清水潔のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
FOCUS編集部を経て日本テレビに移ったジャーナリストが手掛けた調査報道の裏側に迫る。疑問を持ったらとことん追いかける。そして常に「裏取り」を慎重に行う。正義と言うよりは、権力側の都合や思惑で泣く人が出てしまうことがよほど許せないという取材姿勢が見える。
時に危険な目に逢いながらも、一旦司法が下したことさえも疑問があれば覆そうと真実に迫る過程がドキュメンタリー風に綴られていて読みごたえがある。桶川ストーカー殺人事件など、筆者の執念で警察の怠慢や勝手な推測で事件を歪曲化したマスコミを糾弾した有名な事例もその裏側が語られている。
成功例だけでなく失敗やボツになった事案にも触れている。失敗した場合でも、「片方だけの意見だけに惑わされない」姿勢は同じだ。 -
Posted by ブクログ
南京大虐殺は中学校の時に5行ぐらい登場した。先生が「あまり深堀りしません」と、ほとんどスルーだった。
大人になって、テレビで知って「嘘だ…信じたくない」と思って、祖母に聞いたのを思い出す。「日本人は悪いことしたの?」と。返事は「うーん、確かあったんだと思うよ。戦争は人が狂うから。」だった。
それから「第二次世界大戦は、日本がアジア圏を守るための戦争だったけれど、勝者に歴史を書かれて悪者にされた。」という説を容易く信じた。
おそらく、「信じたいものを信じてしまう」というやつだったと、この本を読んだ今は思う。かくいう私も、清水氏がいう「一点突破派」だったのだ。
人数がありえないから「捏造に違いない」と。
そして、日本人を何かと陥れようとしたり、敵視してくる中国人をどこか侮蔑の思いで見ていた。
近場に中国人がいてもどこか「日本人に、憧れる下級民族」みたいな思いがあったと思う。
そして、この本を手に取ったのも「捏造を肯定してくれるだろうから」という動機が潜んでいたのは否めない。
だけど、だけど。
読んでいる最中に、がっくり心が折れた。
この中のことに一つ一つ裏付けがあるのも、否定しようがない。何より、日本が「なかったことにしたい」ときの方法が今と全く変わってない。
愕然だった。
「自分の見たいものを見たいように見たい」や
「明確になっていないものを知りたい事実に基づいて早くジャッジしたい」という気持ちは、本当に「知る」ことに結びつかない、ということを、この本(清水氏)はしっかり教えてくれた。
事実がしっかりと中立に明確になったとき、それは自分にとって不都合な事実かもしれない。だけど、それこそを受け止めるということ。それが「知る」ことなのかもしれないと感じた。
日本人として、人間として、「過ちは繰り返せない」と痛切に感じた。心に残った1冊。
YouTubeに、この本が映像になった番組が出ていて、リアルに目視で内容を確認出来て、戦争は本当に人間を人間ではなくしてしまう、と感じました。 -
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筆者は、亡き父が残した本の中に貼りつけられたメモ用紙から、生前は戦争や抑留体験についてほとんど語らなかった父親のシベリア体験の痕跡を見つける。筆者は、メモに残された「だまされた」の一言にまるで追い立てられるように、長年取材を共にしてきた友人と共に、父が強制労働に明け暮れたシベリアの地に出掛けることを決意する――。
戦争や抑留の記憶をほとんど語らなかった「父」の語りの不在から、いわゆる「第2世代」の記憶の実践が駆動する。どちらかといえば韓国・中国・東シベリアと続く鉄道紀行というべき内容だが、その鉄路がまさに戦争の手段であり、戦争の目的でさえあったことが、車窓からの風景に重ねて書きつけられる。軍事力で変更された境界は戦争によって再び引き直されるが、そのはざまで多くの人びとがいともたやすく見捨てられ、生命を奪われていく。「知る」ことで、更地になった土地からも、茫漠と広がる森林や草原からも、氷結したバイカルの湖面からでさえ、人びとの生きた痕跡を浮上させることができる。『南京事件――兵士たちの証言』の著者らしいノンフィクションだと思う。 -
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亡き父の戦争体験を追って。釜山からイルクーツクへ。朝鮮半島から満州、シベリアを辿る旅。
亡くなった父の残したメモ。多くを語らなかったシベリア抑留を追体験するため筆者は旅に出る。
父は鉄道連隊に所属し満州へ。終戦直前のソ連軍の突然の侵攻。捕虜となりシベリアへ送られていた。
日本から大陸を渡る筆者。ちょうど明治維新後の日本が日本が大陸に進出していく道と重なる。複雑な歴史を筆者は簡潔にまとめて描写している。特に鉄道の占める役割が強調されている。
南京大虐殺であったり政府の姿勢を追求する筆者。日本政府の暴走により名も無き庶民が犠牲となるという構図。もちろん父もその犠牲者。本書で終始変わらぬ視点。満州やソ連の人々から見た残虐な日本の軍人。逆に進行したソ連軍による略奪行為。被害者目線が強い。昔も今も政府が悪く民衆が正しいという一方的な視点が多い。筆者の父も当時の中国人から見れば残酷な日本軍人の一人であったと思うのだがそのような視点はない。
筆者の紀行にはセンセイという同行者がいる。重いテーマの紀行に余計な挿話が雑音となっている。スジの通った内容が阻害されており残念。被害者、加害者の視点は個々の思想もあるので許容範囲だが、こちらは気になる。
日本人として知っておくべき歴史。戦争という大きなテーマを史実もコンパクトに解説しつつも、見事にまとめた紀行でした。 -
購入済み
旅がしたくなる
韓国から中国東北部を経由し、シベリア鉄道で亡父の辿った鉄路を行く。シリアスでありつつ、微笑ましくもある道中記。形は変わり、時は流れても、そんな旅に出てみたくなる人間の性を感じる。それにしても私はあまりにも日露の歴史に疎い。勉強したい。
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清水潔さんの本を初めて読んだ。「桶川ストーカー殺人事件」や「殺人犯はそこにいる」を読みたいと思っているのだが未読。
暗く重いものを想像して読み始めたが、思っていたより軽いタッチ(と言ってしまっていいのか)だった。ユーモアを感じさせ、クスリと笑える部分と現実の歴史の厳しさ、戦争の残酷さ、国家の薄情さを描く部分が共存していた。ご自身の父親の足跡を辿る旅なので、情緒的になりそうだが、そんなことは一切なかった。暗く重く描かれなかったからこそ、実際の苦難を想像し、考え、感じる力を発揮すべきなのだろう。
旅に出られない今、著者と青木さんと西へ西へ向かうシベリア鉄道の旅に同行させてもらった気分で、それはそれで今読んで良かった本であった。 -
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「殺人犯はそこにいる(足利事件の菅谷さん冤罪事件)」、「桶川ストーカー殺人事件」の調査報道で社会に大きな影響を与えた著者が調査報道のありかたについて、これら2冊の著作以外の案件も踏まえて述べたノンフィクション。
発表報道(対象が報道して欲しい内容を伝える)の対局としての調査報道(対象が報道して欲しくない内容を裏付け捜査をもとに伝える)の重要性、調査報道の現場で遭遇する種々の困難について著者のリアルな体験をもとに描かれています。「記者クラブ」という権力を保持する側の御用ジャーナリズムと化す発表報道の現場、記者会見現場で発表者の発言の真意を汲み取る努力ではなく、ただ”正確”にノートパソコンで発言をトレースすることだけに注力する昨今の報道現場など、著者が問題視する報道の在り方と、著者が重要視するポリシーが様々な事例を絡めて述べられています。
「100取材して10を書け。10しか分からなければ、1しか書くな」という著者のポリシーは説得力があります。報道とプライバシーの関りとか、報道の自由とか、政権との距離感など報道をめぐる問題が昨今は本当に多い気がします。それらに対して、1本筋の通った回答を述べられているのが本書の著者清水氏ではないかと思います。
本書にも触れられていますが、著者のスタイルを貫き通すと、様々な軋轢を生んだり(時には同業他社の報道関係者から)嫌がらせを受けるというのが今の日本だということですが、それに負けずにこれからも一本筋の通った調査報道を続けていただきたいですし、清水氏の次の著書を楽しみにしたいと思います。 -
Posted by ブクログ
本作は著者の清水潔氏のジャーナリズム姿勢を明確に表した一冊で、都合の良い政府や警察などの発表を鵜呑みにして記事にするのではなく、自らの調査で得た事実に基づき報道していくという姿勢なのですが、やはり何が真実かということを判断するには、自らが関係者などに直接耳を傾けた声をベースに冷静に判断する眼というのが大事だということに気付かさせられます。
でも深いなぁと思ったのは、死人に口無しですが、殺人事件の被害者は事実を言う術がないことを加害者が自分都合で正当化するという話で、これも一方的な言い分をどこまで信憑性があるかは、被害者周辺の声にも耳を傾け双方の声から判断する姿勢が大事なのだということも頷けました!