北杜夫のレビュー一覧
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マンボウ先生、晩年のエッセイです。
かつては船医として7つの海を渡り、カラコルム登山隊のドクターとしても参加した北杜夫さんですが、晩年は入院生活をされながらも、ご家族に囲まれて穏やかに暮らしておられたようです。
年を取るといろいろな欲が消えるので、ストレスが無くなり、なかなか死ねない、アイロニイだが真実だと、医者らしいことをおっしゃっておられ、なるほどと思いました。老体となったご自分の姿を、衰えることのない独特のユーモアでしみじみと語られていました。
昔話も多く、父茂吉のことが多く語られているのは、尊敬してやまない存在だったことが伺われます。
年を重ねてゆけば、親しかったひととの別れも多くなります。なかでも遠藤周作とのお別れが印象的でした。
老いることへの覚悟を、やんわりと教えてくれる本でした。 -
Posted by ブクログ
いやー北杜夫さん!!!!!
ふなのりクプクプの冒険がだいすきだった!
小学生の時に笑い転げた。そんな著者の大人向けっぽい装丁&分厚さのこれを見つけて、分厚いから迷ったけど面白いに違いないから買いました。
なんやこらーーーー
何度も本で吹き出したの久しぶりです。
テキトーすぎるしつじつま合わんしこれはひどい笑
いい意味で。笑
最後はネタ回収さえしてくれないし
どーなったんwww
なんなの!!!!と拍子抜けしたけど、なんか破天荒というかこんなのもアリだよねっていうか、肩の力が抜けました。
こうじゃなきゃダメっておもわなくても、いいか。って思えた。
もうなんか、無意味すぎてこんな分厚いのにこのフラグばらまいて放置感がすごすぎて、うん。読者笑わせて、振り回して、置いてくみたいな。でも全然嫌じゃないんだよね。
さすがっす!笑 -
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現実逃避には紀行文がいちばん。できれば、凡人とは目線がズレていて、しかもコミカルなのがいい。『どくとるマンボウ航海記』は、まさしくそんな条件を満たす絶好の一冊。
「掘りだされて一年目のゴボウのごとく疲れ果てた…」(上陸がうれしくてついはしゃぎすぎたマンボウ先生)
「もっとも安くもっとも面白い場所を古ギツネのごとく捜しだす…」(古参乗組員について)
「海と空の中間の色彩で、ほそく一直線におどろくほど起伏なくつづいている」「それはいかにも涯がなく,窺いきれぬほど暗黒なものを蔵しているかのようだ…」(船上から目にしたアフリカ大陸の眺めについて)
こんな独特の表現とともに、いまはもう二度とこの目で見ることはできない60年近くも前の世界が生き生きと立ち上がってくるのだから、なんとすてきなことだろう。 -
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表題作『夜と霧の隅で』、ナチス下のドイツで"真っ当な"血統保存を目的として行われた分裂病患者の殺害。精神病患者の病院を舞台に、そこで医師として働くケルセンブロック、患者として入院するも、ユダヤ人の妻を亡くし最終的には自殺してしまう日本人のタカハシ、年老いた院長、様々な立場に置かれたそれぞれの人々を描く。
有益か無益か、合理的思考からその二元論的な結論に達してしまいがちだが、そうだとしたら戦時中の精神病患者たちは軍部の目には間違いなく"無益なもの"として映るのだろう。「p252 人間についての僕の考察をいえば、この時代やこの戦争が特に暗黒な目をおおう時代とは思えないね。人間の文化、道徳、殊に進歩に関する概念なんてものはたわごとだ。人間の底にはいつだって不気味なものがひそんでいるのだ。」これは戦時中という時代背景に特有なことではなく、弱者を切り捨てる政策というのはいつだって見られることだ。でも最後のツェラー院長の無言の回診のように、合理的な意味がないにしても人の心は動かし得る。いわば、無益なもの同士がお互いに影響しあう様は現代人に何を示してくれているのだろうか。 -
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宗吉(北杜夫)が茂吉を父として認めた一瞬。
《本文より》
そのうち、苦労して「赤光」「あらたま」からの自薦歌集「朝の蛍」を入手した。
これらの初期の歌は、ずっと圧倒的な感動を私に引起した。
青年期の感情的、抒情的な歌どもであり、更に私の記憶に懐かしい青山墓地や私がそこで育って嫌だった狂院のことなどが詠みこまれていたからだろう。
私は暗記するまでそれらの歌を繰り返し読み、私自身のとりとめのない、だが切迫した感情にひたった。
そして、昔から単に怖いと思っていた父は、突如として茂吉という崇拝するに足りる歌人の姿として、私の内部で変貌したのである。
あの頃のわたしの異常ともいえる感傷癖は、やはり死が身近に迫っていることからもたらされたもあったかも知れない。父の歌の中でもとにかく「さびし」くて「悲し」ければ私の嗜好ぴったりするのであった。
輝子の天蓋無謀、我儘勝手、傍若無人がよくでている。
《本文より》
母は自分の息子が当時では滅多にいけなかった外国を訪れたことに対して、むらむらと負けてなるものかという持前の好奇心をおこした。それが生来の、母の本性であった。
母にとってはけしからぬことに、二人の息子、つまり私(杜夫)と兄が、「ハンブルクのレーパーバーンは…」云々と話しあったりしているのを聞いていると、彼女の胸の中に生来の祖父ゆずりの好奇心が抗いがたく沸いてきたのはごく自然のことであっただろう。
いや、そればかりではなく、母はッカチで、またいざという場合、男まさりの闘志をふるい起こす性であった。息子に負けてはならぬ。否、彼らを海外旅行においても凌駕してやろう。こうした意思が、母の胸の中にみなぎりだしたことは当然のことであったのである。 -
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タイトルに惹かれてフラフラと手に取った。
すごく気になるタイトル。
北杜夫さんの本は初めて読んだ。
可愛いと思っていなかった孫がじわじわ可愛くなって、ついには爺馬鹿になるまでを書いた「デンヤ」。
タイトルの「デンヤ」についても読めば納得。
そしてとても可愛い。
「ジイジ」って可愛い呼び方だ。
内弁慶のフミ君がかたまる場面も非常に可愛らしい。
にこにこしてしまう。
ホテルのカンヅメでの大失敗を書いた「私はなぜにしてカンヅメに大失敗したか」は、かなりクラクラする長さ。
これでもかと言うほどに詳細。
お風呂にお湯をためる描写がすごく良かった。
こういう瞬間にも物語のプロローグを作れるのが作家なんだろうなぁ、なんて思ったり。
「日米ワールド・シリーズ」はさらに長い。
いったい何の話が始まったのかしら?と思ったら、野球というスポーツを通じて繰り広げられる日米の戦いの記録だった。
アメリカのプロ野球解説者の視点で書かれているので、日本は終始ジャップ呼ばわり。
そしてアメリカに負け続けていた日本が人造人間並みの強さを手に入れる過程と、日本に勝てなくなったアメリカがなんとしても日本に勝つために使うあの手この手がものすごい。
野球のことはあんまり知らないけど、それでもこれはないなと思う。
でもあったらあったでなんか面白いかもしれないとも思う。
日本の監督が作家だとかいうところも。
最後まで勢いに圧倒されてしまった。
読みやすくはなかったけれど、慣れればくせになるかもしれない。