大岡昇平のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
太平洋戦争末期、南方で俘虜となった日本軍兵士たちの歪んだ心理状態をつぶさに書いている。
大岡昇平の著書を読んだことがなかったので、彼の作品の中からこの「俘虜記」を選んでみた。暗号手として任務についていた由である。とにかく大岡氏の学識の豊富さには驚いた。特に外国文学には精通しているようだ。当時一般の兵士で、英語が読め話せるということはかなりのインテリと言っていいだろう。軍隊ではこういう人物が訳の分からない上官からイジメを受けやすいそうだ。俘虜になってからは別だが。
私の叔父は海軍の航空機の整備兵だったと聞いている。あまり詳しいことはわからないが、やはりガダルカナル方面へ向かう途中、米軍機の爆撃にあって撃沈され帰らぬ人となったという。菩提寺には彼の出征当時の写真が収められており、お盆などお参りに行くたびその写真を見て手を合わせたものだ。だから当時兵隊さんたちは戦場でどんな生活をし、どんなことを考えていたのか知りたいと思っていた。大岡氏はこの作品の中で極めて冷静に周りの俘虜たちを観察し記録している。小説というよりは記録文学である。
奇しくもちょうど今、NPTの国際会議が開かれ紛糾している。全体会議の合意が出来ないらしい。核保有国と非保有国との足並みが揃わないのだ。日本は唯一の被爆国として、世界のリーダーたちが被爆地を訪問することを明記するよう提案したが、中国の反対で実現しなかった。私はやむを得ないような気もする。
大岡氏はこの中で面白いことを言っている。原爆投下の報に接した大岡が驚いたのは、原子爆弾という新しい兵器の登場であり、しかもそれがあまりにも破壊的であったからだと書いている。しかし反面「戦争の悲惨は人間が不本意ながら死なねばならぬという一言に尽き、その死に方は問題ではない。」とも言っている。
私も概ね同様に考える。確かに原爆により亡くなった広島、長崎の人々は大変気の毒だが、例えば東京大空襲で亡くなった東京市民とはどんな違いがあるのだろう。亡くなった人にしてみれば、大岡の言うように死に方は問題ではないのかもしれない。
核兵器は無くして欲しい代物だが、現実問題として可能なのだろうか。これまでのように広島、長崎に固執した感情論は世界ではもはや通用しないのではないのか。悲しいが中国には日本は戦争の被害国ではないと言われる始末だ。
もう一つどうしても記しておきたい。それは、もし飢えたら人肉を喰うかという問題である。ある一人の上官がそんな提案をしたそうだが、結局大岡の部隊は幸い最後までそんなシチュエーションにはならなかった。だから大岡はそんなことはなかっただろうと思っている。
しかし最近でも山中に墜落した旅客機の生き残った乗客たちが、亡くなった他の乗客の肉を喰って飢えを凌いだという噂があった。また昔の中国では人喰い風習が実際にあったらしく、これについては魯迅も書いているし、有名な小説水滸伝には度々人を喰う場面が登場する。博学な大岡はそんなこと百も承知だろうが、人喰いなんて想像もしたくなかったのに違いない。 -
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中原中也には希望がない。読むんじゃなかった。太宰のような、照れ由来の諧謔もない。このふたり、犬猿の仲だったようで。もっとも、太宰はへらへらしてたんだと思う。同時代の詩人として、感じていることは同じだったと思う。中原が「もうだめだ、悲しい」という諦めの詩を書くところを、太宰は「それは桃の花のようだ」という。
以下、wikiからの引用。
中也は酒癖の悪さで知られ、同席した太宰治に対し「お前は何の花が好きなんだい」と訊ね、太宰が泣き出しそうな声で「モ、モ、ノ、ハ、ナ」と答えると、「チエッ、だからおめえは」とこき下ろした。
やっぱり、太宰がいいのでしょう。 -
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冒頭の「捉まるまで」を読み、その余りにも緻密で分析的な文体...
まったく新鮮な感覚。
今までに読んだ小説とは明らかに違った文体で、どちらかと言えばノフィクションや思想書的な感じにも思えました。
大岡昇平さんは、大戦末期の昭和19年にフィリピン・ミンドロ島の戦地へ送られます。
そして米軍の俘虜となり、収容所で約一年間過ごすことになる...
本書はその収容所での体験記が大部分を占めていますが、そこでは私達がイメージする収容所の過酷さや悲惨さは殆んど無い。
俘虜には、十分過ぎる量の食事を与えられたために次第に肥えていき、喫煙しないものにも配給される煙草を賭博に用いたり、干しブドウから酒を密造したり米軍の物資を盗んで貯め込んだりしている。
そういった俘虜達の強かさや堕落した姿がリアルに描かれています。
読後、著者はいったい何を一番伝えたかったのだろう...
俘虜生活の実態?
戦争の悲惨さ?
軍隊の不条理?
通訳として米軍と俘虜の間に入った辛さ?
それらの事もあるのでしょうが、やはり一番は『俘虜という状態が彼らに与えたものが解放後もなお、彼らを支配しているのではないかという指摘』だと思います。
これはあとがきによれば俘虜収容所の事実をかりて、占領下の社会を諷刺するという意図もあったようである。
「我々にとって戦場には別に新しいものはなかったが、収容所にはたしかに新しいものがあった。第一周囲には柵があり中にはPXがあった。戦場から我々には何も残らなかったが、俘虜生活からは確かに残ったものがある。そのものは時々私に囁く。『お前は今でも俘虜ではないか』と」 -
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著者の太平洋戦争従軍中の体験である、マラリアに罹り倒れていた所を米兵に囚われ俘虜収容所に送還されて終戦・帰国を迎えるまでの一連を記した自伝的小説。
冒頭の「なぜ自分は米兵を殺さなかったか」という問いを、安易なヒューマニズムに帰着させることなく鋭利なまでに自己の内面を掘り下げていく叙述も凄いのだけど、何より驚かされるのは中盤以降淡々と述べられている俘虜収容所での生活模様。それは、皆が思い浮かべるような「戦争時における非人間的で悲惨な」ものでは全くなく、清潔な住居と被服と2700キロカロリーの食事と非喫煙者にも無差別に与えられる煙草。会田雄次 『アーロン収容所』が書いたのとは異なる、もう一つの収容所の姿がここにある。
印象に残ったのは、俘虜について語るときに度々使われる「阿諛者」という言葉。あゆ?つまり、相手の顔色を伺い、相手が気に入るように振る舞おうとするような事だ。分不相応に快適な生活を与えられた者は、相手に対して自ずから卑屈になってしまうのだろう。そして、そんな卑屈な人間は自分も含めて今でも、どこにだっている。だからこそ、以下の一文には痛みを覚えずにはいられなかった、
戦場から我々には何も残らなかったが、不慮生活からは確かに残ったものがある。そのものは時々私に囁く。「お前は今でも俘虜ではないか」と。 -
Posted by ブクログ
前半と後半で違う人が書いたように雰囲気が違っている。
前半は俘虜になるまでの戦闘と慣れない俘虜生活。
一文一文に無駄なく意味が込められ、とても男性的な、硬質の文章であった。
後半は慣れ切った俘虜生活から帰国まで。
なんというか長過ぎる林間学校のようである。
俘虜達がユーモラスに描かれている。
俘虜って暇だったんだなぁ…
戦前の日本人はそこまで綺麗好きではなかったようで意外だった。
筆者が自らをインテリと称し、大衆を見下していると明言する書き方も意外であった。
読んでいて気持ちがよい。
もちろん一小市民としてのインテリであることには度々言及されているが。