬り去らなければなりません。失恋したのならば恋を。会社が倒産しりリストラされたのならば前職を葬り去ることができなかった」
また、子供とおとなの自殺の相違点を一つあげ、
「子どもは自分をしに追いやった人に対して復習を遂げられると言う幻想を抱いて自殺するケースが多い」
なんとなく、ぼんやりと思っていたことが、こうして文字になるとすっきりします。
柳と高校生との対談では、口には出さないけれど、どこか根底にみんなが抱いているかもしれない言葉か話されていました。
「自分は死にたくないけれど、相手の死で変われるかもしれない。特に学校みたいなところだと何も起こらないし、何か起こるといいな、みたいな感じがあって」
そうかもしれない・・・でも、きっと誰もそんな気持ちには気付いてない。 -
Posted by ブクログ
家族のために東北から東京へ出稼ぎに出てきた主人公。家族のために働き詰めだった日々は、息子の死で虚しく閉じられ、妻の死で決定的となった。
自分のためではなく、家族のために働くことは良いことだ。けれど、じゃあ、自分の人生を生きることってなんなのか?
もっとわがままに、欲を持って生きていればホームレスにはならずに済んだのだろうか。
ホームレスになる人の事情はさまざまだと思う。
けれど、主人公のような無気力型の人の理解は本当に難しい。
支援の手を差し伸べようにも、きっとすり抜けて逃げてしまうんだろう。
同様に、ホームレス狩りをする人たちの気持ちを理解することも難しい。
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Posted by ブクログ
ホームレスという「見えない人」から今の日本社会をみる視線と、ホームレスとなるに至った個人の来歴の物語を、戦後天皇一家がたどった軌跡に重ね合わせて構成された小説である。語り手のホームレスは現上皇と同年、息子は今上陛下と同年の生まれであり、運不運という言葉では語りつくせない、強烈な光と影の描く人生の不条理が深く心に残る。
途中、バブル崩壊で職と家庭を失い過去を悔いつつ泣き崩れる元不動産会社員の中年ホームレスが登場するが、ホームレスといえばそうした「自己責任の物語」に回収しようとする世間に対して、作者は黒々と太い一線を引きつつ、来歴を語らず、身元が露見する一切を捨去る多くのホームレス達の見えざる物語を、彼らに内面を吐露させるのではなく、彼らの人生に起きた出来事の積み重ねや、一般社会の人々の生活感覚との対比という外形的事実によって提示する。個人的にはこの形式が成功していると思う。
語り手は大津波が故郷を洗う光景を、おそらくはこの世のものとしてみることがなかった。これを絶望ととるか救いととるか、小説でしか問うことのできない問である。