大岡昇平のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大岡昇平については、私は完全に食わず嫌いをしていた。
よく見かける、生きて帰った途端、軍はだめだって言い出す人の作品だと思っていたのだ。
ところがどっこい(死語?)、全然違う。
戦争、というより日本人ということを突きつけられる。厳しい、との一言。
今でも俘虜ではないか、という一文がねぇ…言葉もない。
これいつ書いているかと考えると、この時代、そして軍を経験した人が、ここまで冷静にあの時のことを、厳しい目で書けるってすごいよなぁ。
戦争の残虐さなんじゃない、人間の恐ろしさ。
日常でも見かける人々がいる。
だからこそ、読み進めていてどこか居心地が悪い。私もその中の一人なのだから。
私も俘虜だ。 -
Posted by ブクログ
「明日への遺言」の原作
B級戦犯として起訴された岡田資中将の裁判の記録です。
小説ではなく、レポートです。
なので、ぶっちゃけ読みにくいです
この裁判の論点は大きく2つ
(1)岡田中将が死刑の判決を下した米兵は俘虜なのか戦争犯罪人なのか?
(2)その判決を下したときのプロセス
結果、米兵は無差別爆撃を実施したことを岡田中将はこの裁判で立証します。ってその弁護人がすごいです。
一方、その判決を下したプロセスは略式の軍律会議ということで、岡田中将は死刑判決を受けることになります。
しかしながら、全責任は自分にあることを明言し、部下を死刑判決から救うことになります。
この裁判での岡田中将は堂々としていて、アメリカにこびることなく、毅然とした態度で自分の意見を貫き通します。
誇り高い日本人を感じます
特に、作中にあった検察側の、「戦争法規に照らして違法な行為に及んだとき、報復を認める」という前提をベースに、
「搭乗員の処刑は彼らの違法行為に対する報復だったのか?」という質問に対して
「報復ではない。処罰である」
と答えているところに対して、高潔な日本人魂を感じます。報復でしたって答えれば減刑された可能性もあるのに..
一方、死刑判決を受けて、家族への遺言を残すわけですが、これは優しさに満ち溢れています。
日本人の侍魂を感じさせるレポートとなっています。
お勧め
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本書でもちょっと触れていますが、やはり触れないわけにはいきません。
名古屋の無差別爆撃が戦争犯罪なのであれば、東京大空襲も戦争犯罪と思いますし、広島、長崎の原爆は間違いなく戦争犯罪と思います。
戦勝国による裁判ってどこまで意味があるものなのか、考えさせられます
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Posted by ブクログ
人生は運命によって定められているものではなく、その時の偶然の積み重ねでできているということを大岡昇平から学んだという友人の言葉に興味を持ち読んでみる。短い間短編集が、どれも戦争という大きな幕の中のそれぞれの出来事を書いている。出征から捕虜になるまで、色んな戦争の形がある。渇き、飢え、マラリア、襲撃。戦争というものにシニシズムな視点を持ち、現場の状況や心理に対して非常に冷静な分析力を発揮し、ガリガリと鉛筆で原稿用紙に出来事を刻んでいる様がうかんでくる。これを書くとき、とてもまともじゃいられないのではないかと思うのだが、さめた温度の文章がリアリズムを強く感じさせる。
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Posted by ブクログ
「野火」で初めて大岡昇平の作品を読み、壮絶な戦争体験の中での兵士の心理状態、とりわけシニシズムを余儀なくされる戦争の不条理が、深く心に刻まれた。
それと比較するとこの「靴の話」(特に前半)は決して読みやすくはない。しかし本書は、出征前の兵士の心理状態や戦線外での日常生活について知ることができる貴重な書である。私たちは戦争のことを思うときはつい戦線のことばかり想起するが、敵軍やゲリラとの銃撃はほんの一部であり、兵士たちが専ら苦しんだのはマラリアや渇きであったことから、異国の地へと送られた先でも「生活」があったことを改めて実感させられた。
最終章の「靴の話」は、死者の靴を奪うチャプター。靴の有無が精神の衛生状態を左右し、不当な靴の入手で良心が揺さぶられる。人間の尊厳が靴に上手く投影されており、大岡昇平の冷静すぎる分析力に、読み手としては一種の悲しさややるせなさを抱かずにはいられない。
本書で書かれていることは「戦争」の中だけの話ではない。「死を意識した生活」は何も戦時中だけではなく、現代社会でも起こりうる。村上龍の解説(インフォメーションとインテリジェンスについて)は見事だと思ったが、本書を読んで「リアルな危機感を持つ」ことができない人間はインフォメーションで満足し人生を終える、という見解には脱帽した。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ難しそうなんて思ってたんだけど、実際読んでみると結構おもしろくってスラスラ読めちゃったわぁ。
フランスの心理小説を手本に書かれてるらしいからかな~?
もしかして、私、こういう形態の小説好きだったりする?
ボヴァリー夫人のときも、結構面白かったのよね。
そういえば、話の内容も似てるかな?
こっちの場合は、同じ敷地内に住む親戚同士の不倫プラス従弟との愛。っつ~の?
で、結局、主人公の道子は早とちりしちゃって自殺。。。
うーーーん、似てる。
でもね、これも主要主人公たちの心情っていうのヒシヒシとよく伝わってきて、「わかる、わかる!」って感じ。
一番許せないのは、道子の旦那・秋山。
で、道子は結局、従弟の勉を愛してたけど、一線を越えなかったのよねぇ~。
なんだかとってもキレイな日本人らしい女性だわ~。
最後はちょっと馬鹿みたいだったけど。。。。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ東京の国分寺あたり。
武蔵野の情景を舞台として効果的に描いた作品。
つまらない夫と結婚したお嬢さまが、戦争から復員してきたちょっと年下のイトコくんと惹かれ合うんだけど、お嬢さまだから不倫はご法度!
チューだけであれこれ悩んでいるうちに、つまらない夫さんは隣の奥さんと浮気。
隣の奥さんは、お嬢さまのこれまた別のイトコの奥さんなのに、ティッシュだかコケティッシュだかで、男性経験が豊富。
お嬢さまとは対照的な女性として描かれています。
結局、お嬢さまはいろいろ悩んで自殺しちゃうんだけど、愛するイトコくんも隣の奥さんと関係を持っちゃうし、「時代」とはいえ、なんだかお嬢さまは浮かばれないようなお話。
それでも、自分で自分をほめてあげたい…と言える人生だったのかもね。
今の時代とは違った、清く厳しい、きっと表もあれば裏もあった時代をドロドロしないタッチで描いた作品です。
でも、あんまり読後感は良くないよ(苦笑) -
Posted by ブクログ
当時は貴族しか恋愛を楽しめなかったところがあるようですので、そこのところを踏まえると若干理解しやすいようです。
18世紀の遊び人ぽい作家さんのスタンダールが書いた『恋愛論』を読んでみました。
スタンダールは、名前を知っている人がけっこういると思うのですが、
存命中は不評を受けた人だったらしいです。この『恋愛論』を読んだ後にそれを知ると、
なんかおっかしいです。
さてさて、この恋愛論は前回の記事で触れた競馬場バイトでの仲間、Y君にオススメ頂いた本でした。
それも何年も前に…。やっと読んだよ!けっこう頭に入ってきずらい文章と内容でございました。
ところどころ面白くはあるのですが。
「恋愛には4つの種類がある。
情熱恋愛、趣味恋愛、肉体的恋愛、虚栄恋愛。」
というのは、なかなか面白くないですか。
あんな、どぎまぎしてしまって、理性が働かなくなる恋愛を
理性的に捉えることができることが面白く感じます。
さらに、「雷の一撃」ですとか
「結晶作用」なんていう、独特なのですが、
多くの人が経験している心理を言葉で表現してくれています。
とはいえ、繰り返し言いますが、難解、晦渋な感じの本ではあります。
そんな本を読みながら、さらに140文字という制約に収めようとし、
さらにさらに思いつくままの言葉を使い、さらにさらにさらに相手に伝えるということをちょいと怠ると、
以下のようなツイートをツイッターでしてしまうことになります!
書いているときは全然感じませんでしたが、
このブログに貼り付けようと読みなおしてみたら、ひっくり返りそうになりました。
つたわんねーよ、こりゃ…。自分にしかわからない、というか、
時間がたてば自分でも相当わかりにくい…。
いきまぁす!
ツイートのまとめです。
空白の行までが一つのツイートです。
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虚栄心は夏の恋愛にも見られる。かっこいい女の子を彼女にすること。
その逆もしかり。そこには燃え上がるような情熱的恋愛の姿はない。
ただ彼氏彼女の契約を交わした男女がいるだけで契約以前にあるだろう
不安めいた憧れやまぶしい夢のようなものは存在しない。あるのは肉体恋愛のヴィジョンだけ。
初体験の年齢うんぬんを一様に取り立てて記事していたりしますが、
彼女たちは肉体恋愛にのみおぼれたのか、情熱恋愛の末のものなのか、
趣味恋愛の中での間違いなのか、虚栄恋愛が虚栄的に進行したものなのかを
考えた方がいいような気がする。
援助交際は恋愛の要素はないのかもしれない。
階級社会的な言い方だけれど、女子高生なんだっていう一種のブランド感、それを売る。
それを売るのには自分も売らなければならない。好きでやる子もいれば、
金のために息を止めるようにして事を済ます子もいるだろう。
援助交際を止めるには…。これだけ性の情報がはいってくる情報社会の中で、
貞操感を養えるのか。不特定な人間に身体を売ることをしないためにはどうしたらいい。
僕はこう思う。もっと早い段階で、それも女子だけが性教育を受ける時期から恋愛を教えていくべきだと。
実例をまじえて恋愛を教えることで、情熱恋愛、趣味恋愛、虚栄恋愛、肉体恋愛というものを認識して、
自己分析に役立てることができる。ただ、この恋愛教育には恋愛を抑制するという
難しい装置がついていないとなりたたないような気がする。
昂ぶる恋愛への気持ち。まだ十分にわかっていないのに行動へ移さずにはいられない子も大勢いるだろう。
それだけ、恋愛というものは心を高揚させて興奮させて平常でいられなくする類のものなのでしょう。
となると、中学は女子校にして、ずっと厳しい寮生活なんかを送らせなければいけない。
『後宮小説』の後宮での学問の仕方を思い出す。教授がいて、講義をする。
恋愛というよりは、もう房事を中心に技術や論理を女に教えていく。
これはりっぱなお妃を育てると言う意味だから、そうなるのだけれど、
現代の女子だって、お嫁さんになるという意味で勉強するならば、後宮の講義方法でも良いかも。
つまるところ、今は大学機関でも、恋愛に関しては研究ばかりがさかんで教育面のインフラが皆無に等しいらしいのです。
そこを、恋愛教育というものに力を入れて生み出していくことが重要なんじゃないだろうか。
中学の科目に「恋愛」を作る。すごく自然で良い。『ローマの休日』とか見せればいいしさ。
援助交際をしている女の子に好きな男ができたときに、こんな自分が相手を好いていいだろうか、
と自己を省みる心的作業が生まれる。そして、金のためなんかに自分の身体を売って、
擬似的な恋愛を売って、そんなものに使った、自分の唇で好きな子とキスができるだろうかと悩むだろう。
もしも恋愛の教育を受けていて、接吻の軽くて重い意味合いを知っていたなら、
自分を汚してしまう行為を進んで行うようにはならないんじゃないかと思う。
好きな男に捧げるもの…なんて言うと前時代的ですけれど、性交渉するときだって、
心身ともに清潔な状態でありたいと思うものなんじゃないかな。
というのも、ノーマルな状態では、好きな相手を汚したくはないものです。
それに、あの人はあんなに輝いているのに私はそれに見合う清純さを持っていないと嘆く場合があるでしょう。
その汚れというものが、自分の意思でついてしまっているものならば、なかなか拭えないし、
自分が一つ落ちる他なくなる。
とはいえ、お互いにまるで傷が無くて汚れてもいない二人が恋愛していたら、
それはそれで無味乾燥なイメージを持ってしまいます。
本当ならば、挫折とか過ちを許しあえる仲であったらいいのでしょうか。
援助交際は、その後悔いても消せない事実が残ります。恋愛の観点からみてそれは恥だと知るべき。
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はい、ありがとうございました。
なになに、mask555さん、言葉の意味わかってしゃべってる?って感じがしますね。
自分でびっくりだもん!
難解な本を読むことで、僕の頭のミラーニューロンがその雰囲気をコピーして頭を難解モードに
してしまった感覚もありますね。そのとき読んでいる本に影響されるもんです、書き言葉も思考も。
書き手が乗り移ってくる感覚といってもそうは間違いではないでしょう。
ま、いいです、僕のツイートの話は。
そのうちまたこういうツイートをしてしまうんだろうなぁ、おっかないなぁ。自分がわからんです。
それで、いじわるにも、この晦渋ツイートを前述のY君にメールで送りつけようと思っています。
返事来るだろうか…。
最後に。恋愛論の本論よりも、挿話であるエルネスチーヌの章なんかのほうが
読み物としては面白いです。僕はこういう話が好きなほうです。
スタンダールは小説も残していますから、この調子だとけっこう面白いんじゃないかなぁと
推察するところなので、そのうち読んでみようと思っています。
村上龍さんのデビュー作『限りなく透明に近いブルー』にもスタンダールの『パルムの僧院』が出てきたもんなぁ。
そうそう、村上龍さんといえば、僕のツイートの援助交際うんぬんのところでの基盤となる考え方が
彼から得たものだったりします。
そんな感じで、今日はこのへんで。 -
Posted by ブクログ
愛が狂気に変わっていく様がありありと見えて恐ろしい。この作品の中の真の主人公は公爵夫人だと思う。意志を持った女性は強いなと思わされる。
一言でまとめるなら、世代違いの叶わない恋に身をやつした女性の物語。でも、それがかわいそうだとも思えない所にこの物語の魅力がある。むしろ女性の末恐ろしさを感じさせる。。
てゆーかクレリア…「純粋すぎるけど可愛いっ絶対最後幸せになってね(*´∀`*)」て思ってたのに、、ラストでショック受けた。
私の胸の高鳴り返して( ´Д`)
最後の10ページは私にとっては不要です・゜・(つД`)・゜・
ファブリスのどうしようもなさが最後に垣間見えたのは個人的には良かった。そんなもんだわさ。