高星麻子のレビュー一覧
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“「膝掛け、編んでほしいな」
じゃれつくように耳元でささやく彼は、熱い瞳でリディアを見つめる。男の人はもっとそっけないものだと想像していたリディアにとって、こういう日々も予想外のことだった。
「えっと、ケリーに聞いたの?」
「うん、ふたりで使えるくらい大きいのがいい」
なるほど、仕事に忠実なレイヴンが、部屋をあたために来ないのは、ケリーが忠告したからに違いない。
ケリーは気づいていないかもしれないが、レイヴンはケリーの仕事を認めている。
「そう、ね。いいわね」
周囲のみんなにも助けられて、リディアの日々の幸せはある。そう実感しながらリディアは微笑んだ。”
エドガーの幼いころの話とか入った短編集。
昔からその性格だったのね……。
“「そういえばポール、大公とご対面するのははじめてだっけ。ちょうどいいじゃないか、気に入ってもらうチャンスだ」
すると彼は、あわてて否定の身振りをしようとしたせいか、スケッチブックを派手に落とした。
「まさか……!ぼくなんか論外ですよ!大公は亡命された身とはいえ、ヨーロッパ各地の王侯貴族と親戚なんですよ。ロタだって、国で革命が起きなければお姫さまだったわけで……、庶民の相手になるような女性じゃ」
「おや、そっちの話?画家として売り込むチャンスだと思ったんだけど」
拾いかけたスケッチブックをまた落とす。
うろたえるポールを見るのを、悪趣味ながらエドガーはひそかにおもしろがっている。
が、もっとひどいのはフランシスだ。
「ポールって、とくに欠点はなさそうなのに、女性の趣味だけはいかんともしがたいよね」
悪気なんかなさそうに、にっこり笑う。口をあけたままのポールをそのままにして、フランシスは話を変える。” -
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“「大丈夫です、あたしは奥さまの味方ですから」
ハンカチをリディアの手に握らせる。ようやくリディアは自分の涙に気づきながら、子供みたいにすすり泣いた。
「どうしよう……あたし……」
「奥さまは悪くありません」
「彼を責めるつもりじゃ……なくて……」
リディアをあやすケリーのおさげに、涙が染みこんでしまうから、泣きやもうとするけれど、なかなか止められない。
「旦那さまは、きっとすぐにあやまってきます。いつもそうじゃないですか」
でも、今度もそうだとは限らない。
そう思ったとき、ガチャリとドアが開いた。
「リディア、ごめん」
エドガーがそう言った。
「早っ……」
ケリーのつっこみに同感するよりも、リディアはあまりにも驚いて、涙に濡れたままの瞳を見開く。”
レイヴンが可愛い。
三姉妹が良い人すぐる。
“リディアのすべてを受け止められるのかどうかを、決めなければならない。
これまでずっとエドガーは、自分のことにリディアを巻き込んでいいのかと気にしてきた。リディアに救われて、彼女と生きていきたいと思えたから、必ず守ると決意した。
けれど、リディアの宿命について、どこまで考えていただろう。マッキール家の島から彼女を連れ戻したとき、エドガーは、自分さえしっかりしていればどうにかなると思っていた。
プリンスの記憶を封印できさえすればと考えていた。マッキール家の敵はプリンスであって、エドガー自身ではない。ならば自分とリディアは相反する存在ではないはずだった。
けれどリディアに降りかかるものが、プリンスとは関わりなくエドガーから彼女を引き離すのだとしたら。
それでも彼女とともに歩いていく覚悟ができるのかとニコに突きつけられ、動揺していた。
リディアは、エドガーの宿命も何もかも受け止めてくれてそばにいる。それだけの覚悟をしてくれたのに、エドガーはどうだろう。” -
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“「エドガーさまは、どんなにつらい状況でも前向きに楽しみを見出す方なのです」
一見格好のいい言い方だが、伯爵の場合、天然のタラシだというだけではないか。
「とにかく、このままじゃだめだって。伯爵家のためにもならない。あんただってそう思うだろ?」
「はい。エドガーさまに手をあげることができるのはリディアさんだけです」
またリディアはやったのか。と思うニコは、エドガーが従順な妻を歓迎するのも無理ないかもしれないと少しだけ同情した。
「リディアさんの平手だけが、エドガーさまをプリンスから守ってくれそうな気がするのです」
なるほど。と笑いながらニコは、そうだったらいいと願う。
「だったら伯爵は、リディアの思い通りにならないところを、ちゃんと取り戻そうとしてくれるかな」
「ニコさん、エドガーさまを信じてください」
主人を神のように思っているレイヴンだ。根拠もなく信じているに違いない。
それでもレイヴンの、わずかにも迷いのない目を向けられると、ニコはエドガーへの不信感が少しはやわらぐのだった。
リディアの身を誰よりも案じているのはエドガーであるはずだ。そろそろ信用してやらないと、リディアにも申し訳ないだろう。”
いつも擦れ違いの繰り返しが続いて。
ううう、少しもどかしさが募る。
“エドガーも首を傾げる。
「ポールは襲われてもいいのか。あれは前進したってことなのかな」
「どうなのかしら。ロタの抱擁はじゃれついてるようなものだから」
「まあいいや、僕たちも帰ろう」
さりげなくリディアの腰に腕を回すエドガーを、フィリスはじっと見ていた。
「ああそうだ、フィリス。きみが一人前の男だってことは認めよう。けど、僕のライバルになるには、テムズ河で泳げるようにならないとだめだよ」
河に投げ込むぞとい脅しを遠回しな表現にくるんで、にっこりと極上の微笑みを向けるエドガーに、フィリスは首を傾げた。
そんな彼も、いずれは紳士のユーモアとやらを理解するようになるのだろう。” -
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“「ようレイヴン、あのふたり、結婚すればもっと落ち着くかと思ったのに、ますますあぶなっかしくて、あんたも苦労するよな」
「はい」
隣のニコに顔を向けたレイヴンは、ケリーが知るよりもやわらかい表情をしているように見えた。
「でもこの苦労は、悪くありません」
「ま、そうだな。ちょっと前まで、あのふたりもケンカなんかしてる場合じゃなかったわけだし」
顔を見合わせ、深く頷きあう。
「あのう、レイヴンさんはニコさんと仲がいいんですね」
ケリーがそう言うと、レイヴンは意外そうに彼女の方に顔を向けた。
「ケリーさん、いつからそこに?」
見えてなかった?”
リディアとエドガー、まだすれ違うかと若干呆れ気味。
レイヴンが変わりつつあるけど、その方向性が面白い。
ケリー可愛いよ何か健気だ。
“「彼、古い傷がたくさんあるんだね。そんなに目立たないけど、いったいどんな生活をしていたのかな」
問うというよりは、リディアに教えるかのようだった。
そしてリディアは駆け出していた。
“体の痛みは我慢できる。過ぎ去れば消えるものだから”
そのくらい彼にとって、痛みはありふれたものだった。
それ以上の苦しみを、エドガーは知っていた。過ぎ去っても消えないもの。いつまでも彼をさいなんでいるもの。
心の痛みは?
生まれてきてはいけなかったなんて、あんまりな言葉だ。
エドガーは自分のせいで両親が殺されたと自覚していて、傷ついていた。それでもレイヴンや仲間を守るために生きてきて、ようやく自分の将来に希望を持てるようになったのだ。
リディアはその希望をささえられるつもりでいたけれど、この新婚旅行にしたって、エドガーを心から楽しませることができていただろうか。
楽しい時間を過ごそうと、彼の方は心を砕いてくれていたのに。” -
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“「新婦、リディア・カールトン」
また急に緊張しながら、リディアは顔をあげた。
「あなたはこの男と結婚し、神の定めに従って夫婦になろうとしています。健やかなるときも病めるときも、常にこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを重んじ、これを守り、死がふたりを分かつまで、かたく節操を守ることを誓いますか?」
「……はい、誓います」
もう大丈夫。妖精はじゃまをすることができなかった。
安堵して、そしてあらためて、誓いの言葉が胸にしみ入ると、リディアの瞳はうるんだ。
エドガーの手が、頬をぬぐうように触れた。
いつのまにかベールはあげられていて、隔てるものもなく彼の顔を間近に見ている。
“父と子の聖霊のみ名において……”
口づけは驚くほど慎重だった。
そっと触れて、そっと離れた。
“神があわせられたものを、人は離してはなりません。……アーメン”
もう誰かに、不本意に、引き離されることなんてないんだ。
そう思うとうれしくて、こらえきれずに涙がこぼれた。”
こういう類の小説の中で結婚式をあげるなんて話初めて読んだ。はふぅ。
結婚式当日にも相変わらずな二人に少し呆れる。
チェンバレン主教とか、ユリシスの動きが何か怪しい。
“見透かしたように、ユリシスはくすくすと笑う、この結果をわかっていたとでも言いたげだった。
「前のプリンスにはうまく取り入っておられたあなただが、今度のプリンスには嫌われたかもしれませんね。まだ挽回はできますよ。ただ、彼には“プリンス”の自覚がない。おもちゃを取り上げようとすれば、全力で抵抗します。しばらくは、遊ばせておくのが最善でしょう」
「ユリシス殿、あなたなら、いずれプリンスを意のままにできると?」
「その考えは捨てるべきです。プリンスは、まだ赤子のようだろうと、自らがすべての上に立つことを直感的に知っている……。実感なさったはずでは?」
そうだった。美しく鋭利な刃物のような、青年貴族。それでいて、この世の地獄というものを本当に知っているのかもしれないと、微笑みの裏にそら恐ろしさを感じた。
「プリンスの新しい英国での恩恵をお望みなら、今後は我らに従っていただけますね?」
この、プリンスの組織を束ねる若者も、おそらく見かけどおりではないのだろう。
「王子が目覚めたあかつきには、国教会を廃し、あなたの望む協会を樹立することができるでしょう。悪魔信仰だろうとご自由に」
馬車の列が動き始めていた。ユリシスの馬車は止まったままだったのか、間もなく主教の視界から消えた。” -
Posted by ブクログ
“「アシェンバード伯爵は、危険な人です。正しいかどうかよりも、あなたを守ることを優先する」
……でも、正しいことって何?
「エドガーが間違ってるっていうの?あなたたち、何も知らないくせに!」
エドガーはプリンスの犠牲者だ。彼らの組織と戦ってきて、やっと復讐を果たしたのに、新しい“プリンス”にされようとしている。
「あなたたちも予言者も、エドガーさえいなくなればいいのでしょうけど、それが正しいことだっていうの?あなたたちが氏族<クラウン>を守りたいように、エドガーだって大切な人たちのために戦っているだけだわ!」
リディアの必死の反論にも、パトリックは動じなかった。
何がおかしいのか、にやりと笑う。
「伯爵をプリンスにしたくないなら、確実な方法がありますよ。婚約を解消することです」
「な、何を……」
「あなたの気持ちが変わったとなれば、アシェンバード伯爵は、薬を手に入れる必要はなくなります。もはや悪しき妖精の力を使う意味もなく、さっさとロンドンへ帰って、島々の魔力やプリンスの因縁とかかわりなく過ごすなら、ただの人間としての彼のままでいられるのでは?」
リディアがいるから、エドガーは一線を踏み越えてしまう。
パトリックの言うとおりだった。”
二人の気持ちが揺れ揺らいで落ちるべきところに落ち着いて、一段落。
パトリックが何か憎い。苛々。
周囲の人の行動が良かった。
ニコ帰ってきて良かったよニコ。
“「そろそろ行くよ」
傾いた木戸を開けるその背中を、リディアは眺めていることしかできない。
小屋の外はまだ雨が降っていて、ときおり空も光る。なのにエドガーはひとり出ていく。
このままもう、会えなくなるの?
そんなのいやだ。
しかしリディアは、エドガーを止められなかった。
彼がプリンスに近づく危険をおかすなんて、これで最後にしてほしいから、追うことなんてできない。
……本当にそう?
違う、あたしはプリンスを恐れているだけ。
エドガーは、プリンスから得たものでも青騎士伯爵の力にできると思っている。立ち向かっていこうとしている。けれどあきらかに無謀な行為で、不幸な結果を招くだけかもしれない。
……だったら、いっしょに堕ちればいいじゃない。
彼が背負ってしまったものも、それが招く結果も、いっしょに受け止めればいい。
自分も彼も幸せになれないなら意味がないと、別れようとしたなんて。
行かなきゃ。” -
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“が、彼の指には、そしてほかのどこにも、赤い糸は見あたらなかった。
「あれ?おかしいわね」
はっきり告げたロタに、レイヴンがショックを受けたのかどうかは、彼の表情からはわからなかった。
「ねえレイヴン、今は糸がなくたって、いつか現れるわよ、きっと」
リディアの苦しい慰めが届いたかどうかもわからない。ただレイヴンは、ニコの方に顔を向けた。
「ニコさんは」
エドガー以外の人にほとんど興味を持たないレイヴだが、どうにもニコだけは仲間意識を持っているようなのだ。
「おれ?ちゃんとあるよ、赤い糸」
気を遣うわけもなく、自慢するように片手を振ってみせたニコには、さすがにレイヴンも落胆の色を隠せなかったようだ。
「…………そうですか。…………私にだけないのですか」”
短編集。
最近のレイヴンが面白い。
あとポールも。なんか可愛い。
“「ええと、ロタ、きみにはもっとふさわしい人が現れるよ」
あわててなぐさめようとする彼は、どうしてこんなに女の子を相手にしているみたいなんだろう。
「前にもそんなこと言ったよな」
「えっ、そうだっけ」
「ありがおt。そういうこと言ってくれるのもポールくらいさ。そうだ、これやるよ」
持ってきた小箱をポールに手渡す。何だろうと怪訝そうに、彼はふたに手をかける。
とたん、中身が飛び出した。
「わあっ!」
驚いてひっくり返ったポールの頭に、ハリネズミがしがみつく。振り落とされて、床の上でまるくなる。
おかしくて、ロタは笑った。
「びっくりした?かわいいだろ、これ」
そっと拾いあげ、彼のほうに差し出す。やがて手の中で、もぞもぞと動き出したハリネズミに、じっと見られてポールも笑った。” -
Posted by ブクログ
“「リディア、そういうことじゃないんだ」
窓辺に近づいていったニコは、背伸びして外をのぞき見た。
「長いこと生きてるほど、過去のことは遠すぎて思い出せなくなっていく。とうの昔におれは、いつからこの島にいるのか、どうしてひとりきりなのか、わからなくなってた。ただ、あの霧の山々を見てると、いつも同じことを感じる。ずっと昔から、ここにいたら誰かが、おれに会いに来るような気がしてたんだ」
「ここでまた、誰かを待つ気なの?」
「よくわからない。誰も来ないかもしれないし。でも、この島でならおれは、先のこと考えずにのんびり過ごせる。アウローラと先生の家も、リディアと伯爵の家も、いつまでもおれの家ってわけじゃない」
人の寿命は短い。親友のアウローラを亡くし、見守ってきたその娘も結婚して家を離れる。そんなめまぐるしい変化に、ニコはむなしさを感じているのかもしれなかった。
人とつきあえば、何度も悲しい別れを体験しなければならないから。
リディアはニコの前に膝をついて座り込んだ。
「あたし、島を出たら、もうあなたとは会えなくなるの?」”
リディアを取り巻く環境が変化しつつあって。
プリンスと、マッキール家と。
終わり方も、中途半端で。
ううう、気になる。
リディアの瞳の色の理由は、アウローラがリディアを取り返しにいった、その時のことに理由してるの?
“「エドガーさまに仕える私を、尊敬すると言ってくださいました。エドガーさまの選択も、認めていらっしゃるはずです」
「そう。ニコはすばらしく公平だ。立派な紳士だからね」
レイヴンは頷き、ポケットを探る。そうして、球状に磨かれたブラッドストーンを取り出す。
「これを返しそびれました。……いえ、返してしまうと、ニコさんと縁が切れてしまうような気がしたんです」
エドガーは、レイヴンが眺めていた遠くの方に目をやった。
「そうだね。それがあるなら、いつかまた返す機会が訪れるだろう」
「また、この島を訪れることがありますか?」
リディアを連れて帰るなら、もうあり得ない。けれどエドガーは、レイヴンの問いに頷く。
「ああ、必ず僕は戻ってくるよ」
リディアを死なせたくない。何よりもそう思えば、ほかに選択の余地はなかった。
けれどまた、リディアをだますことになるのだ。彼女はエドガーを恨むかもしれない。
それでも、彼がリディアを失わずにすむ可能性があるとしたら、マッキール家にたよることだけだった。
「僕はリディアを愛し続ける。いつか、もういちど彼女の心を取り戻してみせるよ」” -
Posted by ブクログ
“「……なんだ、そういうことか」
つぶやいたニコが、むしろレイヴンが怒っているのではないかとおびえていたことなど知る由もない。
ニコはほっとしたように息をつくと、急に胸を張って咳払いをした。
「そりゃ、たいへんだったな。人間ってのはそのへん、器が小さいからな」
「ニコさんは違うのですか?」
「いいか、レイヴン。おれはそんな細かいことを気にする男じゃねえ。誰にだってそれぞれ事情ってもんがあるからな。あんたに悪気がないってことはわかってるさ」
てくてくとこちらへ近づいてくると、いつものようになれなれしく膝のあたりをぽんぽんとたたく。
「心配しなくていいぞ。きちんとあやまる相手には、寛大な気持ちで許すってのが紳士ってもんだ」
許してもらえたと素直に受け止めて、レイヴンはニコをちょっと尊敬した。さすがに紳士なんだと思った。
「ではこれからも、見捨てていいのですね」
「お……おう」
ふんぞり返って大きく出た姿勢のまま、ニコはそう答えるしかなかったが、レイヴンはありがたく受け止める。
これが友情というものなのだろうか。
見捨ててもきらわれないという、友情っていいものかもしれない、と彼は思った。
少々ずれた仲直りをし、ふたりはまた歩き出す。”
少しややこしくなってきた。
整理が少し追いつかん。
“リディアは何度も、彼に訴えかけていたのに。
馬車の中で、逃げないから気づいてと言った。あのときエドガーは、目を閉じて触れたリズが、リディアにしか感じられなくて戸惑っていた。
逃げないと言ったとおり、彼女はぎりぎりの瞬間も、逃亡を試みるのではなくエドガーにすがりついた。
彼に助けを求めた。
当然だ。将来を誓った相手が目の前にいたのだから、必ず自分を守ってくれると信じたはずだ。
なのにエドガーは、リズの態度に動揺していただけだった。理屈ではなく、リディアに助けを求められているように感じていたのに、直感を信じることができなかった。
リズに同情すれば、リディアの行方を知ることができなくなる。懸命に、自分にそう言い聞かせた。
冷淡な言葉をうらはらに、リズをかかえ込んだまま離せない自分がいたのに。
懇願とともにのばされた手を、取ることができなかったエドガーを前に、彼女はどんなに傷つき、失望したことだろう。
いやだ、さよならなんて言わないでくれ。” -
Posted by ブクログ
“「……まつげ?って、どうして?」
(恋する気持ちはまつげの先に宿るからよ。想いを胸に秘めて、じっと見つめるでしょう?眠れば想い人の夢を見る、目覚めてもその姿を追う、まつげに恋が宿るせいよ)
「ナイチンゲールだけあって、ロマン派の詩人みたいだな」
ニコが茶々を入れた。だらしなくあくびなどして、ますます他人事な態度だ。
「ねえ、ナイチンゲール、もう少し簡単な指南にならないかしら?」
とにかくキスをねだるなんて無理。けれどこのまま彼女につきまとわれるのは困る。
両手を組み合わせて、妖精相手に必死に懇願するリディアに、「フェアリードクターとは思えないな」とニコがつぶやくが、気にしている場合ではない。
(弱気ねえ。ま、いいわ。あたしは恋に弱気な女の子の味方よ。彼がまつげにキスする気になるよう、雰囲気づくりから教えてあげる。まずは今日、街へ彼を連れ出しなさい)
キスにくらべればまだやさしいが。
(そうしたら、ウィンドウショッピングでもしながら、贈り物をねだるのよ!)
そんなずうずうしいことができるだろうか。けれどナイチンゲールは、戸惑うリディアにきっぱりと言った。
(男性にとってはね、女性に贈り物をねだられるほどうれしいことはないんだから!)
そんなわけないでしょう。”
短編集。
若き日の教授が半端なくかっこいい。好青年だ好青年。
コウノトリの妖精の子もすごく可愛い。
“「あなたは?」
勢い込んでそう問われ、ますますフレデリックはうろたえた。
「独身で、立派な紳士だわ」
「で、でも、アウローラ」
「結婚してください」
「ええっ?」
「あたしじゃ、無理?好きになれない?」
「ま、まさか」
「なら、あたしをお嫁さんにして」
何がどうなって自分が求婚されているのかわからない。もしかしたら夢を見ているのだろうか。だとしたら、覚めるまでにまでに答えなければ。早く。
答えないまま目覚めてしまったら一生後悔するに違いないと、混乱する頭で必死に言葉をさがしている意識とはうらはらに、気づけば彼は“はい<イエス>”とあまりにもありきたりな返事をしていた。
とたん、抱きつかれた。” -
Posted by ブクログ
“「小間使いだからといって、特別扱いはしません。奥さまのご用のないときは、ほかの仕事もしてもらいますからね」
リディアの立場は、いちおうは奥さま付きの小間使いということらしい。とすると、オートレッド婦人のそばに仕えるのだから、やはり夫人の深い考えがあってのことなのか。
「あの、あたしのこと小間使いにするよう、オートレッド夫人がおっしゃったんですよね」
ミセス・ボイルは、わかりきったことをと言いたげに眉をひそめた。
「当然でしょう。さっそくですが、奥さまのお部屋にお茶を届けてもらいます。毎日この時間です、おぼえておくように」
「はい」
「それから、奥さまはここ数日、部屋にこもっておいでです。そういうときは、あなたが入っていいのは控えの間まで。奥のドアを勝手に開けてはなりません。控えの間で声をかけて、お茶を置いて下がりなさい」
「え、どうして部屋にこもっていらっしゃるんですか?」
「よけいなことは訊ねなくてよろしい」
「……はい」
「ご用がないか、食事とお茶の機会に忘れず訊ねるように。それ以外は、どんな急用だろうと奥さまに声をおかけすることはできません。いいですね」
となると、夫人と顔を合わせることも、どういう花嫁修業なのかと問うこともできない。”
婚約者としてどう振舞えばいいか分からないリディアが可愛い。
どこまで打ち明けていいのか、とか。
花嫁修業で行った先で勘違いから小間使いをさせられるリディア。
身分違いのせいで起こる問題を先走りで体験させられるような。
方法は別としてリディアを庇うエドガーの必死さが、それだけリディアが愛されてることを物語って。
“「でもね、またロンドンでお目にかかれるよ。きみへの感謝のしるしだと、舞踏会に招待してくださったんだ」
そのカードは、招待状だった。
直筆で、ヴィクトリア・Rと書いてあった。
「よかったね、リディア・女王陛下から直々に、拝謁と社交界デビューを許されたようだよ」
え?女王陛下?
「今回は、おしのびでオートレッド夫人を訪ねていらっしゃったんだ」
おしのび、って、でも……。
「あの、夫人はアレクサンドリーナって」
「ええ、アレクサンドリーナ・ヴィクトリアよ」
「ええっ、こ、公爵夫人が……!」
リディアは両手を頬に手を当てたまま硬直した。
うそ、あたし、平気でいろんなことしゃべったわ。愚痴とか言ったような気も……。
おまけに、お見送りもできなかったのに。
「これで僕も、婚約者を紹介できたわけだし、きみもお目通りがかなった。あとは堂々と、このとくべつな招待状を手に、宮廷へ乗り込んでいけばいいだけさ」
「で、でも、作法が……」
「基本的なことだけ知ってればいいから、メースフィールド公爵夫人が戻られてから教わっても間に合うよ。それにリディア、振る舞いを注目されるのはきみじゃなくて僕の方らしい。なにしろ、女王陛下に目をかけられた女性をダンスに誘わなければならないんだから」” -
Posted by ブクログ
“「リディアが僕のことをおぼえていない?」
スコットランドに向けて走る汽車の中、特等車両の個室で紅茶を味わいながら、ニコはエドガーに、リディアの家で見てきたことを語りはじめたところだった。
ケルピーに連れ去られたリディアの様子を探るよう、エドガーにたのまれたニコは、スコットランドへ行っていたのだ。
妖精であるニコが鉄道嫌いなのは、もちろんエドガーは知っている。しかしニコがエドガーのいたケンブリッジに到着したのは、彼らがエジンバラへ向かう汽車に乗る直前だった。
いやがるニコを紅茶とお菓子でつって、この汽車に乗せ、ようやくリディアの様子を聞き出したエドガーだが、それは彼にとって想像もしていないことだった。
「まったくおぼえてないわけじゃないんだ。ケルピーの魔法で、去年の今ごろ復活祭のためにロンドンへ行ったあとから記憶がすっ飛んでる。あんたのことは、たぶん、メロウの宝剣探しでひどい目にあわされた相手としかおぼえてないみたいだ」
「それは……、まったくおぼえてないよりたちが悪いじゃないか」
最初の最悪な印象だけが、リディアの中に残っていることになる。
「時間をかけて、ようやく僕を理解してもらえたところだっていうのに、ふりだしに戻るのか?」
ソファに身を投げ出し、エドガーはふてくされる。
初対面の状態なら、何度だろうと口説き落としてみせる。が、最初に彼女をだました前科があったからこそ、プロポーズも信じてもらうのも容易ではなかったのだ。”
やっと。って感じ。
リディアはエドガーと結婚することを決め、教授もそれを認めた。
いきなり結婚かとは思うけど、時代背景的に普通とな。
ロタとポールのこれは何ですか。
伏線ですか。
エドガーと結婚することを決めたリディア。
プリンスの記憶を取り入れてしまったエドガー。
これから新展開?
“父親が行ってしまって、リディアはふてくされながらも気恥ずかしそうにベンチに座り込んだ。
「リディア」
「近づかないで」
「ごめんね、心配させて」
うつむいたまま、彼女は言う。
「……プリンスは死んだって、聞いたわ。でも、あなたは手放しでよろこんでない。いいの、あたし何も訊ねないわ。あなたが話す気になるまでは……。だから、ひとつだけ信じさせて」
「うん、何?」
「黙って、いなくなったりしないって……」
「ああ、約束するよ。これからはいつでもそばにいる。もしきみが逃げ出したくなったって、どこまでも追いかけるから」
隣に腰をおろし、ひざの上で固く握りしめている彼女の手に手を重ねる。
「あの、べつにそこまでは……」
「もう、離さないからね」
ふたりきりになったことを、リディアはかすかに後悔したのかもしれない。誰もいない礼拝堂をあわてて見まわし、困惑したように目を伏せた。
「……近づかないでって言ってるでしょ。あたしまだ怒ってるの」
「抱きつきたくないくらいに?」
「そうよ」
頬いかかる髪を指先ではらうと、リディアはこわごわ視線をあげる。金緑の、妖精が見える不思議な瞳が、愁いを含んでこちらを見つめる。
やっと手に入れた、自分だけの宝石だ。” -
Posted by ブクログ
どこまで話が転がるのか…先が読めないまま買い続けてもうシリーズ22?冊目。
相変わらず伯爵夫妻は想いを確かめ合ったりすれ違ったりしています。アーミンとケルピーのコンビも結構好きなのですが…今回の事件の流れはちょっとすっきりしないなー。大丈夫なのかなー。伯爵夫妻の愛は大丈夫だって信じてるけど…役者が出揃いすぎて脳内パンク気味。予言者とプリンスに関するアレコレが曖昧にこんがらがってきたので、時間ができたら読み返したいなー…なんて。
それから…そうそう、ニコのしっぽはみんなのものなのです!(笑) 伯爵夫妻は問題を両手山盛りに抱えているので、もう何の屈託もなく和めるのはレイヴンのとんちんかん発言だけです。 -
Posted by ブクログ
“「……だめかもしれない」
窓の外を眺めたまま、エドガーはつぶやいた。
「はじめて口説き落とせなかった女の子が、リディアだってことになるかもね」
「そんな弱気な言葉、はじめてうかがいました」
「はじめてづくしだ」
いっしょにいるだけで安らげて、未来を夢見ることができる女の子も、リディアがはじめてだった。
いつのまにか彼の中で、リディアの存在は大きくなっていた。
「だめでも、リディアは守るしかない」
振り返る。レイヴンの大きな瞳はかすかな迷いもなくまっすぐにエドガーを見ている。
この忠実な少年には、これまで何度もささえられてきた。
アーミンが行ってしまっても、リディアが振り向いてくれなくても、エドガーはレイヴンとなら戦っていけると勇気づけられる。
「すべて終わって、リディアがもう僕の顔を見たくないと思うとしても、そう思われるような手段を取ってしまうかもしれないとしても、彼女の未来を守るのが巻き込んだ僕の役目だから」
もしもプリンスに負けることがあっても、彼女を救う道だけは確保しなければならない。
「情けなさすぎるな。レイヴン、それでもおまえだけはついてきてくれるか?」
「もちろんです、エドガーさま」”
ううう。
展開したのに。
やっと展開したのに次巻に持越しとは。
うー、うー。
“「あたし、あなたのすることを止められないし、もうとことん協力するしかないと思ってる。でも、いけないことを平気でするようにはなってほしくないの。良心を持ち続けていてほしいの」
彼の腕をつかんだまま、力が入っていた。そんなリディアをなだめるようにして、肩を抱き寄せられる。
触れないという約束を、お互いがやぶっても、リディアは彼から手を離せなかった。
今の言葉は切実なリディアの願いだ。そしてもう、彼が何をしても、離れられないとわかっている。
とっくに気づいていたことだった。
エドガーのことが、好き。
夢魔にあんな夢を見せられるまでもなく、エドガーにとってとくべつな女の子になりたいと思っていた。
だからこれだけは譲れない。プリンスのようにはなってほしくない。
「あたしはここにいるわ、そばにいるから、お願い、人を傷つける前に少しだけ考えて。プリンスのねらいが、あなたからすべてを奪って絶望させることなら、あたしだけはどこへも行かない。あなたを絶望させたりしない。だから……」
「結婚してくれるの?」
「……………」
好き、だから怖い。
プロポーズを受けたら、きっと一番を望んでしまう。あなたの心が少しでも、彼女を想うことさえ許せなくなる。
そこは、リディアには踏み込めない領域だとわかっていても、今よりもっと苦しくなる。
エドガーにとって女は二種類だけ。アーミンか、その場しのぎの恋人か。
夢魔が見せた夢。けれど真実かもしれない。
それでも、この人と結婚できるの?” -
Posted by ブクログ
“うそだらけの自分だ。
アシェンバート伯爵という名も、経歴も、紳士的なそぶりもうそ。それを鵜呑みにしているこの少女は、うその口説き文句に気づかない。
本当のエドガーを知ったら、彼女はおびえ逃げ出すだろう。エドガーの痛みも苦しみも、背負ってきたものも、他人が察するのは容易なことではない。
本当のことを知っても逃げ出さずに、この痛みに触れてきたのはリディアだけだ。だまされていたと知っても、あの純粋な少女は、せいいっぱい崖っぷちの男を救おうとしてくれた。
そばにいてほしいのはリディアだけだ。うそつきな、本当のエドガーを知っているからこそ、彼の求婚を信じてくれないリディアだけなのだった。”
短編集。
エドガーと出会う前のリディアの話とか。
最後が甘いよ。
“「夢を、見ていたよ。たぶん、リディアの夢だ。キスしようとしたかもしれない」
「殴られませんでしたか?」
「どうかな。たった今見ていたのに、夢ってのは思い出せないんだから」
ただ、リディアの金緑の瞳を間近に見ていた。殴られはしなかったかもしれないけれど、彼女はなかなか目を閉じてくれなかったような気がする。
エドガーの夢の中まで、リディアはリディアらしかった。
カールトン宅をあとにしながら思う。
レイヴンは、リディアが離れてしまってもあきらめてくれるというけれど、エドガーにとってリディアをあきらめることは、レイヴンよりも、そして自分自身で考えているよりも、ずっと難しいのだろうと。
「ああ、隙のない女の子も、大好きだ」” -
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“「で、何なんだ、これは」
ドアの前に積み上げた椅子やテーブルを、ニコは二本足で立ったまま見あげ、不思議そうに首を傾げた。
「……ちょっとね」
エドガーが忍び込んでこないように、用心したつもりだった。
そうまでしてリディアを求めるはずもない。とは思っても、なんとなく気になって、ちょっとした物音でもなかなか眠れなかったのだ。
けれども朝になってみると、どうしようもなく滑稽だ。エドガーは来なかったわけで、なおさら自分の過剰な心配が恥ずかしく思えてくる。
アーミンやトムキンスが来て気づかれないうちに直そうと、椅子に手をかけた。
「手伝おうか?」
「ええ、お願い……」
って、誰?
おそるおそる振り返ったリディアの視線の先で、椅子をひょいと持ちあげたのは、エドガーだった。
「な、なななんであなたがいるのよーっ」”
アーミンは一体何を企んでいるのかとか。
エドガーの破滅?うん?
“「だいたい、おまえはどちらの側なんだ?」
それには答えずに、アーミンは淡々と続けた。
「ひとつだけ、リディアさんをプリンスの手から守る方法があるの。あなたが、ユリシスに力を貸すことよ」
「は?冗談じゃない。俺は人間なんかに従わない」
ケルピーはこのうえなく不愉快だった。ユリシスという奴は、とにかく虫が好かないからだ。なのに力を貸す?ふざけんなと思う。
「ユリシスは、いざというときあなたにじゃまされたくないと思ってる。うまく取り引きをすれば、リディアさんを守れるわ。ゆっくり考えておいてちょうだい」
アーミンはふわりと水面に向かって浮上し、ケルピーの視界から消えていった。” -
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“「まずい」
ケルピーがつぶやいた。
「おいっ、早く逃げろ、火の気配だ。ワームが火を吹くぞ!」
エドガーはリディアの腕をつかみ、駆けだす。
みんなでいっせいに奥へ向かって走りながら、リディアは背後に、ごうっという奇妙な音と熱気を感じて振り返る。
向こうの方がやけに赤く、そして明るい。
ケルピーが立ち止まる。
「くい止めるからさっさと行け!」
「で、でも、ワームの炎じゃあなたがあぶないわ」
立ち止まろうとしたリディアだが、エドガーはそうさせなかった。
「ケルピー、きみの犠牲は無駄にはしない」
冗談ともつかないせりふをあっさり吐いて行こうとする。
「はあ?やばくなったら逃げるぞ俺は!だからそれまでに、できるだけ遠くへ離れろっての!」”
くっついたり、離れたり。
もどかしいような、それでいて進展しているという。
“リディアには、彼がワームに勝つことが愛情のあかしなのかどうかよくわからない。男の人の理屈なんだろうと思う。
でも、人とは違う能力を持つリディアのために、自分も変わろうとしてくれているのだとわかる。
メロウの剣を使えるようになりたいと願う彼は、リディアの能力を利用するのではなく、本当に守ろうとしてくれている。
気がついたら、リディアは彼の首に抱きついていた。
背伸びして、頬に軽く唇を寄せる。
あわてて離れながら、自分でも驚いて真っ赤になりながら、どうにかつぶやく。
「……死なないで」
「……ありがとう」
からかったり調子に乗ったりするでもなく、そのひとことだけだったのは、彼も、ものすごく驚いていたのかもしれない。”