“「あなた、リディアさんについていなくていいの?エドガーさまが姿を消して、きっとつらい思いをしているわよ」
「伯爵のことは、俺ではなぐさめられないんだ。いや、ほかの誰も、リディアにとっての伯爵の代わりにはなれない」
「……そうね」
エーミンにもそれは、痛いほどわかる。エドガーは、リディアに出会って救われた。彼女への想いは、復讐よりも幸せに生きるための希望を彼に与えた。
エドガーの身近にいて、彼をいちばん知っていたはずのアーミンではなく、彼がつきあってきた多数の女性でもなく、本当に彼が望んでいたものを与えることができたのはリディアだけだった。
「リディアはこれから妖精国<イブラゼル>へ向かうことになるんだろ。善き妖精<シーリーコート>の国へ行くのに俺がいるのは不都合だろうし、だからこっちへ来てみたわけだ」
「エドガーさまを見張るつもり?」
海のほうを見たまま、ケルピーは片方の眉を上げる。
「伯爵がプリンスなら、近づくのはごめんだな。俺は支配なんてされたくない。それに……」
言葉を切って、ふと隣にいるのが誰だか気づいたようにこちらを見る。
「リディアのまわりには仲間がいっぱいいるが、おまえはひとりだ」
本当に変わり者の水棲馬だ。アーミンはその黒真珠の瞳から目が離せなかった。”
フランシスの件はなんかあっさりと明かされたせいか驚きは小さかった。
エドガーがどうなってしまうのか気になる。
プリンスに、呑まれることはないだろうけど。
“「やあリディア、なかなかいい船じゃないか」
フランシスが帆の間から顔を出す。真っ白な帆はすでに広げられているが、今はまだ風だそこを避けていくのか、船は地面に根が生えたように動かなかった。
そもそも、船は地面の上を動くものではないが、妖精の船だからきっと動くときは動くのだろう。
「ええ、すてきだわ」
エドガーにも見てほしかった。そう思うけれど、今は仕方がない。いつかきっと、二人で妖精国へ行ける日が来るはずだから。
「ポールのやつ、さっそく創作意欲がわいたらしくて、ぼーっとあそこに立ったままだ」
そっとリディアは涙をぬぐい、フランシスが指さす船縁のほうを見た。
ポールがぼんやりと遠くを見つめている。その横顔がなんだか悲しそうに見えて、リディアが近づいていくと、彼は前を見つめたまま口を開いた。
「どうして、伯爵がここにいないんでしょう」
彼も、リディアと同じことを考えていたのだ。ポールの隣に並んで、リディアは口を開いた。
「ここにいなくても、気持ちはひとつよ」
プリンスにうち勝つ方法を見つけることが、ここにいるみんなの、そしてエドガーの願いだから。
頷きながらも、ポールは納得のいかない顔をしている。
「どうしていつも、伯爵だけがつらい思いをするんでしょうね」”