春日武彦のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
自分はビビリである。
世の中に、好んでジェットコースターに乗ったり、ホラー映画を喜んでみる人がいるというのが信じがたい。
そういうわけで、「恐怖の正体」に何らかの回答が得られるのではとの期待をして本書を読んだ。
この本では、恐怖を以下の三要素によって説明する。
・危機感
・不条理感
・精神的視野狭窄
しかし、単純には語り切れないらしい。
例えば「恐怖症」の人たちにとっては、実際には直面していないにも関わらず恐怖を感じる。
むしろ、漠然とした不安を、わかりやすいものによって形を与え、そこに恐怖を感じるメカニズムがあるらしい。
恐怖の最中にある人が、どんな風に時間を意識するかが語られるあたりまでは、ほお、そういうことがあるのか、と専門家のご意見拝聴モードで読み進める。
著者は最初から、ご自身の恐怖への嗜癖のようなものを、いくぶん自虐的なトーンで言及している。
だから、覚悟はしていたが、だんだん本書では筆者自身の恐怖体験や、映画・小説その他の中に含まれる恐怖エピソードをなぞり、腑分けしていく。
これがビビリたる自分には、なかなか苦痛を伴う。
これまで意識していなかったものに、改めて恐怖を感じるようになってしまうかもしれない、と真剣に思った。
ただ、なぜ人が恐怖に惹かれるのかについては、少しわかった気にはなれた。
死のような、「絶対的な無」への関心。
しかし、その領域に入ったら、戻ってこられない。
こうしたジレンマから、人は死に魅惑され、かつ恐怖するということらしい。
恐怖に隣接するグロテスクなものについても、本書は取り上げていく。
目を背けたいおぞましさに、くぎ付けになる。
それと同じ世界に生きる不条理に耐えられない気持ちになる。
しかも、なぜか時にそれは滑稽な感じさえ引き起こす。
これがグロテスクの要件だそうだ。
なるほど、不条理感は恐怖の要件に通じている。
滑稽さにつながってしまうというのは、理詰めには考えられないことだが、感覚的には分かる。
なるほど、「エロ・グロ・ナンセンス」と括られたわけだ。
恐怖を覚えさせるものをこれでもか、と挙げていく本ではあるが、最後の最後に対処法を示してある。
本を途中で投げ出さずにいて、よかった。 -
Posted by ブクログ
●=引用
●幻の同居人の存在を訴える老婦人たちは、なるほど天井に向かって「そこから出ていけ!」と怒鳴ることもあろう。(略)だがそのいっぽう彼女たちには、過剰に侵入者個人を意識するといった点おいても、あまりにも被害内容が生活に密着し具体的である点においても、またどこか危機感が希薄な点においても、さらには迷惑を訴えても恐ろしさや不安感を訴えぬ点においても、なにがしかの屈折した親近感を屋根裏の某へ抱いているような気配を指摘し得るのである。(略)天井裏の侵入者は、実は老婦人の孤独を癒すべく彼女と不思議な交流を実現していると考えることも出来るのである。
●ひっそりと一人暮らしを営む老女たちにとって天井裏を這い回る幻の同居人は、文字通り昔なじみの世界に同化しているからこそ「不気味な」存在なのである。しかもそんな幻の同居人は、彼女たちの孤独救済願望の産物でもある。そのようなパラドクスゆえに胡散臭げな侵入者たちは、どこか老女たちと狎れ合った奇妙なトーンを形作るのだろう。
●おおむねゴミ屋敷の住民は独り暮らしである。(略)自分の周囲に馴染のあるものを集めることで、気持ちの安定を図ろうとする心理が働くらしい(略)ただしそういった心理機制はいつしか形骸化し、しかも歯止めを失ってしまう。
●天井裏は身近にありながら非日常的、そして窃視の欲望を孕んだ闇に支配された「小世界」である。歪んだ好奇心、屈折した全能感、懐かしさ、不気味さ、不健全さ。あるいは生理的不快感、閉塞感、孤立感、意外性、スリル―そのような感情を励起する場所が天井裏であり、しかもそこに孤独および狂気という触媒が作用すれば、たちまちのうちに幻の同居人がたちあらわれてくる。
●わたしは前章の最後において誰の心の中にも「物語の胚珠」が埋め込まれていると述べたが、大原が指摘する「物語になる以前のモヤモヤとしたもの」とは、日常生活における獏とした不安感や違和感が「物語の胚珠」へと働きかけ、発芽させ、くっきりとした形を得ようとしているそのプロセスを指しているのではないかと思うのである。
●彼女は、花瓶の向きがちょっと変わっていたとか、額縁がほんの少し傾いていたとか、置物の位置がずれていたとか、そのような些細な変事から、何者かが侵入して室内を「くまなくさがしまわっている」といった結論を引き出した。通常は錯覚とか勘違いとして忘れ去ってしまうようなディテールに拘泥し、しかも一片の歯の化石から太古に活躍していた巨大な恐竜の姿を思い浮かべるようなたくましい想像力を以て、得体の知れぬ侵入者の実在を主張している。これはまさに、妄想に取りつかれた人たちと共通したロジックなのである。
●孤独は現実感覚を遠のかせ、そのとき心に埋め込まれた物語の胚珠が発芽を始めやすいことは再三述べてきた。おおむね被害妄想的なトーンを帯やすいことは確かだが、ストーリーとしては様々なパターンがある。奇想天外なものもあり、その好例が「幻の同居人」であった。(略)まず孤独によってヒトは現実感覚を失い、やがて日常の中で違和感や不信な出来事に遭遇する。普段なら偶然のこと、思い過ごしと見逃してしまうそのようなエピソードに対して、孤独な暮らしぶりゆえ精神的視野狭窄を呈している病者は過剰な意味をそこに見いだそうとする。おおむねそれは被害感情に裏打ちされ、ひどく通俗的な「物語の胚珠」が芽吹き始める。物語に沿って、病者は論理だった考えを進めていく。もちろんそこにはバイアスが加わり、可能性は必然性にすり替えられ、常識から遠く隔たった結論が引き出される。そしてその結論とは妄想そのものであり、妄想のフィルターを透して見る世の中には、妄想を証拠立てる事象が次々に発見されることになる。 -
Posted by ブクログ
・私が積んでおくのは辞書の類である。辞書とはさういふものである。 春日武彦「奇想版 精神医学事典」(河出文庫)もそんな辞書だと思つてゐた。最近、本を整理しようと思つてこれをみつけた。確かに辞書の形態はしてゐる。しかし「序」はかう始まるのであつた。「本書は事典としての実用性に乏しい。不便なのである。なぜなら巻末の索引を用いるといった『ひと手間』を経なければ目当ての項目には行き着けない」(3頁)。しかも配列は「『連想』に拠っている。(中略)すべて連想の連続によって見出し語が並べられて」(同前)をり、そのため「冒頭から順番に読んでいくのが、本書の正しい読み方である。」(4頁)といふ。だから「無人島へ持って行くには最適の一冊であろうと自負している。」(同前)さうである。こんな辞書とは気がつかなかつた。私は普通の、文庫版の精神医学の事典であると思つてゐた。珍しいと思つて買つたのである。その時、書名の「奇想版」に気づいてゐれば中身を確かめたのかもしれないのだが、残念ながらそんなことは気にもしなかつた。さうして辞書の一冊として我が家に積まれてあつた。春日氏からすれば、何と不本意な所有のされ方であつたことか。しかし、奇想版の奇想版たる所以に気づいてしまつた今、実用性の有無は関係ない、私はとにかく読もうと思つたのである。もちろん最初から終はりまで通して読む。春日氏の「正しい読み方」の実践である。
・見出しは「神」に始まる。「隠された必然」「アトランティック・シティーー上空の空飛ぶ円盤」「ブリキの金魚」 「家族的無意識」等々と続く。見出しだけ並べてもこれが連想であるとは分からない。書いた本人はなぜかうした連想をしたのかは分かつてゐるのだが、読むのは本人ではない。読んで初めて連想が正しく行はれてゐる(らしい)と分かる。頭から順番に読めといふのは、その連想の妙を味はつてほしいがためでらう。ただ、問題なのはこの人の連想についていけるかどうかである。「ブリキの金魚」は島尾敏雄であつた。その「三つの記憶」の冒頭部分による。その金魚の赤が「アトランティッ ク・シティー上空に滞在する空飛ぶ円盤の赤色と同じものだった」(13頁)ことによる連想であつた。私は島尾のこの小品を知らない。引用があるから分かるとは言へる。しかしそれだけである。それ以上にはならない。この人はかなりの読書家である。島尾は他でも引用されてをり、「自分の抱えている不安に近いものを文章で上手く定着させている作家はいないだろうか」と考へ、「結果として、島尾敏雄の作品と出会うことになった。」(560頁)といふ。私にはさういふ経験がない。だから島尾をほとんど知らない。この後に北杜夫の項がある。同じ精神科医といふ親しみもあるのだらうが、しかしその評価には、「そうした危うさがないぶん、北の純文学はシリアスであっても安心して読める。 だがわたしにはそのような不安成分の少ない純文学は必要がない」(562頁)とある。「強烈な不安感が漂ってこない。」(同前)といふのである。この後に北の患つてゐた躁うつ病(双極性障害)が来る。ここに北の病の具体的な説明もある。北がその病をカミングアウトし、「むしろそれを自ら戯画化した。」ことを「大きな功績と認められ」(563頁)ると言つてゐる。これも読んでゐるからこそ書けることであらう。海外文学の引用も多い。ブルー ノ・シュルツなどといふマイ ナーな作家も出てくる。シャーリー・ジャクスンやH・G・ウェルズも出てくる。これは索引の効用である。かくして本書は「言葉のびっくり箱」(穂村 弘「解説」、611頁)であつた。おもしろいかも? -
Posted by ブクログ
ネタバレ単行本「人生問答集」2009の文庫化で解題「秘密と友情」。
おまけに「煩悩コンテンツリスト108」。
解説は平松洋子。
吉野朔実を挟んで超仲良しなのかと思いきや、その食事会以外ではあまり、らしい。
ちょっと笑ったのはp98。
わざと意識してゆっくり喋っているらしい。
知らなんだ。あれが素だと思っていた。
しかも石田衣良に「君のしゃべり方は不自然で気取っている」とマイルドに言われたんだとか。笑
メディア露出の多い人は大変だな。
p262あたりの大島弓子愛を論理的に語っている部分は、やはりよき。
あと感じたのは春日武彦、結構親父との挿話を語ること。
そして結構太ぇ野郎だな、というか、食えないオヤジだな、とも。 -
Posted by ブクログ
ディテールが面白い。
ということは文章が面白いということ。
特にゴキブリに出遭ってしまったときの心理の詳述!
@
内容説明
うじゃうじゃと蠢く虫の群れ、密集したブツブツの集合体、鋭い尖端、高所や閉所、人形、ピエロ、屍体―。なぜ人は「それ」に恐怖を感じるのか。人間心理の根源的な謎に、精神科医・作家として活躍する著者が迫る。恐怖に駆られると、なぜ時間が止まったように感じるのか。グロテスクな描写から目が離せなくなる理由とは。自らの死を考えるときの恐ろしさ等々、「得体の知れない何か」の正体に肉薄する。
目次
第1章 恐怖の生々しさと定義について
第2章 恐怖症の人たち
第3章 恐怖の真っ最中
第4章 娯楽としての恐怖
第5章 グロテスクの宴
第6章 死と恐怖