佐々木正美のレビュー一覧
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これは読んで良かったと、思える本だった。
今教えている学校は、授業を基本的に英語で行うところなのですが、たまに日本語を使うとき、私は丁寧語を使います。
いや、基本そうでしょ、という人もおられるかと思いますが、周りの人にびっくりされたんですよね。
「子どもは別に丁寧語というわけではないのに、先生(私)は首尾一貫して丁寧語なんですね。」と。
この本も似ている。語り口が丁寧で優しくて、ずっと聞いていたくなるような、読み進めていきたくなるような。
できるだけ、耳に心地よい日本語に、触れてほしいと、思うのです。
生まれてきてくれただけで、本当に素晴らしくありがたいことなんだ。
この心持を忘れがちな今に、優しく語りかけてくれる「大人」が、まだいてくださることに、私は頭が上がりません。 -
Posted by ブクログ
「佐々木正美先生の子育てお悩み相談室」2016、主婦の友社。
本当は、この作者の「こどもへのまなざし」という本を読みたかったんです。
(いずれ、読みたいとは思っています)
まあ、いわゆる「子育て上の、気持ちの持ち方について」という本です。
なにかの雑誌に連されたものであるらしく、一問一答の形式。
全体に貫く態度としては。
乳児、幼児の子育てについて、「甘えさせていい」「わがままをきいてあげる」「無理に良い子にするように躾けない」「とにかく愛してあげなさい」みたいなことです。
それだけまとめて言うと、「なあんだ」となりますが、具体的に読んでいくと、「なるほどなあ」という項目もけっこうあったりします。
僕は基本的に好きです。ええ本やったなあ、と思いました。
もし良かったらですが、これから子育てをされる人には、山のような育児ハウツー本がありますが、迷ったら佐々木正美さん、お勧めです。
(と言っても、他に類似の本を読んだことが無いので、きわめて偏見に満ちたお勧めですが)
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一つ言うと、「できないことを指摘して、怒ってばかりいると、その子は怒られるようなことをし続ける。できないままになる」というようなことを書いてらした。
これは、実は大人の世界でも全く同じだと思います。
一種、思想や信念とか価値観とか趣味とか、そういう次元の問題なのかもしれませんが、僕は大いに同意します。
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なんというか、「変に科学的ではない」あたりが好きですね。
そしてどっちかというと「経験的でしかない」というのも好きです。つまり、どうやら佐々木さんはかなり高齢、お年寄りです。
1935年生、児童精神科医さんです。
(今、かるく検索してみたら、なんと2017年6月28日、つまりつい数日前に81歳で逝去されていました…合掌)
「科学的に」「論理的に」「デジタルに」子育てについてなんて語れる訳がありません。
それよりよほど、「何十年も子供の精神科医として親や子供と会ってきたけど、こう思うなあ」という方が、話を聞いてみたくなります。
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この本、この作者については、連れ合いが出産直後に「子どもへのまなざし」を読んで、「ええ本やなあ」と感心したそうで。
つまり、連れ合いのイチオシの本、作者だった訳です。ならば、手軽に読める電子書籍で一つ、読んでみよう、と。
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子育てについて、どうのこうのと人さまに言う事は何も無いのですが、
せっかくなので将来の自分への備忘録として書いておくと、
将来、子供に向かって、
「お父さん(とお母さん)は、あなたのために、○○した、○○している」
「○○するのは、させるのは、あなたのためなのだ」
というようなことは、なるたけ言いたくないなあ、と思います。
誰かの基準で測ったときに、「良い子」になるのか「悪い子」になるのかは、神のみぞ知るですが、
(まずそもそも、誰の基準で測るのか、なぜその基準を信じることができるのか、という問題が大きいのですが)
いずれにしたって、親が「こういう人間になってほしい」という希望を持ったときに、その希望が具体的であれ、精神的であれ、
「どのみち、その通りになるわけが無い」。
と、思うからです。
せめて、プレッシャーとか、理想像を実現できずに親からすら減点法で見られる、ということは無しにしてあげたいなあ、と。
何より思春期になって「両親が自分のために、色んな事をしてレールを敷いてくれた」という感じ方をするよりも、
「愛してはくれたけど、あとは気まぐれに親の勝手に楽しんだだけで、ほっておかれた」と感じる方が、きっと反抗や自立に向けて、幸せなんじゃなかろうか。と。
自分のことを振り返って、そう思っています。
と、思っているのも、長女が2歳の現在の話で、さて、これを5年後10年後の自分が読んだら、どう思う事やら。 -
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育児がうまくいかない。
すぐイライラして怒鳴り散らしてしまう。
怒りで身体中の血が煮え立ち、そのたぎったものをどこにぶつけたらいいかわからない。
ストレスに次ぐストレス。
半年以上トイレトレーニングをしても未だにウンチはうまくいかないし、人が嫌がることをわざとやるし、減らず口を叩くくせに気持ちをうまく言えなくて大泣きする。
こんな子、いらない。
でも......。私が悪いのかもしれない、どこかに障害があるのかもしれない。
わからないよ、助けてほしい。
そこで目に留まったのが、「第四章 障害を持つ子ども」。
もしかして、を考えて読んだ。
すると、こう言われたのだ。
「一番大切なことは、この子達に深い理解を示してあげるということだ」(362頁)
私はちゃんとできているだろうか。
悪い親だから、この子の未来を潰してしまっているんじゃないだろうか。
「欠点や短所ばかりを注意され続けることによって、子どもは自分自身を信じられなくなってしまいます。」
「子どもというのは、私のこと、僕のことを大好きだと言ってくれる人に、どれだけめぐまれるかということが、その子がどれくらい自信と誇りを持って、生きていくことができるかを決めることになるんだと思います」(134頁)
「「あなたには、こういうすてきなところがある」と本人に伝えてあげること」
「こういうことを十分しないうちは、子供の欠点や弱点を指摘しても通じない」(182頁)
もっと甘えさせてあげよう。
もうおしまい、と勝手に切り上げないで。
すると、本当に、子供は「もうおんぶ降りる」と言ってくるではないか。
それでもやはり毎朝、毎晩、抱っこ抱っこと大騒ぎしているけれど、やってあげるとそれはそれは満足そうにしているのだ。
本書に書かれた内容に、一から十まで全てが正しいとは思えない(一箇所同意しかねる部分があった)。
でも、通して子どもへの愛と、親、とりわけ母親に対する愛情が深く感じられた。
今日よりも明日、それが希望になるし、子供は望んだことを満たしてあげればちゃんと自立できる。
この二つの言葉が本当に助けになった。
下手な育児をしているのはわかっているし、点をつけるなら35/100点くらいの母親だ。
だから子どもに話した。
ママも、〇〇ちゃんも頑張らなくちゃいけないところがいっぱいある。
でも、二人で一緒に頑張っていこう。大好きだよ。
小さな指が私の指を掴んだ。
指切りね、この約束を守っていきたい。 -
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まなざしシリーズ完結編。前の2冊から10年ほど隔たって、2011年1月出版。
発達障害スペクトラムのお話がかなりの部分を占めている。発達障害の方にとって「無理解で熱心な人」がいちばん困るという。彼らの得意なこと、苦手なこと、世界の捉え方の違い、私はほとんど知らなかったので勉強になった。
障害者であっても、良き理解者に恵まれて輝いている人はたくさんいる。反対に、身近な人に受け入れてもらえず、自分を大事にできず、不幸な状況に追い込まれてしまうケースも少なくない。
でもそれは障害者でなくても人間みんな同じこと。著者が繰返し説いている「どんなあなたでも愛している」という母性愛、これを受けとることなしに、人間は成長できない。
「親の愛だけじゃダメ」という話も興味深かった。両親は子どもの将来を思って、こうあってほしいあれができてほしいとどうしても期待してしまう。その出所は確かに愛情ではあるが、期待は「今のあなたには満足していない」というメッセージになってしまう。だから親だけでなく、おじいちゃんおばあちゃんや地域の人など、なるべくいろんな人から愛されたほうがいい、という話。
(まあこういうことは第一巻にも書いてありましたが。)
それから、エリクソンのライフサイクルモデルというのの話や、著者の生い立ちや留学時代の話など。 -
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職員の感動が伝わるカウンセリング研修の報告を読んでいて、中に出てきた「エリクソンの発達段階」をあらためて掘り下げてみたくて、辿り着いたのがこちらの本。
発達心理学の授業で学んで以来でしたが、佐々木先生の人生を振り返りながら、関わってきたお子さんや家族の様子を踏まえながら、日本に今起こってきている人とのかかわりの薄さが生み出す病理のようなものをひも解きながら展開されていく8つの段階が、心に深く沁みてきます。
発達課題のひずみは置いてきた部分を丁寧にやり直すことが大切であり、それは大人になっても言えること。
自分自身も、職員の育成をしていても感じること。
「人間の本当の幸福というのは、人間関係の中にしかない」「人間関係の中でくつろぐ努力」「親しさの中で癒されること」納得。そして、道のりは続く。 -
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大人はどうしても、発達障害のある子の困った行動に目が行きがちですが、それを子どもの視点で点検しなおして、大人側が無理な要求や関わり方をしていないか、見直すことが必要、ということが書かれていた本でした。
確かに、発達障害の子のほとんどは五感+平衡感覚などの感覚の発達がでこぼこしてうまくいっていなかったり、過敏または鈍感だったりするので、その子自身の世界の感じ方が違います。
それだけに、「この子はどんな感じ方をしているのか」を子どもの立場でみてあげることが大事だなと思います。
そう考えると、発達障害またはその疑いのある子は、どの感覚が鈍いのか過敏なのかをチェックして、親やその子に関わる大人は知っておくといいでしょうね。
この本は、子どもの特性別に具体例と対応のしかたが書かれています。また、別の視点でみればこんないいことも♪なんてことも書かれているので、今まで悲観的に子どもさんを見ていた大人の方には光が見えるかもしれません。 -
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自分の使命は、尊くて、しかも困難なものであることを認識させてくれる1冊。
そして、これから、どんどん、もっと困難なものになっていくことすら予想させてくれる。
それでも、その道を志すのなら、やっぱり目をそむけてはいけないのだと思います。
そして、誇りをもって。
最近、「幸せ」についてよく考えています。
物質的な幸せと、精神的な幸せについて。
若い頃だったら、けっこう気にしてなかったというか、避けてきた考え方なのに、なんか最近は、そういう考え方に頷く自分がいます。
物質的な幸せは、精神的な幸せとつながっていないなぁ。つながっていないというよりも、反比例しているのかも。
でも、今の物質的な豊かさを手放せるかと聞かれると、それは無理だという……。
この本は、あきらかにわたしの子どもへの接し方を変化させるだけの力をもった本でした。
それは、表面的なところでは、見えない変化なのかもしれませんが。
わたしたちの前にあるのは、希望でしょうか?絶望でしょうか?
それでも、何があっても、1歩1歩、子どもたちと歩いていかなければなりません。 -
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続編は、読者の質問に答える形であり、1と並行して読んでも面白い。だって、「子どもの望むとおりにできるだけしろ」と言われても、「我儘になるんじゃないか」と普通は思うよね。でも、希望を聞いてもらった子が、他の人の希望も聞けるようになる、というのはそうだな、と思う。気持ちを受け入れてもらった子が、その人のいう事なら聞こう、と思えるんだもんな。それは大人だっておんなじだよな。義父が、小学生になってもおっぱいを飲んでいたが、大人になって戦争中、戦争反対を唱え続けた人だったらしい。あの時代、自分の信念を貫き通すことなんて、なかなかできることではないが、存分に子どもの頃認めてもらったから、自分に自信をもって行動できるようになった良い例だと思う、と書いてあった。取りようによれば、頑固。そういう生き方をしてほしいかどうかはまた別か?それとも、そういう人が幸せか?つい、子どものころ我慢させて、大人になっても何がしたいかわからない、受け身的、そんな大人が自分を含めて多いようだが・・・。それはいい事とは思われていないが。今の日本では、「個性を大事に」「自分らしく」とかいいつつ、そんなのがんがんやったらブーブー言われると思う。だから中途半端にそういう事が求められているのが今の現状なんだとおもうけどね。
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ネタバレチェック項目11箇所。子どもを健全に育てるためには、まず母性をたっぷり与え、そのうえで必要なところで父性を与えていけばいいのです。「母性」とは、子どもをありのままに認めてあげる力、許容し、承認する力、無条件にわが子を愛することが母性的な愛情の本質です。「父性」とは、規律や規則、約束や責任を子どもに教える力、いわゆる社会性を身につけさせることです、そして、そこに基づく愛情が父性的な愛情なのです。第二次世界大戦後、私たち日本人は自由で豊かで平和な時代に生きてきましたが、その半面、いつの間にか”自己愛的”になってしまった気がします、その結果、子どもが期待する親になるのではなく、自分の望みを叶え、満足させるために、子どもを育てている親が多くなっている気がしてなりません。ブータンは決して豊かな国ではありません、しかし、自分が幸福だと思っている人は9割以上にも上っていて、ブータンの人々に幸せだと思う理由を尋ねると、多くの人が「人々が助け合って生きているから」と答えています、人間というのはどんなに物質的に豊かであっても、人間関係を失っていては幸福になれないし、子どもをきちんと育てることはできないのです。アルコール中毒とか、ヒロポン中毒(覚醒剤)とか呼ばれた患者さんの生い立ちでもっとも多く共通していたのが、乳幼児期が決定的に粗末だったということです、そういった問題は一見問題がないままに成長しても、おとなになってから依存症という形になって現れるのです。私たち人間はいろいろな意味で、相互依存しながら生きています、健全な人間というのは、相手のことを受け入れると同時に、他者にも依存しながら生きています、しかし、依存症の人というのは、一方的に他者に依存するのです、そして、他者に甘えることで、幼児期にやりのこした依存を満たそうとします。もし、子どもがいらだつ姿を目にしたら、「ああ、この子は苦しんでいる、葛藤しているのだな」と思い、黙って見守ってあげてください。親に見守られることから子どもに培われるものとは、なんなのでしょう、それは「人を信じる力」です、人を信じられることと自分を信じられることは表裏一体の関係です。子どもに言いたいことをなんでも言わせてあげて、それを聞いてあげるーーこういった家庭環境をつくることで、子どものこころが安定し、子ども自身の問題が解決うすることもたくさんあります。人間は社会的な動物で、生きている限り、「自分は人から愛されているのだ」と思えることが、だれにとっても大きな癒しとなり、生きる力につながるからです。日本の子どもはいま、いちばん身近な母親の存在を否定しているだけでなく、父親に関しては、家庭内における役割さえ意味のない存在として感じているのです。
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Posted by ブクログ
わたしのバイブルである「子どもへのまなざし」完結編です。
今回は、自閉症スペクトラムについてが中心でした。
もしかすると、私たちは、「わがまま」という言葉の意味そのものを考え直さなければならないのかもしれません。
なんか、当たり前のように言われて、常識として流布されている素人の教育が、実はわたしたちの子どもたちを生きにくくしているのかもしれない。
最近、わたしがよく思っていることは、「他人はかわらない。変えることができるのは自分だけ。」ということ。
他人を変えるのに、汲々となるのではなく、変わるべきは自分かも。
もしくは、どうしてもうまくいかないならば、その人からはなれるというのが正解のような気がします。